第36話「強き友情を見た」
東京地下水路。
東京の地下に迷路のように広がるその場所は、年々増加する都市の機能に対応すべく、行政が無計画に増築した結果の産物である。
その為か、思いもよらない場所に繋がっていたりする。
シャルル達が居た地下水路への入り口。
そこを東京郊外の方角へ進んでみる。
すると………。
「ここに居りゃ安全だぜ、まさかこんな民家に指名手配中のシャルルが居るなんて思わねぇだろうしさ」
2070年の世でありながら、どことなく昭和の面影を残す、一件の民家。
地下水路は、この家の敷地内………庭のど真ん中に繋がっていた。
「指名手配って………まあ確かにそれみたいな物だけどさ」
思わぬ助け船が出た事に感謝しつつも、指名手配という言葉に若干複雑な感情になるシャルルと春香。
民家のリビング………居間に通された彼等は、ちゃぶ台の前に座っている。
「でも………本当に助かったよ、勝一君」
「なぁに、ダチが困ってんだ、助けるのは当然だろ?」
そして、彼等とちゃぶ台を挟んだ向こう側に立っているのは、彼等に助け船を出した張本人。
シャルルのクラスメートにして友人の、秋戸勝一だ。
そう、この家は勝一の自宅なのだ。
「にしても驚いたなぁ、セイグリッターのパイロットがシャルル君だったなんて」
「僕達の知らない所で、あの怪ロボットと戦ってくれてたんですね」
勉強会の為に勝一の家に集まっていたという、早苗や匠も、シャルルを出迎えてくれた。
二人の姿を前にして、シャルルにある疑問が浮かぶ。
「そういえば………響さんはどうしたんですか?」
そう、響が居ないのだ。
もしかしたら、あの時グラングジョーのビームに巻き込まれて………と、嫌な予感のしたシャルルは、心配そうに勝一に訪ねる。
「ああ、響は今連合軍の人に保護してもらってるって、家の人から聞いた、大した怪我はしてないって」
「無事なんですね………よかったぁ」
響の無事を聞き、シャルルはほっと胸を撫で下ろした。
「確か、街の外に行きたいんだろ?太陽の出てる内は危ないから、今日は停まっていけよ」
勝一の提案に、シャルルは驚く。
今のシャルルの立場を考えると、自分が何を言っているかは、勝一にも解るはずだ。
「いいんですか?」
「なぁに、ウチ親は滅多に帰ってこないから!」
「そういう問題じゃなくて………!」
迷惑はかけまいとするシャルルに、勝一は彼の唇の前に、立てた人差し指を持ってきた。
それ以上は言わなくていい、という暗喩だ。
「………さっきも言ったけど、俺達は友達、助けるのは当然さ、それにお前は響を助けてくれた恩人でもある」
男の友情に言葉はいらない。
ただ困っているなら、手を差しのべる。
それが、勝一の友情であり、優しさでもある。
「………ありがとう」
そんな勝一の優しさに、シャルルもただ一言だけ、礼を言う。
その瞳は、感動の涙で潤んでいた。
「それじゃ、早速だけどご飯の準備といきますか!」
「あ、よ、よかったら私も手伝うよ」
笑って立ち上がり、台所へ向かう早苗。
春香も、それに続く。
「あ、僕も手伝います」
「いいよシャルル君は、さ、くつろいでて!」
シャルルも向かおうとするが、早苗に制止される。
彼女なりの、シャルルへの気遣いなのだろう。
「えっと………君はロボットなの?」
『まあ、そんな所と思ってもらっていい』
その隣では、バディモードのデオンを前にして興味津々の匠。
彼も男の子、こういう物に興味は当然あるのだ。
「………皆さん」
皆、優しい人ばかり。
春香も、勝一も、早苗も匠も、そしてここには居ないが響も、シャルルの為にここまでしてくれる。
その優しさに感動と感謝を込めて、シャルルは一言、小さく呟いた。
「………ありがとうございます、本当に」
本当は、もっと言いたい事はあった。
ありがとうという言葉では、表しきれない感謝もあった。
けれども、今のシャルルには、ただありがとうと言い表すしかなかった。
………………
一方、タカマガハラ基地。
音を通すための穴の空いた、分厚い特殊ガラスで遮られたその部屋は、いわゆる面会室だ。
それも、刑務所や警察で使われるような。
そこに、特殊ガラスを挟んで、二人の人物が対峙していた。
一人は、烈華響。
十里木公園の戦いの後、連合軍に保護された。
ウィーズに捕らわれていたという事で精密検査を受けたが、幸い、異星人が埋め込むようなチップの類いは発見されなかった。
五体満足の、いつもの響だ。
そんな響の瞳の先には、特殊ガラスを挟んで対峙している、ブレードの姿。
私服姿の響と違い、大昔の精神病院で使われていたような、寝袋のような拘束具に捕らわれている。
あの後、響は連合軍に保護され、タカマガハラ基地に連れて来られた。
ブレードも連合軍の捕虜となり、この通りの拘束具に捕らわれて、ここに居る。
ガイストパンドラーも回収され、ウィーズの技術解析の為に、タカマガハラ基地の格納庫に格納されている。
響は、そんなブレードに対して、どうしても確認したい事があった。
だから無理を言って、ブレードに面会をさせて貰っていた。
ブレードの背後には、ブレードが何か起こした時の為に、連合軍の兵士が待機している。
拘束された状態のブレードに何が出来るとはいうが、もしもの時の為だ。
「………うん、貴方が何者なのかは解ったわ」
響がそれまで聞いていたのは、ブレードの正体に関する話。
ブレードは、響の質問に素直に答えた。
もっとも、連合軍の尋問に置いても同じ事を答えたのだが。
自分がウィーズに所属する少年兵士である事。
厳しい訓練を受け、セイグリッターを倒す為にガイストパンドラーのパイロットになった事。
「………じゃあ、次の質問、いいかな?」
問いかける響に、ブレードはこくりと頷いた。
こうして見ていると、地球人の子供とあまり変わらない。
そんなブレードが、非人道的な訓練を受け、セイグリッターと戦わされていたと思うと、響は胸が痛んだ。
「どうして、あの時私を助けたの?」
響が問いかけたのは、十里木高原での決戦の際に、ゴルドエンペラーのビームから響を庇った事について。
ブレードがウィーズの戦士なのならば、響を庇う必要はないハズだ。
少しの沈黙の後、ブレードは口を開いた。
「………解らない、でも………」
「でも?」
「………あの時、風呂に入れて貰った………お前をビームから庇った時、それが最初に浮かんだ」
そう、ブレードは響と始めて出会った時、家に招待して貰い、お風呂に入れて貰った。
響を人質に取っている間も、戦っている間も、そして響を守った時も、それだけがブレードの頭の中にあった。
「………もっとも、今の俺は用済みとして捨てられた、ウィーズとはもう何の関係もない男だがな」
最後自嘲気味に、ブレードが呟く。
ウィーズの戦士としてヴォルガン忠誠を誓い、どんな理不尽にも耐えてきたブレードだったが、そのヴォルガンはブレードごとセイグリッターを葬ろうとした。
所詮、自分は使い捨ての駒でしかなかった、と。
「………時間です」
ブレードの背後に立っていた兵士が、面会時間の終了を告げる。
ブレードはそれに逆らう事もなく、兵士の指示に従い、部屋を後にしようとする。
響は、それが永遠の別れのように感じた。
あの扉の向こうにブレードが行ってしまい、二度と会えなくなるかのように。
そして、それを響はそれが、耐え難い物のように感じた。
「だ、だったらさ!」
だからか、面会室から去ろうとしたブレードを呼び止めるように、大きな声を出した。
そして次の瞬間、振り向いたブレードに向けて、響はある意味ではとんでもない事を言うのだった。
それは。
「私を、新しい君のマスターにしてくれない?!」
自分を、ウィーズ、ひいてはヴォルガンに代わる、新しいブレードの主にできないか。
突拍子のないこの提案に、ブレードはおろか、その場にいた兵士も、目を点にした。
………………
日は既に沈み、夜がやってきた。
時刻は午後9時。
シャルル達を血眼で探していた人々も、時刻が真夜中になると共に、徐々にではあるが姿を減らしていた。
『深夜になったら家を出ましょう、夜明けまでには街を出られるはずです』
「ありがとう、デオン」
夕食を既に終え、シャルルは二階の部屋でデオンと話している。
見つからないように、窓からは少し離れている。
まあこの夜の闇の中で、肉眼でシャルルがここにいる事に気付ける者などいないだろう。
足元の畳の感覚が、新鮮に感じられた。
「………シャルル君」
そんなシャルルに、下から上がってきた春香が話しかける。
その顔は、シャルルが春香に詫びた時のように、申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「………あの、ごめんね?」
暫くの沈黙を置き、春夏は突然頭を下げた。
彼女の突然の行動に、戸惑うシャルル。
「ど、どうしたんですか?春香さん」
シャルルに言われ、顔を上げる春香。
そして、過程を吹っ飛ばしていきなり謝ってしまったと思いながら、口を開く。
「………今までシャルル君は、地球を守るためにウィーズと戦ってくれていたのに………自分達が危なくなったら、シャルル君を裏切るような事になっちゃって………」
春香が詫びたのは、地球人としてだった。
春香の言う通り、シャルルは春香に出会うずっと前から、地球を狙うウィーズと人知れず戦っていた。
いわば、地球の平和をずっと支えていたのだ。
しかし、ウィーズに「シャルルを差し出せ」と脅された途端、地球人は己の身を守るために、シャルルを差し出そうとした。
完全な、裏切りと言っていい行為だ。
春香は地球人として、これがたまらなく恥ずかしく、そして悔しかった。
「………地球の事、嫌いになっちゃったよね?」
きっと、地球も地球人の事も見かぎったに違いない。
春香は、そう思っていた。
だが。
「………いえ、仕方がありませんよ」
「えっ!?」
シャルルから帰って来たのは、仕方がないという返事だった。
「自分達の身に危険が迫っているんです、誰だってそうしますよ」
「シャルル君………」
にこやかに笑って、そう返すシャルル。
そこに、無理をしているような事は感じられない。
どこまで、この子はいい子なんだ。
否、いい子すぎると、シャルルの優しさに春香は呆然とするしかない。
「それと春香さん、これを」
「えっ?」
そんな春香に、シャルルはゆっくりと歩みより、一枚の紙を渡した。
それは。
「………これは?」
「デオンに頼んで出力して貰いました、この街から効率的に離れる為のルートです」
そこに書いてあったのは、街の地図の上から書かれた、街の外に出る為の道標。
いかに追っ手に出会わず、身を隠しながら外に出られるかが記されてあった。
「12時を過ぎたら、このルートに従って勝一君達と一緒に街を出てください」
「勝一君達とって………シャルル君はどうするの?」
勝一達と共に逃げろというシャルルに、引っ掛かった春香は訪ねる。
それに対し、シャルルは少しの沈黙を置いた後、相も変わらずにこやかに笑いながら、答えた。
「僕は………セイグリッターで、ウィーズに最後の攻撃を仕掛けます」
「ええっ!?」
特攻を仕掛ける。
シャルルはそう言った。
「元々、僕とデオンだけの問題だったんです、なら………決着も僕とデオンだけでつけます」
シャルルに迷いは無かった。
いつものようは微笑みを浮かべた顔で、ウィーズに特攻を仕掛けると言ってみせた。
「皆様が避難するだけの時間は稼ぎます、だから………」
春香には、何と言って返せばいいか解らなかった。
こんな小さな子供が、自分達を助ける為に特攻を仕掛けると言っている。
なんとしても、止めなければならない。
でも、何と言っていいか解らない。
「シャルル君!」
「えっ?」
だからだろうか。
気がつけば春香は、シャルルを抱き締めていた。
「………お願い、そんな事は言わないで」
「えっ?」
「………逃げようよ、皆で………死ぬなんてやめて………」
シャルルを抱き締める春香の瞳から、一筋の涙が流れた。
春香は泣いていた。
シャルルに対する哀れみと、何もできない自分の情けなさ。
そして、シャルルを失いたくないという想いが、言葉の代わりの涙として、春香の頬を濡らしていた。
「………春香さん」
そんな春香に答えるかのように、シャルルは春香の背中を優しく撫でた。
まるで、泣きじゃくる子供をあやす母親のように。
互いに、彼等は優しい。
だからか、まるで「人」という漢字が表すかのように、二人は支え会っていた。




