第35話「逃亡者シャルル」
「………兄さん?」
真っ暗な闇の中。
眼前に現れたその影を前に、シャルルは思わず言葉を漏らす。
そこに居たのは、もう居ないはずの、もう会えないはずの人物。
緑を基調としたきらびやかな服も、青い瞳も、記憶の通り。
そこに居たのは、シャルルを宇宙に逃がすべく、光輝士ドラグカイザーと共に単身ウィーズの軍勢に挑み、散った自らの兄、ブライだった。
「兄さん、兄さんだよね………?」
問いかける。
だがブライは何も答える事なく、シャルルに対して微笑みかけた後、背を向けて歩き出す。
「待って!待ってよ兄さん!」
当然、シャルルは去りゆくブライを追いかける。
こちらは走っている。
あっちは歩いている。
にも関わらず、二人の距離は縮まる事なく、どんどん開く。
シャルルの目に映るブライも、小さくなってゆく。
「兄さん!待ってよ!兄さん!!」
いくら走ろうとも、ブライが振り向く事も、歩みを止める事もない。
「兄さん!!」
とうとうブライの姿は、シャルルから見えなくなる。
そして………。
………………
「シャルル君!」
「………………ッ!?」
目を覚ました。
そこには暗闇もブライもなく、ビルの谷間から差し込む赤い日射しがあるだけだ。
そして、寝転がった自分を心配そうに見下ろす、春香とデオン。
『シャルル様!』
「よかった、気がついた………」
目を覚ましたシャルルを前に、デオンは喜び、春香は安堵する。
「ここは………?」
シャルルは上体を起こし、周りを見渡す。
そこは、ビルとビルの間の、薄暗い場所。
人も通らず、ビルの持ち主の物であろうゴミを捨てるためのゴミ箱がある等、薄汚い。
俗に言う、裏路地と呼ばれる場所だ。
「………春香さんが、僕をここに?」
さっきまで十里木高原で戦っていた自分を、春香がここまで連れてきてくれたのだろうか?
そう思ったシャルルは、春香にそう訪ねてみた。
それを聞いた春香は、まるで悪戯を問い詰められた子供のような、申し訳のなさそうな顔になる。
話にくい事があるのは、明白だ。
それでも、真実である以上は話さなくてはならない。
辛そうに、春香はその重い口を開いた。
「実は………」
………春香の話によれば、十里木高原にてセイグリッターとガイストパンドラーが戦いを繰り広げていた頃の事。
騒動を聞き付けた春香は、シャルルを心配して十里木高原にまで電車で向かっていた。
しかし、案の定電車は途中で折り返し運転になっていた。
二体の巨大ロボットが戦っているので、当然と言えば当然である。
仕方なく、春香は途中の駅で降りて、十里木まで歩いて向かう事にした。
どれ程歩いただろうか。
真夜中の闇の中を歩き続け、足も痛んできた。
ふと見上げた看板に「この先十里木」と記してあった。
もうすぐだと思った、その時である。
突如、轟音と共に揺れが走り、十里木高原のある方角から爆煙が上がった。
グラングジョーの砲撃による物だ。
驚く春香の前で何度も轟音が響き、しばらくすると止んだ。
呆然とする春香。
すると、春香の前にふらふらと十里木高原の方向から何かが飛んできた。
爆煙で夕焼けのように赤く染まった空からやってきたのは、デオンだった。
セイグリッターにグラングジョーのビーム砲が当たる直前、セイグリッターとシャルルを自分の中に格納し、ここまで逃げてきたというのだ。
デオン自身もボロボロの中、あのビームの雨の中をよく逃げ切った物だ。
こうして、春香はシャルルと合流出来た。
だが。
「その後、大変な事になっちゃったの………」
「大変な事?」
それから、数時間後。
まだ意識の戻っていないシャルルを連れ、デオンと春香が自宅に戻った頃。
早朝の6時。太陽が街を照らし始めた頃だった。
突如、東京上空に謎の巨大円盤が出現した。
人工衛星等の監視の目を掻い潜り、それは朝焼けの街に姿を現した。
その光景を前にデオンが言った。
あれは、かつて惑星アマデウスにウィーズが降り立った時に使用した宇宙船と同じだと。
戸惑う人々を前に、巨大円盤から、かつてアマデウスでそうしたように、勧告が流れた。
“始めまして地球の皆様”
“我々は銀河革命正義団ウィーズ、この宇宙の全ての権力に抗う者”
“そして、その正義に従い、今まで地球にロボット………インベイドベムを送り込んだ張本人”
“これ以上の攻撃を止めて欲しいなら、一つ条件がある”
そう言うと、巨大円盤から街の街頭ビジョンやパソコン、携帯にハッキングが仕掛けられ、一枚の画像が表示された。
そこに映っていたのは、あの時人質にされた響を助ける為に、素顔を晒したシャルルの姿。
“この男、シャルル・ルイス・アマデウスを我々に差し出せ!そうすれば、これ以上の地球への攻撃も干渉も止めよう!地球人の懸命な判断を期待する!”
なんとウィーズは、地球への攻撃を止める事と引き換えに、シャルルの身柄を引き渡すよう要求してきたのだ。
さらに悪い事に、シャルルの素顔は既に報道を通じて拡散されてしまっている。
きっと、全ての人々………名前も知らない人々はおろか、見知った近所の人々でさえ、自分達の安全の為に血眼になってシャルルを探すハズだ。
危機を感じた春香は、必要な物を纏めると、デオンとシャルルを連れて、逃げるように家を出た。
そして見つからないように、姿を隠しながら逃げ続け、今に至るというワケだ。
「………そうでしたか………とうとうウィーズが………」
自分が予測していた、最悪のシナリオが現実になってしまった。
しかも、春香を巻き込むという形で。
「………とりあえず、まずは街から出る事を考えなきゃ」
人の多いこの街に、長居する訳にはいかない。
人の少ない郊外を目指す為、春香は立ち上がる。
「………春香さん」
そんな春香を呼び止めたのは、まだ疲労が残っているからか、ふらふらと立ち上がるシャルル。
「………ごめんなさい、僕のせいで、こんな事に………」
そして、スッと頭を下げる。
春香は、戦士でもなければ王族でもない、この件とは何も関係ないハズの一般人。
それが、自分を家に住まわせたせいで、彼女諸共追われる身になってしまった。
そもそも、彼女が同居を提案した時点で、こうなる事は………彼女をウィーズとの戦いに巻き込むだろうという事は、予測しておくべきだったのだ。
自責にかられたシャルルは、頭を下げた。
それで許されない事など解っていたが、そうせずにはいられなかった。
「いいよいいよ、別に気にしないで」
そんなシャルルを前に、春香はそう笑った。
まるで、日常のちょっとした面倒事を押し付けられた時に、笑って引き受けるかのように。
「えっ、でも………」
今までの日常が自分のせいで破壊されたのに、何故こんな態度を取れるのか。
最低でも日常を返せと殴られるのでないかと覚悟していたシャルルは、意外な答えを前に、少し戸惑う。
「だって、私達家族じゃない」
「えっ」
「家族なら、こういう時に助け合うのは当然でしょ?」
春香は、シャルルを前にそう微笑みかけた。
自分達は家族だから、迷惑だなんて思っていないと。
「春香さん………」
その優しさに、シャルルは思わず涙ぐむ。
こんな目に逢っても、自分を見捨てる所か共に居てくれる。
もはや世界中が敵に回ったような状態で、彼女の優しさはシャルルの心に、ほんのりと安心を与えた。
「さ、早く行こう」
「………はい!」
春香の差し出した手を、シャルルは迷わず取る。
今の世界で唯一の味方となった春香と共に、シャルルは街から脱出する為のルートを探し、駆け出した………。
………………
地球連合軍・タカマガハラ基地。
都心に出現した、今まで怪ロボット=インベイドベムを送り込んできた敵勢力………ウィーズの巨大円盤の事は、既にこの基地に届いていた。
そのウィーズが、セイグリッターのパイロット、すなわちシャルルの身柄を要求している事も。
「何故です?!何故攻撃しないんですか!」
司令室にて、刃が諏佐に抗議している。
諏佐がこのタカマガハラ基地の総司令であり、上官である事は、刃も十分に知っている。
それでも、抗議せずには居られなかった。
彼に………いや、彼も納得していないであろう、馬鹿げた「命令」に。
「連中は敵ですよ?!今までこっちに何度も攻撃を仕掛けてきた!それを………!」
「草薙!」
熱くなる草薙を、諏佐の副官の佐藤が制止した。
彼もまた、この馬鹿げた「命令」に納得していない事は、表情ですぐ解った。
「………上の連中は、たとえ侵略者に加担する事になろうと、戦争だけはしたくないのだよ」
それでも、地球連合軍という組織に属する以上、上の命令とあれば従わざるを得ない。
悔しさと憤りから、刃は拳をギリギリと握った。
理不尽な命令に、そして無力な自分に。
「………クソッ!」
………ウィーズの巨大円盤が都心に出現した時、タカマガハラ基地は直ぐに攻撃体制を取った。
当然だ。今までインベイドベムを使い、何度もこちらを攻撃してきた勢力が、ついに現れたのだから。
だがその直後、地球連合軍総司令部より、攻撃体制を解除するよう命令が下った。
地球連合は、ウィーズを地球外からの訪問者として、敵ではなく客人として扱う事を決定したのだ。
当然ながら、最初は諏佐も抗議をした。
しかし連合は、「向こうはそう名乗っているだけで怪ロボットを送り込んだ組織と断定はできない」として、その愚直なまでの平和主義を押し通した。
地球連合発足以来、この地球で大きな戦争が起こらなかったのは、彼等の平和を貫く意思のおかげである。
だが、今それは足枷となって、彼等の行動を妨害していた。
「………街の様子はどうなっている?」
「はい」
諏佐の指令を受け、その場に居たオペレーターの一人が手元のキーボードを入力する。
すると、メインモニターに今現在の東京の様子が映し出された。
………そこに映されたのは、血眼になって何かを探す人々。
バットや棍棒、バール等の工具をも使って武装した彼等は、まるで教科書で見た大昔の学生運動を思わせた。
「シャルル・アマーリアの身柄は連合で確保すると通達はしているのですが………」
「………そうか」
皆、セイグリッターのパイロットを、シャルルを探していた。
ウィーズがシャルルの身柄を要求しているからだ。
シャルルを差し出せば、自分達への攻撃を止めてくれると考えた市民達は、血眼になってシャルルを探していた。
「………敵を前に何もせず、今まで共に戦ってきた仲間を危機に晒す、何をやっているんだろうな、我々は」
ウィーズを前にして待機を命じられ、共にインベイドベムと戦ってきたシャルルを危険に晒している。
諏佐はそんな自分達を皮肉り、深くため息をついた。
………………
街は既に、シャルルを探す人々で溢れていた。
皆、ウィーズを恐れ、恐怖心からその命令に。従っていた。
シャルルを見つけなければ、自分達が殺される、と。
「見つけたか?」
「いや、こっちには居ない」
「早く見つけないと………!」
皆、血眼になってシャルルを探している。
そうでなければ、ウィーズが何をしてくるか解らないからだ。
「………やっばいなぁ、予想以上に人多いよ」
そんな人々から隠れ、地下水路の入り口に身を潜めている、春香とデオン、そしてシャルル。
「地上を通るのは無理そうだし、地下水路を通るしか無いか………」
地上は、シャルルを探す人々で溢れかえっている。
街を出るには、地下水路を通るしか無さそうだと、春香は考える。
幸い、デオンを通じて地下水路の地図を出してもらい、地下水路を辿れば街の外に出られる事が明らかになった。
靴も濡れるし匂いもキツいだろうが、贅沢は言っていられない。
「デオン、ナビを頼むよ」
「かしこまりました、シャルル様」
デオンのナビに従えば、迷路のような地下水路でも迷わずに進む事ができる。
デオンに続き、シャルル達が地下水路に足を踏み入れようとした、その時。
「待った」
「ッ!?」
地下水路の暗闇の中から、唐突に声が響く。
待ち伏せか?と、春香を庇うように、シャルルが身構える。
カツン、カツンと暗闇の中より響く足音。
そしてシャルル達の前に現れたのは………。




