第10話「仕事を終えて」
ガタン。
椅子を倒して、社員の一人が立ち上がった。
突然響いた音に、オフィスにいた春香を初めとする社員達が、立ち上がった一人に視線を集める。
そこに立っていたのは、若い男性社員。
つい数分前、上司に葬式の出席を理由に有給を申請しようとした彼だ。
その彼が、セイグリッターとシュピンネのエネルギーのぶつかり合いによるスパークに照らされながら、立ち上がっていた。
「なーに立ってんの、ほら座る、仕事しろ仕事ぉ」
気だるそうに、上司は男性社員に対して座れと命じる。
何時もなら、彼は大人しく着席し仕事を再開しただろう。
だが。
「うるさい!!」
雷鳴のように、男性社員が怒鳴った。
まるで雷に打たれたかのように、上司は驚愕する。
他の社員も、雷鳴を聞いたようにビクッと飛び上がった。
今まで、上司に対して意見はおろか、このように怒鳴り散らす者などいなかった。
故に、その場に居る誰もが、この事態を前に凍りつく。
「………お、お前、こんな事が、ゆ、許されると思っているのか?!」
逆に自分が怒鳴られるとは思っていなかったのか、挙動不審になりながらも、上司はいつものようにゲキを飛ばそうとしている。
「上に問題行動として報告するぞ!お前は、く、クビにするからなぁ!路頭に迷う事になるぞ?!」
口調が乱れた上司が言い放つ。
だが若い男性社員は、逆に上司を睨み付け、勢いよく口を開く。
「………仕事に殺されてたまるか!俺はあんたの模範的社員ごっこに付き合うつもりはない!」
敢然と言い放つ。
回りに静寂が走り、オフィスの外で繰り広げられている攻防のバチバチという音のみが響く。
少しの間を起き、若い男性社員はそのままオフィスからスタスタと出ていった。
普通に退勤するかのように、荷物置きの棚から荷物を取って。
「………俺も」
そしてそれが、引き金となった。
続いて、彼の同僚の社員が立ち上がる。
「………私も!」
「こんな所で死んでたまるか!」
「こんな形で死にたくない!」
次々と、社員は立ち上がる。
まるで、あの男性社員に続くかのように。
「………私だって!」
そして最後に、勇気を振り絞り春香が立ち上がる。
今まで押さえ込んでいた感情が、あの男性社員の行動により爆発したのだ。
「お、おい!お前ら!!」
喚く上司を無視し、彼等は次々とオフィスのドアから出て行く。
一刻も早く、この状況から逃れるように。
「こら!お前ら!仕事をしろ仕事を!おい!!」
最後に残ったのは、一人取り残されたお山の大将状態の、喚き散らす上司ただ一人。
社員が立ち去ったオフィスに、誰も聞かないゲキが、虚しく響くのであった………。
………………
アーマイゼ戦のように、エネルギーシールドにパキリと亀裂が走る。
限界が近づいているのだ。
「ぐ………ぐううっ………!」
シャルルの額に汗が伝い、表情に諦めが浮かぶ。
激突するエネルギーの光に、目が細まる。
このままでは、エネルギーシールドは破れてしまう。
だがシュピンネは攻撃の手を休める事なく、むしろ当初より激しく、ビームの弾丸をエネルギーシールド向けて撃ち込み続ける。
『グギュギュギュ!』
動けないでいるセイグリッター。
それを嘲笑うような、シュピンネの唸り声が響く。
丸山ビルの方を見れば、さっきまでオフィスにいた人々の多くは避難を始めている。
残す所はあと一人………一人残り、仕事を続ける上司だけだ。
既にオフィスから出た春香達社員も、まだ外に出ていない。
『残り1分………!』
しかし、苦しそうにデオンが言ったように、エネルギーシールド全体に亀裂は走り、パラパラと綻ぶように崩れ始めている。
「くそっ………ここまでかァ………ッ!」
パワー負けしたのか、セイグリッターがズズズと後ずさる。
それに拍車をかけるように、ビーム弾丸が撃ち込まれ続ける。
もうだめか。と、シャルルの顔に諦めの表情が浮かぶ。
ビーム弾丸は休む事なく降り注ぐ。
このままでは、エネルギーシールドは破られ、セイグリッターは吹き飛ばされ、丸山ビルも破壊されてしまう。
そうなれば、まだ社内に社員達も………。
『残り10秒!もう限界です!』
「く………そォッ!」
もうダメか。
シャルルが諦めかけた、その時だった。
「全樹!一斉掃射!」
突如、上空より降り注ぐ弾丸、ビーム、ミサイルの嵐。
セイグリッターともシュピンネとも違う第三者より放たれたそれは、全弾がシュピンネに着弾した。
『ギュガアアッ?!』
それにより、ダメージを受けたシュピンネは吹き飛び、そのまま倒れ込む。
ビーム弾丸の嵐が途切れた。
「な、何だ?!」
エネルギーシールドが解除され、疲れが出たようによろめくセイグリッター。
その頭上。
モニター越しにシャルルが見上げる空の向こうより、二機………否、三機の機影が迫りつつあった。
「よし!全弾命中!」
草薙刃の駈る、赤い戦闘機型のスカイデルタ。
「こっちの武装でも、ダメージは与えられるみたいですね」
真奏珠江の駈る、青いステルス機型のシャドーデルタ。
「っしゃ!我等ヤタガラス&デルタの初舞台といきますか!」
それにマウントされている、鏡弥太郎の駈る、黒いドリルタンクのドリルデルタ。
シャルルも、何度もニュースで流れて知っていた。
連合軍の新型兵機“デルタ兵機”だ。
「ドリルデルタ、マウント解除!」
シャドーデルタ下部から、マウントされていたドリルデルタが切り離され、地上の道路上に着地する。
弥太郎がアクセルを踏むと同時に、ドリルデルタはシュピンネ向けて爆走する。
「喰らいな、ドリルメーサー!」
ドリルデルタのドリル部分が上部に向き、シュピンネ向けて青白く輝くレーザービームが放たれる。
………本来これは、地下を掘削する為の物。
ドリル部分にレーザーを纏い、それで土砂を分解しながら進むのだ。
その為、ドリルデルタのドリルはコーン状の形をしており、副産物としてこの様なレーザービーム砲としても機能するのだ。
「ウイングカッター、射出!」
続いて、シャドーデルタの翼より、シュピンネ向けてカッター状のビームが放たれる。
………これも、本来は武装として作られた物ではない。
シャドーデルタに採用された光波推進システム。その応用による物だ。
両方とも武器ではない。
だが。
ズワォ!
『ギュガアアッ!!』
立ち上がろうとしていたシュピンネの背中に、ドリルメーサーとウイングカッターが直撃。
シュピンネの背中の、ビーム砲に変形させていた二本の腕が、火花を散らして吹き飛んだ。
これで、もうビームは撃てない。
『そこの青いロボット!』
「えっ?」
息を切らせていたシャルルに、セイグリッターの隣からオープン回線による声が響いた。
見れば、そこには隣で空中静止するスカイデルタの姿。
『奴の武器は排除した、今のうちにトドメを刺せ!』
「は、はい!」
刃の激励を受けて、セイグリッターは再び立ち上がった。
そして。
「レーヴァテインッ!」
シャルルの声と共に、背部にマウントされた剣………「レーヴァテイン」が展開。
その持ち手を、セイグリッターの腕が掴む。
「レーヴァテイン………ブレイズアップ!!」
狙いを定めるように、その切っ先をシュピンネ向けて構える。
刀身より、ライトグリーンのエネルギーの刃が展開。
そこから放たれたエネルギー波が、シュピンネを拘束し、自由を奪う。
『ギュゴゴゴ?!』
自由を奪われるシュピンネ。
瞬間、セイグリッターはレーヴァテインを振りかざしたまま、スラスターからのホバー走行により、滑るようにシュピンネ向けて迫る。
「だりゃあっ!!」
そして剣を大きく振り上げ、その一刃をシュピンネ向け、叩き込んだ。
ズワァーッ!
たちまち、シュピンネのボディはエネルギーの刃によって、真っ二つに切り裂かれる。
『ガギ………ギギュオ………!』
切り裂かれたシュピンネの前に立つセイグリッター。
構えたレーヴァテインのエネルギーの刃が焼失し、元の姿に戻る。
それを、セイグリッターが再び肩にマウントすると同時に、シュピンネは大爆発を起こした。
ズワォ!
シュピンネは、跡形もなく爆発・四散する。
炎の中佇むのは、敵を撃破したセイグリッターの、雄々しい姿。
胸の金の装飾が、勝利を告げるようにキラリと輝いた。
………………
………………
………戦いが終わった後は、もう太陽が沈みかけ、街を夕焼けが染める頃だった。
佇むセイグリッター。
装甲が、夕日に照らされてキラリと輝く。
『………二つだけ聞きたい』
再び、刃がオープン回線でセイグリッターに話しかけてきた。
セイグリッターの前には、空中静止したスカイデルタとシャドーデルタ。
そして、その下の地上に佇むドリルデルタの姿。
『………君の名は何だ?私達の敵か?味方か?』
穏やかに、だが強い口調で、刃は訪ねる。
連合軍の軍人として、人々の平和と安全を守る者として。
「………デオン」
『はっ、何でしょう』
「回線をオープンに、彼等と話がしたい」
セイグリッターが、見つめるように三機のデルタ兵機の方を向いた。
そして、しばしの沈黙の後。
『………セイグリッター』
セイグリッターから、シャルルの声が響いた。
遠慮するように、それでいて凛とした声が。
『………あなた方の、味方です』
そう言い残し、セイグリッターは光に包まれる。
目映さに刃達が目を細めた後、セイグリッターは空気に溶けたかのように、その姿を消していた。
「………任務完了、チームヤタガラス、これより帰投する」
ジェットエンジンを吹かせ、スカイデルタが舞い上がる。
ドリルデルタが再びシャドーデルタにマウントされ、光波推進システムによる光の尾を引きながらそれに続く。
使命を終えたヤタガラスの駈る三機のデルタ兵機もまた、夕日の中に消えていった………。
………………
それから、しばらくの時間が流れた。
『………皆さま方にご迷惑をかけ、本当に申し訳ございませんでした』
何度見たか解らない、丸山社の会長がカメラの前で頭を下げる光景を、テレビの前のシャルルとデオンは見つめていた。
………シュピンネ戦の後の事だ。
外で二体の巨大ロボット………シュピンネとセイグリッターが戦っていたにも関わらず、部下の社員を退避させなかったとして、丸山社のとある部所の部長が逮捕された。
決め手となったのは、監視カメラに映っていたという映像。
そこには、丸山社のすぐ近くで戦闘が繰り広げられる中、社員に残って仕事をするよう恫喝する部長の姿が映されていた。
裁判でもこの部長は「私は社員の為にやった」「あれは社員の成長を促すためだ」の一点張りで、精神異常による責任能力の有無を問う話も出ている。
丸山社自体は、今や日本の文化を支える柱の一つである大企業なので、潰される事は無いだろう。
インターネットの住人の怒りの捌け口になるぐらいだろうが、これも長くて一週間ぐらいだろう。
そもそも、これは社内に避難勧告が出されている中で、その部長が勝手にやった事。
全て、この部長の責任だ。
「………悪いのはその部長さんだよね、何で彼は謝らないんだろ」
『悪いと思ってないからでしょう、だから代わりにより上の人物が頭を下げてるんですよ』
テレビを見ながら、そんな他愛のない世間話を交わす、シャルルとデオン。
シャルル達は、春香が働いているのがその丸山社という事は知っている。
だが、その部長の元で働いているの事までは知らない。
だからだろうか、シャルル達にとってその話は、他人事を話すようであった。
………そして、この事件を境に、シャルル達の生活にも変化した事があった。
それは。
「ただいまぁ~」
部屋の扉を開き、仕事を終えた春香が入ってきた。
いつもの、残業に疲れたような顔ではなく、爽やかな笑顔で。
「おかえりなさい春香さん!」
それを、嬉しそうに出迎えるシャルル。
シャルルに迎えてもらい、春香も嬉しそうだ。
壁にかけられていた時計は、夕方の5時半を指していた。
部長………春香の上司が逮捕された後、すぐに新しい上司が春香の部署に配属された。
これにより、酷い労働環境であった春香の部署の待遇は、すぐに改められた。
今日のように、ほぼ毎日定時帰宅が出来るまでになった。
残業も、週に一度あるか無いかだ。
………そもそも前の上司の敷いていた労働環境自体、セミナーに影響された上司が勝手にやっていた事で、本来丸山ではこれがデフォルトなのだが。
「晩御飯、今準備しますね」
「はーい、ありがと」
台所に向かうシャルルと、座って背伸びをする春香。
これが“団欒”という物かと、生まれてはじめて感じる定時帰宅の喜びを、春香は噛み締めるのであった。




