第52話 穢れなき天使の愛し方
このままなら、よぞらの意思は再びファムによって塗り潰され、身体を乗っ取られてしまうはずだった。
だが、よぞらは一人で戦っていたのではない。
数々の仲間がいたからこそ、数々の思い出を積み重ねてきたからこそ、こうしてここに生きているのだ。
ファムの流れ込んでくる力が弱まって、むしろ消えていくようにすら思える。
力の方向が変わっているのだ。ファム自身も計算外の出来事のようで、目を見開き謎の負荷に耐えている。
闇がひいていき、いままであたりを埋め尽くしていた黒の大群が勢力を弱めていく。
すると、覆いきれなくなった場所からは無垢の白がのぞき、それがいくつも点々と生まれ、まるで星空のようになっていく。
それがよぞらに煌めきを思い出させて、あの時に掴もうとした光を再び追う勇気を与えてくれる。
暗雲を弾き飛ばし、少女は星空を纏う。
みんながそれぞれの色で輝いて、『よぞら』を彩ったプラネタリウムのように。
真っ白でも、真っ黒でもなく、人々が描いてきた虹色の世界を象徴する天使。
名を、トゥインクル・イグジストといった。
「煌めきはここにありて、闇を打ち払う。いくよ、ファム・ファタール」
イグジストの力は彼女の手元に翡翠色の結晶を作り出し、とある形とする。
記憶から引き出したのは、まひるが用いていた二振りの長柄の武器だ。
闇が押し込められていることに気付いたファムは鎌を振りかぶり襲いかかってくるが、刃どうしが激突したのちに競り負け、押し返されてしまう。
もはや黒でも白でもなく、イグジストの放つ色とりどりの光が部屋を照らしており、ファムは居心地が悪かったのだろう。
部屋から飛び出し、ふたたび天界社内部での空中戦に持ち込もうとしてくる。
よぞらが追いかけていってその考えは現実となったものの、空中戦でも有利になるとはかぎらなかった。
翡翠がエネルギーを集中させ、まひるの必殺技のような光線を放ったのだ。
咄嗟に鎌で防御したファムだったが、今度は分が悪い。
度重なる攻撃を受けていたことによる負荷はたしかに溜まっており、刃はついに耐えきれなくなってしまったのだ。
砕けた刃が空洞をまっすぐに落下していき、すぐに見えなくなっていく。
ファムは武器を失った。鎌の柄であった棒のみで戦うこともできるだろうが、イグジストの力に対抗するだけの力を宿していない。
仕方がないと暗雲と雷撃を纏わせて刃の代わりとするが、それを見たよぞらは再び翡翠に力をこめると記憶を探った。
今度現れたのはみなもの杖だ。振り抜けば、結晶でできた鮫が泳ぎ回り、標的を追い回していく。
余裕をなくしはじめていたファムは、ひとまず宙を逃げ惑うしかなかった。
だがこの鮫は執念深く、さらにはよぞら当人の制御によって距離は縮められていく。
迎撃しかないと踏んで、ファムの雷撃が鮫を撃ち抜こうとした。
同時に、鮫は宿しているエネルギーのすべてを暴走させ、ファムのことを呑み込んでいく。
気がついたとたんに飛びはじめても、爆風と衝撃波からは逃れられなかった。
みなもの自爆にも巻き込まれた翼はむろん壊れ、彼女に痛みを与えるとともに心を動かす。
「まひるちゃん、みなもちゃん……ふたりともやってくれたね……?」
心底嬉しそうにして、翼をなくしたために落ちていくファム。
血を置き去りにどこまでも深くへと舞い戻っていき、最後は天使を作り出していたあの場所に叩くつけられるのだろう。
しかし、よぞらは逃がさずに追いすがり、受け止め、抱き締めた。
イグジストの力の本質は受容にある。
人々の営みであると受け入れたとき、それは人類の生んだ煌めきに等しく、即ちイグジストの力の一部とすることができるのだ。
よぞらは、ファムをそうしていった。
少女と少女が咲かせる華を愛しすぎた少女は、その理であった欲望を受容されたことにより、闇の力を扱えなくなっていく。
最下層に降り立ったとき、少女はすでに変身を解いた姿に、つまり黒羽さやにまで引き戻されていた。
また、そのさやの身体も光にほどけていこうとしており、消滅の時はもうすぐであるようだった。
倒された欲望の化身の残滓が天使の肉体を奪い取って成長してきたのがさやであり、中核となっていたファムが消えれば彼女も消えてしまうのだろう。
よぞらの腕の中で、ため息をつくさや。
光と闇だったふたりの少女は目をあわせ、これが決着の瞬間だと互いに認識する。
そのとき、さやが浮かべていたのは諦めよりも好奇であった。敗北を認めているのかも読み取れない、変わらない目だった。
「……ふふ。あなたは、そんな目をするんだ。他人で編み上げられた、思い出色のきれいな瞳。
その瞳がこれからどうなるのか……少し遠くから、見守ってなきゃ、ね」
今度は傍観者として恋模様を見ていきたいと言い残して、ほどけつつあった身体はついに粒子となって、宙に紛れてとけていく。
そうしてあっけなく消えていっても、彼女は彼女のままであった。
「これで、決着がついたんですね」
よぞらは胸を撫で下ろして、空を見上げた。
きょうは地下からでもよく見えるほどに晴れ渡っている夜を迎えたようだった。
すっかり暗くなってしまったそこには、さまざまな個性をもって光っている星たちが点々とみえている。
ときに寄り集まって形を成していたり。ときに、競うように光らせあってみたり。
まるで、それは人々の営みのようにも見えるものだった。
◇
──かくして、ファム・ファタールをめぐる一大決戦は幕を下ろした。
幸いなことに、民間人への被害は少なく済んでいた。
操られた天使たちによる傷害はわずかにあったが、ファムの消滅とともにあの赤い石が効力を失い、すべての敵がいなくなったのである。
それだけでは解決と呼べずとも。
被害を受けた人や建物は最低限で、元凶であるエーロドージアも戦力を失った。しばらくは活発に動いてこないはずだ。
あの一連の戦闘についてなんとか収拾はついたといっていいだろう。
世間から天使に向く目は、今までと同じというわけにはいかない。
それでも。いや、それだからこそ、天使隊はもっと人々の傍らに立つべきではないか。
次代社長である少女『天世よぞら』はそう考える。
傍らに秘書となっためるくを座らせ、きょうも仕事に勤しむ彼女はさまざまな処理に終われていた。
新しい天使隊を編成することが早急に必要とされていて、さらにアイドル業や復興援助の話その他もろもろが加わって、よぞらとめるくが倍欲しいくらいだ。
いつか亡くなっていった天使たちについても公開するつもりであり、話し合いは頻繁に行われている。
いろんなものが壊れたし、いろんな人が巻き込まれた。
たくさんの犠牲を払ったし、それでも前に進もうと足掻き続けた。
それなのに天界社のデータとして残しておくだけでは、どこか悲しい気がしたのだ。
あのあと、地下道での戦いの末に生き残った天使はよぞらを含めて四人だけだった。
よぞらにめるく、らびぃ、そしてなつきである。
それぞれみんな託されたものも伝えられなかった後悔も持ちながら、なんとか生還し、天界社へと戻ってきていた。
社長にさせられてしまったよぞら、その秘書としてサポートに入るめるくのもとで編成される新たな天使隊においては、らびぃが隊長となることが検討されている。まず間違いなく確定だ。
ちょっぴり素直じゃないけれど、らびぃだったら大丈夫とよぞらは信頼を寄せている。
めるくにもう一度隊長になってもらおうとしたこともあったが。
彼女は自分が宿しているものがすでに純粋な天使の力ではないとして辞退して、かわりによぞらのすぐそばでの補佐となったのだった。
加えて、なつきは新規の入隊になる。
彼女のことはめるくが責任をもつと言っており、ひづきやまきなと出会ったことで彼女も自分を変えようとしているふうに思える。
よぞらとしては、どんなに立派になりそうかなんて考えてみると、なつきのことは楽しみでもあった。
──明星よぞらの世界は、ずっと閉じていたはずだった。
けれどみんなの色をもらって、白は虹色に、空は思い出の色になって、果てしなく広がった。
彼女はやっと、ひとりの少女となることができたのだ。
それはもしかすると。よぞらは自分という、穢れなき天使の愛し方を見つけたということかもしれない。




