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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第51話 明星きらめく夜空

 分かれ道へと進まなかったふたりは、地下道を駆け抜けての戦闘を繰り広げ、しかし互いに傷を受けずにいた。


 かつてのよぞらとさやであったならわずかでも談笑していただろうが、今となっては言葉を交わすことすらなく、あるのは激しい息遣いのみだ。

 暗闇の中を閃光となった少女が飛び回り、放たれる矢とそれを弾く鎌がそのあいだを行き交い、ときに地下道の壁を削り取る。

 削られ舞った土が地に落ちるのは一瞬であった、しかし、そのころには、抉れた跡などとうにどちらの視界にも入っていなかった。


 よぞらも、ファムも、目の前の相手だけを見据えている。

 高速で行われる戦闘の中でも寸分違わぬ攻撃を繰り出し、同時に自らに襲い来るものを回避し続けているのだ。

 どこまでも続いているようで、高所まで飛び立てるわけではない戦場が続き、やがて互いに攻撃の精度やペースが落ちはじめていくだろう。


 だがその時が訪れるのは遠く、先に疲労に屈した側から敗北の道に叩き込まれるのは明確だった。


 敵への集中と自らの限界への抵抗を絶やさず、速度も時間も気に留める余裕がなかった少女たち。

 すでに地下道の終着地点にまで着いていると気がついたのは、一挙に景色が変わり、どこまでも続くように思われた闇が途切れたからだった。


「ここは……」


 見慣れないようで、見覚えのある光景に手が止まるよぞら。

 同時にファムも攻撃を止めており、揃ってあたりを見回すことになる。


 無機質に作られた壁と床。まるで博物館のように立ち並ぶ水槽たち。

 内部にはなにかしらの薬品がとじこめられており、中央には多数の配線がつなげられた人間の胎児らしきものが浮いていた。

 それが天使の製造過程(・・・・)であると気がつくのはすぐ後で、つまりここがどこであるのか確信するのも直後であった。


「お察しの通り……ここは天界社の地下研究施設。かつては私のような人類の敵を研究してたみたいだけど」


 新しい少女を作り上げようとしている水槽のひとつにふれるファム。

 いとおしそうな表情をみせ、この子はどんな世界をみるのかな、と呟いた。

 ファムにもなにか思うところがあるのだろうか、すこし間をおくと、いままでの殺気や欲望をまとった彼女ではなく、優しい調子で語りはじめた。


「……ねぇ、よぞら先輩。はじめてあなたが変身したとき、私を守ってくれようとしてたんだった……よね。

 たまに、本当に嬉しくなっちゃって、そのまま天使として暮らしていこうなんて考えたこともあるの。

 天使のままでいれば、毒婦になんてならなければ、ずうっとこの幸せを噛み締めていられるかな、ってね。

 ふふ、いまさらこんなこと言ったって、無駄なことくらいわかってるけど」


 彼女には、敵の本性を隠し通し、天使たちとともに過ごす選択肢だってあったのだ。

 平穏を拒否し、裏切りを選んだのは彼女自身の決断であり、決断には彼女を突き動かしたものがあるはずだ。

 よぞらが静かにそれを問い、聞いたファムは口元をゆがめた。


「……答えは簡単。天使隊が描く物語を、最高に彩ってあげたかったから。

 純潔も、恋慕も、愛憎も崩壊も破滅も。

 全部、わたしの愛で包んであげたかった」


 答えは一方的な、そして歪んだ善意だった。

 それも、少女同士の恋愛感情へのさらなる愛情を存在の理とするもの、ファム・ファタールとしての。


「だからって、そんな理由でみんなを巻き込んだんですか」


「そうなるかな。まきなも、こむぎも、ひづきも、せれすとえりすも、まひるちゃんやみなもちゃんも。

 みんなの終着はほんとうに美しくて……私、興奮と尊さのあまり鼻血を出しそうだったの」


 頬を紅潮させるファムの姿は、とうていわかりあっていい相手ではないということを示している。

 よぞらがいますべきことは彼女と対話することではなく。

 彼女と対峙し、撃破することなのだろう。


 弓を握りしめて眼前の敵を見据え、声を張り上げる。


「さや──いいえ、ファム・ファタール!

 あなたを、ここで倒します」


「いいよ……エンジェル・トゥインクル!

 天使の物語、本気で終わらせてあげる」


 蒼い雷撃が放たれ、天井が崩れ落ちてくる。

 落ちてくる瓦礫をすべて弓による射撃で打ち砕き、ファムも同様に雷撃で身を守り、同時に上層へと突っ込んでいく。

 石の雨は数度か続き、やがて地上階へとたどり着くと、そこには茜色の天まで続く空洞が広がっていた。


 天界社中央にそびえ立つ塔の内側は、砲台のようになっている。

 そこを戦場として使おうと、ファムは天界社まで続く地下道を用意していたのだ。

 いったいなにを目的としているのかは読めない。だが、よぞらの最期を彩るためだと言い出してももはや驚かないことだろう。


 翼を広げて大きくはためかせながら、弓矢と大鎌の攻防はいまだに続いていく。

 上へと行くには勝手が違い、先のような速度にまでは届かない。だからといって気は抜けず、ファムの猛攻もゆるまない。


 どころか、彼女は地下道では使ってこなかった電撃を頻繁に扱ってくるようになっており、気付くのが間に合わずわずかながらも肌を焦がされてしまった。


 防御できない雷によって回避を強いられるのは確かに負担となる。

 翼の鋭敏な感覚が予兆を捉えてくれても、認識した瞬間から一秒もないあいだで避けきる必要があるのだ。

 それも、上へ上へと飛行しながら。


 攻撃に転じる隙を失ってしまったよぞらは、しだいに追い込まれていってしまっている。

 集中と体力の削りあいであるこの戦闘は、気がつけばまるでファムが仕組んだものであるかのように彼女の手のひらのうえで進んでいたのだ。


 あるとき、ファムの攻撃が鎌ではなく全力の拳となったときがあった。

 武器を降ろし、懐に飛び込んできた相手に対応しきれず、深刻なダメージとならずとも大きく後方に押されてしまった。

 建物の内側からどこかの一室に叩き込まれる形で入室し、よぞらは目を疑うことになる。


「やっと着いた。覚えてるよね……あなたはここで育てられたんだって」


 間違いない。部屋にあるなにもかもが白で構成され、色を持っているのは本に使われている褪せたインクのみ。

 いまになって見ると、常人が放り込まれれば気が狂ってしまいそうな空間だと思う。


 よぞらにとっての、ヒナタという鳥籠──あるいは牢獄の象徴。

 それがこの真っ白な部屋であった。


 思い出してしまうのは、味気なく、変わらないことが当たり前の日々のことだ。

 新しい本の知識に目を輝かすことさえも忘れ、何の刺激もなく、外へと飛び出す日を夢見ては眠るだけの生活を送っていた。


 ファムがわざわざここによぞらを叩き込んだのは、それらを思い起こさせるためだったのだろう。

 ずっと過ごしてきたこの部屋を、よぞら自身の血で彩ることこそが、ファムの考えた物語の終着点であるのだ。


「明星よぞら。あなたの人生はね……こんななんにもないところではじまって、そして終わるんだよ。まるでぜんぶ、なにもなかったみたいに」


 ファムの放つ暗雲と障気が部屋に充満していき、白い壁や家具たちは黒に埋め尽くされていく。

 同時によぞらの身体にもファムの魔の手は伸びており、呑み込もうとしているらしかった。

 一度、この感覚を味わったことがある。意識を奪われてしまい、天使隊を窮地に陥らせてしまったときだ。

 どうにか抵抗しようと試みるが、目の前の彼女は続けて囁く。


「ねぇ、明星よぞら。あなたはここを出て、なにかを成せたの?

 誰かを助けて、それはどんな結果になったのかな……?

 紅まきなも穣こむぎも助けられなかった。逢花せれすと瀬名えりすを犠牲にした。日高まひるも由良目みなもも、私がこの手で殺した。

 これで、誰かを助けたんだ、なにかを成せたんだって、言えるのかな?」


 よぞらの身体から力が抜けていく。

 衣装は黒く染め上げられていく。髪は先程までの部屋と同様の空白となる。

 煌めき亡き暗夜へと誘われ、翼はへし折られようとしている。


 けれどよぞらからは、抵抗する気力が失われていく。

 ファムのその囁き声が心に重く突き刺さり、押し潰されてしまいそうだった。


 ◇


 エフェメラルに託されたコードを用いて、らびぃは製造室を封鎖している壁を解除し、その屋内へ立ち入った。

 ゲレツナーの遺骸はすべて浄化され消えているのに、凄惨な戦いが行われた跡だというのがひと目でわかってしまう光景が広がっている。


 せれすは巨大な砲撃かなにかを受けて散ったのか下腹部が存在しておらず、残っているのは上半身と、切り離された両脚だった。

 そんな死に方をすれば出血量はすさまじいことだろう。

 床に生まれた乾きかけている血のカーペットは、ほとんど彼女のものだったと思われた。


 その一方で、えりすはまたわずかに息を残していた。

 傷だらけの身体で、せれすが遺したのであろうハンマーを杖がわりに立ち、血を滴らせながら呼吸だけを不規則にしている状態だ。

 全身にある傷のようすはひどいのに、出血の勢いが弱すぎる。

 足元に広がる真っ赤な水溜まりや壁などに付着した鮮やかな血痕からしてみても、えりすももう生きるのに必要なだけの体液を持っていないことは明らかだった。


 えりすは弱々しくらびぃの方を向いた。すると、わずかに表情をゆるめ、力が抜けたのか倒れかけてしまう。

 らびぃが駆け寄り支えてやると、虚ろな瞳をかろうじてすこしだけ開けながら、最期の言葉を振り絞りはじめた。


「……ごめん、ね。もう目もよくみえなくて」


「無理しないで、あとはあたしに任せて、あなたは休んで」


「ありがとう……そう、しようかな。せれすちゃん……僕、みんなをまもれたんだよね……?」


 えりすは力尽きる。もはや執念だけで限界を超えて動いていたのだろう。

 彼女のことはせれすの隣へ寝かせ、そっとふたりを寄り添わせる。

 きっと、天の上でも、また寄り添っているはずだ。


 またひとり看取ってしまったらびぃはあたりを見回した。

 せれすとえりすのほかにも、この隔離された製造室には人影が残っていたのだ。

 ネトリータの姿はどこにもなく、撃破されたと思われたが、もう一方の彼女はいまだ衰弱しつつも生き永らえていた。

 バラバローズである。


 らびぃと視線が合うと、無理にでも身体を奮起させ、欲望に従おうと動き出す。

 えりすほどではないが傷だらけで、従えているイバラどもは一本をのぞいて乱雑にちぎられた残骸になっているのみだ。

 その残された一本だけでも、らびぃを傷つけようと向かってきた。


 速度も殺傷能力も失っている死にかけのイバラは通用せず、らびぃがこむぎの銃で放った一撃でちぎれてしまったが。


「……なんで、なんで私がこんな目にあうの……いたいよ、くるしいよ、死にたくないよ」


「バラバローズ、いいことを教えてあげるわ」


 苦しんでいる少女に銃口を向けた。

 彼女に与えるべき慈悲などないし、かける言葉があるとしたら、これだけだ。


「あなたに殺された誰もが、そう思ってたのよ」


 銃弾が彼女の可憐な顔立ちを一撃のもとに破壊し、確実に絶命へと導いた。

 バラバローズは動かなくなり、その身体は消滅をはじめている。


 これで復讐は遂げたことになる。だが、元よりらびぃには別の目的がある。

 数度かえりすの攻撃を受けたらしく、巨大装置はとうに壊れかけだ。

 だが、一度だけ、エフェメラルが仕込んだ反撃プログラムを実行するだけの機能は残っていた。


「お願い、みんな。よぞらちゃんを、助けてあげて」


 実行のキーを入力する。

 ここから、きっとよぞらの反撃がはじまるはずだ。

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