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穢れなき天使の愛し方  作者: 皇緋那
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第46話 仲良しこよしの恋の果て

 ひづきに接触したあとのまひるとみなもは、次の工程へ移り、なんとかそれも成功させていた。

 次の工程とは、捕まっていたせれすとえりすの解放である。


 ふたりが捕まっていた場所はまひるとみなもに警備が一任されており、操られている死人たちを無力化できた。

 だから、簡単にふたりを解放させられたのである。

 なんとかそこまではうまくやり、地上へ連れ出すことは叶っていた。


「せれすさん、えりすさん。こんなことで許されるとは思っていません。でも、これだけは言わせてください……ごめんなさい」


 まひるは頭を下げた。つられて、みなもも深々と続いた。

 そうでもしないと、自分達が裏切り者だという事実に押し潰されていただろう。


 すると、あるとき、髪になにかがふれた。あたたかく、やさしいものだ。

 せれすとえりすは後輩たちのことを許すしるしとして、そっと撫でてくれていたのだ。


「まひるちゃん、みなもちゃん。助けてくれてありがと。それと、そうそう。おかえりなさい!」


 せれすはきっと笑顔なのだろう。だが、まひるは顔をあげられず、またみなもはえりすに身を任せたままで涙をこぼしていた。

 自責の念に囚われていたのに、受け入れてもらえたからだ。


「ま、まひるちゃっ、わたし、わたし……!」


「……うん。おふたりとも、ありがとうございます」


 いちど深呼吸して、みなもに向かって頷いて、それから双子天使のそれぞれと目をあわせた。

 互いに曇りはなくて、天使の光を信じていた。


 憧れていたあの舞台に戻ってきてもいいのだと思うと、心に芽生えた歓喜を押し止めることなんてできず、笑顔がうまれてしまう。

 それに応えてか、せれすは満面の、えりすはぎこちなく、こちらも笑顔をみせてくれる。


 そんなまばゆい時間の中にも、影は前触れもなく射し込んでくる。


「……せれまひに、えりみな。えへへ、それもアリかな。いいもの見せてもらっちゃった」


 いま最も聴きたくない、最悪の可能性。双子天使にとってのそれがその声であり、またまひるとみなもも危機感を持って彼女を見た。

 ファム・ファタール。黒羽さやだ。

 四人の天使は警戒とともに変身し、最大の敵に対峙する。


「せれすさん、えりすさん、行ってください!」


「今度は、わたしたちが止めなきゃ!」


 さやを敵として見たいわけじゃない。でも、彼女が率いる悪は本気で天使を潰すつもりだ。

 せれすとえりすが行かなければ、よぞらたちだってそのすべてを相手取るのは不可能かもしれない。

 またこむぎのときのように、後悔の波に襲われるかもしれない。


 あんな思いは、もう嫌なのだ。


「……まひるちゃん、みなもちゃん。ふたりは私のこと、キライなの?」


「ううん。大好きだよ。だから……ここはわたしたちが止めるの」


「まともに喧嘩もしてこなかったしさ、ここで一回殴り合っちゃおうか」


 天使の戦闘服に身を包み、大斧と長槍、そして杖を向ける。

 さやもまた鎌を抜き、刃を鈍く光らせる。


 せれすとえりすがしきりに振り向きながら遠ざかっていくのを見届け、やがて姿が見えなくなると。

 仲良し三人組はじめての大喧嘩が、ついに始まってしまうのだった。


 振るわれる武器がぶつかりあい、火花を散らす。

 斧を用いて鎌を押し止め、槍を突き通そうとするまひるだったが、さやは斧の側を押しきることでまひるの体勢を崩す。

 そういうピンチをカバーするのはみなもの役目だ。水流を起こして放ち、さやの回避を誘う。


 助けられたまひるはすぐに立て直し、みなもへの礼の言葉を掛け声としてふたたび飛びかかっていく。

 回避の直後であったゆえ、避けるのは難しいとして重量級の武器ふたつの起こす衝撃を鎌のみでなんとか受け止めた。

 押し合うふたりのあいだに、今度もみなものサポートが入り、さやは水流か刃かを選ばされることとなる。


 さやは水流を避けなかった。だが無防備に受けるわけではない。

 暗雲が立ち込め、桃色の電撃が水流に襲いかかっていく。

 あとは一瞬だ。水流の中を縫ってみなもの杖にまで到達した電撃は彼女自身に激痛をもたらし、苦痛の呻き声をこぼさせる。


「みなもっ!」


 まひるの注意が逸れた。さやが待っていたのはこのタイミングだ。

 今度の電撃は青いもので、鋭くまひるの身体を貫いていく。

 一瞬で焼け焦げた皮膚や肉が放つ匂いが立ち込め、まひるは血を流す。


 今のは電撃というよりは槍のようだった。できた傷は大きくないが、きれいに貫通し、まひるの白い脇腹に一筋の赤を走らせている。


 それでも、彼女が向かったのは大好きな友人のもとだった。

 自分の傷よりも、みなもへの心配を優先したのだろう。

 美しい友情に感激したのか、ファムは感謝の言葉とともに暗雲からの雷撃を放ってくる。


「やっぱりまひみなは尊い……ありがとう、ふたりとも。ふたりといてよかったって、心から思う」


 言葉とは裏腹に、攻撃には慈悲も容赦も含まれていない。

 あるのは、興奮と殺意だけ。

 まひるがエネルギーをこめての迎撃でなんとか受け流したが、その余波で彼女の身体はいくらか焦げ付いた。


 さやは興が乗ってきたのか、鎌に電撃を纏わせ、斬撃のように放つ芸当もみせてくる。

 さらには本人も斬りかかってきて、同時に対処することが求められた。

 足手まといでいるわけにはいかないとみなもが力を振り絞って対応するが、彼女ではさやの力を押さえきれない。


 咄嗟にまひるが庇って、みなもに新たな傷はつかなかった。

 だが、庇ったほうはそうもいかず、天使装束ごと裂かれた大きな傷が走ることになる。

 それでも、まひるは逆にさやを押し返そうとする。


「……みなもちゃんが大切なんだね、まひるちゃんは」


「うん、その通りだ。もちろんさやのことだって」


「ふふ、嬉しいな」


 微笑みを浮かべながらの蹴りで、まひるが突き飛ばされ、そこへの追撃でさらなる裂傷が刻まれた。

 咄嗟に槍をぶつけたが、鎌の刃に当たっても狙いがすこし逸れるだけで、攻撃を完全に免れることはできていなかった。


「そんなに好きでいてくれる女の子とお別れなんて、私、さみしい」


 今度は目を狙った一撃で、さやは綺麗にまひるの左目を潰してみせた。

 それでもまひるは反撃に移ろうとし、鎌に向かって斧を振り下ろす。

 金属音が響いたが、さやへの決定打にはまったくなっていない。

 隻眼になったせいで、感覚が狂っているのか。


 そんなまひるが口を開く。


「……みなも。私たち三人、最高に楽しかったよな」


 まるで遺書のような、彼女が言い残したい言葉たちだった。


「先輩に迷惑かけたこともあったし……みなもがたくさん好きだって言ってきて、暴走したときもあった」


 武器を振るうのをやめず、しかし言葉はたしかに紡がれる。

 みなもへの手紙で、同時にさやへのものでもある思い出話だ。


「大好きって言われたとき、私は嬉しかったんだ。胸のあたりがきゅんってして、今みたいにケガしてるときよりずっとくるしくてさ」


 話しながらも、戦闘はしだいにまひるが押される形で進んでいく。

 さやの攻撃はゆるむことなく彼女を傷つけて、立っているのがやっとまで追い込んでいく。

 そうなったまひるに残されている手は、最期の一発に賭けることくらいだった。


「だから……おかえしだ。みなも、それに、さやにも。大好きだよ、ずっとずっと」


 全てのエネルギーを交差させたふたつの刃に集中させ、放つのは一筋の光明だ。

 充填も起動もさやには知られている。それでも、そう放つしかない。


 こうして放ったまひるの決死の一撃は、さやの鎌がその刃で受け止め、受け流し、ついにまひるが力尽きて終わってしまった。

 もう脚にも力が入っていない。槍を地面に突き刺して支えにして、やっとの思いで立っている。

 歩み寄るさやの刃が明確に首を狙っているとわかっても、避けられない。


 そして、滞りなく斬首は行われた。


「……あとは、みなもちゃんだね」


「まひる、ちゃん。そっか。そう、だよね」


 眼前に転がっている親友の首を前にして、みなももまた、さやに向かっていくしかない。

 だがさやは、まひるをなくしたみなもなど取るに足らないと知っている。


 迎撃の構えさえとらないさやに見守られ、みなもは最期の抵抗をする。

 それは、愛する親友を殺した少女に抱きつくことだった。


「あのね、さやちゃん。わたしはまひるちゃんが好きだったし……さやちゃんのことも、好きだったんだよ」


 杖にエネルギーを集め、鮫の形にして放出するのがみなもの必殺技だった。

 しかし、その杖を捨ててその操作を行えばどうなるか。

 即ち、行き場をなくしたエネルギーが暴れまわり、天使の身体の限界など超えた力をもって外へ出ようとする。


 まずい、と思ったときには、すでに遅かった。

 みなもの身体が耐えきれず破裂し、抱きつかれて密着していたさやが巻き込まれ、その背の竜の翼が大きく損傷していく。

 ファム自身もヒナタにしか味わわされたことのない激痛を追体験し、思わず表情をゆがめる。


 やがて水色の輝きが晴れたときには、もはやみなもは肉片もわずかしかなく。

 そこには背部に大きなダメージを受けているさやしか残っていなかった。


「私と心中までしようだなんて……やっぱりふたりってば、最高に推せる天使、だったよ……!」


 心の底から湧き出る感情を抑えずに、身体を震わせめいっぱいに笑う彼女。


 仲良し三人組の結末は、毒婦の微笑みに行き着いていた。

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