第44話 天使隊危うし!暴走する少女たち!?
一見、なんてことのないただの家屋であるこの場所。
エーロドージアのアジトとして使われているのだが、そんなことを知らない哀れな少女が通りがかることがある。
そんなとき、運がよければなにも起きずにすむだろう。
だが、運の悪かった少女はというと。
罪もない、ただ通りがかっただけだというのに、その純潔と、最悪の場合命までをも奪われることになる。
この日、またひとり犠牲者が生まれ、最悪の被害を受けていた。
やったのはネトリータとバラバローズだ。
先日双子天使にちょっかいを出し、ゲレツナーをつなぎあわせるなどして尽力したのだが、失敗に終わっていた。
ネトリータはけっきょく見たかったものを見ることができず、むしゃくしゃした結果、通りがかりの少女で発散することに決めたのだ。
相手にわかるはずもない愚痴をぶつけ、小柄な少女のことをせれすに見立てて弄び、飽きるとバラバローズのほうに押し付けた。
バラバローズもまた、こむぎによる決死の反撃が響き、しばらく行動不能に陥っていた。
むろんその間も欲望は募るばかりで、餌に飢えた猛獣も同然となり、いざなにかを食らおうとも考えていた。
そこに放り込まれてくる少女がいれば、彼女は容赦も躊躇もなく食らう。
久しぶりの獲物ゆえにゆっくりと味わおうと欠損や裂傷はほどほどに抑え、死へ近づいていく恐怖をめいっぱい与えて、人格が壊れたとみると腰から下を引きちぎって終わりにした。
アジトを血や内臓で汚したことによる片付けの苦労は考えず、自分の快楽だけを求めるエーロドージアたち。
常人が見れば気持ちのいいものではないどころか、吐き気を催すだろう。
そんな光景のもとへと、ふたりの天使を引き連れた少女が現れる。ファム・ファタールだ。
ふたりが散々に扱い、ついには殺してしまった少女の残骸を見下ろし、くすりと笑ってみせる。
彼女に関してはグロテスクが好きなわけでなく、恐らく彼女の凄惨な死を知ったときの女友達の反応を空想して笑ったのだろう。
引き連れているまひるとみなもが吐きそうになり、なんとかこらえている様を横目にしながら、ファムはエーロドージアたちに歩み寄った。
「こんなにするくらい溜まってたなら、言ってくれればよかったのに。もっと早く用意する努力ぐらい、惜しまなかったよ……?」
ファムの考えていることは、エーロドージアたちにはわからなかった。
けれど、きっとこれからもっといいことが起こるのだろう。
ネトリータもバラバローズも、思わず期待の笑みを浮かべてしまう。
「これからほんとうに面白いことをしようと思うの。紅まきな、穣こむぎ、そして天世ヒナタが死んじゃったいまなら、最高の舞台が整ってるから」
ファムはヒナタとよぞらの衝突を察知していた。が、介入はしなかった。
その理由は、仮にどちらかが倒れたとき、片方だけでは対処できないほどの事態を引き起こす準備をしていたからだ。
別の地方に存在しているエーロドージアに連絡をとり、その力の一部を受け取ったファム。
それを自らのエネルギーを用いて拡大し、災厄を呼び起こすのだ。
「ふたりにもやりたいようにさせてあげるから。期待してくれちゃっていいんだよ」
ファムが浮かべる、聖母の微笑みの模倣じみた表情。
それはまひるとみなもを戦慄させるような、おぞましいものを奥底に孕んでいた。
◇
せれすとえりすが元に戻ってから数日。
ふたりは以前にも増してくっついていることが多くなり、偵察任務に出るのも一緒であった。
よぞらとしても、ふたりがいっしょにいるなら敵はいないと信頼している。
だから、まったくその心配はしていなかったわけなのだが。
帰ってきた報告はまったく予想外のもので、それを聞けば驚かないほうが難しかった。
「よぞら、すごく大変……なにが起きてるのかわからないけれど、天使が人々を襲ってる」
「え……?」
「見習い天使たちが掴みかかったり暴力ふるったり……とにかく、僕とせれすちゃんは止めに入るから、らびぃさんとめるくさんにも伝えて」
「はっ、はい!」
天使が人々を襲うなんて、まずありえないことだ。
ゲレツナーによる擬態や洗脳の可能性は確かにあるし、精神操作を行う敵は先日のせれすとえりすの事件でも現れている。
まずはめるくのことを管制室へ呼び出し、らびぃも交えた三人で話し合うしかない。
よぞらは連絡を入れながら管制室へと急ぎ、すでについていためるくとともに、らびぃの向かっている画面を見た。
すでに異常性を察知しているらしく、街中にあるたくさんの反応をとらえており、それらは紛れもなく見習いの天使たちだとされていた。
「いったいなにが起きてるのかしら。こんなことする子、いるはずないじゃない」
「らびぃさん。所属データとの照合は?」
「えぇ、やってみるわ。この波形よね、ここをこうして……」
らびぃによる操作で解析がなされる。しかし、結果は思っていたものとは違っていた。
表示されたのはひとりの見習いの天使で、たしかに天界社のデータにあるものと一致している。
さらに、監視カメラから得られる画像からしても、同じ少女だと断言できるだろう。
だが、明確に異常な点がひとつある。
データにおいて、彼女は「任務中に殉死した」とされているのだ。
すでに亡くなっているはずなのに、こうして現れ、人々を襲っている。
まるでパニック映画のような状況だった。
次々と解析していっても、同じく死した少女たちが表示されるばかりだ。
死体を動かすゲレツナーでもいるのだろうか。だとしたら非常にやっかいだ。
すでにこのゾンビ騒動は街全体に広がっている。今から動いて、どうにかなるだろうか。
よぞらの額に冷や汗が伝った時、外部からの電話が舞い込んでくる。
出てみると、内容は案の定苦情である。
どうなっているんだ、と怒鳴る声の背景では天使たちと人々が殴りあっているような音がしていて、耐えきれずよぞらは一方的に電話を切った。
嫌な予感ばかりがする。本当にゲレツナーを倒せば止まる騒動なのだろうか。
とにかく、まずは地道にでも暴れているみんなを止めていくしかない。
きっとその過程で、いつしか黒幕に出会うことができるだろう。
めるくと顔を合わせ、またらびぃにも出撃の意志があるようで、皆で管制室をあとにした。
そこまではよかったのだが。
もっと最悪だったのは、いくら連絡しても応えない天界社のため、この本社へと人々が押し寄せていたことだ。
あれでは、エントランスからは出ていけないだろう。
「窓から出ていくしかないみたいね」
「……はい。とにかく今は原因を突き止めないと」
らびぃの言うとおり、三人でともに数フロア上の階層の窓から飛び立つ。
視界の下方では人々が口々に天使が逃げたと叫んでいるが、構っている暇はない。
エンジェル・トゥインクルとなったよぞら、プリザーブド・クリアの翼を展開しためるく、エンジェル・スコープへ変身したらびぃがそれぞれ空中を舞う。
上空からでも一般人と組み合っていたり、街中を荒らしていたりする者が目立っている。トゥインクルは矢を放ち、まず彼女たちを牽制した。
視界の真ん中に打ち込んでも反応は薄い。やはりなにかに操られているのだろうか。
そう思っていた最中、上空からモーターの駆動する音が響いてきた。
この爆音には聞き覚えがある。殺意とともに迫り来るこの気配は、間違いなく彼女だ。
「見つけた、明星よぞらッ!」
突貫してきた敵を回避し、その姿を視界におさめる。
背中に炎の翼を備え、チェーンソーを武器として持った少女。
彼女は紅なつき。まきなの遺した娘である。
「なつきちゃん! いったいなにが起こってるの!?」
なつきは笑う。
「簡単だよ。あんたたち天界社が見殺しにしてきた天使どもを使って、この街だけじゃない、世界をひっくり返してやるんだ。エーロドージアが誰もが欲望を満たせる世界を作り上げる」
その言い方は、まるでなつきがいまのエーロドージアに賛同しているかのようだ。
いや、実際そうなのかもしれない。
誰かを助けたいだなんて持ち合わせず、よぞらに敵意を向けるほかにない彼女なら、一方的な憎しみのためだけに悪にだって手を染めるだろう。
そこに性欲が介在しないのが救いだと言えようが、とにかくなつきは敵だ。
亡くなった天使たちに街を、人々を襲わせるなんて。
かつて守ろうとしていた彼女たちの魂を冒涜することにほかならない。
少しでも早くこの騒動を止めるには、なつきを止めるところからだ。
目の前のなつきに弓を向け、矢をつがえる。
「ここは私が止めます、めるくさんとらびぃさんは」
「先に行かせるわけないでしょ!?」
なつきの合図を受けて、目下の街並みからいくつもの影が飛来しはじめた。
甦らされた天使たちである。なつきはよぞらもめるくもらびぃも捕まえさせるため、たくさんの駒を動かしたのだ。
「なにすんのよ、離しなさい!」
「っく……なんて数ですか、これではきりがありません!」
らびぃが注射器を振り回し、めるくが剣で振り払おうとしても、相手は数で押してくる上、その姿は天使そのものだ。
すでに死んでいる相手だとわかっていても、傷つけたくないとためらってしまう。
その隙に武器が取り上げられ、また翼がおさえつけられ、抵抗も飛行も封じられて、もはや落ちていくほかに選択肢がなくなっていく。
「めるくさんっ、らびぃさん……!」
「あがいてももう無駄だから。おとなしく捕まったほうが、後で楽に殺してもらえるかもよ?」
よぞらにも例外なくまとわりついてきて、飛んで逃げ回ってもその逃げた先にも相手はいる。
からみついてくる体温のない腕や脚が、形容しがたい不快感とともに、身体の自由を奪ってくる。
その様を眺めて、なつきは笑っていた。
引きずり下ろされていくのを、自分から姉や母を奪った報いだと言いたいらしい。
そんな彼女めがけてよぞらが手を伸ばしても、とうてい届くはずはない。
死人でできたゆりかごがどこへ向かっているのかもわからぬまま、よぞらたちはただ運ばれていったのだった。




