第15話 私は私なんですから!
ゲレツナーは撃退した。
しかし、自分のせいで街が壊されてしまった。
自分は守り通されたのに、まともに戦えなかったのに、報いの傷を受けることもなかった。
誰もよぞらを責めようとしてさえくれない。
よぞらが長の娘であったから、下手なことはさせられないとでもいうのだろうか。
皆が優しいと知っていても、いまのよぞらにはそう思えてしかたがなかった。
天界社へ戻ってすぐに、外回りで出動できていなかったまきなが帰ってくる。
彼女はよぞらのようすを元気がないものだと思ったらしく、自室にまで訪ねてきた。
「やっほーよぞらちゃん。なにかあったの?」
「あ、あの、まきなさん」
自分から言うのにはためらいがある。
けれど、言わなければ始まらない。いまこのときだけは、自分の口から告げないと。
「私がヒナタさんの娘だっていったら、驚きますか?」
こむぎだったら、あの人はなんでも知っていそうで、わざわざ告げなくてもいい。
でもまきなには、情報に長けているイメージはない。事前に知っていることはないと思う。
けれど彼女は、めるくやらびぃのように目を丸くするのではなく、そのまま話を続ける。
「驚くよ。だって、社長さんすっごく有名人だし」
よぞらの望んでいた答えではなかったが、まきなの笑みは心の落ち込んでいるのを和らげてくれる気がする。
「あっ、でもね。よぞらちゃんがヒナタさんを継ぐんだったら応援するよ。だって、よぞらちゃんってばしっかりしてるし……なんつってね」
自分が天界社のリーダーになる。想像もできないことを想像しようとして、よぞらは首をかしげた。
まきなは、よぞらだったら任せられる、と言って、認めてくれているのか。
「いつもめるくが言ってるんだ、よぞらちゃんは心配なんだけど、いつもその心配を通り越していくって」
「……でも。私、まともに戦えてなくって」
「そっかー、じゃあ一緒に特訓しようか?」
まだまだ戦闘経験の浅い、しかも訓練を受けてこなかったよぞら。
まきなの提案は嬉しかった。
いまの自分の力ばかりを過信していては、いずれ限界がくるのは間違いない。
その限界が、いまなのだろうか。
先輩天使に教えを乞い強くなれたなら、きっとよぞらでもみんなの力になれる日がくるはずだ。
まきなに向かって、深く頷く。
「私、やります。やらせてください!」
それに応えて、まきなはまた笑ってくれる。
「オッケー、じゃあ行こうか!」
彼女もきっと、よぞらが強くなることを望んでいる。
その手で、よぞらのことを先輩たちがいるステージまで連れていってくれるだろうか。
◇
天使との戦いにおいて、エーロドージアはたいてい負け続きとなる。
あの清純の具現ともいえる少女たちを堕とすには、相応に強力な性欲、あるいは向こうの心をなびかせる準備が必要になる。
戦いの日々を送る以上、指先に切り傷を負うことはめずらしくない。
だが、バラバローズはあくまでも加虐者なのだ。
痛みを与えるのは得意でも、それに耐えられるとは限らず、先程クリアに受けた傷によって涙目になっていた。
それを見たクシュシュとネトリーノも、どこかで性欲を刺激されていた。
「バラバローズ。おまえが指をやられてるってことは、触れたいと思うだけの余裕があったのか」
聞かれた当人は、深く裂かれた指をくわえながらうなずいた。
つまり、いま天使たちの精神は安定していない、というわけか。
「おいおい。じゃあ俺が犯しにいってやろうじゃねえか」
そういって、ネトリーノが動き出した。
彼の心のうちに、天使たちの姿が浮かぶ。
少女同士が愛し合い、そのあいだに自らが入ることで、両手に華を持つ。
それがネトリーノの抱いている夢である。
先程のバラバローズのように涙をにじませながらも、快楽から逃れられない姿を妄想する。
彼が沸き立たせていたのは、とりわけ凶悪で、下劣な欲望だった。
◇
まきなはパトロールだったが、こむぎとさやは仕事があっての外出だった。
天使とはアイドルのような側面もあるわけだが、それは番組や雑誌の仕事がやってくることもあるということだ。
今回はヒナタが入れた雑誌のインタビューがあったので、ふたりでさまざまな質問を受けていた。
こむぎとしては、さやは物静かな印象ですこし不安だったのだが、意外によく話してくれる。
心配は杞憂に終わった。
「さやさんは新メンバー、しかも三人組とのことですが、実際三人の仲はどうなんですか?」
仲良し営業だと思っているかのような、困らせたい意志が見える質問だ。
さやにすこしの静寂が生まれたので、こむぎが助け船を出そうとしたとき、彼女は恥ずかしそうながら口を開いた。
「まひるとみなもは……尊いです。あのふたりの関係を間近で見れるなんて、天使に生まれてよかったなと思いますね」
天使としては特殊なキャラクターだが。あれは本心だ。
そこ金色の瞳に、嘘を吐いた陰りはまったくみられない。
それだけに、さやがどのような子か知らなかった記者は首をかしげていたし、心から好きなものについて話す彼女をこむぎもはじめてみたのだった。
◇
まきなの用意していた特訓とは、想像以上のことばかりだった。
不規則にパンチをしかけてくる機械を相手にし、目隠しをして避け続けるもの。
捕まえようとしてくる大量のロボットアームから逃げきるもの。
トゲが敷き詰められているぎりぎりを低空飛行するもの。
怪我をしかけながらもついていこうとした特訓は、いずれも度を越して大変で、休憩に入る頃にはもうへとへとになっていた。
「まきなさっ、も、もうだめ、です」
「……無理しちゃだめだよ、よぞらちゃん。こんなふうにむちゃくちゃなことばっかりしてたら、とっても疲れちゃうでしょう? まず自分ができることをしないと。ほら、心もおんなじだよ」
「それ、って」
「つらくなったら、私たちが手伝うし。天使隊はそのためにあるの。よぞらちゃんは、一人じゃないからさ」
そういって、てれくさそうに笑うまきな。
彼女のおかげで、よぞらを息苦しくさせていたなにかがほどけたような気がして、ついつられて笑った。
次の瞬間には鳴り響いていた警報には驚かず、うなずきあって、特訓の疲れも忘れて駆け出した。
警報により知らされた敵の出現は、本日二度目であることもあり、よぞらをはじめとした数名は下がっているように伝えられる。
しかし、こんなときこそ自らを克服できるのだと、よぞらは退かなかった。
らびぃの反対を押しきって、出撃へとふみこむ。
敵は青年、ネトリーノだ。
彼はすでに、天使たちに生理的な嫌悪感を催させる雰囲気をまとっており、駆けつけた天使を見るなり性欲を暴走させる。
白濁の光は怪物となり、それがうさぎの耳を備えた青年の姿にまで凝縮されていく。
ネトリーノよりも攻撃的な顔立ちをもち、真っ黒な服装に身を包んだその立ち姿は、不審にして恐怖を孕んでいる。
あれが少女同士の愛を破壊するために生まれたゲレツナーであると、よぞらは肌に触れる空気だけで理解する。
だからこそ、怖じ気づくことはない。
いくら心配されていても、自分はそれを越えていけばいいのだ。
よぞらはその心を強く持ち、エネルギーをまとい、翼をひろげる。
手にした弓と矢から溢れる光を纏いつつ、たしかにそこに立った。
「──きらめく翼のトゥインクルスター! エンジェル・トゥインクル!」
トゥインクルに続いて、クリア、ヒート、スコープが天使の姿となる。
まず、クリアとヒートが一瞬の目配せだけを合図として攻撃をしかけていく。
黒服のゲレツナーは通常とは格が違うようだ。
振り下ろした剣と拳が受け止められ、どちらにも黒い侵食が生まれてゆく。
天使を穢すために生まれたかのような能力だった。
驚き無理やり離脱を試みたクリアとヒートに、それぞれ蹴りや真っ黒な波動を浴びせて吹き飛ばす。
攻撃に含まれている真っ黒なものは、天使を苦しめる。ふたりはなかなか起き上がれず、得体の知れないものの侵食にあえぐしかない。
ゲレツナーの狙いが、今度はこっちへと移ってくる。
スコープはよりいっそう、トゥインクルを庇って立つ。
そんな彼女の焦りがみえる後ろ姿に、そっと手をふれた。
「スコープ先輩。私を守ってくれるのは、嬉しいです。でも、私だってみなさんと一緒に戦いたい」
「……でも。あなたはヒナタさまの」
「それより前に、私は私なんです。いま自分に出来ることをしなくちゃ。それに、先輩に無理はさせられませんから」
自分はまず、『明星よぞら』の名を与えられたひとりの天使なのだ。
心に従わずヒナタの名のもとに庇護されている存在ではいられない。
それは、明星よぞらとして生きていない。
何もなかった真っ白な私を、明星よぞらに、そしてエンジェル・トゥインクルにしてくれたのは天使隊で過ごしてきた日々なのだ。
よぞらの瞳に光がともる。
ただ想いを心のうちに燃やすだけでなく、聖の力が集まってひとつの光輪をなしていく。
天使の輪。
それは神話において描かれる、天使の純粋さの象徴である。
トゥインクルは目の前にあらわれた輪にふれる。
起動したらしい輪がいくつものパーツにばらけて、今度はトゥインクルの弓に装着されていく。
聖なる力をまとわせるのだ。
そこへつがえられた矢もまた光を帯びて、トゥインクルの衣装を構成するものまでもが集結していく。
「──ピュアハート☆ヘヴンズフォーチュン!」
天よりくだされる運命は、ゲレツナーを貫き、一矢のもとに欲望の消滅をみちびく。
それだけではない。拡散した光はクリアとヒートにもとどき、彼女らに入り込もうとした闇を祓っていく。
その光景を前にして、スコープは天弓に視線を奪われていたし、ネトリーノはなんだよそれ、とひとしきり文句を吐いて逃げていこうとする。
「っちぃ、腹立つ女だぜ、パワーアップなんてしやがって! 次こそは犯して」
「次なんてない」
いつもなら、彼は逃げおおせたであろう。
しかし今回は事情が違う。
振り返ればすぐにわかることだった。
ネトリーノの退路を断ったのは、仕事を終えて大急ぎで戻ってきたファニーとブルームだったのだ。
「なっ、なんだよ! 俺が混じっちゃ悪いって言うのかよ!? だって、あんただって──」
「フォーリングハート☆グリーフ」
ファニーの瞳には、憎悪にも近しいものが詰まっている。
あれを止めることは本人にもできないだろう。
鴉の色に淡く輝く鎌は、幾度となくネトリーノの身体をくぐる。
刃が通ったままの傷をつくりあげ、描かれたそれらは彼に終焉を与える。
「……っぐ、な、なんであんたが俺を……!」
声が届くことはない。
彼がなにを口走ろうとしていたかに関係なく、攻撃の波が押し寄せてくるのだ。
やがて、彼は欲望を吐露することも悲鳴をあげることもなく、静かになった。
残ったものは、ただ赤い塊である。




