第14話 大変!?パパが来ちゃいました!
天界社の数十階・タワー部分には、代々使われているという社長室というものがある。
出入りできるのはわずか数人だけだ。
その数人に選ばれれば、その室内を覗き、天界社の長の生活をうかがい知ることができる。
実態はというと、端から見れば勤勉といえるものではない。
むしろ、自堕落めいた部屋である。
現在の長『天世ヒナタ』は、天世の女の例に漏れず、事後処理や治療の仕事に打ち込んでいる一方で、私生活には無頓着であった。
そのため、天界社としての事件の処理や、情報の管理もろもろを自分でやろうとし、ついに空腹が限界を迎えるまで気づかずに作業をしていた。
限界を迎えた結果、部下に休んでいろと言われ、ついに追い出されてしまったのだ。
そんなわけで社長室に戻ってきたヒナタは、しかたなく伝統のポテチとコーラでごろごろしていたが。
ふと思い立って、この間天使になったばかりの新人たちとはまだ顔を合わせたことがないのを解消しようかと思った。
本部にいる天使たちは、皆ヒナタの娘のようなものだ。
たまには構ってやるべきだろう。
ヒナタは、お気に入りのTシャツに着替えることにした。
農村に戦闘機がマシュマロを投下し、それに人々が怯えて逃げ惑っている、なんて柄のものだ。
その独創的なセンスをヒナタはとても気に入っている。
着替えたら、三人の新人に会いに行こう。
このセンスを理解してくれる天使がいたらうれしいのだが。
◇
社長がやってくる、といきなり言われ、天使隊は騒然としていた。
はずなのに。
あわてていたまひるやみなもも、めるくも、らびぃも、皆が静まる。
独創的すぎて、わけのわからない服装で現れたからである。
相手は社長で、愛想笑いをしようにも笑えない。
つっこみ所が多すぎて頭が混乱するだけだ。
その場の全員が真顔になっていて、空気は張り詰めていた。
「……諸君、ごくろう」
残念そうにする社長──天世ヒナタ。
おもしろいと思って、その服で来たのだろう。
よぞらにとっては、その服は魅力的というか、ヒナタにとっても似合っているような気がした。
とても彼女らしい、というか。
なによりも、ヒナタの口からこぼれた声は、よぞらにとっては懐かしい響きを持っていた。
「もしかして。『父の声』って」
よぞらが閉じ込められていたとき、真っ白な部屋にゆいいつ響いてきたあの声。
父を自称していたものに違いない。
よぞらの呼び掛けに、ヒナタは驚いた顔をして、それからすぐに笑顔とおおきなジャンプで歓喜をあらわす。
軽い足取りでこちらへ近寄ってきたかと思うと、強い力で抱き締められた。
「そうか。立派に育ったんだな。よぞら」
自分が父と名乗っていたことを否定しないヒナタ。
まさか。この建物によぞらが暮らしていたということには理由があるとは思っていたけれど。
その理由が『社長の娘である』というものだとは想像だにしていなかった。
よぞら自身も驚いていたし、天使の仲間たちも目をまるくしていた。
「……まさかよぞらさんが。いえ、よぞらさんのことは確かに天使として頼りにしていますが、そのようなご出生であったとは」
「そ、そーいうことは早くに言いなさいよね! 社長の令嬢にあんな仕事させてたなんて、オペレーターとしてまずいじゃない!」
めるくは平静をよそおいつつ汗がにじんでいて、らびぃはみるからに焦っている。
まひるやみなもにいたっては言葉を失っていて、よぞらもヒナタの抱き締める力が強すぎてなにも言えず、解放してもらうまで誰も落ち着いていなかった。
離してもらってからは、よぞらとヒナタだけが話し合うことになる。
「すまない、君を閉じ込めたのは私なんだ。君が、よぞらが天使になったことは知っていたけれど、今さら顔を会わせようなんて思えなかったんだ。許してくれ」
「そのTシャツで言われても、頭に入ってこないです。社長さん」
よぞらだって、好きでとじこもっていたわけじゃない。
世界がひらいているのをみつけたとき、誰に誘われるまでもなく外へと歩みだしたのは、真っ白なだけの景色に嫌気が差していたからだ。
彼女がたとえ目上でも、たとえ本当によぞらの親だったとしても。
許すなんて今のよぞらにはできないだろう。
そうしたら、自分が積み重ねてきた時間を否定するように思えてしまっていた。
ヒナタは誰にも服の良さを理解してもらえなかったときよりも、ずっと深い悲しみを含んだため息をついた。
天使隊への訪問はここでやめてしまうらしい。
まひるとみなもに挨拶をし、ヒナタはよぞらに背を向けた。
自分が彼女の子だとは思えない。
相手はこの天使隊を束ねる天界社の長だ。
空白ばかりのよぞらとは違う。
自分のことをヒナタに重ねるなんて、できなかった。
きっと、彼女は仕事だけでなく私生活も完璧でいるのだろう。
片付けるのをつい後回しにしてしまうよぞらとは違う、そのはずだ。
◇
ヒナタが戻っていってから、天使隊には妙な静寂が漂い、そしてそこへ警報がけたたましく鳴り響いた。
ゲレツナー出現の際に、雰囲気は先刻よりも引き締まる。
それでも、誰も喋りたがらずめるくたちの五人での出撃となる。
さやはともかく、せめてこむぎやまきながいれば、もう少し明るかったかもしれないのに。
ここまで気まずい出撃は、はじめてだった。
それから現場までのワープはらびぃがやってくれて、五人の眼前にはすでに街の風景が広がっていた。
そこにたたずむ敵は、一般市民を捕まえ、不気味な笑みを浮かべているバラバローズだ。
彼女は現れた天使たちを見るなり、なにかを思い付いたようにスカートをばさばさとゆらした。
そのなかから、とても彼女のスカートに収めきれないだろう出刃包丁がごとりと落ちる。
肉を断つための刃は、当然、その目的のとおりに使われるのだ。
包丁が振りかざされ、捕らえられている女性に向けられる。
どう見ても、あの包丁は女性を解体するために取り出された。
天使の目の前でそんなこと、絶対にさせない。
よぞらはなにがなんでもまにあわせようと、変身を行いながら駆け出した。
しかし、そこへめるくが押し退けるようにして到達する。
天使の剣がバラバローズの凶器を叩き割り、その凶行を止めた。
舌打ちをしたバラバローズ。
だが、めるくは考えもなしに飛び出していったようで、次の動きまでに隙が生まれてしまう。
そこへ、バラバローズが手を伸ばした。
触れようとした指は間一髪で斬られて血を流し、傷を負った相手があわてて逃げていく。
今度は自らより光を生み出して、それをゲレツナーとするのだ。
現れるのは、全身が刃物で構成されている巨大な蟷螂だ。
着地点に運悪くあった車両も両断されてしまい、コンクリートも表面だけだが裂いていた。
天使たちはすかさず戦闘の準備をする。
トゥインクル、スコープ、ブライト、ディープがゲレツナーを。
クリアがバラバローズを注視し、警戒する。
先に動いたのはめるくが睨む先で、彼女は流れ出る自らの血を美味しそうに舐め取っていく。
クリアのことを挑発しているのだ。
冷静沈着なクリアは挑発に乗るはずもないので、案の定バラバローズはつまらなそうにした。
それから、目尻を袖でぬぐい、彼女は帰ってゆく。
そこに涙がにじんでいたということは、ぬぐったことから推測する他になかった。
あと戦うべきなのはゲレツナーのみだ。
今度は蟷螂の腕が動きだし、地面をめちゃくちゃにしながら向かってくる。
トゥインクルが回避に動こうとし、その足は止まった。
ブライトとスコープだ。
切断のゲレツナーであってもブライトの斧は切ることができず、単純な力量の差で押し止められている。
そしてスコープは注射器から緑色の薬液を流れ出させると、その刃をなまくらに変えていく。
続くディープの援護が加わり、ブライトが水流をまとった槍で思いっきり突くと、ついに腕をへし折ることに成功した。
トゥインクルはその断面を狙って矢を放つ。
暴れる蟷螂であるが、初撃をはずしても二発目は命中させる。
無くなった腕に刺激を受け、振り回そうとするゲレツナー。
そこへさらなる追撃を加えるため、すかさずトゥインクルは矢を頭部へと放った。
あやまたず複眼の神経を破壊し、視界を奪うことに成功する。
もう、必殺技を放ってもよい頃だろう。
トゥインクルはすべてを集中させ、衣装を分解、弦を限界まで引き絞る。
「ピュアハート──」
「危ないっ!」
よぞらの肩に小さな手がふれた。
それは自分を助けるために突き飛ばしてくれたディープの手である。
彼女はすぐさま水の膜を展開し障壁として使おうとするが、重く、同時に鋭い刃の前にはなんとか軌道を反らすしかできず、割れて斬撃がおそいかかった。
クリアが助けに入るがかわしきれず、ディープの肩の衣装が破け、その下にも赤い筋が描かれてしまう。
さらにトゥインクルの矢は放たれず、衣装はもとにもどっていった。
「みなもちゃんっ、大丈夫!?」
「……大丈夫、です。先輩は、ゲレツナーを……!」
見境なくあばれまわるゲレツナー。
予測できなくなったぶん、立ち回りは難しくなり、攻撃が増えて被害は増していく。
ビルの表面が削られ、鉄筋が露出し、時にはより深くまで刻まれて倒壊するものもあった。
よぞらは失敗した。
目の前で、街が壊されていく。
向かってくる破片は罰なのだろうとただ受け入れる。
しかし、それらはクリアとスコープが間に合ったことで砕かれる。
街やディープの受けた傷の報いはよぞらの目の前で払いのけられてしまった。
「クールハート☆スラッシュ」
クリアによる青の斬撃が、切断者を破壊していく。
浄化の光は確かに敵を滅ぼす。
けれども、街に残った傷跡は消えてはいかない。
よぞらの眼には、人々の営みが傷つけられた様が映っていた。




