第12話 私たちの翼はなんのためにある?
天界社内に警報が響き渡ったとたん、よぞらのもとには目を疑う情報が届けられた。
らびぃから、警報の原因となっているもののデータが届いたのだ。
まずよぞらが驚いた要因のひとつが、その分類である。
規格外につき判別不能を意味するEXとして表記され、エーロドージアに産み出されたかどうかすら不明であった。
前例にない反応のパターンであるのだろう。それだけでも驚くに足ることだった。
さらに、その出現地点は天界社内部である。
この施設には、エーロドージアはおろか一般の人々が入ることなどあるわけのないことだ。
ゆえに、警報の原因は誰か天使に連なる者に絞られてしまう。
その絞られた結果が、ついさきほどまでよぞらの隣にいたみなもであった。
由良目みなもに反応し、この警報は鳴っているのだ。
「え……みなもちゃん?」
「みなもがどうかしたのか!?」
このことをまひるに告げるのはためらわれた。
けれど、いまは他の選択肢がない。
よぞらは連絡の内容をすべて伝えた。自分が取り乱さぬように、呼吸を整えながら。
それを聞いたまひる。彼女に走った衝撃は、驚きを超えて彼女の脚を突き動かした。
「待って、まひるちゃん」
すでに駆け出そうとするまひるを引き止めた。
彼女に睨まれたことに驚きはないが、言葉を紡ぐには互いに一瞬の間が生まれる。
「……なんでだよ。友達を助けに行っちゃいけないのか」
「ううん。私も一緒に行かせて」
まだ変身を習得できていない後輩を、なにが起きているかわからないみなものもとへ向かわせるのは危ないに決まっている。
それに、よぞらだってみなものことが心配であるのだ。
彼女が裏切るわけはないと信じている。
きっと何かをされてしまった彼女を助けるのなら、その手助けをしたかった。
「……みなも。今行くからっ!」
共に駆け出したまひるの姿には、淡くながらも暖かな光がなにかを形作っているのが見えた。
背に備わるそれは、きっと飛び立つための翼である。
◇
まひるがみなもを捜して駆けているとき、みなもはまひるを捜し回っていた。
互いを求めていたふたりはすぐにめぐりあい、その状況が眼に映る。
いや。眼に映っているのは、まひるとみなも、互いに相手のことだけだった。
「まひるちゃん」
「みなも。何かあったの?」
「……まひるちゃん。大好き」
みなもが呟くのにつられ、その身体を取り巻く黒いなにかが騒ぎ出す。
クシュシュとも、ネトリーノとも、バラバローズとも違う。
より高貴でより色濃く、規格外であるということも納得ができる。
対するまひるも、みなもを助けたいという気持ちが天使の素質を刺激し、翼を開かせようとしている。
それは、彼女に向けられている感情を理解していないゆえであった。
よぞらにも、みなもが『大好き』にこめた心の意味がよくわからない。
助けの手を差し伸べたいと、一方的な感情での変身は行えるだろう。
まひるを目標としているのだからその動きは容易に読める。
トゥインクルとなって弓を射れば、みなもを壁に縫いつけることもできた。
けれどそれは、相手がみなもであると一瞬でも意識してしまったら、もう明星よぞらにはできないことだ。
迷った末に動かなかったよぞらの眼前を横切って、ふたりは接近した。
元より相手ひとりばかりを見ていた瞳は、やがてほんとうに相手しか見えなくなる。
ふたりの距離が、ほとんどゼロになったのだ。
「まひるちゃんは私がいないとだめなんだから。ねぇ、まひるちゃん。これからも私を頼ってくれるよね」
まひるは黙っていた。
うつむいた彼女の表情はよぞらには見えず、みなもにもそこに渦巻くものすべては見えなかったであろう。
静寂があたりに満ちる。
時が経つほどに、みなもにまとわりついた澱んだものがいっそう蠢いて、心臓の拍動と重なっているようであった。
まひるによって沈黙が破られたのは、騒々しく蠢く闇が光のあらわれようとしている翼へその一端を伸ばしたときであった。
「……そうだ。私の翼は、こんなときに使うものじゃない」
自らの背に手をのばすまひる。実体こそなくとも、なにかに触れた地点を掴むと力をこめる。
まひるの翼は、半透明な状態であってもしっかりと皮膚につながっていた。
彼女がやろうとしていることは、それを自分から引き剥がしてしまうということ。
当然激痛が走るだろうに、まひるはそれを二度も繰り返した。
切り離された翼はほどけて、見えない力に還っていく。
「私の翼は、由良目みなもと一緒じゃなきゃだめなんだ。君と、一緒に飛ばなきゃ」
まひるは気がついていた。
自分の心の根底におかれているものが、競争の心でなく、みなもと一緒にいたいという未来への希望なのだと。
そしてまひるは親友の手をとった。
目と目をあわせてうなずき、みなもを抱きしめた。
澱んだ闇は逃げ惑うようにみなもから出ていき、一ヶ所に吹き溜まっていく。
あれは、ふたりのあいだには必要のないものだ。
それらがゲレツナーを形成するより前に、よぞらはトゥインクルとして弓をつがえた。
「ピュアハート☆シュート」
射抜かれた闇は霧になって消えていく。
闇に囚われていたみなもの瞳にもまた光が宿る。
「……まひるちゃん。ありがとう、一緒に飛ぼうね」
笑みをこぼし、もっと強く、相手の存在を近くに感じようとするふたり。
先程とは一転、あたりの空気はふたりの心が通じたことを祝福するかのように光を射し込ませている。
ほどけたまひるの翼だったものと、祓われたみなもの澱みだったものが、百合の花の色となって咲き誇っていた。
◇
黒羽さやは舌打ちをした。
さやの考えていたまひるとみなもの結末から、現実に起きたあの出来事はかけ離れている。
でも、舌打ちはそのためではない。
実のところ、さやは満足している。
翼をちぎりとったのだって。あのくらいで天使の資格は消えず、変身能力が損なわれるわけもない。
みなもに「自分は君がいないと飛びたくない」ということを知ってもらう最大の役割が果たせたのだから、激痛は背負った価値がある。
天使となる少女たちは、純粋なるものとして生み出される。
彼女らの抱く感情もまた、人間としての穢れなど介さない愛情になってゆく。
そんな至上の芸術とも言うべきものを見せてもらったのだから、さやが嬉しくないということはありえなかった。
歪まぬ愛もまた、時に人を狂わせる、というわけだ。
実行を焦りすぎた気持ちと、無理に干渉しようとしてしまった自分への嫌悪感。
舌打ちは、予定外のことに対する苛立ちなどではなく、あくまでも傍観者でいられなかった自分へのものだった。
確かに、あのままみなもがこちらにいるままの関係性も見てみたかった。
それは後悔と呼べるほど心に影響を与えるものではなかったが。
「……やっと追い付いた」
「あ、さや。来てたのか」
「みなもが大変だった、って聞いて」
さやはいつも通りのさやでふたりのもとに姿をみせる。
由良目みなもにあの記憶は残っていない。明星よぞらがいっさいがっさいを消してしまったのだから。
誰も、さやが見習い天使でいる理由には気がついていない。
表にはなにも出さず、心の中で笑った。
私の暗躍は、まだはじまったばかりなのだ、と。
◇
動き出したのは闇だけではない。
天界社内部にまでエーロドージアの魔の手が伸び始めたとなれば、警戒体制になるのは当然だ。
みなもの件はまひるとよぞらのおかげで円満に解決したようだが、今後もそううまくいくとは限らない。
今回みなもに取り憑いていた闇は、はじめ規格外として判別不能としていたが。
データベースの奥深く、ロックのかけられた領域に一致するものがあった。
再発だとすれば、旧き敵の復活、その予兆として考慮しなければならない。
そして、今回の件は天使に直接被害者の出たものである。
みなもは当然として、さらにまひるにも検査を行い、再発を止めるための策を講じなければならない。
混乱が残る天界社で、指示を出すのはめるくになる。
その隣で、すべての報告を聞いたまー子が手を震わせていた。
「……めるく。今度は誰も亡くさないって決めたんだ。だから」
「わかっています。ひづきのようにさせないためにも、私たちは戦うんです」
天使の戦いは常に死と隣り合わせだ。
いつ天使でなくなってしまうかもわからない。
リスクは最小限に抑えてはいても、その最小限を引き当ててしまうことはゼロではない。
めるくとまー子が思い出しているのは、ふたりといっしょに天使になった少女『文ひづき』のことだ。
彼女は、天使隊からいなくなってしまったのだ。
めるくもまー子も、こむぎでさえも、彼女を死んだとみなし、そう記録している。
彼女のように散っていった者たちのため、自分達だけでも戦い抜かなければ。
「あ。まー子、ひとついいですか」
せっかく真剣な表情だったまー子がきょとんとした。
「あなたは余計なことを口走るかもしれませんので、言っておきます。みなさまの恐怖を煽らないように。ひづきのことは、私たちの心の中に」
「……そうだね、わかったよ、めるく」
まー子は素直だ。めるくの言うことを信じ、従ってくれる。
そうだ。戦うのはめるく1人だけでも、まー子1人だけでもない。
天使隊全員なのだ。
いままでに積み上げた不安と、杞憂に終わってばかりの心配をこめて、深く長い呼吸をする。
これで、いくらか決意はできているだろうか。




