第11話 未来の天使に祝福を、です!
天使隊は人々の健全な成長を守るため、いくつもの側面からアプローチを試みている。
ある時は戦う者として、ある時は歌って踊る少女として。
故に、天使となることを運命づけられて生まれてきた少女たちには制約が課されてくる。
人の穢れを知りすぎてはいけない、ということだ。
エーロドージアと対極の位置に存在するからこそ、天使はゲレツナーを倒せる。
彼らを理解することなく、撃滅することができるのだ。
仮にエーロドージアが一途な愛を核とした敵を生み出したとしても、撃滅しなければならないことには変わりない。
つまるところ、人の穢れの最たるものである『愛』を知ることも、許されていないということになる。
とはいえ、未来の天使として育てられる過程において、それらは教えられない感情だ。
抱いている者がいたとして、まずそれに気がついていないだろう。
それにいまのエーロドージアは、残虐であったり、愛には触れないものばかりを好んでいる。
規則としての拘束力もなく、ただ愛することは天使の営みではないということだけが思想に残るのみであった。
清廉なる天使隊の隊長である多々良めるくも、その点を追求する気になれたことはない。
あまりよくないものだとはわかっていても、愛を持つからこそ人間であると考えたとき、その天使は誰よりも人間らしい。
天使が人間らしくてはいけないことに目をつぶれば、その響きだけはきれいである。
めるく愛を知ることについて、そんなふうに思考をめぐらせていた。
もちろん、きっかけもないのにこんなことは考えない。
後輩天使の試験についての仕事があったから、こうなったのである。
実技の計測データと、筆記による精神性の調査結果。
それらを考慮し、最終段階へ進ませてよいかの判断をする。
天使らしい戦闘形態への変身を遂げたとき、試験は合格になるのだ。
実のところ、めるくたちの判断はだいたいそのまま通過となる。
得手不得手はあれど、あまりに出来の悪い天使はまず現れない。
恐らく、見習いとしての訓練のあいだに、エーロドージアに襲われて命を落としてしまっているものがそこに含まれているだろう。
それに、変身までたどり着き、正式に天使となれる者はとても少ない。
めるくたちが選り好みをするには人手が足りなすぎるのだ。
本来なら、天使ひとりでゲレツナーと戦うのは非常に危険で、隊全員で安全に処理すべきものだ。
実際、そうしている分隊も多いと聞く。
ただ、めるくたちの管轄下にはエーロドージアの幹部が集結している。
ひとりやふたりでの出撃を行わなければならないほど、敵の出現頻度が高いのだ。
それなのに中央には仕事が集中しており、新たな才能を引き入れたいと思うのは当然のことである。
「めるくさん、ちょっといいですか?」
自室の戸をノックする音が聞こえ、めるくは眺めていたデータから目を離す。
それがよぞらの呼ぶ声だと、めるくにはすぐにわかった。
よぞらは見習いの、いま試験を受けている皆と比べてもほとんど素人であるというのに、エンジェル・トゥインクルとして一線で活躍している。
天使としては先輩で、身体もらびぃと同年代くらいである彼女なら大丈夫だろうと後輩のことをすこし任せている部分もあった。
心配だったのは、いきなり現れた知らない天使が入隊したことでよく思わない訓練生が現れてしまうことだったが。
有力候補である三人とは仲がいいらしく、めるくは心底ほっとしていた。
「めるくさん、大丈夫ですか? 何かありましたか?」
「いえ、大丈夫です。すこし考え事をしていました」
答えながら戸を開く。
すると、よぞらはひとりで訪ねてきたのではなく、訓練生ふたりを連れてきていた。
まきなも言っていた覚えのあるふたり組。日高まひると、由良目みなも。
訓練生時代の自分達を思い出すとまきなも言っていたが、めるくも同じことを思っていた。
「天使の先輩に、変身の感覚を教わりたいみたいで」
「ひとりを私に任せたい、と。いいですよ、丁度息抜きをしたいと思っていましたし」
まひるとみなもの眼差しは真剣である。
めるくにも、こんなふうに誰かに教えを乞おうと頼み込んだ覚えがある。
当時の隊長が快く応じてくれたように、めるくもその話を引き受けた。
みなもは身体能力よりも処理能力に長けているが、身体能力も決して悪くない。
その点ではまひるよりも波長が合うだろう。
めるくはみなもの手をとって、せいいっぱい微笑んだ。
「めるくさん。かたいです」
「……申し訳ありません、慣れていないもので」
無理をするものではない。めるくは反省した。
それからよぞら、まひるのチームとはわかれて、別々に訓練場へと赴いた。
みなもが緊張しているのは見てすぐにわかる。その気持ちも、自分の体験でよくわかっているはずだ。
だが、別の感情で固まっていてはうまく制御できない。感覚をつかむのとは遠ざかってしまうだろう。
どうにか、みなもの緊張を解いてやろうと、話題を考えた。
「……変身するためには、強い意思で扉をこじ開けることが必要になります。誰かを守りたい、私だって戦いたい。そうした心こそが、天使としての一番の資質といえます」
「なるほど……?」
みなもは首をかしげた。
緊張がほぐれる以前に理解が追い付いていない。
失敗だ。やり方を変えなければ。
「みなもさん。よければ、あなたが天使になりたい理由を教えていただけませんか。私でも力になれるかもしれません」
「あ、はい、えっと、天使になりたい理由ですよね。ちょっと、恥ずかしいんですけど」
頬を赤らめながら答えてくれる。
「まひるちゃんのことを、支えてあげたいなって。あの子ってば、ひとりで突っ走っちゃうから」
みなものその感情は、めるくとは違うものだった。
彼女は突き詰めればまひる個人のためを考えている。
めるくは頷くしかなかった。
個人に対する感情での変身は危険を孕んでいる。
それを告げるべきなのに、口に出せなかった。
「……一緒に戦えるよう、頑張っていきましょうね」
めるくにできるのは、ぎこちない、せいいっぱいの笑顔だけだった。
◇
「明星よぞら……さん! 変身の特訓って何をするんだ? ……するんですか?」
日高まひるはよぞらのことを先輩として捉えきれていないふしがある。
もっと先輩の、例えばまきなが相手であれば自然と敬語になっているのに。
こうしてよく言い直すのは、よぞらの時くらいだ。
「まきな先輩は小さくされてもかっこよかったからな。私もああいう、憧れられる天使になりたいんだ」
こうして夢を語るときは、言い直すことすらも忘れているらしい。
けれど、その話をしているときのまひるの瞳には、確かに輝きが宿っている。
よぞらはそのまぶしい瞳をじっと眺めていた。
「それで、特訓って何をすれば」
「あっ、そうだった。ごめんね、用意するからちょっと待ってて」
よぞらはすっかり彼女の眼に見入ってしまっていたことに気がつき、我に返る。
といっても、よぞらの知っている方法といっても、ひたすらにイメージをするほかにない。
いや、あるとすれば。実戦さながらの経験をすればどうだろう。
自分で考えておいて、後輩にやらせるには厳しい以外ない。
よぞらはまず、こむぎの真似からはじめようと思った。
◇
見習い天使三人娘の最後のひとり、黒羽さやは、みなもが用事を終えるのを待っていた。
みなもに少しばかり用事があったらしく、持ち前の考えが読めない無表情のままで待っていたのだ。
「さやちゃん! べつに、待っててくれなくてもよかったのに」
「……ひま、だったから」
やることがないのではなく、本当はみなもに対してやることがあるからなのに、さやは嘘をついていた。
そして、そんなことには微塵も気づく様子のないみなもに一歩ずつ近寄って、その腕に触れる。
「……どうしたの、さやちゃん?」
「じっと、してて」
そっと、みなもの唇にさやの唇が重ねられた。
みなもがいて、まひるがいない状況は今くらいしかないのだから。
彼女だけを狙うなら、絶好の機会だったのだろう。
初めて知らされる感覚に身を震わせるみなもを押さえつけ、さやは接吻を続けた。
唾液だけでなく、みなもにとっては未知以外のなにものでもないなにかが侵入してゆく。
唇を通じ、黒に染められていく。
みなもの意識は心理の海の奥深くをただよい、さやの声が彼女を唆す。
「……まひるちゃんのこと。好き、なんだよね。明星よぞらなんかに……とられたくないよね?」
思考の歯車が異物を巻き込み狂い出す。
その歯がすり減るほどに廻り、少女のまだ開いていない扉が闇に取り囲まれる。
「まひるちゃん、迎えにいくからね……」
闇に覆われた扉より忍び寄るもの。それにみなもが触れたとき。
覚醒を祝福する鐘の代わりに、天界社全域に警報が鳴り響いた。




