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第四話 正体不明

やっとファンタジー……


(さすがにまずかったかな……)


 昼休みの教室、文月は今朝のことを思い出しながらため息をついた。


 いくら少女から悪意を感じなかったとは言え、無人の家に放置して鍵まで預けてしまったのは、今更ながらに不用心に思えてきたのだ。


 いきなりカギを預けられて、少女も驚いてしまったのではないか。そんな心配もあった。


 結局名前を聞き出すこともできなかった。どうにも要領を得ない様子の少女だったが、自分の名前がわからないなんてことがあるのだろうか。


 ――記憶喪失。


 そんな言葉が文月の脳裏をよぎった。もしそうなら、今朝の様子も、全てではないが説明できるように思える。


 しかし、その場合、事態は文月にとってもっと複雑で厄介な状態なのではないか。身元不明、記憶喪失の少女など一介の学生に過ぎない文月の手には余る。家に置いてきてしまったのも問題だったか。文月は少女に鍵をかけて家に帰るように言ったが、記憶喪失だとしたらどこに帰れというのか。


 今、一人で途方に暮れているのではないか。


 そう思うと余計に気が重くなった。


「……はぁ」


(もし帰った時にまだ家にいたら、もう一度ゆっくり話を聞いてみよう)


「どしたの? ため息なんかついて」


「ん、ああ。環樹か」


 声のした方向へ顔を向ければ環樹が不思議そうに文月を見つめている。


「いや、ちょっとね……」


(言えるわけもないよなあ)


「なによ。気になるじゃない」


「大したことじゃないよ。うん。たぶん」


「ふーん」


 まだ納得はできていないのだろう。しかし、切り替えの早い環樹である。一度「変なの」と

つぶやいたものの、次の瞬間にはいぶかしげな様子はもうなかった。

 

「それでさ、今日も行くの?」


「え?」


「巻菜さんのところ」


「あ。ああ、今日はお店やってないらしいぞ」


「え! そうなの!?」


「ああ。昨日巻菜さんに言われたよ。環樹によろしく言っておいてくれって」


「そうなんだぁ」


 嘘は言っていない。しかし、環樹の残念そうな顔を見ると、少し悪いことをしたような気持になる文月であった。それでも、わざわざ一人で来いといわれたのだ。何か理由があるに違いない。環樹には悪いがここは誤魔化されてもらおう、と覚悟を決めた。


 そこまで考えたとき、一瞬、何かを忘れている、そんな感覚が脳裏を走った。


(巻菜さんはたしか、環樹を置いてくるようにて言ってた…… それ以外には……)


「あ」


 あった。巻菜からのもう一つの言いつけが。それに気がついた文月は思わず声を出してしまった。


「どうしたの?」


「い。いや。なんでもないよ」


「またぁ?」


「いや、ほんと。今度こそ何でもないから」


「怪しい。なんか隠してるでしょ」


 さすがに二回目は簡単には誤魔化されてはくれないようで、本格的に食いついてきた。普段さっぱりとしている分、こうなった環樹がかなりしつこいことを文月は経験から知っていた。


「ねえ」


 にじり寄る環樹。


「何隠してるの」


 表情からは「聞き出すまであきらめない!」とでも言わんばかりの――実際そうなのだろうが--気迫が感じられる。


(まずいことになったな)


 うまい切り返しが思いつかず、文月は途方に暮れてしまった。このままでは放課後に環樹とかくれんぼしながら『寓話の森』を目指すことになりかねない。


「ねえ」


 一層近くなる環樹の顔に、諦めてすべてを話してしまおうか、なんて文月が真剣に検討し始めたとき、天からの救いが舞い降りた。


――キーンコーンカーンコーン。


 昼休みの終了を告げるチャイムだ。文月は「しめたっ」とばかりに環樹を押し返す。


「ほら、休み時間終わったぞ。次の準備しなくていいのか?」


「えぇ……?」


 環樹は渋ったが、その間も時間は勝手に過ぎていく。


「怪しいんだけどなあ」


 結局、環樹は渋々ながらも自分の席へと戻っていった。


「……ふう」


(助かった……)


 問題はあったが、何とか切り抜けられたことに安どする。しかし、文月にはもう一つ片づけなければならない問題があった。


(本、家に忘れてきてた…… 取りに帰るべき。なんだろうな。まぁ……)


 仕方がないか、と割り切ることぐらいしか文月にはできそうになかった。






 そして放課後。


 文月は即座に行動を開始した。

 

 いまだ疑われたままの環樹に捕まる前、意識される前に教室を出る。環樹が気がついたときには学校の敷地外に出られるように飛び降りるような速さで階段を下り、げた箱へ。誰よりも早く校舎外へと飛び出した。


 


「まあ、ここまで来ればさすがに……」


 十分後、文月は独り言ちながら住宅街の道を歩いていた。


 校門を出たところまででもよかったのだが、どうにも環樹が追いかけてくるような気がして、速足での逃亡を続けていたが、十分も走り続けていたら、いい加減に疲れてきたのだ。


 ここまでして捕まったなら仕方がない、そんな気分にもなっていた。


 しかし、問題はこれで終わりではない。この後文月は一度家に帰って、巻菜からの言いつけ通りに本をとって戻ってこなければならない。あまり時間をかけすぎると帰宅途中の環樹と鉢合わせになる危険があった。


「急がないとな」


 もう一度走る気力は湧かなかったが一応早歩きで自宅を目指す。


 学校から自宅までの道のりは基本的に住宅街を歩くだけだったが、一度だけ大きな道路を横切る。文月たちが通う高校の最寄り駅にも指定されている駅へと続く道だ。渡った先には小さめだがまだ寂れてはいない商店街があり、巻菜の店がある怪しげな路地はこの商店街から少しそれた脇道にある。


 文月や環樹の家があるのはこの商店街から少し行ったあたりの地区だった。


(商店街に着いたらどっかで飲み物でも買おうか。さすがに喉が渇いた……)


 そう考えながら歩いていると、件の道、そしてその先の商店街が見えてきた。


 何を飲もうか、なんてことを考えながら歩き、横断歩道へと近づく。


 そこで、文月は目を疑った。


 道路を渡った先、商店街側に、白い髪の少女の姿を見つけたからだ。何かを探しているかのようにきょろきょろとしている。


 不意に少女が横断歩道側へと目を向けた。文月と目が合う。


 少女がうれしそうな表情をしたのがわかった。


(俺を探してたのか? ……朝から?)


 やはり家に置いていくのはまずかったか、文月はそんな風に考えて、すぐにでも少女のところへ行って声をかけてあげたかったが、生憎の赤信号。


 しかし少女はそのことに気がつかなかったのか、文月の方に走り出してしまった。


 文之の背中を嫌な汗が流れ出す。祈るようにと横断歩道の左右を確認する。


(右側は…… 問題ない。左は…… っ!!)


 文月の祈りは通じなかったのか。文月から向かって左側から大型のトラックが走ってきている。

 

 トラック側からの信号は青。歩行者には気を抜いていたのだろう。かなりのスピードだ。このままではぶつかる。


「ちッ」

 

 気がつくと文月は駆け出していた。何ができるわけでもない。間に合うかすら怪しい。それでも文月は無意識で駆けだしていた。


「間に合えっ!!」


 トラックの運転手も気がついたのか、ブレーキ音とともにハンドルが切られたのだろう。少しだけ進路がずれた。


 それでも結果は変わらないほど微々たるものだっただろうが。


 文月は手を伸ばす。トラックはもう次の瞬間には文月たちを跳ね飛ばすほどに近い。


 伸ばした手は少女へと届いた。文月はかばうように少女を抱え込み、次の瞬間に自分を襲うはずの激痛に備えて歯を食いしばる。


 偶然にも今朝の意趣返しの様な姿勢だったが、そんなことを考える余裕は文月にはなかった。


(痛いだろうなぁ…… 死なないといいんだけど)


 せめて少女だけでも、そんな気持ちで抱え込んだ少女を見つめると、少女も文月を見つめていた。


 少女は柔らかく微笑んで、


「だいじょうぶ」


 そう言ったように文月には見えた。


 次の瞬間、強烈なめまいが文月を襲い、意識を奪い去った。


 最後に文月が見たのは、ぐにゃぐにゃに歪んでいく景色と、微笑む少女の顔だった。





「ふみつき」


「……ん」


 誰かに名前を呼ばれたような気がして、文月は目を覚ました。


 目を開けるとそこには、大きな緑色の瞳で心配そうに自分の顔を覗き込む少女がいた。周りを見渡すと周囲一面の本棚。『寓話の森』ににている、と思った。


「ここは…… っ!!」


 そこまで考えたところで、つい先ほどまでの自分の身の状況を思い出す。


 文月たちはトラックに轢かれるはずだった。それは避けられないはずだった。ならば目が覚めるとしたら病院のはずだが、どうみても自分がいるのは病室などではない。文月の混乱は一層ひどくなった。


「目が覚めたのね」


 不意に後ろから声がした。振り返るとそこには巻菜がいた。


「古波さん」


(古波さんがいる…… ということは)


「そうよ。ここは私の店」


 先読みするように巻菜が言った。


 そのことに文月はドキリとしたが、聞きたいことは他にも山ほどあった。驚いてばかりいるわけにもいかない。


「古波さんが運んでくれたんですか?」


「いいえ」


「じゃあ、誰が……」


 まさかひとりでにここまでくるわけもない、なぜ無事かはともかく、引かれた自分たちがひとりでに巻菜の店までやってくるとは思えなかった。


「その子よ」


 巻菜は、少女を指して言った。


「へ? いや俺たちは一緒にトラックに轢かれて……」


 不意に少女に頭を撫でられて、文月は途中で言葉を止めた。


「轢かれてないわ。あなたたち」


 巻菜の言葉は文月には理解できなかった。あの状況から自分たちが助かるビジョンが見えなかったのだ。


「あなたたちは轢かれていない。そのままの状態でここに現れたもの」


「……」


 ますます文月には意味が分からない。


「あなたたちは、突然ここに現れたの」


 巻菜はもう一度言った・


「やったのは、多分その子」


 そう言って巻菜はやはり、少女を示す。


 文月が顔を向けると、少女は小さく胸を張った。自分の手柄だと言いたいのだろう。


 だが、もしそうだと言うのなら、


「君は……」


 もし、あの状況から文月を連れて自力で脱出できたというのなら、


「……何者なんだ?」


 朝からの疑問はここへ来てピークへと達した。

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どれを頂けても泣いて喜びます。



誤字脱字がまたありそうで怖い……

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