幕間
記念すべき10回目の投稿が幕間になるとは。
――ギイィ。
ドアがきしむ音が店内にこだました。。先ほどまで店内にいた客が帰った音だろう。
「……さてと」
古波巻菜は座っていた椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。ドアの外につるした札を『close』に変えるためだ。
鍵はかけずにい店内に戻る。
時刻は午後四時を回っている。前日の約束に問題が無ければ、そろそろ文月が一人でで訪ねてくる頃のはずだった。
「どんな顔をするのかしらね」
文月の慌てようが目に浮かぶようで、巻菜はくすくすと笑ってしまう。慌てているのは間違いないだろうが、事情を理解した彼は困るだろうか、それとも喜ぶのだろうか。そう考えると巻菜の笑みはますます深まった。
「でも」
それでも、と考える。
「あの子が選んだんだもの。きっと悪いようにはならないわね」
少年は現実が退屈なものだと言った。それは今の彼にとっては事実の一つなのだろう。だが、これからの彼にとってどうかはまた別の問題。文月の手に渡った本はきっと彼自身の世界を変えてしまうに違いない。巻菜はそう考えていた。そしてそれは自分にとっても望むものであるとも。
店内最奥、本棚に囲まれた指定席へ腰を下ろす。
――ギイィ、
ドアのきしむ音が聞こえた。件の少年がやってきたのだろうか。
足音が近づいてくる。文月のものにしてはいささか重く、大きいもののように巻菜には聞こえた。
すでに店は閉めている。文月でないならば誰が入ってきたというのだろうか。
対して間をおかずに通路になっている本棚の陰から、人影が姿を現す。今の季節にも、この町にもふさわしくない黒で統一された全身の衣服に同じく不穏な雰囲気を持った大男だった。
「……あら」
巻菜は目を細める。
「珍しいお客さんね?」
「ふん」
男は軽く鼻で笑って、
「やっと見つけたぞ。『本屋』」
そう言った。
「あぁ、そちら側のお客さんね。お名前を教えてくれる?」
「単刀直入に言う」
会話に興味がないのか、男は巻菜の言葉をじれったく感じたようだ。
「『最果て』はどこだ」
「何のことかしら?」
「とぼけるなよ」
「お前が所持していることは、『院』では周知の事実だ。そしてこちらに提供する気がないことも」
男は「だから俺が駆り出された」と続けた。
「……お客でないなら帰ってもらえるかしら。このあと少し用事があるの」
「俺には関係ないな」
「……どうかしらね」
巻菜はにやりと笑って、「それに」と続けた。
「ここにあなたの探しているものはないわ」
「なんだと?」
巻菜のその発言は男も見過ごせないようだった。
「あの本はもう売ってしまったもの」
男がほんの少しだが動揺したことを巻菜は感じた。
「そんなこと……」
「信じられないなら、ここにある本を片っ端から調べてみてもいいわよ」
さあどうぞ、と腕を広げる美女、たじろぐ大男。本来あるべき姿とは真逆の奇妙な緊張感があった。
「調べないのかしら?」
追撃のように問いかける巻菜に、男はしばしの沈黙の後、
「……ふん。また来よう」
そう言って立ち去ろうとしたが巻菜がそれを呼び止めた。
「お名前は教えてくれないのかしら?」
男は不機嫌そうに、
「どうでもいいだろう」
そう言って今度こそ店を後にした。
巻菜ひとりになった店内に沈黙が戻る。
巻菜は椅子に座り直し、手近な本棚から一冊手に取る。開いて読み始めようとした時だった。
「あら?」
かすかに揺れるような違和感に巻菜が顔を上げると、目の前の空間が大きく歪んで人が二人現れる。
一人は少女。心配そうにもう一人を膝枕していた。
もう一人は少年。どういう訳か気絶している。
現れ方、そして少年の状態は予想外であったが、巻菜が待ちわびていた二人であった。
「あら。あなたの方が連れて来てくれたのね」
自分の予想以上に面白いことになったようである少年の現状に巻菜は不穏当な男が現れる前の穏やかな気持ちを取りもどした。
「ふみつきが」
少女が心配そうな声を出した。巻菜は文月の状態を確認して、
「大丈夫よ。気を失っているだけ」
安心させるようにそう言った。
「よかった」
少女が胸をなでおろす。
「彼が起きたらいろいろと話をしましょう」
巻菜の言葉に少女が頷いた。
「予定よりも早く話さないといけないこともできたわ」
予定外を示す言葉とは裏腹に巻菜の声からは堪えきれない愉快さがにじみ出ていた。
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