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コスプレも好きだが裸のまま



 ◇



 ……なんか琉歌の奴、張り切ってるか?

 隣で覚悟を決めたかのように拳を握り込んだ琉歌を見る。週末に、何か良いことでもあったんだろうか。


 とりあえず、今は目の前の授業に集中しなければ。

 昨日は連絡を待ちぼうけたまま寝たせいで寝不足だし、お陰で日課もこなせなかった。

 だから少しだけムラついているせいで、授業を聞きながら机の下でオカズを探す手が止まらない。

 サンプルフィニッシュは惰性である。作品に向き合う心構えが足りていない。


 お、これいいな。

 なになに……、『百一年目の恋』?

 あらすじは、と。男装女子が片思い相手に恋焦がれるが男は気付かないから体で迫るしかなかった、か。

 ふむ。絵柄も良し、内容も俺好みのジレジレ系の純愛っぽい。今日の夜はこれで決まりかな。


 つうか、女を男と間違えるなんて普通有り得るか? その男の目、どれだけ節穴なんだ、っつうの。

 後で琉歌にも教えてやろう。

 俺と琉歌のエロ漫画の好みは意外と合う。嬉しい誤算だ。幼馴染との再会は、エロ漫画友達と同一であったわけだ。琉歌の奴、俺がおすすめしたエロ漫画を律儀に呼んで感想まで用意してくるのだ。その度に、俺と琉歌の二人は闇取引よろしく、人目につかない場所で情報交換に励むのだ。その際、使ったかどうか聞くのはお互いのためにも野暮ってものだろう。

 とは言え、琉歌の方からオススメされたことが無いことに気付く。


 むっつりスケベの琉歌は一体なにをオススメしてくるのかが気になって授業に集中できなくなってしまって、独り言ちる。


「……は~ぁ。エロ漫画みたいな恋、したいなぁ」

「させてあげよっか?」

「ばーか。冗談は口だけにしとけっての」

「……本気なのに」


 馬鹿なことを言う琉歌は放っておくに限る。

 教授の話を脳にインプットしながら、ルーズリーフに置いた手で重要な部分のアウトプットを同時に行う。これが俺の勉強法だ。だが、俺の頭の片隅には今もアルカさんからの連絡を待ち侘びる自分が居る。お陰で、空いたスペースで俺の理想とする「初めて」を勝手に夢想し出す。

 俺の夢が叶うその日を。制定される記念日を夢見て──


「──ハッ?!」


 心地良い眠りから覚める瞬間は、いつも突然訪れる。


 快不快の判別も危ういまま上体を起こした俺の目に映るのは、教授の背中。

 瞼が落ちる前まで真っ新だった黒板がびっしりと埋まっているのを見て、俺はようやく状況を飲み込むに至る。


「サキュバスコスしたアルカさんに襲われていたはずなのに……!」


 細身な体躯のシルエットを浮かび上がらせるコス。妖艶な腰つき。妖しい香水の香り。

 それら全てが夢だったなんて。

 悔しくて歯を食い縛りながら涙を流す。


 つまり俺は授業の開始とほぼ同時に入眠し、終了と同時に目を覚ました訳だ。

 いかに寝不足だったとはいえ、授業をしに来ている教授に失礼だったと自戒を込めて反省する。

 自分で言うのもなんだが、俺は真面目なのだ。


「あ、起きた? ノート取ってあるから、見せてあげる」


 一秒で反省を終えた俺にそんな慈悲深い言葉が掛かり、声がする方へと俺は寝惚け眼を向ける。


「アルカさん……?」

「えっ。あ、天音? もしかして、僕が──」


 そこにいたのは、昨日も、そして今も俺に夢を見せてくれた運命の人。

 なんでここにアルカさんが、と疑問を抱いた直後、俺は自分が今どこに居るのかを思い出して頭を振る。


「なんだ、琉歌か」

「むっ。なんだとは何さ。そんなこという天音にはノート見せたげないから!」


 あからさまにガックリと肩を落とした俺を見て、琉歌が拗ねたように顔を背ける。

 さすがに人の顔を見てがっかりするのはやりすぎたか、と俺は琉歌の機嫌を取るべく言葉を選ぶ。


「アルカさんに見間違えたのは謝る。だからノートを見せてくれ。頼む」

「……なんで、その人に見えたか聞かせてくれたら」

「夢でな、サキュバスコスのアルカさんに襲われてな……。寝不足になるくらいあの人のことを考えたからかな。実にいい夢だったぜ」

「こ、コスプレとかも、好きなんだ……」


 おっと。意外な所に食いついたな。このまま話を流してしまおう。


「男児たるもの、コスプレを嗜むのは当然だ。今度オススメのコスプレエロ漫画を紹介してやろう。性癖は増やせば増やすほどお得だからな。ちなみに俺はチアコスが一番好きだ」


 やはりミニ。そしてヘソだ。

 性癖の二大巨頭と言えるこの二つを網羅するチアコスは絶対にして最強。

 特にニーハイとの絶対領域の組み合わせはもう、けしからんものだ。


「へ、へえ。チア……」

「ちなみに琉歌はどんなコスが好きなんだ?」

「好きとか考えたことないよ」

「なんでもいいんだよ。例えば、好きな人のこんな姿が見てみたい、とか」


 ちなみに俺はナースもポリスも危ない水着も好きだ。もちろん、サキュバスコスも。


「す、好きな人の、こんな姿……」

「俺を見たって浮かんでこないぞ」


 なんだか熱っぽい視線を向けられたのでそれとなく避けたのだが、琉歌の視線は追尾ミサイルが如く俺を追ってくる。

 俺で想像しようとするな、俺で。


「……せ、制服。高校の時の制服、かな。お揃いの制服で、デートしたかった……なんて」

「制服デートか。お前、その顔で制服デート未経験とか、ウケる」

「う、うるさいな! そう言う天音は、ど、どうなのさ!」

「あ? ある訳ないだろ。俺のところは男子校だぞ。だが、制服にそそられるのも分からなくもない。けど、意外と普通だな。俺のとこは学ランだったんだよ。ほら、これ」


 琉歌がうんうんと唸って捻り出した嗜好は、制服。

 むっつりのくせに普通で、なんだか拍子抜けである。こいつのことだからきっと、スリングショットの水着とか言うのかと期待していたのだが。


 制服萌えか。確かに悪くないのだが、俺はそこまでそそられないんだよな、それが。


「わあ~、学ラン着てる天音だ! 僕の所はブレザーだったから新鮮だよ。あははっ、ふてぶてしい顔してる!」

「ちなみにこっちは変顔して撮ったバージョン」

「ふふっ。雫さんと仲良しだね」

「この時の母さんな、卒業式で泣くどころか、俺よりはしゃぎ散らかしてたぜ。子育て卒業だ~、とか言って」


 俺が琉歌の家に行ったことがあるように、琉歌もまた俺の家に何度も遊びに来ていた。

 だから当然俺の母さんとも顔見知りなのだが、最後の方にはお互いに「琉歌ちゃん」、「雫さん」と呼び合う仲になっており、時には俺そっちのけに台所で何かしていることもあった。


「それで、ノート見せてくれる気にはなったかな?」

「なんで上から目線なのさ。……まあ、いいけど。あんまりこういうのよくないんだからね」

「サンキュー琉歌。愛してるぜ~」

「えぅっ?!!?!」


 呆れたような笑みを見せながらも快諾してくれた琉歌に感謝を述べつつ、俺たちは大学構内の空きスペースを求めて移動する。

 しかし俺の寝坊のお陰で出遅れたせいか、身近な場所は俺たちと同じように空きコマの生徒もしくは勉強熱心な生徒で埋まっている。

 ただでさえ琉歌は人目を引く。今だってほら、通りすがりに声を掛けまくられている。アイドルか、お前は。

 だが、そんな琉歌が毎度疲れた顔をしているのを知っている。常に人目を気にしなきゃいけないなんて、ストレスも甚だしいだろうに。だから出来ることなら休憩できる時間くらいは数多の視線に晒されるストレスから解放してやりたいという気遣いで、人気の少ない席を求めて大学構内を彷徨う。


「どこも埋まってるねー」

「なんでちょっと楽しそうなんだよお前」

「なんでだろうね~。ふふっ」


 月曜日は俺も琉歌も、二限目は空きコマになる。

 お陰ですっかり暇を持て余すことになるのだが、基本的にこの時間は琉歌と二人で過ごすことが多い。

 琉歌にも友達付き合いというものがあるだろうからそっちを優先していいと伝えたこともあったが、俺と違う授業タイミングで十分だと言うから、この時間はいつも二人だ。


「お昼、どうする? 先に食べる?」

「混む前に行くか」


 俺たちが向かった先は、食堂。

 学生の寂しい財布にも優しいリーズナブルな値段でそれなりの量を提供してくれる、この大学の唯一の良心とも呼べる場所だ。ちなみに、邪心に満ちた場所はサークル棟だ。誰が何と言おうとあの場所は悪意に満ちている。


 昼時にはまだ二時間近くあるお陰でほぼ貸し切り状態の食堂で俺たちは先に席につく。


「今日は何食べよっかな~」

「いつも言ってるが、食い切れる量にしろよ」

「注文する前は食べれそうな気がするんだよ」


 琉歌は、その男子にあるまじき華奢な体躯を見て分かる通り、小食である。

 そのくせ、あれもこれもと食指を伸ばすものだから、琉歌の注文した半分は俺の胃に収まるのが常。


「天音と一緒だと安心して注文できるよ」

「俺をぶくぶく太らせてどうする気だこの野郎」

「天音は太ってても可愛いと思うけど」

「お前の、注文の、仕方を、考えろ、って言ってんの!」


 ただでさえ太りやすい体で琉歌の残飯処理を毎度毎度させられているせいで、大学入学してからというもの、俺の体は太っては痩せてを繰り返している。

 治す気がないなら一緒に飯行かないぞ、と脅すと琉歌は今度こそ反省した様子でマグロ丼と天丼を二つ注文していた。

 こいつ、馬鹿なのだろうか。


「馬鹿なの? 死ぬの?」

「安心してよ。今日はミニ盛りにしてもらったから!」

「そういう問題じゃ……いや、流石にそれくらいは食えるか……」

「僕にかかればミニ丼二つくらい、余裕でペロリさ」


 ドヤ顔でトレイに乗ったミニ丼を掲げる琉歌に、俺はジトっとした目線を送る。

 回転寿司に行ったときもそんなこと言って、五皿でギブアップしてたのはどこのどいつだったか覚えていないのだろうか。

 ちなみに五皿と言っても十貫ではなく、半分を俺に押し付けたたったの五貫だ。

 まあでも、ギブアップした後でデザートメニューは制覇していたんだけど。

 こいつの胃袋はあれか。別腹とすり替えられているのか? 別腹の方が大きい胃袋なんて聞いたことないが。


「ねえ、天音は夏休み、どうするの?」

「突然だな。どうするってなんだよ」


 席に着いてもくもくと味の違う二つを食べ進めながら、琉歌は聞いてくる。

 うちの大学は八月の半ばまで授業があり、お盆休みに入ると同時に夏休みに突入する。お陰で夏休みは九月の終わりまであるため少しお得な気分にさせてくれる。実際の休み期間は、そう大差ないんですけどね。


「突然じゃないよ。もう二週間もないんだよ?」

「ちなみに琉歌は?」

「僕は……ひ、暇なんだよね。特に予定とか、なくってさー」


 言いながら、チラチラとこちらを見てくる琉歌。

 あれだけ人に囲まれる日々を送っていながら、夏休みには友達と遊びに行ったりしないということは、つまり──


「琉歌、お前……」

「な、何さ。その寂しい奴でも見るみたいな目は!」


 皆まで言うことではないか。

 俺も自覚しているけれど、実際に言われたりしたら事実陳列罪で顔真っ赤にして怒らざるを得なくなるし。

 まあその、なんだ。大学に友達がいない者同士、仲良くやっていこうな。


「さっきより笑みが増してる! 腹立たしいよ! まったく!」

「まあ冗談は置いといてだな」

「置いとかないでよ! 僕だって友達と買い物くらい行くし! それで、天音はどうなのさ。どうせ、バイト尽くしなんでしょ?」

「まー、そうだなあ。他にやることもないしな。後半にばあちゃんとじいちゃんに顔見せに行くくらいだな。暇ならお前も来るか?」

「え、いいの! で、でも、迷惑じゃない?」

「母さんと俺で行っても毎年のことで見飽きたって言われるしな。琉歌がいいなら行こうぜ。なんもないとこだけど。その時期だけ近所で祭りやってんだよ」

「行く! うん、絶対行くよ!」


 やけに張り切ってうなずく琉歌を適当に流しつつ、丼ぶりフェスティバルと称して学食メニューが丼ものに限られた中で選んだ、からあげ丼を食す。

 うむ、普通の味だ。


「バイト先で出してる唐揚げと同じ味がする」


 ずばり、業務用の冷凍の奴だ。


「……そう言えば、バイトの先輩とはどうなったのさ」

「どうって……。なんもないよ。ただの先輩と後輩ってだけ。そもそも進展なんてあるはずもないしな」


 木製のスプーンを咥えてプラプラさせる琉歌は、言いながら先程とは打って変わって不機嫌な雰囲気を隠そうともせずに聞いてくる。

 琉歌には俺のバイト先のアイドルである先輩の話はしていて、俺が告白したことも知っている。それ以降、こうやってちょくちょくバイト先での関係性を尋ねてくる。そのくせ、自分から聞いてるくせに不機嫌になるのだ。俺にどうしろと言うのか。


「……絶対嘘だよ。天音が気付いてないだけでその先輩は意識してるに決まってる──」


 俯いて何かブツブツと呟き繰り返して自分で機嫌を取り直すのがいつもの流れである。

 大好きな先輩が振り向いてくれるなら、それはそれで嬉しいんだけどな。


「夏休み……というか、多分、夏休み入る前が一番忙しいかもしれない」

「テストのこと?」

「テストもあるけど、他のことで、ちょっとな」

「他のことって、何……? 僕、聞いてないんだけど」

「なんでお前に全部言わなきゃなんだよ。つっても、別に隠すようなことじゃないんだけどな」

「僕は天音のことなら全部知りたいと思ってるけどね」

「マジか……」


 急に病み始めた琉歌にドン引きしつつ、隠していたわけでもない話をする。


「サークルの用事だよ。お盆が本番でな、その前がデスマーチなわけだ」

「サークルなんて入ってたの?」

「新歓に顔出したら、なんか勝手に入会させられていたというか。まあでも、悪くないところだよ。ちょうど今週から招集かかっててな。暇なら遊びに来るか?」

「行く! 行ってみたい! 天音も行くんでしょ?」

「呼ばれたからには、な。バイト代も出るみたいだし」

「バイト代? サークルで? どうして?」


 検索サジェストに出てくるみたいなことを言いだした琉歌は、口を半開きにしたまま天井を仰ぐ。


「まあ、俺も数えられるくらいしか顔出してないから詳しくは知らないけどな」

「ち、ちなみに、何サークルなの? う、噂に聞く、変なサークル活動じゃないよね?」


 変なサークル活動ってなんだよ。飲みサーとか、ヤリサーのことか?

 前者は微妙だが、後者は俺が望んでいるものなんだが。

 お生憎、この大学にヤリサーは存在していない。入学してからその事実を知って、俺がどれだけ絶望したことか。丘の上のラブホと呼ばれるくらい有名なヤリサーのある大学が日本のどこかには存在しているとか、いないとか。


「普通の、漫画研究会だよ」

「漫画研究……? も、もしかして、えっちな漫画の?!」

「まあ、否定はしないよ。遠からず……、と言ったところだし。俺がそれ目当てで入ったってのは間違いじゃないしな」


 漫研。俺が高校の時に入っていた文芸部とは違って、漫画一本に絞ったサークルの活動目標には当然、俺が愛してやまないエロ漫画も入ってくる。


「サークル合宿でもあるの? それにバイト代って……なんか怪しいよ、それ」

「怪しくないっての。お盆と言えばアレだよアレ。アレがあるだろ」

「アレ……?」


 琉歌はてんで想像つかないのか、可愛らしく首を傾げる。

 お盆と言えばご先祖様が帰ってくる他に、オタク達が日本の一か所に集まる夏と冬の、年に二回しかない特大のお祭り──


「そう、コミケだよ!」

「コミ……? なに、それ」


 本当にコミケを知らない様子で眉をひそめる琉歌を見て、俺はジェネレーションギャップならぬコミュニティギャップをむざむざと叩き付けられる思いを味わいながらずっこける。


 俺が漫画を勧めてもそれとない反応だったからもしやと思っていたが、まさかここにきて親友との趣味の畑違いが露わになるとは思ってもみなかった。それも含めてダメージが大きい。


 昔は琉歌の部屋にもいくつかの漫画が置いてあったような記憶があるんだが、俺の記憶違いだったのだろうか。見た目にそぐわない男くさい漫画ばかりで、やけに印象と違ったのを覚えている。


「あ、天音? コミケ、を知らないのってそんな顔になるくらい大変なことなの?!」

「へ? いや、別に。そんな大層なことじゃないが。コミケはコミックマーケットって言ってな、色んな人が自分で作った同人誌を売りに集まるお祭りなんだよ。それこそ、一般の人の本に何千人も並ぶような事態が起こるんだ。最近じゃ、ニュースでもやってるくらいだしな。ほら、見たことないか?」

「うーん。ない、かなぁ? ……それって、すごいの? 本屋さんに行けば、漫画とか売ってるけど」

「本屋で売られてるのは、出版社から出されてる本だろ。コミケで頒布されるほとんどは個人が出す本なんだ。言うなれば、出版社の最小単位であるサークルが並ぶマーケットってわけだ」

「へぇ、なるほど。自分で出すから、好きに書ける、ってこと? ……もしかして、今まで天音が勧めてくれた漫画って」

「おう、そうだな。商業のエロ漫画もあったけど、大半は同人誌だな」

「だ、だからあんなにえっちだったんだ……」


 大学構内での同人誌のやり取りは中々にリスキーでもあったが、琉歌には読んで欲しくて厳重な警戒の下持ち込んだりしていた。

 もし万が一、第三者にバレたとしても『ドエロの八尋』である俺のせいにできるしな。


「……でも、琉歌。お前、あんまり好きじゃなかったろ。同人誌っていうか、漫画をさ。その、今更だが悪かったよ」

「はい? 急にどうしたの」

「俺が色んなエロ漫画紹介すること、迷惑だったか? 俺が押し付けてたみたいな感じだし、嫌ならやめるから言ってくれても」

「嫌? なんで? 僕、そんなこと言った?」


 切り出し方が悪かったか。琉歌が不安そうな顔で見上げてくる。

 第一、コミケを知らなかったからって興味がないっていうのは俺の悪い考えだ。

 漫画が好きならその本流まで調べて当然、なんていうのは俺のやり方で、琉歌に俺の理想を押し付けているに過ぎない。勝手に期待して勝手に失望されるなんて、琉歌もたまったものじゃないだろう。


 俺は考え過ぎて考え無しに口走ったことを謝罪から入る。


「悪かった。琉歌を不安にさせる意図は無かったんだ。ただ、俺が先走っただけで」

「僕が、コミケを知らなかったから不安になったの?」


 いざ実際に俺が不安を抱いた理由を言葉に出されると、それがどこまでも幼稚で子供っぽい理由に俺は思わず顔を逸らす。

 まるで俺だけが琉歌と別れたあの小学四年の日から変わっていないみたいだ。


「……そうだよ。俺のこんな趣味、誰にも分かってもらえなかったからな。だからこうして感想言い合える仲の琉歌なら、って思っちゃったんだよ」


 俺たち以外の誰もいない食堂で、何を言っているのか。

 お互いに食べる手を止めて言い合う中、琉歌からの返事を待っているがなかなか返ってこない。


 母さんに聞かれでもしたら引っ叩かれそうな俺の情けないったらありゃしない独白を最後に訪れた沈黙の中、俺は逸らした顔をゆっくりと正面に戻しながら横目で琉歌の反応を窺った。


「……な、なんだよそれ。ぼ、僕が、僕だけが天音にとっての特別、ってことだよね。こんな嬉しいこと急に言われるなんて、ふ、不意打ちにもほどがあるよぉ……」


 大きなガラス球のように透き通った目を白黒させる琉歌。

 口元を手で覆っているため表情の大半は分からないし、くぐもった声は小さくてなんて言っているのか分からない。

 ただ一つ、怒り肩のように全身に力が入っている様子からして、俺の勝手な思い込みという子供っぽい姿に失望されているのかもしれない。


 どうすれば琉歌の信頼を取り戻すことが出来るだろうか。

 大学生活における唯一の交友関係である琉歌からの信頼を取り戻すべく、俺の脳は大学入試のときさえも凌駕するほどのスピードで回転を始める。

 俺が何かを言う前に、先に琉歌の奴が口を開いた。


「っ! ……す、好き、だよ」


 バン、と机に強く手を着いて身を乗り出した琉歌は一言。

 耳まで赤く、目は虚ろなまま鼻息荒く言うと、再び俺たちの間には沈黙が流れる。


「す、好きって言うのは、天音が教えてくれる僕の知らない色んなコトのことで……! いや、でも、好きなのは決して噓なんかじゃなくて……」


 あわあわと手振りを使ってああでもないこうでもない、と悪戦苦闘する琉歌の姿を前に、俺は思わず笑みをこぼした。


「そうだよな。琉歌は、昔からそういう奴だもんな」

「……そういうって、どういう?」

「良い意味で、ってこと。素直で、純粋で。NOと言えるお前を、俺は尊敬しているよ」

「えへ、えへへ。そうかなぁ?」


 自分の思いをはっきりと言える琉歌のことを、俺はずっと羨ましく思っていた。

 誰よりも善悪の区別がはっきりしている琉歌は俺の周りで一番大人だった。そんな琉歌のことを、俺は密かに憧れていた。

 だから今でもそんな琉歌に勝手な理想を押し付けてしまっているし、琉歌もそれに付き合ってくれているんだと考えを改めたのだが、いらぬ気遣いだったみたいだ。

 俺の言葉に落ち着きを取り戻した琉歌は浮かした腰を静かに落とす。


「エロ漫画、好きなんだな」

「違っ……くはないけどさあ。なんか! なんか、言い方がムカつく。まるで僕がえっちな漫画が好きな人みたいじゃん」

「実際そうだろ。気に入った奴は結構熱く語ってること多いぞ」

「ぐぅ……。だって、天音が僕の好みのど真ん中を持ってくるからでしょ」

「そりゃあ、お前の好きそうなやつを選んで渡してるからな」

「僕は天音の好きなモノを知りたいよ」

「初心者にはまだ早いと思うけどなあ。それでもしお前が苦手なモノだったらどうするよ」

「嫌いになんてならないから安心しなよ。君はそういうのも好きなんだ、って僕の知識をアップデートするだけだから。それに、僕は天音が見せてくれる、君の好きな世界が好きなんだ。だから……僕の知らない君の好きを、もっとたくさん教えてよ」


 琉歌の真っ直ぐな感情を乗せた言葉を受けて、俺は唖然とする。

 相変わらず、琉歌には敵わない。

 出会った時から、こいつには曲がらない性根と言うか、真っ直ぐな性格が内に秘められていた。それが子供ながらに綺麗だと思っていたのは内緒だ。


 琉歌の言葉に嘘が無いことなんて、すぐに分かる。分かるからこそ、全幅の信頼が詰まった言葉に俺は照れ臭くなって頬をかいた。


「言質取ったからな。もっと凄いやつ選んで持ってきてやるよ」


 だから照れ隠しに、にへらと笑って答えてみせる。

 それすらもこいつには見透かされているかのようで、琉歌は長い睫毛に囲われた目尻をほにゃりと崩して微笑みを返した。


「その、なんだ。……ありがとな、琉歌」

「天音ってそういうとこ、分かりやすいよね。可愛い」

「男に可愛いは褒め言葉にならないからな。それにお前から言われたって嬉しくもなんともない」

「へへーんだ。負け惜しみにしか聞こえないよーだ。今日は僕の勝ちってことでいいよね?」

「くそっ。何も言い返せないのが腹立つ……」


 調子に乗った琉歌がニマニマと俺を煽る。


 大学で再開してからというもの、時折こんな風に俺をからかうような素振りを見せてくるようになった琉歌に対して、俺は何も言い返せない。とは言え、こいつは自分の優位を確保した上でしか煽ってこないため、煽られた時点で俺は敗北が確定しているようなものだった。


 そう言えば、昨日のアルカさんとのゲーセンデートの時も、アルカさんの調子に乗った子供みたいな一面があったが、可愛い顔した人は総じてそんな特性があるのだろうか。

 俺を充分にからかった琉歌は満面の笑みから真面目な顔つきに戻り、こほんと可愛らしい咳払いを一つ。


「僕が勝った手前、お願いごとを聞いてもらってもいいかな?」

「勝ち誇ったような笑顔がムカつくが……敗者である俺は勝者のお前に従おう」

「……お腹いっぱいだから、食べてくれない?」

「ぶっ飛ばすぞ?」


 琉歌にしてはよく食べた方だと思わなくもないが、微笑んで差し出された三分の一ずつ残ったマグロ丼と天丼。それから自分のからあげ丼。


 総じて三つの丼ぶりを、俺の胃袋は限界を超えて許容するのであった。


「持つべきものは親友、だね!」

「都合の良い残飯処理班にしか聞こえないからな」






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