現実はエロ漫画よりも奇なり
◇
目が覚めて時計を覗くと、時計の針は八時を指していた。
「……昨日のが全部夢だったと思い込むのは、流石に現実逃避が過ぎる、よな」
若干の寝不足を否めない俺の頭は、そう都合よく物事を解釈してはくれない。
アルコールで記憶を飛ばすこともなければ、あの光景を疲れたときに見る夢だったと勘違いを起こすこともない。
それらは全て俺の願望でしかなく、昨日の夜に知った琉歌の秘密を夢だと誤認するには、確定した情報が多すぎるせいで無駄な足掻きにしかならない。
「……現実は小説よりも奇なり。エロ漫画よりも、奇なりだ」
寝て起きてから考えよう、と問題の先送りを提示したのは、お互いに昨日の夜の出来事でいっぱいだったからだ。教科書にはこんな展開、あったような気がするけれど、アレは創作。現実に持ち込むには、余りにも現実味が無くて。
けれども、現実はエロ漫画を越えて俺の目の前にもたらされた訳で。
意識しないようにと努めてベッドに入ったはいいものの、あんなことがあってすぐに眠りにつけるはずもなかった。意識しないようにと考えれば考える程、俺の意識はその事ばかり考えてしまう。
ベッドの中で脳裏に過るのは、目に焼き付いた琉歌の裸。忘れようと努めても、あの光景が離れてくれなくて、それはもう、大変だったんだから。
昨日の夜ばかりは、自分の性欲を恨んだものだ。
そんな俺が眠りについたのは、果たして何時間が過ぎたあとだっただろうか。眠気の残らない感覚からして、七時間は眠れただろうか。そして、対する琉歌は無事に眠りにつけたのだろうか。
今目の前でぐっすりと幸せそうな顔で眠る、彼女。そう、『彼女』に対して、俺は努めて冷静なまま布団を剥ぎ取るのだった。
「おい、琉歌、起きろ。朝ごはんの時間終わっちゃうぞ」
「ハッ! あ、天音?! お、おはよう……」
「……服装を直せ。とりあえず、朝ごはん食べに行こうぜ。話は、その後でも出来るだろ」
眠たそうにまぶたをこする琉歌であったが、俺の顔を見た後、自分のはだけた格好を目にしてすかさず飛び起きた。
こいつ思いの外寝相が悪いよな、と思いつつ、俺はそれとなく目を逸らした。
昨日の夜の事とか、どんな夢を見ていたのかを聞くわけにもいかず、俺は琉歌を引っ張り上げる。
昨日までならそのまま寝癖の酷い琉歌の手を引いて部屋を出れたものを、琉歌が女だと分かってから、その手を引くことすら遠慮してしまう。
「先、行ってるからな。後から来いよ」
「え。顔洗ってくるから、ちょっと待ってて。一緒に行こうよ」
慌ててベッドから降りる琉歌。
手を引くことすら遠慮する俺は、そんな琉歌の言葉を拒むことすらできなくて。
それから間もなくして洗顔と歯磨きを終えた琉歌を待ってから、俺たちは廊下を歩いていく。
まるで定位置みたいに俺の隣に沿って歩く琉歌から距離を取ろうにも、琉歌の方から近付いて来るから結果としていつもの距離感でにこにこと笑う琉歌を横目で眺める。
「えへへ、寝癖すごいや。今日の朝ごはん、何だろね?」
寝癖を直す時間は無かったのか、ぴょんこと跳ねる自分の寝癖を押さえて微笑む琉歌。
俺は思わず直視できなくなって目を逸らす。
その笑顔が、言葉に言い表せないくらい、可愛くて。
昨日まで男だと思い込んでいた幼馴染を、女だと分かった途端に可愛いだなんてなんて現金な奴だ、俺は。……いや、よくよく考えてみると、男だと思っていた頃から琉歌のことは可愛いなんて思っていたな。てっきり俺の性欲が異常発達したせいかとばかり思っていたが、ある意味見抜いていたと言えるだろうか。
しかし、どうしてこいつは昨日のことがあっても尚、今までのように接してこれるのか。俺なんて童貞丸出しで言葉少なであると言うのに。
それとも、寝て起きたらこいつの中で昨日のことはもうとっくに整理がつくようになっているのだろうか。
幼馴染のことがさっぱり分からなくなってしまった俺は、愉快げな琉歌に続いて大広間に入って行く。
「あ、おはよー。八尋君に琉歌ちゃん」
「さ、昨晩はお楽しみ、でしたね」
現実逃避、とばかりに目を逸らした先でばっちりと目が合ったのは、横山さんと田貫さんの先輩カップル二人。
大広間には二人の姿しかない。
どうやら他の先輩たちはまだ起きてきていないようだった。
「おはようございます……というか、先輩たち。琉歌が女子だって、知ってましたよね?」
「なんで教えてくれなかったのか、って? それはあたしたちに言うことじゃないでしょ。むしろあたしたちが言う側。そっくりそのままお返しするよ? こ~んなに可愛い子がずっと傍にいて、なぁんで気付かないのかねぇ?」
「ぼ、朴念仁。で、でも、僕たちも、代表が気付くまで。ぜ、全然、分からなかった、よ」
昨晩の饒舌っぷりが嘘のように元の口調に戻った田貫さんと呆れかえる横山さんに俺はそれとなく抗議の視線を送るのだが、それは琉歌の手によって遮られてしまう。
「僕が黙っていてほしい、ってお願いしたんだよ。本当は、天音に気付いてほしかったから……」
「うっ。鈍くて、ごめん」
「ううん! 責めてるわけじゃなくって……。僕がもっと早く言えてたらこんなことにはなってないと思うから……」
昨夜の再演である。
お互いに謝って謝られて、を繰り返していては埒が明かない。
そう思ったところで、仲居さんが大広間に朝食を運んできてくれる。
俺たちの姿を見るや、慣れた手つきでお茶を入れてくれる。そのお茶で渇いたのどを潤そうと口に含んで──
「それはそうと、二人。ヤったんでしょ?」
「「ぶふぅーっ?!」」
琉歌と並んで、全て噴き出した。
「しゅ、朱理ちゃん。い、いくらなんでも、ぶっこみすぎだよ」
「えー、気になるじゃーん。代表は今頃腰砕けだろうし、滝嶋ちゃんと金井君はただの酔い潰れだとしたら、しっぽりした話を聞けるのなんてこの二人しかいないからさー。というか、夏合宿のジンクス年々強まってない? 今年は二組じゃん!」
「げ、下世話ですよ、先輩。それに、俺と琉歌の間には何も無かったですから」
琉歌と二人でいそいそと汚したテーブルとその周りを掃除しながら、事実だけを羅列する。
先輩たちがどこまで知っているか分からないが、俺と琉歌の間には勘違いはあったけれども、男女の間違いは無かった。
お風呂でのあれを間違いと見做さないという前提だが。
しかし、そう言い切れるのだけは確かの下言い切ると、横山さんのみならず、諫めていた田貫さんまでも俺に怪訝な眼差しを向けてくる。
「……え、じゃあ何。八尋君ってば、琉歌ちゃんみたいなかわいい子に迫られても手出ししなかったの? もしかして不能なの? インポなの?」
「す、据え膳、だよ……!」
「だあぁ! うるさいですね! 別に、俺と琉歌は今も昔も親友です。それ以上でもそれ以下でもないんですよ! なぁ、琉歌」
「え? う、うん……」
「俺はただ、琉歌に嘘をつかせていたということを悪く思っているんです。だからこれからは、琉歌は嘘をつく必要がなくなった……。自分を騙して生きるような真似はさせないよう、努めていくだけです。親友として」
これが、俺が昨日ベッドの中で眠る直前まで考え抜いて捻り出した答えだ。
本来ならこの後部屋に戻ってから琉歌に直接伝えたかったのだが、放っておくとしつこそうな横山さんを納得させるには今ここで関係を明確にしておかなければならなかった。だから不本意ながらも、ここで言わざるを得なかった。
それと田貫さん。琉歌は据え膳じゃないです。むしろあの誘惑を耐え抜いた俺の鋼の精神力を称賛してほしいくらいだ。
あの場で逃げたくせに、なんて俺の心を的確に抉るクリーンヒットな悪口を言える事実を知る人物は俺を除けば琉歌しかいないから、堂々と胸を張れるってものだ。
「えへへ」
「……琉歌ちゃん、琉歌ちゃん。喜んでるところ申し訳ないんだけど、これってつまり、駄目だったってことでおけ?」
「え、駄目? 何がですか?」
「そりゃあ……。親友ってのはつまり、男女の関係に発展しなかった、ってことでしょ? 一歩進んで一歩下がる。つまりは足踏み。つまりは現状維持。つまりは……、親友止まりってことじゃん?」
「──ッ?!」
「気付いてなかったんかーい……」
横山さんと琉歌の二人がひそひそと内緒話をする横で、田貫さんはすっかり興味を失ったかのように朝食を食べ進める。この人、代表とか横山さんの影に隠れてるけど、相当なマイペースだよな。
「それと、横山さん」
「なーにー?」
「エロ漫画読み漁ってる俺が言うのもなんですけど、性に関しては当事者の間でしか許されないですからね。漫研はその辺りルーズですけど、きちんと線引きしてくださいよ。代表なんて、特に。あの人、自分で探るのは好きですけど、探られるのに関してはめちゃくちゃ弱いですから」
「八尋君に説教されるなんて……! しかも、割と真面目な内容で」
「これは田貫さんも含めたお二人の関係にも通ずることなんですからね」
「も、戻ったら、お説教、だね」
「え~? タヌちゃんってば、お説教してくれるのー?」
……忠告から始まった二人のイチャつきを前に、俺は何とも言えない気分で運ばれてきた朝食を食すのであった。
ちなみに、残りの先輩たちは時間ギリギリにやってきていた。
「チェックアウトは十時だってな。少ししかゆっくりできないな」
腹がくちくなった俺たちは部屋に戻り、お互いのベッドに腰掛ける。
「ねえ天音。本当に僕のこと、親友だと思ってる?」
二度寝の悪魔に誘惑されそうになっていると、琉歌は間を置かずに本題へと移る。
部屋に戻ってから話そうとは言ったがまさか、間を置かずに始めるとは。
しかし、鉄は熱いうちに打てとも言うし。
これ以上間を空けたら、それこそまともに話す機会なんて無さそうだし。
一晩経った時点でお互いに冷静になるだけの時間は得られただろう。
「あぁ、本当だ。琉歌は俺の大切な親友だよ。男とか女とか、関係ないくらいのな」
「ふぅん」
承服しかねる、といった雰囲気を醸し出しながら口を尖らせる琉歌だが、緩みそうな口元を必死で押さえているのが見えるから、納得いかないわけではないということは分かる。
もしここで「性別も見抜けないやつが親友だなんて片腹痛いよ!」とでも言われたら俺は一生立ち直れなかったからホッと一安心だ。
「ただ……親友だとしても、あ、ああいう真似は良くないと思うぞ」
「ああいう真似って?」
「……は、裸で、迫ったりだよ」
「あれは、さ。天音が全然気づいてくれないから仕方なかっただけだし……」
「それは本当に申し訳ないと思ってる。それでも、だ。もっと自分の体を大事にしろ。昨日は俺だから大丈夫だっただけで、他の男だったらどうなっていたか──」
「ッ! あんなこと……っ、天音にしかやらないよッ!」
どうやら俺の老婆心からの忠告は余計な一言だったようで、声を荒げた琉歌の目に、じわりと涙が溜まっていく。
それだけで俺の胸は罪悪感でいっぱいになる。
「わ、悪い。怒らせるつもりじゃなくて……そう言う意図で言ったわけじゃなくて……! 俺も、男だから、さ……」
「分かってるよ! 天音が僕のこと心配して言ってくれてることくらい! でも、でも……、そういうんじゃないの! 僕が、天音以外の人に同じような真似をすると思われてるのが……、すごく、イヤだ」
「そう、だよな。言い方が悪かったよ。本当に、ごめん」
俺は素直に体を直角に曲げ、頭を下げる。琉歌に嫌な思いをさせたかった訳じゃない。ただ、心配だっただけだ。
琉歌が他の男の前で……前で、琉歌が裸? ……何故だか分からないが、途端に胃が重たく感じる。胃もたれする程食べたつもりは無かったが。
「……それじゃあ、ギュってしてくれたら、許してあげる」
「ぎゅ? ハグ、ってことか? 付き合ってるわけじゃないんだし、余りそう言った接触はしない方が──」
「男女の親友なら、するんだよ。知らないの?」
「知らない、って言うか。初耳って言うか……。まあ、減るもんじゃないし、いいか。琉歌なら平気だしな。お前がそう言うなら──って、おい、躊躇ねぇな」
「んっ」
自分の非を認めているから琉歌のお願いを聞くのは吝かではないのだが、そのお願いの内容が内容であって躊躇していたのだが、俺が腕を開いた次の瞬間には琉歌の小さな体は俺が受け止めると分かっているかのように勢いよく飛び込んで来た。
「んふふ。これで、許してあげる」
「それは嬉しいが……。なあ、本当にこれ、男女の親友ならするものなのか?」
琉歌が嘘をつくはずがないと考える反面、俺の脳内データーベースにそんな常識は存在しない。
いや、まあ、エロ漫画なら親友でなくとも所かまわず抱き合うというか、繋がり合っているというか。
だからまあ、エロ漫画的観点から言えば琉歌の言っていることは正しいのだろうけれど、残念ながらここは現実である。
「もちろん……、嘘に決まってるじゃん」
「う、嘘なのか?!」
琉歌が嘘をつくなんて、と驚きで身を強張らせるが、昨夜人生最大の嘘が明かされたばかりだということを思い出す。
「僕はもう、天音のせいで良い子じゃなくなったんだから」
胸元から顔を上げてそう言ってのける琉歌の表情は、悪戯が成功した子供のようにニシシ、と笑う顔であり、琉歌自身が言うように、今までの良い子だった琉歌では浮かべられないような、魅惑を秘めた笑みだとすら言える。
もちろん俺は、すっかり印象の異なる琉歌の笑みにばっちり見蕩れていて。
「……あ、天音には。僕が……わ、悪い子になった責任、取ってもらうんだから」
けれども、今まで通りの幼さに加えて、成長した美形を持つ琉歌にアンバランスさを感じて、気恥ずかしさの宿した琉歌の笑みにこそ俺の胸は高鳴ってしまう。
俺は微かに喉を鳴らして琉歌から距離を取る。
……このままじゃ俺、琉歌のこと好きになっちゃうよ。
そんな恥知らずなことを口にできるはずもなく、俺は慌てて時計に目を向ける。
「も、もうこんな時間だ。ロビーで先輩たちが待ってるかも……」
「ホテルは時間ギリギリまで滞在するもの、でしょ? これも天音が教えてくれたんだよ」
「な、何を言って──ハッ!」
チェックアウト三十分前。琉歌は小悪魔みたいに微笑んで、俺の背に回した手に力を込める。
琉歌の言う、「俺が教えた」という有り得ない常識。
もちろんそんな記憶など存在しない……かに思えたが、琉歌の口にした文言に心当たりがないわけではなかった。
それは『セフレは仮初の恋人』というエロ漫画に出てきた台詞である。
漫画では確か、帰り支度が終わってからもイチャつこうとする最後の場面だったような。
もちろん純愛であるため琉歌にも貸しただのが、あれはラブホテルで、こっちは正真正銘の高級宿である。比べるのも烏滸がましい、というべき比較である。
そもそも俺が教えた、というには語弊がありすぎる内容であって。
「ば、バカなこと言ってないで、早く帰り支度するぞ!」
「はーい」
纏わり付く琉歌を振り払うでもなくそれだけ言うと、琉歌の奴は元気のいい返事を一つだけしてさっさと荷物を詰めていく。
性別が判明した途端、あいつの一挙手一投足が小悪魔じみて見えるのは気のせいだろうか。いや、気にしすぎだろうか。
翻弄されてばかりいる琉歌との時間は困らされるが、されども嫌ではなかった。
「忘れ物ないか……って、引っ付くなよ」
「いいでしょ? 親友なんだから」
「さっき嘘って言っただろ」
「天音の願望を叶えてあげようとしてるのに。もっと喜んでくれてもいいんじゃないの」
「願望……?」
部屋を出てすぐに琉歌は俺の腕に絡みついてくる。
廊下に出たら人目が、と気になる俺を他所に琉歌が耳打つ言葉に、俺はそっくりそのままオウム返しをする。
まさか、童貞の件について……とまで考えた辺りで、琉歌は親友である、と頭を振って邪念を消し去る。
次に親友をそんな目で見た日には、俺は舌を切って死ぬ。
それくらい俺にとって友情と言うのはかけがえのないもの。
特に琉歌は大学生活における俺の唯一の友人なのだ。信頼を失くすような真似、出来るはずがない。
もし仮に琉歌という唯一無二の親友を自らの過失で失くしたとあれば、俺は三日三晩後悔に暮れることだろう。
一時の欲望に負けて落ちぶれるほど、俺の意思はそんなに弱くはないと信じたい。
しかし、そんな俺の豆腐のように硬い意志すらもすんなりと貫通させるかのように、ぐいっと身を寄せた琉歌の一声が俺の耳に囁かれた。
「──エロ漫画みたいな恋、させてあげる」
ちゅ、と唇が触れたわけではないが、ただの囁きで駆り立てられた想像力は全身を駆け巡る衝撃となって俺を貫いたのであった。
「バッ……?!?!」
慌てて琉歌に振り返ると、そこには悪戯好きな小悪魔の笑みが待っていた。
耳に残った小さな微笑みに似た残響が、俺の頭を激しく揺さぶる。
目を白黒させるので精いっぱいの俺に対して、琉歌は今度は横からではなく真正面から身を寄せてきた。
ふんわりと香る琉歌の匂いや、体を這うような吐息に蹂躙されそうになる一方で、俺を翻弄すべく勇気を振り絞った琉歌の姿が見えて、辛うじて冷静さを取り戻すに至る。
余裕ぶっていながら、琉歌の顔は真っ赤に染まる。恥ずかしいなら、やめておけばいいのに。
「……親友なんかじゃ、僕は嫌だからね」
「る、琉歌?」
「絶対、意識させるから。覚悟しといてよ。いい?」
「お、おぉ……」
俺にだけ聞こえるように言い放った琉歌は、次は満面の笑みを見せた。
ただ綺麗なだけじゃない。言ってやったぞ、と誇らしげで、いじらしいほどに人間らしさのある、子犬のような笑顔。
それを真正面から受けた俺は、文字通り面食らった様子で、荷物以外の何かも背負っていそうな背中でロビーに向かって走り去る琉歌を呆然と見送ることしか出来なかった。
「…………はぁ~」
廊下のど真ん中で、俺は頭を抱えてしゃがみ込む。
「エロ漫画みたいな恋がしたい、とは言ったけどさぁ……」
あんなもの、所詮は童貞の虚しい願望に過ぎない。
だがその虚しい願望に過ぎなかったものがまさか、現実となって俺の前に立ちはだかるとは。
それに、だ。
あんな真剣な顔で宣言されたら、男女の違いすら分かっていなかった鈍い俺でも丸分かりである。
今の宣言は、愛の告白とはどう違うのか、ってね。
俺にはもう、動き出した琉歌と言う名の暴走機関車を止める手立てなんてない。
このまま受け止めるか、受け止める覚悟が出来るまで逃げ続けるか。
俺に取れるのはそのどちらかしかない。
だが、どちらを取っても答えは一つ。考えようによっては絶望するしかない状況。
だからこそ、口元が緩むのを止められなくて。
「……あ。東京のホテル、どうしよ」
夏合宿で変化した関係性に頭を悩ませながら、俺は荷物を背負い直す。
今考えるべきは琉歌の問題ではなく、目前に迫ったコミケについてだ。
これは決して、考えるのが大変で目を逸らしているわけじゃない。逃げようとしているわけでもない。
余裕が出来たときに改めて考えようと頭の端に追いやっているだけだ。
今の俺には、他にやるべきことがあるからな。
意識しないよう意識して、俺は先輩たちと琉歌が待つロビーに向けて歩き出す。
──準備は整った。戦場へと、いざ行かん。
「あ、来た来た。ねーお土産どれにする? キーホルダー、お揃いのやつ、買お?」
俺を見つけて嬉しそうに駆け寄って来ては、上目遣いで見つめてくる琉歌。
やめてくれ、琉歌。童貞にはその可愛さは痛いくらいに良く響くから。
「天音と一緒が良いなぁって思って。……駄目?」
フラグは立てない方が良いと分かっていても、琉歌の頼みを断るなんて、俺には出来なかった。
葛藤は一瞬。迷いは消え去った。
「…………わ、分かったよ」
「やった! えへへ。お揃い、嬉しいな」
はにかむ笑顔に、俺はチベットスナギツネの顔をしなければ平静を保っていられない。
内心では、嵐のように胸がキュンキュン高鳴って仕方が無かった。
これが恋なのか、それとも親友を失うことへの恐怖なのか。童貞の俺には判断がつかない。
しかし、一つだけ分かることは確かにあって。
琉歌は多分、俺が知る中で、最も可愛い生き物だということが。
駄目だ。俺、このままじゃ親友のこと、意識しちゃう。
琉歌のこと、好きになりそうで怖いんですけど。
琉歌の宣言に、屈しちゃいそう。
このままだと──、エロ漫画みたいな恋しちゃうんですけど!
お読みいただきありがとうございました。
面白かったと思ったら、評価や感想、リアクション等を頂けると嬉しいです。
またどこか別の世界でお会いしましょう。




