憂鬱な時間
夜だというのに目がチカチカするほど明るい店内。
祭りのように騒ぐ人の声。
職場の同僚に誘われて、人数合わせで仕方なく来た合コンに早くも帰りたくなっている。
テーブルにはお酒や枝豆、唐揚げなどが並んでいる。
僕はそんなにお酒を飲まないし、居酒屋とかざわついたところはあまり得意ではない。
彼女はいないが、そもそも新しい出会いなどを求めていない。
合コンの男性の人数が一人足りなくて…お願いと瑛太に頼まれ、断れずに来てしまった。
僕を合わせて男性は3人。
僕の前に並ぶ同僚の知り合いの女性3人はなぜかテンションが異様に高く、ついていける気がしない。
「それで、大野君はいつから彼女いないの?」
目の前に座っている爪が長くて髪がカピバラみたいな色をした女性が陽気に僕に尋ねる。
「…いつからって、今までいたことないです」
「え、まじ?受ける」
目を大きく見開き、甲高い声で笑うとジョッキに入っていた飲みかけのビールを一気に飲み干す。
僕は仕方なく愛想笑いをしてその場をやり過ごす。
そもそも何なんだ。
23歳で彼女がいたことがないのがそんなにおかしいことなのか。
僕の頭の中は?マークでいっぱいになる。
そんな僕を見て同僚の弘人が慌ててフォローをしてくれる。
「文哉は高校時代に好きだった人をずっと引きずっていて」
「え、高校?卒業してからだいぶ経つよね?一途すぎ」
先程と同じようなテンションで女性は再び大きく口を開き笑い出す。
「片思いでそんなに引きずるってやばいね、ウチは絶対無理」
僕の何を知っていると言うんだ。
初対面の女性に僕の恋を色々と言われる筋合いなどはない。
「その人と定期的に会っているから5年経った今も好きっていうこと?さすがにずっと会っていなくて今も好きっていうことはないよね?」
「それはそうでしょ」
「さすがにね」
他の女性二人も相槌を打つ。
「…いや、卒業式以来、会っていない…です」
僕が蚊の鳴くような声で答える。
三人は僕を見ながら言葉を失っている。
しかし、再び騒ぎ出す。
「…え、やば。大野君って面白すぎる」
「そんな人いるんだ」
「中々の変わり者だね」
先程の3倍の賑やかさになり、さすがにもう帰りたくて仕方がない。
「で、結局その人の何がそんなに良かったの?」
先程のカピバラみたいな髪色の女性が、唐揚げを頬張りながら聞く。
まだ、続くのかよ…。
いつになったら僕の話は終わるんだ?
「…え、あ、初めて誰かに認められた気がしたから、ですかね…」
三人の女性はよく分からないという顔をしている。
慌てて僕が付け加える。
「…え、だから、高校の時にバスケ部に入っていて、上手くなりたくてバスケ部の活動が終わった後にいつも自主練をしていて、その姿に勇気をもらったみたいなことを言ってくれたのが彼女で、それがすごく嬉しくて。そんなことを言われたのが人生で初めてだったから…って感じです」
途切れ途切れにそう答える。
「文哉君が一人で自主練に打ち込む姿に元気をもらって吹奏楽部を続けられたんだ」
高校3年生の頃にクラスメイトである佐々木さんに言われた言葉。
大野家の一人っ子として生まれた僕は小学生の頃は父が幼少期に得意だったサッカーの習い事をして、中学では陸上部に所属した。
しかし、どんなに休みの日に練習に励んでも成果が出ることはなく周りに追い越されていった。
もちろん、大会に出られたことは一度もなかった。
そしてスポーツでも成果が出せず、高校受験にも失敗した僕は次第に両親や先生から結果が出ないとどんなに頑張っても意味がないと言われるようになった。
高校では心機一転バスケに挑戦したが、周りの足を引っ張ってしまってばかりだった。
そのため、少しでも上手になりたくてバスケ部の活動の後に自主練をしてから帰ることが日課となっていた。
バスケ部は僕を合わせて部員が5人しかいなく、全員が大会に出ることができた。
しかしその分プレッシャーが大きく、大会に出られて嬉しいような怖いような複雑な気持ちであった。
そんな僕は大会でミスをしてしまい、部員にも成果が出なかったら努力は無駄だと陰で言われるようになった。
そんな時に出会ったのが佐々木さんだった。
彼女は僕の努力を随分と前から見ていてくれていて、頑張っている僕を褒めてくれた。
何かの才能がある人よりも、努力をできる人が次に目標ができた時にも頑張れると。
初めて僕自身を認めてもらえた気がした、そんな感覚だった。
今まで何をやっても成果が出ずに結果が出ないと意味がないと色々な人に言われて来た僕にとって佐々木さんの言葉は新鮮で心地が良かった。
その言葉がきっかけで僕は彼女をいつの間にか好きになっていた。
今でもその言葉は僕の中で御守りみたいなものだ。
彼女の言葉を僕は忘れることはないだろう。
「へぇ、顔が可愛いとかそういうんじゃないんだね。大野君って見た目も堅そうだけど中身もけっこう堅そう」
「え、でもちょっと待って。初めて褒められたからずっと好きってことは、彼女ができたらその人よりももっと好きになるんじゃない?初めての何かに弱いってことでしょ?」
僕のことを分かったような顔で自信満々に、先程のカピバラみたいな髪色の女性が言う。
「ウチ、大野君の彼女になってあげようか?そうしたらウチのことずっと好きで忘れられなくなっちゃうんじゃない?片思いで5年なら付き合ったら10年くらい?…あ、でも別れたら面倒くさそうだからやっぱりナシ」
「何それー。めっちゃ面白い」
「やっぱり沙耶いると盛り上がるわ」
「でしょ」
カピバラみたいな髪色の女性は自信満々にそう言う。
女性三人はとても盛り上がっているようだ。
どうやらカピバラみたいな髪色の女性は沙耶というらしい。
確かに最初の自己紹介でそう言っていたような気もするが、その場だけ上手くやり過ごせれば良いと思っていた僕は名前など全く覚えていなかった。
勿論、他の二人の女性の名前も知らない。
しかし、まあ失礼なものだ。
僕も女性三人の名前を憶えていないから失礼と思われるかもしれないが、口に出さなかったら相手にバレることはない。
沙耶っていう人はわざわざ口に出してしかも笑いと取っているつもりかもしれないが、僕にとっては面白くなどないし迷惑である。
冗談でもそんなこと言う人、好きになれる気は全くしない。
好き以前にあまり関わりたくない感じの雰囲気である。
人が言われたら傷つく言葉というものを知らないのか。
「ちょっと、さすがに今のは文哉に対して失礼じゃない?」
僕が青ざめていたのか、同僚の弘人が僕の代わりに優しく注意をしてくれた。
「あ、ごめんごめん。冗談だよ」
それでも今もなお、その女性はヘラヘラとしている。
一体何なんだ。
さっきから僕の恋愛話が長すぎる上にデリカシーのない発言にうんざりしている。
「そういえば、吉川さんはどういう人がタイプなの?」
「えっと、ウチは…」
僕の心の中を読み取ったかのように、同僚の瑛太が沙耶っていう人に質問をして話題を変えてくれた。
僕は少しホッとする。
それから1時間くらい合コンは続いたが、僕は疲れて終始無言を貫いた。
もちろん、自分から女性に連絡先を聞くことも聞かれることもなかった。
お会計を済ませて6人で居酒屋を出る。
僕を合コンに誘った瑛太は、女性二人から連絡先を聞かれて舞い上がっていた。
「みんな、二件目行くでしょ?カラオケかバーで飲み直すかどうしようかね。あ、それとも俺の家来ちゃう?」
瑛太は酔っぱらっているのか、顔を真っ赤にしながら言う。
「えーウチ、瑛太君と二人で飲み直したいな」
「ずるい、私も」
「え、あ、そう?」
瑛太は戸惑いながらも二人の女性に誘われて、ニヤニヤしている。
「あ、僕はここで」
僕は早口にそう言う。
二件目など行く気には全くなれなかった。
「そっか、じゃあ文哉またな」
弘人がそう言い、他の人たちも僕に手を振る。
「うん」
そう言うと、僕は駅の方へと歩き出した。
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