第36話 藤原君と現場入り
「これ、斎藤ね」
朝一番に車で迎えに来てくれた藤原君。
隣には二十代くらいの女の人が立っていた。
スーツを着たショートカットの黒髪の綺麗な人だ。
「え、藤原君の彼――」
「違うから。親父の女」
「光輝、それも違う」
斎藤さんは私たちに静かな笑顔を向けた。
「光輝の世話係です。今日はよろしくお願いします」
「あ、名竹華です! よろしくお願いします!」
「大伴です、お世話になります」
落ち着いた、大人な女性だ。
「挨拶はいいから早く行こうよ」
「渋滞してると思うので中継駅までですが、車で送りますね」
「ありがとうございます」
「でさ、榊天音のことだけど」
「あ」
助手席に座る藤原君が、斎藤さんの前で普通に話し始めた。
「あぁ、斎藤は大丈夫。藤原家のことも知ってる」
藤原君は視線はスマホに落としたまま、淡々と言う。
「で、榊天音だけど。名竹君が言うには霊力はあるけど、微弱すぎて感知しにくいらしい」
「え、いつの間にそんな話してたの?」
「あんたたちがイチャついてる間にだよ」
「え?!」
ミラー越しに、小さく笑った斎藤さんと目が合う。
「昨日、名竹君が感知した霊力の数は俺たちと鷹野、まあ榊天音も……で数は合ってるらしい」
「え、他にいない?」
夕夜が呟く。
「名竹鏡夜の言ってることが本当なら、が前提になるけど」
藤原君が視線を後ろに向ける。
「“天人っぽい反応” がなかったらしい」
「なら、あの場に天人はいなかったか、鏡夜でも感知できないか?」
「まあ、あとは――」
藤原君が愉しそうに口元を歪ませる。
「すでに数に入ってる、とかね」
「それって、天音さんが……」
「まだ確定じゃない。ただ、名竹君でも能力の中身までは分からないらしいから、引き続き、榊天音は警戒しておいて欲しいかな」
「……うん」
***
斎藤さんの采配のおかげで、電車を乗り継ぎながら、スムーズに香島宮に着くことができた。
杉木立に囲まれた参道はどこか厳かで、奥に見える朱色の拝殿が、まるで待っていたみたいにそこにあった。
「すごい雰囲気だね」
「いいね、絶対何かある」
「華……藤原も、一人にならないでね」
「俺のことも心配してくれるんだ」
「いや、ここ何か変」
夕夜が額を押さえている。
「何か感知した?」
「逆。藤原のが掴みにくくなった」
「へぇ、いいじゃん」
藤原君は目を細めた。
「あ、藤原君。宝物殿あるけど入る?」
「当たり前」
私たちは先に所蔵品や歴史の展示がされている宝物殿から入ることにした。
連休もあって宝物殿の中も意外と人が多かった。
藤原君の金髪もここではあまり目立たない。
「藤原君、何見てるの?」
隣から覗く。
藤原君は香島宮の神紋を見ていた。
「鏡紋 “五稜鏡”。榊のデザインも入ってる……」
花びら状の五角形の枠。
その内側に、黒い円。
その周りには榊なのか、線が走るように描かれている。
「鏡紋ってことはこの黒いのは鏡? いや、影?」
夕夜が言う。
「影ってなんの?」
「月かな? 古語でも月のこと、“影” って言うし」
「陰と陽か? 影、月、鏡、榊……」
藤原君がインプットしていくみたいに呟く。
私は榊の線を指でなぞった。
「この榊、変わったデザインだよね」
二人が私の指先を見る。
「植物なのに葉っぱがないのって珍しいよね。枝もなんか角ばってるし」
「確かに、これだと枯れてるみたいだね」
「……植物、ね」
藤原君が少し笑った。
刀剣や神具などを一通り見て、出ようとしたところで藤原君が足を止めた。
「藤原君?」
空のケースを眺めている。
「ここには何があったかな?」
説明も何もない。
「ケースがあるってことは最近まで展示があったはず。“ない理由” が気になるな」
「案内の人に聞いてみる?」
「いや、関係者はダメだな」
藤原君は辺りを見回す。
「あの警備員かな。先に出ててよ。一人の方がやりやすい」
「じゃあ、出口のとこにいるね」
そう言って二手に分かれる。
出る時にふと見ると、藤原君は爽やかな笑顔で警備員の人に話しかけてた。
「すごいね、藤原君」
「味方でも怖いよね」
夕夜が苦笑いをした。
「大丈夫だよ。藤原君、夕夜のこと大好きだし」
「何それ」
「藤原君は信じていいと思う」
「うん、そうだね」
優しく微笑む夕夜に、安心して嬉しくなる。
「で、華は?」
「?」
「俺のことは?」
少し意地悪っぽく笑う。
「へ? え、あ……えと……」
何て言ったらいいのか分からず、俯く。
「ねぇ」
怒った声。
「すぐそういう雰囲気にするの、やめてくれない? 大伴君」
「あれ、もう終わったの?」
「名竹さんがポンコツになるだけだから、ちょっとは自重してよ」
「はは」
夕夜は適当な笑いでやり過ごして先に行く。
「名竹さんも。しっかりしてよね」
「は、はい!」
呼吸を整えて、二人を追いかけた。
拝殿へ向かう途中、藤原君が足を止めた。
スマホを取り出して、何かを調べている。
「どうしたの?」
「いや、ああいうのって普通の神社にもある?」
「どれ?」
「あの棒」
藤原君の視線の先。
杉の木に隠れるように立てられた棒。
先端には宝飾らしきものも見える。
「電柱? にしては細いか。確かに、あんまり見たことない気がするね」
恐らく神具なんだろうけど、柱というには細く、杉の木よりも高く空へと伸ばされている。
でも、言われないと気にならないくらい、場に馴染んでいる。
「名竹さん、あまり見ないようにして」
藤原君に注意される。
「あれがここまでに三本。均等に置かれてるっぽい」
手元のスマホでマップを見ながら照らし合わせている。
「位置的に、全部で五本かな。本殿を囲うようにあると思う」
「結界とか?」
夕夜が覗き込む。
「いや、それだとなんかハマらないな……」
藤原君は視線を上げたが、何も見ていない。
「さっきの空のケース……中は水盤だった」
ほとんど独り言だった。
「すいばんって?」
夕夜に訊ねる。
「水を張る器。あのケースに入るサイズなら花生け用かな」
「水盤……いや、鏡紋か……」
その間も、藤原君は一人で呟いていた。
「影は月……鏡に月……」
パズルでもやっているかのように、一つひとつを当てはめながら確認していく。
そしてあの棒を、下から上へと視線をなぞる。
「月……空……」
「藤原君?」
「……あと一つ、決定打が足りないな」
「え、あと一つでいいの?」
「とりあえず拝殿に行こう」
「う、うん」
そしてそこで、私たちは “兄のもう一つの姿” を知ることとなる――。




