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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第二章 〜対岸の森〜
11/19

侯爵様に部屋を賜る



「本当にここですか?」

「ここだ」


ルリィは思わず「ヴッ」とうめき声をあげてから、眉間にこれでもかというほどシワを寄せて睨みつけたが、当のアウルス侯爵様は貴族然とした表情を崩さぬまま、いつものようにスンとした澄まし顔をしている。


しばらく見合った後、何も言わないルリィの顔から視線を逸らして、アウルスは眉間に利き手を当て深いため息を吐くと、そのまま再び歩き始め無言でさっさと建物の中に入っってしまった。

ルリィものろのろとその後をついて行く。

そもそも「ひと部屋ください」と言いだしたのは自分なのだと腹を括って、ドアマンに開かれた扉をくぐった。


「ぉわぁ・・・」


迎え入れられたエントランスに足を踏み入れた瞬間、吹き抜けの天井はるか頭上で、キラキラとその光を乱反射させる巨大なシャンデリアに目を奪われた。

あまりの豪華さに、見上げたまま口は開きっぱなしで、目がチカチカとしてきた。


足元の大理石然としたつるばみ色の硬い石材もツルツルのピカピカ。こちらの世界で初めて見る。いかにも高級でござい。と、靴音を響かせる床材だ。

貧相なブーツの踵がコツリと音を鳴らす。流石にちょっと引くわ。と、ルリィは瞬きを繰り返した。


木材なのに黒光するほど照り返す飾り手すりのついた階段には、バーガンジーのカーペットが敷き詰められていて、なんの素材で作られているのか全くわからない。まさかあの長いカーペット一枚続きの手織りではあるまいな。いや、きっとそう。だってそれしか方法がないんだもの。


その階段の登り口中央には、金色の器に生けられた、赤い花々が堂々とその枝葉を伸ばしていた。


「まごうことなき高級ホテルのエントランスロビー」


ここは、ゾクファイツ国・王都唯一のハイエンドホテル[メリクリウス]

確か、4大侯爵家のひとつ、マーキュリー侯爵家が経営していると、新聞で読んだ。ような。気がする。

ルリィは、ゴクリ。と音を立てて生唾を飲み込んだ。


この世界の移動手段は馬か馬車である。

街を繋ぐ道の整備は行き届いているとは言い難く、金属製、もしくは木製の車輪とサスの効いていない馬車での長期移動を、快適と思える人間はまだ居ないので、道楽で遠出(とおで)をする文化が無かった。

したがって、何か致し方ない理由があって、街から街の移動を余儀なくされる王侯貴族が、目的地に自分のマナーハウスを持たない場合、己と既知の王侯貴族の屋敷に滞在するのが慣例になっているため、家を持たない暮らしをする民草が拠点の集落で常宿にする[宿屋]とは、宿泊施設そのものの目的が違っていた。


しかし昨今、馬を所持する王侯貴族達の他に、多少なりとも財産を保有し始めた市民達が、自由に集落や街々を行き来するようになり、商売の幅を広げた結果、いわゆる文化的な営みをする余裕も出てきていた。

そんな時流に乗って、いち早く作られた最新のハイエンドホテルは、その立場に分け隔てなく一定の条件を満たせば誰でも利用できる最新鋭の宿泊施設だった。

その一定の条件が(かね)だというのが潔い。

元いた世界では反感の一つも買いそうな炎上マーケティングではあるが、こちらではそうも言えない利点がある。


科学の代わりに魔法があるこの世界は、元いた世界と違って、高級品は全て“本物”なのだ。


ピカピカしている物が豪華に見えるのでは無い。豪華に見えたら、それは本物の輝きだ。

元いた世界よりも優れた点の一つ。ごっこや、風や、なんちゃってではない。

この世界では、良くも悪くも素晴らしく見えるものは、本当に素晴らしい物なのだ。


例えば、あの金色の器は、メッキでは無い。本当に黄金でできている。

木材なのに光っている黒檀は、どれだけの人件費がかけられて維持されているのか想像できない。

しおれも欠けも一切無いあの花も、造花でもハウス栽培でも無い天然の生花。

床は人力で天然石を切り出し運び、同じく人力で磨き上げた本物の石。

シャンデリアは、樹脂やレジンでは無く、おそらくクリスタル。もしくは何らかの宝石だ。それを毎日一個一個磨き上げ、何らかの方法で管理維持しているのだろう。光の反射がパない。


科学の発達遅い、封建社会の唯一の長所と言っても過言ではないだろう。

贅沢品の装飾物は全てが“本物”これに尽きる。

一体どれだけの人の労力が込められているのだろう。流石お貴族様。美を探究する人間の叡智と情熱に脱帽だ。眼福眼福。


ルリィが目に見えるもの全てに感謝感激している間に、アウルスはフロントカウンターで書類にサインを済ますと、受け取った新聞を脇に挟んで「行くぞ」と、声をかけ目の前を通り過ぎ先を歩き出した。

どうやら正面の階段は使わないらしい。

シャンデリアを背に廊下を歩くと、ブワリと、何らかの結界を通り過ぎる。

ぼんやりとしていた視界がクリアになると、カーペットの色が変わり、現れたのは金属製のアコーディオンドア。


「え!? まさか、エレベーター?」

「何だそれは?」


アウルスが手をかざすと、格子状のドアが開く。

おそらく、魔力感知による[個体認識]魔法。

特定の個人の魔力を感知して、鍵の代わりにする魔道具だ。

当然高級品で、市井の者が目にすることはほぼ無い代物。これがあるせいで一般には未だ[鍵]が普及していない。

2人が小部屋の中に入ると、わずかに感じる浮遊感。

ウインチの巻き上げ音が全くしない。消音の魔法でもかかっているのだろうか?


ウキウキとする気持ちを抑える事なくルリィは質問した。


「これは、ロープ式昇降機、ですよね?」

「・・・なんだ? 来たことがあるのか?」


アウルスが、お返しとばかりに不躾な目線を向ける。


「まさか。初めてですよ。アウルス様」


ルリィの答えに「ゲホゴホッ」とアウルスが咽せた。


チン!


目的の階層への到着を知らせるベルが、コレまた可愛らしく鳴る。いちいち渋い。

格子状の扉を開けると、そこはもうホテルの一室だった。


「まさかのワンフロア丸ごと!?」


ルリィは、思わず拍手してアウルスを褒め称えた。


凄い。この人は本当に侯爵様だったんだ。

上司とは言え、兄弟子としての付き合いが多かったせいか、いまいち実感がなかったんだ。

この世界での最新鋭。王都の一等地。他侯爵家がオーナーの、ハイエンドホテルのワンフロアを、一個人で自由にできる立場にある人が、田舎で森近くの庭先で、地べたに座って野営しながら、騎獣を寝具に夜明かしするなんて。


「なんだ、その顔を今すぐやめろ」

「私、感動しております。アウルス様は本当に高潔な方なのですね」


ルリィの忌憚の無い大絶賛に、みるみるとアウルスの顔が赤面してゆく。


四十路の男のリアクションでは無いが、元の世界での年齢を加算すれば、ルリィは母親の年齢と言ってもおかしく無いので、オジサンの照れは大変に可愛らしく見えた。

幼い頃は、それなり年相応に振る舞う努力もしたが、ハタチを超えたあたりで、もう良いだろうと早々に淑女の見栄なんぞ手放していたけれども。


表情を取り繕うように、ゆっくりとお茶の準備をしながら、ソファに座ったアウルスは、茶葉を蒸らしている間に、眉間を利き手でもみほぐしながら言った。


「ゲストルームが3部屋ある。好きな部屋を選べ」

「従者部屋で良いのですが?」

「従者が困るだろ。どうせ使わない部屋だ。ゲストルームから選んでくれ」

「・・・では遠慮無く」


従者など入れていないからこそ、今まさに自分でお茶をいれているのだろうに。と、ルリィは思ったが、口には出さない。


必要なのは扉だけなので、立派な部屋はいらないのだけど。やはり、どの部屋にも内閂しかついてない。

フロア直通のエレベーターがあるのに、部屋に鍵がついてないんだもんなぁ。

まあそれは元の世界の古い宿や民宿なんかもそうゆうものかと気持ちを切り替える。

魔法の神秘を改めて不思議に思いながら、許可された3部屋を見て回る。

二部屋がキングサイズのベットがドドンと陣取っているのに対し、最後に見たこの一部屋だけセミダブルほどのベットが二つ別々に設られている。他の部屋より一回り小さい気もするし。キミに決めた。


「では遠慮なく。この部屋をいただきます。よろしいですか?」


扉から顔だけ出して確認するルリィに、アウルスは無言で頷いた。


ルリィは、言葉通りに遠慮なくその部屋の扉に[鍵]を作りつけると、《魔女の家》でみつけた鍵束から一つを適当に選び出し、作り付けたばかりの鍵穴に入れ鍵を回した。


ガチャリ


鍵が開くのを確認してドアノブに手をかける。


「なんだ? なにをした?」


目の前でいきなり展開された【錬金錬成】に、アウルスがソファから立ち上がり、開かれた扉の中を覗き見ると、そこには見たこともない部屋がある。


「まさ、か、」


アウルスの驚きを無視して、ルリィは素早く中に入ると扉を閉めた。


「やっぱり」


そこは、魔の森で先日見つけたばかりの《魔女の家》。ルリィの[魔女の薬屋]だった。


「へぇ、やったね。随分便利な使い方だね」

「これなら街での買物も楽になるんじゃない?」


影から出てきたゲッコウと、いつのまにか肩に現れたニコが、トン と、床に降り言った。

ルリィは「ふぅ」と息を吐いて、ダイニングテーブルの上のクッキー缶を手にすると、もう一度、今度は内側の鍵穴に先ほどと同じ鍵を入れ回し入れ、扉を開けてホテルの部屋に戻った。


「凄いじゃないか!」


待ち構えていたアウルスが、テンション高めで褒め称えた。


「さすが魔女の家! これほどとは! これは移転か!? どんな魔術だ!?」


そうだった。この人元々[魔法師の塔]の住人だった。

ルリィは、自分で説明できない現状に歯噛みすると「神のみわざでございます」と嘯いて、クッキー缶をローテーブルに置いてソファに座った。


「なんだ!? どうやった!? 俺が開けても前の部屋だぞ!?」


代わりにアウルスが嬉々として扉を開け閉めしている。


そりゃそうだ。必要なのはこの鍵だ。おそらくこの鍵束は《魔女の家》につながる扉を開くスペアキー。

魔女の家に辿り着くには、繋がった場所を念じながら魔の森に入るか、このスペアキーを使って扉を開けるかのトリガーが必要なのだろう。

人嫌いの魔女の能力としては矛盾している気がするが、魔女も所詮は元人間。完全に人の営みから離れることはできなかった。と、言うところだろう。


「オイ! 俺にも鍵をよこせ」

「嫌です」


考え込んでいたルリィに、自論で問題の答えに辿り着いたアウルスが詰め寄る。

缶からラングドシャを出して皿に並べていたルリィは、あっさりと拒否した。

スペアキーの使用が、他者でも可能かどうか試したいところではあるが、やはりあの平安を邪魔されたくない。


矛盾しているとわかってる。


ルリィは取り分けた皿を、ズイ と差し出して続けて言った。


「私に御用の際は、この部屋に書面を残してください。気が向いたら取りにきますから」

「・・・気が向いたら?」


それでは今までと何も変わらないではないか。とアウルスは憤慨しながら隣に座った。

ルリィは、鍵束をしげしげとみつめながら、ラングドシャを口に入れモグモグとさせる。あぁ美味しい。


「全く不通というわけではないのですから、全然違いますよ」

「とにかく一度試させろ!」


アウルスが、鍵を奪い取ろうと手を伸ばすが「これ以上の譲歩は致しかねます」とルリィはそれをサッとかわす。


「よこせ!」

「イヤだね!」


揉み合う2人を、呆れたように見つめるニコと、やれやれ長くなるな。と、ゲッコウが床に寝そべった。


チン!


「ちょっとルーちゃん! 部屋を改装する時は一声かけてって言ってるでしょ!? っんまあっ!!?」


到着を知らせるベルが鳴り、エレベーターの扉が開いて、1人の女性が現れた。

一瞬3人は見合ったが、アウルスは、慌ててソファから立ち上がってルリィから距離をとった。


ザルだな。


ルリィは、身を起こして居住いを整えると ぺこり と頭を下げた。


「まぁまあ! ルーちゃんアナタとうとう!?」

「ちっ違う!」

「お邪魔しちゃってごめんなさいね! 浮いた話の一つもないもんだからつい、いつも通り部屋に入っちゃったわ! いやぁね。フロントで何も言わないから!」


突然現れた女性はそう捲し立てると、エレベーターの中に戻りかけたが「違うっ! 待て! 誤解だ!」アウルスが慌てて退室を止め、女性のもとに歩み寄ると、何やらゴニョゴニョと説明して「あら!」「まぁ!?」と嬉しそうに声をあげる女性に、何やら一生懸命弁明している。


件のお囲い女性の1人だろうか? 想像していた女性像とは少し違っていたが、このフロアのセキュリティがこんな感じでは、自由に行き来は考え直した方がいいか? と、ルリィはひとり考えを巡らせていた。

すると、女性がこちらに視線を移しソファに近づくと、ニッコリとその妖艶な微笑みを向ける。


「はじめまして。マリアンティーヌ・マーキュリーと申します。ごめんなさいね。突然押しかけちゃって」


マーキュリー!? マーキュリー侯爵様!? ここのオーナーご本人様か!?


ルリィは慌てて立ち上がり、下座、がどこかわからんけどエレベーターの方に下がると、両腕を組んで床に膝をつき頭を下げた。

今更感が拭えないがしょうがない。いや、鍵をつけた部屋の方に下がればよかった。と考えを巡らせていると、マーキュリー侯爵様は、そんなルリィを面白そうに見つめながら、ゆっくりと近づき、ぷっくりとした赤い唇に手を当てて、ヌフフ っと含み笑いをして、斜向かいのソファに当然のように腰を下ろした。


「普段はこんなふうに他の人が入ってくることは絶対に無いのよ。えぇ、絶対に。今日はたまたまなのよ〜失敗したわぁ〜」


一見人が良さそうな事を言っているようだが、こちらの事を一切尋ねず、相変わらず一方的に捲し立てている。この女性が侯爵様か。意識してみればいかにも貴族様だな。

マーキュリー侯爵家といえば、たった3代前に男爵位を金で買い、このゾクファイツ国の商業ギルドを統べるまでにのし上がった、財力と権力の頂点。

黄金の力だけで言ったら、王家より“力”があると言っても過言では無い豪商中の豪商だ。

それでなくても侯爵家は貴族最高位、何かあったら・・・ルリィがこの場をどうしようかとウロウロ考えているが、お構いなしにマーキュリー侯爵は話を続ける。


「それにしても、アナタ! だから二重に結界をはるのはおよしなさいとずっと言っているでしょう? 中の様子を知るのは仕方のない事なのよ!? こっちはプロなんだから、全て任せてほしいわ。こうゆうときに困るのよ? アナタもそう思うでしょ?」


チラリと、寝そべる2匹の幻獣に視線を向けると、「ねぇ?」とルリィに話しかける。


豪胆。


幻獣なんて絶対初見なはずなのに。ルリィは頭を下げたまま「どうすんだ?」とアウルスに圧を飛ばす。


「普段のセキュリティは万全なのよ? 今日は定期会合の日でね? マリノス先生が気づいてしまったから、スルーするわけには行かなかったのよ。一応私が責任者なものだから。アウルス、アナタ、部屋に魔法でなにかしたわね?」


アウルスは、はぁ〜と長いため息をついてからルリィを立たせた。

ルリィは促されたまま足だけ立ち上がるが、腕は組み頭は下げたままだ。思考だけがグルグル回る。


話題に出たマリノス先生とは、魔法師ギルド筆頭魔法師のマリノス・フレンダール侯爵のことか。魔法師だった頃のアウルス様の師匠であり、この国の魔法師の長[魔法師の塔]の最高責任者ではないか。

定期会合? どうゆうことか? このホテルで定期的に会っている? 王族抜きで?


「それは、すまん。そのちょっと、部屋を改造した。問題はない。この部屋にはこれからコレが出入りする」

「事前に相談してって言ってるでしょ!? あら、やだ、何コレ!? 美味しいじゃない!?」


マーキュリー侯爵は、ルリィの持ってきたヘーゼルナッツ味のチョコレートをサンドしたラングドシャを、気軽につまみその美味しさに感嘆の声をあげる。

この国にはバターたっぷりのクッキーはあるが、チョコレートはまだ無かった。カカオは薬として存在するが、嗜好品としての価値はまだない。


「コレはアナタがっ?」


皿に出さなかった、2/3ほど残っているクッキー缶を手に、キラキラとした目を向けるマーキュリー侯爵様に、ルリィはどう返事をしたものかと、逡巡する。


「コレ、売ってくれない? グランが喜ぶわっ! 金貨一枚でどうかしら!?」


グラン。赤髪の獅子グラン将軍、軍部統括グランティアリス・ディオメデス侯爵か? なんでまたこの国の中核をなす4大侯爵家が一堂に集まっているのだ?

まさか、口に入れると思わなかった。

自分用に持ってきた、食べかけのお茶請けオヤツなど売れるわけがないだろう!

って、なんで何にも言わないアウルス・アンダーソン侯爵閣下!? 

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