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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第二章 〜対岸の森〜
12/19

貴族達の談合




紹介もされていない。口を開く許可も与えられていない。

それなのに、答える命令もないまま、質問だけ続けられている現状のルリィは、未だ言葉を発する立場にない事を重々承知していたが、ならば代わりに返答するか、せめてさっさと自分を退室させてほしい。と、アウルスに必死で念を飛ばしていた。

それなのに、当の本人からやっと出た言葉に耳を疑った。


「おいマイア、意地汚い真似はやめろ。悪い。君は部屋に戻っていてくれ」

「悪い? いてくれ?」


マーキュリー侯爵は、ついでのように罵った言葉をスルーして、アウルスがルリィにかけた言葉に「ん?」と片眉をあげる。


やっと口を開いたかと思ったら、なんで今そんな言い方するの? マーキュリー侯爵も怪しんでいるじゃないか! 下げた頭のまま、ルリィが眉間にシワを寄せると、アウルスは「ウゥンッ」と咳払いをした。

そしてそのままルリィの背に手を当て、先ほど下賜したばかりの部屋に追い立てると、手を開いて幻獣達にも退室を促す。


「っチ!」


舌打ちをしてゲッコウが立ち上がる。

ヒーっ! ゲッコウやめてー! ニコも動いてー!

ルリィが、お願いしますよ! の圧を2頭に飛ばす。

ニコは「仕方ないわね」と言うようにひと伸びしてあくびをすると、出窓から降りて、ゆっくりしゃなりと部屋の中についてきた。


「スマン! すぐ追い出す! ちょっとだけ待ってろ、まだいなくなるなよ! 頼む!」


コソコソと頼み込むアウルスを、ルリィとゲッコウが半目で睨むが、扉はそっと閉められた。


「はぁ〜びびったぁアウルス様ってやっぱり侯爵様なのねぇ」


ベットに腰を下ろして、ルリィは盛大にため息をついた。

いつの間にかベットを陣取っていたニコが「あんなヘタレでも務まるのね。侯爵って」と嫌味を言う。

ルリィは、難しいお立場なのよ。とアウルスをフォローして、「ついでに洗面所見てくる」と、さっき見分しなかった、このゲストルーム専用のトイレとお風呂場を見に行った。


「ルリィには、この建物入った時から〈認識阻害〉の魔法がかけられてた。あいつあれでなかなか見どころがある」

「詰めが甘いのよ。中途半端なことするから、毎回めんどくさいことになってる」


いつものように、ゲッコウがフォローして、ニコがアウルスのダメ出しをする。

ゲッコウは昔からアウルスを推しているが、ニコにはいまいちハマっていないのだ。


「この建物は、今まで見たことのない術式の魔法がかかってる。それなのにその中に更にアウルスが自前の結界をはって、テリトリーを確保していたから、俺らの事も気付かれなかったのだろう? 中々な結界だったのに、たまたまさらにその上の魔術師が近くに来ただけだろ?」

「“たまたま”ねぇ。相変わらず運の無い男っ」

「運が悪いからダメなんてかわいそうだ」

「ルリィには関係ないでしょ」


ニコは「その不運に巻き込まれて不幸になるのはルリィなのよ?」と、とりつく島もない。


「ニコがそんなことばっかり言うから、ルリィは適齢期から倍の歳になっちゃったんだろ」

「ルリィが結婚に積極的だったら、私だってこんなにとやかく言わないわよ」


ゲッコウは「だから俺たちが推してやらないとダメなんだろう?」と、鼻息を荒くした。


「お風呂も豪華だったけど、やっぱり浴槽はなかった」


ルリィが「そしてやっぱり無駄に広いトイレ」と、しょんぼりしながらベットルームに戻ってくる。

風呂嫌いのゲッコウはニヒと笑って「それは良かった」と軽口を返した。

ルリィは、口を曲げてゲッコウを半目で睨んだ。


シャワーもただのハンドホースだった。無理やり浴槽置いてやろうか。とも思ったが、とりあえず今日のところはこれ以上の改造はやめておこう。と、キョロキョロと辺りを見回す。

まぁ、監視の目があるのは貴族社会では常識だ。

ルリィは気にするのをやめてベットに寝転がった。


「別に長居するわけじゃないんだし、お風呂は家に帰れば良いじゃない」


ニコは、ルリィの頭に身体を擦り付けヨシヨシと慰める。


「今日はなんか、凄い人がいるみたいだから、一応《魔女の家》の力を使うのはやめとくか。大人しくしておいてあげましょうね」


貴族の「ちょっと」がいつになることか。とルリィはため息をついて、行儀の悪いままニコを撫でさする。


確か、アンダーソン侯爵家の領地は南の辺境領近く。

いただけるのは王都のタウンハウスの一室かと思っていたが、まさかホテル暮らしとは。合理的なアウルス様らしい。

流石に[キングスヤッコ]のある王城には側使えや薬師の部下が多数常駐しているが、そんな執務室ですら身の回りの事を自分でやっているのも頷ける。

本来なら、自らお茶を淹れる侯爵など、この世界ではあり得ない存在なのだ。


ルリィが感心していると、ノックもせずに扉が開いた。こうゆうところは貴族様なのだから。


「すまん! その、君の存在を知らせるつもりはなかったんだが」

「その前に、これからはノックしてくださいよ? ここはもう私にくださったのでしょう?」


その行動を諌めるように、体を起こしてスカートをはたきながら立ち上がったルリィに「あ、スマン」と、部屋の中に入りかけた体を引いて、メインルームに戻るように促す。

半目のルリィに、アウルスは「もういない」と、無人を強調した。


「あ、菓子は持って行かれてしまった」


見るとテーブルの上のクッキー缶は無くなっていて、皿の上もカラになっている。


「あれ、私の手作りなんですよ? 大丈夫なんですか?」

「なんだ? 毒でも仕込んでいたか?」

「毒でも関係なく口に入れそうな勢いでしたね」


ルリィの返しに、アウルスは「ブフッ」と吹き出した。


「俺も食べたかったな。あれは?」

「カカオで作った甘味です。食べすぎると鼻血が出るかもしれませんね」

「注意しておこう」


アウルスは柔らかく笑うと、今日このホテルで何が行われるのか気軽に説明を始めた。



ここ[メリクリウス]では、各種国営ギルド統括が時間の許す限り月一で集まり、他の王公貴族には“内緒の情報共有する会合”がある。

この国の経済を回す根幹とも言える、[薬師ギルド][魔法師ギルド][軍部統括][商業ギルド]を統べる[4大侯爵家]の当主が王族抜きで一堂に会し、今後近々の国の方針を決め情報共有して口裏を合わせる。まぁ、有体に言えば談合会だ。


「それ、私が聞いて良い話なんですか?」

「森の魔女は俗世から離れているのだろ?」

「勘弁してくださいよ」

「今日の議題の一つに俺たちにも直接関連するのが上がってるんだ」

「もーっ」


ルリィは、スゥと目を細めると「私はもうアウルス様の部下ではないんですよ!?」と睨むが、冷めてしまった食器を下げ、新しく紅茶を入れ直しながら、アウルスは「まあ聞け」とお構いなしに話を続けた。


「俺達に関係のある議題は[違法薬物]の蔓延について。だ」


[違法薬物]と聞いて、ルリィは思わず息を呑んだ。

定期的に話題に上がる実しやかに噂されている[媚薬]。

この世界では避妊についての技術が無い代わりに、妊娠について[媚薬]が日常的に使われている。

もちろん、この国の医療を担う[薬師ギルド]の管理の下、きちんとした基準に基づいた調薬と使用法が[法]によって定められている劇薬だ。


人心にかかわるだけあって、厳しく管理されている。はずだった。

しかしどこの世でもその法の穴をついて、悪は蔓延るのが人の世だ。

貴族、市井に関係無く、金になるその薬物は、今までも違法に作られ処方されている。それでも「効能が無い」「効き目が薄い」などの紛い物ならまだしも、最近になって“効き過ぎる”媚薬が蔓延っていると言うのだ。


「いかな薬も、過ぎればそれは毒になる。もはや市井の者達が麻薬の様に利用し始め、死者廃人が噴出し始めている」


アウルスは憂いを含んだ吐息と共に、諦めのにも似た言葉を漏らした。


「どこかの馬鹿どもが、金に目が眩んで無秩序に処方するそれは、ヒト本来の凶暴性を目覚めさせ、恍惚と共に他者を害する事を目的に利用され始めている」


アウルスは、数枚の書類をローテーブルの上に並べると、その症例と被害が書かれたレポートを読むようにルリィに促した。

ルリィは、眉間に皺を寄せつつも書類を手に取り、その内容に顔を歪める。


「なぜ娼館で[媚薬]が必要なのですか?」


その様な商売をしていて薬を使うなど、常習性を高める以外の何物でも無い。

薬漬けにして顧客を得るなど本末転倒では無いか。


「違う。使うのは客側では無い」

「はぁ!?」


まさか、望まぬ女性に客をとらせているのか?


ルリィは憤りと共に「そんなのとっとと摘発して営業停止にしろよ」と毒づいた。

が、アウルスはバツが悪そうに更なる書類を並べ出す。


「顧客に、多くの高位貴族の名が連ねられている」

「クソ貴族どもがっ!」


ここまでわかっていて、だからこそおいそれと手が出せない。と言うことなら、尚更平民のルリィにはどうすることもできない案件では無いか。


「もちろん、貴族達の方はこちらで対処する。その為の会合なのだ」


だが、そこから市井に降りた[違法薬物]が王都に出回り、もはや収拾のつかないほど蔓延している。とアウルスは力無く言った。

ルリィは大きくため息をついた。またしても、マンパワーでなんとかしなければならない問題か。


「カズル村での件だって、ウチに来た一家の事以外は、もはや何の権限も持たない私には身に余る事案だったのですよ?」


ただでさえ人から離れたかったのに、後味が悪い事この上ない。

その上、王侯貴族に関わるのは、平民の身としては命に関わる、最も御免被りたい面倒ごとでしかないのだ。


「足りない数で東奔西走している我々よりも、広い範囲を網羅できる君の《魔女の家》には、それこそ、この世界中の、君の作る薬を必要とする“患者”が舞い込む事になるのだろう? その時に気づいた事を連絡してくれるだけで良いのだ」


王都では、末端の売人ばかりが捕まって、どうにも販売元を特定するような情報が得られない。

コチラでもできうる限りのことはしている。その上でそこを何とかと頼む。と、頭を下げる侯爵様を、ルリィは惨憺たる思いと共に呆れ見た。


本来、パンデミックになる疫病でもない限り、何かしらイレギュラーな患者が出たとて、フリーの薬師に積極的な報告の義務は無い。

その生活や組織を維持させるためには仕方のないこととは言え、貴族や金持ち優先のやり方が嫌になって、群れから離れ、何の保証もないフリーランスを選んだのが、ギルドに属さない薬師の存在意義なのだ。

そのシステムを維持するためにも、国営ギルドの薬師が出向いて丁寧な調査をするのだ。自分もそうしていた。

都会を離れ、田舎や辺境の地で、自分の手の届く範囲の人々に、身分の関係なく治療に専念する薬師が存在するからこそ、手が足りない中でも国の医療がなんとか回っているのが現状なのに、使い潰されるような仕事を押し付けられるのでは、辞める前よりタチが悪いではないか。


・・・そうは言っても、この国の薬師ギルドを辞した身とは言え、患者を治す事を生業に選んだ薬師の役目をわかっていて、薬害に関わる悪事を見過ごすとなれば、掲げたばかりの[魔女の薬屋]の看板が泣くだろう。


「ズルいなぁ。私が断れないと思ってそんな態度をとっているのでしょう?」

「仮にもこの国の侯爵の1人だ。効果がないとわかっていて下げる頭などない」


こんな風に、いつもは低姿勢で情け無い兄弟子を装っているくせに、こと国の有事となると、ノブレスオブルージュを優先させ、2人の間に線を引く侯爵様の事を、ルリィは存外嫌いではないのだから始末が悪い。

少しだけ頬を膨らませて「仕方ないですね」と眉を下げるルリィの顔に、見つめていたアウルスの手が伸びる。


シャッ!


ニコが、アウルスの手の甲を引っ掻いた。

ルリィは、慌てて可愛らしい子猫の両手を掴み引く。


「ニコ!?」

「ソチラを選択しておいて、コチラの女性の肌に触れられると思わない事ね」


「・・・ご指摘ご尤も。お見苦しい事をしました」


しょんぼりと手を引いたアウルスの傷をベロベロと舐め、ゲッコウが慰めるように言う。


「違うぞ。男は多少間違えた方が良い時もある。その後の覚悟の方が大事なのに、女供にはそれがわかんないんだ」

「金言、胸に刻まさせていただきます」


アウルスは、ニコとゲッコウに頭を下げると「スマン」と一言ルリィに言った。


ルリィは、ため息を吐いた。


「まったく。アウルス様にはしょうがないですね。家からは出ませんけど、店にそれらしい患者が来たら[カカポート]を飛ばしますよ。家からは出ませんけど」

「なぜ2度言ったのかは聞かないが、頼ってばかりの兄弟子ですまない。助かる」

「あくまで『来たら』ですよ!」


期待しないでくださいよ。とルリィが強調したところで、膝の上に乗るニコが、フンっ と、顔をひしゃげて鼻息を吹いた。

ゲッコウは、間違いなく面倒ごとが増えた。と思ったが、態度には表さなかった。そんな事よりも自分にはしなければならないことがある。


すると、部屋にある伝声管が厳つい男性の声を響かせた。


『いつまでイチャイチャしているんだ!? 集合時間はとっくに過ぎているが!?』


ルリィはその存在に驚きつつも「おぉ〜!?」と感嘆の声をあげた。

アウルスは「すぐ行きます!」と返事をすると、ワタワタと身支度を始めた。


「誰からどちらへ。とか、挨拶の符号もなく、いきなり話し始めるのびっくりするじゃん!?」


「初めて」と言っていた割には、見たこともないはずの機械に「ベルをつけるべきだ」と、新たな提案もしつつ、最新鋭の魔道具をいじり、子供のように大喜びするルリィに、アウルスは怪訝を向けるが「会合が終わったら結果を話すから残っているように。お願いします!」と言い残し、慌てて部屋を出て行ってしまった。

それも仕方がないな。と、ルリィは気持ちを切り替えた。

協力すると承諾してしまった以上、上の方々の方針は欲しい情報であることは違いない。


代わりに、ホテルのルームサービスをめちゃくちゃに注文してやろう。と愉快な企みを思いつく。


「だってあるのだもの」


1人残された豪奢な部屋で、ウキウキでメニュー表を開くと、見たこともない料理名が並ぶ。そしてそこには当然値段など書かれていない。


新たに見つけた気送管で注文票を送り、シュボッ! と、吸い込まれていく様に「おぉ!」と感嘆の声が出た。

大昔の日本のラブホテルで、料金を支払う時に使われていた。と深い時間帯のクイズ番組で見たことがある。

おかしな現象だが、レトロフューチャーをリアル体感してワクワクしてしまった。

面白がってつい何度も試してしまう。


やがてエレベーターが チン! と渋い音を響かせ、メイド姿の女性達が次々と部屋に入ってきた。


注文しすぎた。


メイド達は、その尋常ではない量にも表情を変える事なく、逐一皿の一つ一つを丁寧に説明し、お客様と目を合わせることなく速やかに下がって行った。流石のホスピタリティ。


果たして、テーブルの上に並べられた豪華絢爛な料理は、見た目も香りも素晴らしい品々ばかりだ。

初めて見る贅の限りを尽くした、この世界のおそらく最高級料理の数々に、お金のある人は、こんな食事をしているのかぁ〜知らなかったなぁ〜と感心しつつ、ルリィは両手をあげて喜んだ。


「こちらはオーナーからのお詫びの品です」


と、おいて行かれたワインは絶品で、「流石!」「美味しい!」と散々食べて飲んで、ニコとゲッコウに協力してもらっても食べ切れなかった分を懐中に蔵うと、カラになった皿をワゴンに戻し、言われた通りにエレベーターに乗せ置いた。


「自分で作るのも良いけど、やっぱり他人(ヒト)に作ってもらったご飯は美味しいなぁ」


鼻歌まじりにすっかり気分が良くなって、最後の一滴まで注いだワイングラス片手にベットに横になると、途端に眠気が追いかけてきた。


行儀が悪いがこのまま寝てしまおうかしら。


文明が異なる世界とはいえ、流石高級ホテルのベット。

久しぶりに飲んだワインの酔いも手伝って、ルリィは全身に〈浄化〉をかけると、微睡に抗うことなくあっという間に寝入ってしまった。



しばらくして、扉をノックする音がするが、ルリィは目覚めなかった。

返事のないまま、部屋にアウルスが入って来る。

部屋の灯りはつけっぱなしで、開けっぱなしの窓の外では、夜のとばりがとっくに降りている。


空になったワイングラスを見て、全てを察したアウルスは、窓のカーテンを降ろし部屋の明かりを消して回ると、グラスの乗るサイドテーブルの常夜灯に手を伸ばし、そのまま無言でルリィの眠るベットに腰掛けた。


「そう言えば、ベットで寝ている君を見るのは初めてだな?」


野営では何度か野宿を共にしたと言うのに、幼い頃から見ていたはずの妹弟子の、室内で眠る気の抜けた寝顔は、存外幸せな夢を見ているようでとろけニヤケている。

そこにあるのは思いがけず、酒に酔っ払った大人の女性の顔だった。


アウルスは、改めて時の経過をしみじみと感じた。

初めて会った時、そこに養い親を亡くした平民の子供とは思えないほど凛とした眼差しを向け、真っ直ぐに立つ彼女は、まだ紛れもなく年端もいかない少女だった。


あれから、どのぐらいの月日が経ってしまったのだろう。


その面影もなく、だらしなく緩んだ顔を晒すルリィに触れようとした瞬間、どこからともなく現れたニコが、スタッと音を立てて床に降り、身を捩るアウルスの背後からベットに飛び乗って、枕元で伸びをすると、ルリィの頭や頬に得意げに身体をグリグリと擦り付け、これ見よがしに欠伸をしてから、先ほどアウルスが触れようとした顔のそばで丸くなった。


「ンフフっニコぉ、毛が口に入るでしょぉ」


寝ぼけたルリィは、アムアムとニコの頭を喰み始めた。


見てはいけないものを見てしまった。


いたたまれない気持ちになったアウルスは、入ってきた時と同じように、そっとルリィの寝室から出る。

部屋の外、足元には先ほど入る時にはいなかったゲッコウが、床に丸くなっていて、片目を開けてアウルスを一瞥し「ブフ〜ッ」と息を吐いてまた目を閉じた。


アウルスは、深くため息をついて、自分の寝室に入って行った。


「ヘタレめ」


ゲッコウは、吐き出すように口に出すと、やれやれ。と、ひと伸びして、ルリィの寝こけるベットに戻って行った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


次の日の朝、アウルスとルリィはお互い身支度をしっかり整えて、いつもの調子で上司と部下然と、メインルームで昨日の話の続きをしていると、エレベーターが チン! と鳴り、「ルームサービスです」と、声がかけられる。

当然何も注文などしていない2人が驚いて目を向けると、3人分の朝食が乗ったワゴンを、ホテルオーナーでもある マリアンティーヌ・マーキュリー侯爵様が、お仕着せの黒いメイド服を着て自ら運んできた。


そうだった。フリーになった《魔女の家》持ちの[元特級薬師]を、この金の亡者が見逃すはずがない。とはいえ、こう来るとは。


アウルスが、貴族としてはあり得ないほど感情も露わに頭を抱えていると、目が点になったルリィに、マーキュリー侯爵は怒涛のように話しかけた。


「改めましてあなたの事を伺って良いかしら?」

「良いの良いの! 楽にしてらして!」

「私の事はマイアと呼んでね!」

「ぜひ、個人的に仲良くしましょう?」


なるほど? それもそうだ。

あの後の会合でどんな会話が交わされたのか知る由もないが、商業ギルドとは仲良くしておきたい。


瞬時に打算したルリィは、スウと姿勢を正す。

そして貴族に対するマナー正しく名を名乗ると、昨晩の料理を思い返し、たおやかに笑ってマイアとの会話を楽しみながら、特別に用意されたと言う朝食に舌鼓を打つことにした。


ルリィが腹を括った途端、共通の話題であるヘタレ侯爵様の“有る事無い事”の容赦ない暴露話と愚痴が、散弾銃の撃ち合いのように行き交う女子トークを前に、高級なはずのソファが一瞬で針の筵に変わったアウルスは、バターたっぷりなのに、まるで味のしないパンを噛みちぎるぐらいしかなす術がなくなっていた。

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