カズル村の朝
次の日の朝、すっかり元気になった村人達が、ガンザの家の前に集まっていた。
昨晩いい気分で眠りについたルリィは、少々寝過ごしてしまったようで、朝の食事の炊き出しの準備を始めていたご婦人方に「おはようございます!」「おはようございます薬師様!」と元気に挨拶をされ、気恥ずかしい。
傍にはニコニコと笑う、小さな子供達がまとわりついていた。
何と素晴らしい朝だろう。甘くて幸せな匂いがあたりに漂っている。
「お疲れでしょう? 私たちはすっかり元気になりました。どうぞそのままお休みください。後は自分たちでできます」
ご婦人の1人がそう言って、子供達のカップに鍋のホットミルクを注いでいく。
目を細めてその様子を見ると、向こう側、焚き火の傍に座る侯爵様が、フィと右手を挙げて笑いかけてきた。メルリーナは今はどこかに行っているらしい。
子供が ニコニコ顔でカップをコチラに差し出した。
「ありがとうございます」
ルリィはカップを受け取って、ミルクに口をつけた。胃の腑に温かいものが満ちる。
あぁ、良かった。皆、助かった。間に合った。
みれば、ガンザもミジュと一緒に、他の年の近そうな子たちと笑い合っている。
うまく対処できたんだ。
そう思ったら、やっと肩の荷が降りたような気がして、目頭が熱くなる。
ゲッコウが、ベロベロと顔を舐めてきた。あぁ、そうね。うっかりすると、目から何か出てしまいそうなので、ググッと腹に力を入れる。
ニヤニヤとした笑みを向けるアウルス様の視線がうるさい。
その後、村のみんなと一緒にお粥を食べて、今後のことを少し話すと、村人達はもう自分達でまだ回復しきっていない者たちの面倒も見られると言う。
村長に視線を合わせると、こくりと力強く頷いた。大方の事情はもう皆知っているのだろう。最初に感じた通り良い村だ。それなら大丈夫だろう。
くれぐれもまだ無理はしないように言いつけ、ルリィが「それでは」と別れを切り出しすと、マルリとミジュがルリィに抱きついてきた。
「もう行っちゃうの?」
「・・・直ぐにまた来ますよ。マルリのお母さんはもう少し様子を見なくちゃね。まだ起き上がってはダメよ。ちゃんと見張っておいてね。今度はみんなでホットケーキを食べましょうね」
2人の頭をスルスルと交互に撫でる。
「ミジュはしっかり食べなさい。ただし“丸々太るほど”食べすぎてはダメよ?」
ルリィがそう言ってミジュの頬を撫でると、ルリィ肩の上で、ニコが「ミャー」と鳴いた。
ミジュは「また来てね。絶対よ」と涙をこぼしながら笑って答えた。
皆に礼を言われ、見えなくなるまでずっと見送られて、アウルスと連れ立って歩いて村を出た。
しばらく歩くと、パウエル王子から預かったアイテムボックスを背に乗せた、メルリーナが空から降りてきた。
皆に配った救援物資の残りは、村長宅の倉庫に積んできたし、森に入って肉を狩り、これからは、保存食を作ることもできるだろう。
おそらくマルリとシャルは、本当に困ったら、また[魔女の薬屋]を訪れることができるだろうし、この村はもう大丈夫だ。正に大円団。あぁ、良い仕事をした。
ルリィは清々しい気持ちで身体を伸ばした。
「それでは」
ルリィが ペコリ と頭を下げ立ち去ろうとすると、アウルスは「はぁ!?」と声をあげる。
「これから《魔女の家》に招いてくれるのでは無いのか?」
何を言っているんだこの侯爵様は。
「えぇ? どうやって? 《魔女の家》は、必要な者のみがたどり着ける、魔法の神域ですよ? 私の一存で、どうこうできる訳ないじゃ無いですか」
ルリィは眉間にシワを寄せ、思ったままを口に出す。
「なんだと!?」
「私は森に入れば帰れるとは思いますが、同行者が辿り着けるかどうかはわかりません」
試してみますか? ルリィが街道から外れて森に足を向ける。
「待て! 待て待て待て待て! また連絡が取れなくなるのは困る! 少なくともこの事態の収集が済むまで「え〜12連勤ですよ? 家に帰りたい〜お風呂入りたい〜ベットで寝たい〜」我儘が過ぎるぞっ!?」
理不尽な言い分に、ルリィは半目でアウルスを睨み見る。
ルリィの視線に、アウルスは コホン と咳払いをして答えた。
「・・・と、とにかく、今回の件、ちゃんと話を合わせ、精査し、書類に起こして報告書を作る必要があるだろうが」
「アウルス様が良いように作って下さい。あ、まさかもしかして、まだ上司気分でいるんですか? 私もう[キングスヤッコ]のギルド員じゃ無いんですよ? フリーランス薬師ですよ?」
なんなら一国一城の主。立場的には他のギルド長と同じと言っても過言じゃ無い。
いや、部下もいないし、権力も何も無いから過言だけど。
「この手は使いたくなかったが、曲がりなりにも俺はこの国の侯爵だぞ? 平民は貴族に従うべきでは?」
「あぁ! 言いましたね? いいんですよ? 私、生活するのは別にこの国じゃな「スマン! 俺が悪かった!」・・・私、侯爵様のそうゆうところ尊敬しています」
ルリィは ハァァァ と盛大にため息をついた。
「メルリーナに乗って王都に着くまでどのぐらいですか?」
「え、は?」
「何日かかるのですか?」
「休まず飛ばせば「休んでください」どんなに飛ばしても中1日、夜間休むことを考えると2泊3日と言うところだ」
この村から王都まで、整備された街道を徒歩で進むとして10日、その間の街道には宿泊宿がある町は二つある。その宿屋町の間にも、点々と集落や小さな村があるが、夜間に家の外、ましてや街壁の外をうろつく者などそういない。
外に不自由無いほどの明かりが灯っているわけでは無いのだ。当然日が暮れたら真っ暗だ。仕方なく野営する事はあっても、それだって十分周りに注意して順番に寝ずの見張りをたてて休息をとる。無理して暗闇の中を移動するより、明るい昼間に行動する方が合理的なのだ。
「では4日後、必ず王城に[キングスヤッコ]に伺います。今日のところは帰らせて下さい!」
「眠いんです!!」と叫んだルリィは、 ウグゥ と呻めきたじろぐアウルスに、さらに畳み掛ける。
「急な出動で12日間ぶっ通しで辺境地の村人約50人以上の診察治療をし、不具合の原因を解明し、患者達の生活改善に努め、別件の事件の捜査もし、街道封鎖の原因の一つでもあるカースウルフを討伐し、王族が率いる隊に袖の下を渡すためにポーションを大量に作って無償で渡して、村人全員に感謝されるような仕事を、たった1人でこなして、やっと家に帰れる事になったんですよ!?」
拳を握り力説して、アウルスに詰め寄る。
「私、おかしな事言ってますかね? ワガママ言ってますかね!? 非人道的なのどっちですかね?」
「・・・わかった」
勝った。侯爵様に、貴族に勝った!! いや、勝っちゃダメだけど、兄弟子だから、アウルス様だから許されてるけど。わかってる。大丈夫。他の貴族にはしない。いや、そもそも人との関わりを極力避ける事にしたのだった。そのためにも森に引きこもるのだから。
「・・・すみません。私も言いすぎました。申し訳ございませんでした」
一応、形だけ頭を下げて「では」と、ルリィは歩き出した。
だが、アウルスはその後ろをついてくる。
「・・・・・?」
「試すぐらい良いだろう」
家に客が来たら、もてなさないわけにはいかないだろうが。と、半目でアウルスに視線を送りながら、「ベットで寝たい!」と、それだけを思って森に入る。
すると目前に、あのまだ花の咲いていない蔦のゲートが現れた。
「うん。当然だな」
ルリィは、初めてここに来た時と同じように蔦のゲートをくぐった。
肩から降りたニコが、ウッドデッキの柵の上で伸びをしている。
影から抜け出したゲッコウも、早速どこかに出かけて行ってしまった。
何はなくとも、今は体を洗って風呂に浸かったら、即ベットで寝るのだ。
目が覚めるまで、ぐずぐずに寝倒すのだ。
ゲッコウやニコの背に乗らなくても済む移動方法を考えるのはその後だ。今は、もう、何も、考えたくない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルリィは宣言通り、自宅の《魔女の家》にて、ぐっすり眠り、十分に休養をとると、バスケットに入れた軽食と、手ずから作ったお菓子を懐に蔵って、身支度を整え、今回はちゃんと勝手口の鍵を閉め外に出た。
鍵束は探さずともその鍵を選び出し、回し入れると カチャリ と音を立てて鍵がしっかりかかった事を教えてくれる。
そしてそれは正しく、この鍵束の意味も教えてくれた。なるほど、便利なものだなぁ。ルリィは感心して、あとで試してみよう。と、蔓のゲートをくぐると、果たしてそこは希望通りに、王都から1番近い森の境界だった。
「スゲェ便利じゃん!」
そこから数時間ほどゲッコウに乗って移動して、その日の昼前には王都に着いてしまった。
更なる企みが予想通りに進めば、買い出しも観光も楽そうだ。と、小躍りしながら王城の[キングスヤッコ]のギルド長執務室を尋ねると、苦虫を噛み潰したような顔をしたアウルス侯爵様に迎えられた。
「俺は着いたばかりだと言うのに」
艶々とした顔のルリィを前に、愚痴りながらなんらかのポーションを飲み干している。
ほら、金があるやつはすぐそうやってポーションに頼るから、市井の事に無頓着になるのですよ。
「パウエル殿下から報告が来ている。君の目論見通り、カズル村を通り過ぎたその日のうちに北の辺境伯爵府、到着前に盗賊団を討伐したそうだ」
「ずいぶんあっさりですね?」
アウルスは、書類を揃えながら、半目でルリィを睨み見る。
「盗賊団の拠点は、すでにマッドウルフに襲われた後であり、数匹のウルフと、わずか10人にも満たない残党の討伐確保だけで済んだそうだぞ。君は一体何をしたのだ?」
「私は何も。マッドウルフ達には元いた場所に戻ってもらっただけで、それが盗賊団そのものの拠点とは思いもしませんでした」
あわよくば隣国まで、とは思っていたが、そう甘くはなかったようだ。
「・・・君は、マッドウルフの群れを意のままに操れる戦力を有しているのか?」
「それに関しては、なんとも答えようがありません。テイマーではないのです。よろしければ直接尋問しますか?」
お願いだけはできますよ。と、ルリィが隠す様子もなく、身に囲う幻獣の存在を露わにするので、アウルスは両手で顔を覆って「いや、良い。仕事を増やすな」と、その存在を無い事にするようだ。
侯爵は、2人分の紅茶を自らいれて、無造作にテーブルの上に置くと、自分も向かいのソファーに座り、グリグリをその眉間のシワを伸ばしだした。
ずいぶんお疲れのようだが、ルリィは同情しつつ、件の首輪の魔道具を差し出した。
受け取ったアウルスは、その眉間のシワをさらに深くする。
「ご丁寧に隣国の紋章がついているな」
「なんでなのでしょうね?」
宣戦布告でしょうか? ルリィは差し出された紅茶を口に含み、ホゥと息を吐いた。
「なんだ、知らんのか? これは[隷属の首輪]所有者を刻む事は術を強力にさせる事に有効なのだぞ?」
君でも知らぬことがあるのだな。と、どこか嬉しげな侯爵様にルリィは怪訝を向ける。
「私はしがない平民風情ですので、このような魔道具など、普通は見たことも手にした事もないのですよ」
ましてや[隷属の首輪]など、使う側か使われる側しか生涯目にすることなどないだろう。
「いや、そうか。そうだなスマン」
嫌味を込めて軽口を返したが、素直に謝る侯爵様が善人すぎて辛い。バツが悪くなったルリィは気まずさを誤魔化すように話を続ける。
「紋章をつけることが当たり前と言う事は、それを本当に隣国の者が使ったかどうかわからなくなりましたね?」
その問いに、アウルスは「なぜそうなる?」と、意外そうに聞いてきた。
「だって、よくあるものなのでしょう? それこそ、ツテさえあれば誰でも手に入れることができるような」
「あぁ、だから盗賊が持っていてもなんら不思議はないが?」
「そうでしょうか? 少なくとも隣国のものだと疑われるのは不味いのでは?」
街道に巣食っていた盗賊は“脱走兵”の集団だ。建前だけでも『自国、ゾクファイツ国の兵』という事にしておかないと、国境のコチラ側を守る辺境伯領頭首としては色々問題があるのでは?
「・・・辺境伯の裏切りの可能性があると?」
「少なくとも、盗賊団が首輪の持ち主だとは、バレないはずだったのでしょうね」
ルリィは、紅茶の色を確かめるようにカップを回し見る。
諜報部隊を連れた懲罰部隊が、直接辺境伯爵邸に向かったという事は、やはりそうゆう事なんだろう。
本来、王都から最も遠い地を拓いた国境の辺境地とは、どちらの国とも交流を持つ事で自領の存続を図る豪族の領地なのだ。だからこそ、辺境伯と言うそれなりの立場が下賜される。
大なり小なり諍いが起こるたびに選択を迫られるのだ。
そうやって、強い方につくことで自領の民を守って行くことになるのは、この世の常というものだ。
そしてその選択を、大きな争いが起きる前にコントロールする事が、王族の勤めと言われてしまえば返す言葉もないわけで。
「案外、王家の力を示す為に、カードを切るタイミングを見計らっていただけなのかもしれませんね」
「・・・カズル村の者達にしたら、たまったもんじゃないな」
アウルスは、頭を覆って深いため息をついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それではひとまず今回の件は以上でよろしいでしょうか?」
煮詰めた話を書類に起こして、アウルス侯爵様自らの報告として費用の申請のための体裁を整える。
ルリィの存在は、名前を出さず、アウルス個人の知人手伝いとしてのみ記載された。
「これじゃあ実費だけで儲けが無い」と言うルリィだったが、アンダーソン侯爵家からポケットマネーで、働きに見合った報酬を払う。と確約させて納得することにした。
「金の受け渡しは? どう連絡つければいいのだ?」
「一部ではルリィ・オミナイは死んだと噂されているぞ」と、アウルスは言った。
何せ、何度も送ろうとした[カカポート]が、ピクリとも動かなかったらしい。
あぁ、それで今日[キングスヤッコ]の面々が驚いたような顔をしていたのか。ルリィは、少々ぎこちない元同僚達の歓迎に、幾ばくかの違和感を感じながら、差し入れの入った籠を手渡した時の事を思い出していた。
「そうだったのですね。知りませんでした《魔女の家》にいると[カカポート]が届かないとなれば、どうしましょうね。いつ頃用意できるものなのですか?」
まぁ気長に待ちますよ。と言う気持ちでルリィは尋ねたが、アウルスは渋い顔をした。
「報酬は家からだからどうとでもなるが、ギルドの経理に提出する書類に計上し、ギルドに請求する分は、領収書のサインも必要になる以上、用意できたらすぐ受け取りが無いと、俺の不正が疑われるだろうが」
「あぁ〜そうですよねぇこの金額を今すぐって訳にはいかないですもんねぇ」
費用確保の為の経理とのやりとりの大変さを知るルリィは「う〜ん」と唸って、「この手は使いたくなかった」と、イヤイヤながらアウルスに提案した。
「アウルス様の自室を1部屋、私にくださいませんか? 試してみたいことがあるのです」
未婚で壮年の男性が、しかも侯爵閣下ときたら、女を囲う為のマンションのひとつやふたつぐらい、ここ王都に用意があるだろう? と、妹弟子のあまりの物言いに、アウルス・アンダーソンは頭を抱えて、本日2回目の大きなため息をついた。
これで第一章終了です。
別のお話のストックを少し書き足してから、続きを再開させます。
読んでくださってありがとうございました。




