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対岸の森、魔女の家  作者: 伊藤暗号
第一章 〜魔女の薬屋へようこそ〜
9/19

カズル村に来る先遣隊


3日後、アウルスの宣言通りに討伐隊の斥候が村に訪れた。


街道まで漂う腐臭に、顔を腕で覆いながら、騎乗の兵士が名乗りを上げた。

防疫服に身を包んだアウルスとルリィが、村のゲートの前で2騎の兵士を迎える。


「この村に派遣された[キングスヤッコ]ギルド長、アウルス・アンダーソン侯爵だ、このような姿で失礼する」


差し出される《薬師の誓い》の証文にあるサインを見て、兵士は慌てて馬から降りようとするが、アウルスがそれを制する。


「この村には原因不明の奇病が蔓延している。村人達は、ポーションにてかろうじて命を繋いでいる状態だが、詳細は鋭意調査中故、いかな伝染病かは未だ不明。隊の皆様は速やかに通過されたし」


アウルスは《薬師の誓い》を手に、村の状態を説明した。


「念の為、通過後野営の前には全員このポーションを経口してください」


ルリィがダメ押しとばかりに解毒ポーションの瓶が入った箱をの木蓋を開けてみせる。

兵士は眉をひそめて「あいわかった。それは兵站のしんがりが受け取る」と踵をかえして来た道を戻っていった。


「フヒッ」


ルリィが思わず笑いを漏らす。アウルスが バシッ とルリィの背を叩いた。


「おいっ!」

「だってあのビビりよう。無いわぁ」

「おおかた王都から出たことの無い騎士様だろ。一応、侯爵の俺がいるのは知っているだろうから」


なるほど。ルリィが納得したように肩をすくめると、程なく本隊が現れた。

止まらずに猛スピードで街道を走り抜けていく。


おうおう、ほとんど騎馬じゃねぇか。荷馬車7台に挟まれて黒塗りの豪華な馬車が通り過ぎた。歩兵が続かない。ルリィは首を下げつつも「豪勢な事だ」と、蹄がたてる轟音に紛れて悪態をつく。


すると、少し遅れて大きな荷馬車が目の前に止まった。さっきの兵が言っていた兵站部の荷馬車だろう。

ルリィは「よっこらしょ」と、ポーションの箱を用意する。と、荷台から1人の魔導士らしきローブの男が降りてきた。ご丁寧に口元を布で覆っている。


「村の様子をみておきたい」

「・・・殿下!?」


嘴マスクのせいで、アウルスの表情は読み取れないが、侯爵様がそう言うのだから、間違いは無いのだろう。

しかしわざわざ王族自ら? ルリィは作業の手を止め、両手を組んで跪いた。


「私は状態異常無効の装備をしているから大丈夫だ。様子を見ておきたい。案内頼む」

「いえ、殿下に万が一があっては困ります。それ以上はどうか、お近づきならないようお願い申し上げます」


毅然とした態度で断る上司。カッコイイ。ルリィは心の中でアウルスを見直した。


「麦角菌中毒なのだろう? 経口接種せねば罹患する事はあるまい?」


第三王子の言葉に、ルリィから思わず小さな舌打ちが出た。

王子は目ざとくそれを見咎め「良い。発言を許す。なにか?」と目を細めて言葉を落とす。


「隊がこれから向かうは辺境伯爵府と聞いております。そちらが汚染されていない場合、コチラから麦角菌を持ち込む事になりかねません。この村以外から“被害の報告が出ていない”以上、この村に何人(なんぴと)も立ち入るべきでは無いかと・・・」


頭を下げたまま意見を述べる。

《特級薬師》のバッチがあれば別だが、今はただの平民。

不味いことになったらゲッコウとニコが黙っちゃいない。

だがしかし相手は王族。ダメ! 絶対! ルリィはドキドキしながら返事を待った。


「・・・なるほど。浅慮であった」


王子の言葉にアウルスが、ホッと息を吐く。と、王子が懐から白い魔石の入った小箱を出して開いてみせた。


「[浄化の魔道具]がある。問題無い。案内せよ」

「では私が。君は荷を頼む」

「わかりました」


アウルスが、王子を連れて村に入っていく。ルリィは、2人の気配が消えるまで頭は上げない。


「もういいんじゃ無い?」


ニコの声にやっと身体を起こすと「あぁ、ヤダヤダ、貴族面倒臭い」悪態を吐きながらルリィは荷馬車に近いて大声をかける。


「鑑定できる人と浄化できる人、箱を受け取って下さーい」


荷馬車から、2人の魔導士が降りてきたので、箱の中身を説明して、箱を次々馬車に積んでもらう。王子殿下が乗っていた同じ馬車から降りてきたが、もはやこいつらの階級など知ったこっちゃ無い。

治癒ポーションが詰まった木箱を「ついでにどうぞ」と渡すと、喜んで荷を運んでくれた。助かる。


それから半刻もしないうちに、王子達は帰って来ると、神妙な顔つきで荷馬車から装飾された赤い箱を降ろすように告げ、お供と共に持ってきた。


「中毒症状よりも飢餓が先にあったと、今し方知った。全く地位ある者の不徳の致すところ、心苦しく思う」


街道の途中にある集落は、本来、街道を行き交う人々の安全を補填する大事な駐留地だ。このような小さな村ですら、その地を守る国民である事を、どうやらこの王子様は弁えているらしい。


「・・・無理を言った。本当にすまない・・・ひとまず後を頼む」


王子は ペコリ と頭を下げると、浄化の魔道具を発動させて ポワッ と光りながら荷馬車の荷台に入って行った。


「真面目かっ?」


高き御方からの予想外の御言葉に、声を出したルリィの背を、アウルスがドスっと小突く。


ルリィもアウルスと共に跪き頭を下げる。

荷馬車をひく馬の蹄が聞こえなくなるまで頭を上げない。


「一体どうしたんですか?」


ルリィがたまらずアウルスに問いただすと、「そんな事より、説明してもらおうか? 理由によってはただじゃ置かないぞ」アウルスは、村人達の惨状に、ルリィが本当に非道な事をしたのかと怒りを向けた。


「村人達の症状は[魔力酔い]ですよ」

「[魔力酔い]だと?」

「過剰に治癒ポーションを処方したんです。明日の朝にはみんな全快してますよ」


簡単な対処療法で治る症状なら、安静にして本来の自己治癒力に任せた方が良い。

普段ちょっとでも体調が悪くなると、簡単にポーションを飲む生活を送っている方々は案の定失念しているようだ。

魔力の低い市井の者が[治癒ポーション]を多用すると中毒症状が出るなど、貴族様方には思いもしないことだろう。

だが、事情を話し、村の皆に了解を得て一芝居うってもらう事にした。

魔力過多で少々苦しむ事になる。と説明を受けた上で、短時間で治る方を皆が選択したのだ。


「何だ、俺はまた、オマエが一時的とは言え、何か恐ろしい病気に罹患させたのかと」

「そんな事するわけ無いじゃないですかっ」


子供達は、村はずれのガンザの家に隔離させ、ゲッコウに見張ってもらっている。

村長の家、マルリの家、その次の家を見たあたりで、王子はその悲惨さに納得したようだ。


「じゃあこの匂いは何だ?」

「カースウルフの死体が村の風上に」

「カースウルフ!? 個体か? 他のマッドウルフはどうした!?」

「元いた場所に帰ってもらいました」


死の間際、鑑定したカースウルフに、隣国の紋章がついた甲冑隊の関わりを示唆すると、アウルスは、目を細めて手を出した。


「仮説で良い。報告書を」


ルリィは、眉間にシワを寄せてアウルスを睨み見る。


「事件調査はもう私の仕事ではありません。私は今や一介の薬師ですよ?」

「では口頭で構わない」

「・・・これだから貴族様は嫌なのよね」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ガンザの家の庭に戻る道すがら、ルリィは先日の感傷をほじくり返されながら、一連の出来事を報告した。


「つまり君は、脱走兵の盗賊団とカースウルフの群れによる辺境伯爵府との断絶が、全て隣国の企みによる物だと?」

「わかりませんよ。証拠がないんだから。ただ、タイミング的に、全くの無関係と考える方が無理矢理じゃないですか?」


あとは盗賊達にでも聞いて下さいよ。ルリィはそう言って、シチューをよそった木の器を、焚き火の前でヒポグリフに寄りかかるアウルスに差し出した。

どうやらアウルス様もここで野営するらしい。侯爵、いや、貴族の薬師では考えられない事だが、アウルスには冒険者としての過去があったらしいので、さほど苦でもないらしい。


第三王子が残してくれたアイテムボックスの中には、リンゴや根菜類の袋と、小麦を粉に挽いた袋が大量に入っていた。

さすが王族、食糧もさることながら、これだけの規模のアイテムボックスをポンと置いていくなんて。


子供達をそれぞれの家に送りがてら、食糧も各家に配り歩いた。

明日の朝には大人はもういつも通りに活動できるはずなので、パンも焼けるだろう。

王都からの定期隊商が来るようになるまで、当座をしのげる食料さえあれば、しばらくは何とでもなるはずだ。盗賊を討伐し、辺境伯爵府を開かせ、元のように流通を戻すまでに十分な量あるだろう。


空になったアイテムボックスを「どうします? 売ってお金に変えますか?」ルリィはワクワクとして聞いたが、アウルスに「アホか。俺が侯爵だから信用して置いてったんだよ」と呆れられた。

相当高価な魔道具だ。一体いくらになるのか興味があったのに。と、さっき【収納】に回収した、カースウルフに着けられた首輪を思い出した。


「そう言えば、カースウルフの死体に首輪の魔道具が残されていました。魔石は壊れてしまっていますが、何かわかるかもしれませんね?」


出しましょうか? 食事の後にしてくれ。それでは明日の朝にしましょうね。

そんなやりとりをしていると、ガンザの家の扉が開いた。


「狭い小屋だけど、どうかこの家のベットを使ってください。俺が外で寝ます」


村長の家での宿泊を断り、ガンザに庭を貸してもらって野営して数日、ガンザのこの申し出は初めてでは無かった。

しかし、被災地にきて被災者の家主を追い出し、救助に来た薬師がその家に泊まるなど、あってはならない話だ。


「良いのよ。私達はこうゆう事に慣れているの。森で野営するよりずっと楽だわ。お庭を貸してくれるだけで十分よ」


特に、このような田舎の貧しい村に、余分なベットなどある訳がないのだ。これは貴族とは言え、指導監査官に就るべくあちこちを巡る下積みを経験したアウルスも、十分に心得ている。本当に奇特なことだけれども。


「気遣いどうもありがとう。どうか我々のことは気にせず」


ルリィと、貴族階級どころか名前も明かしていないアウルスも、立ち上がり頭を下げて、そろって礼を述べた。


「男の人はともかく、ルリィさんはもう10日も野営している。村の人達も、命の恩人に、心苦しく思っています」


うつむき、モジモジとしながらも、少年の思いやりあふれる申し出に、心が浄化されていくのを感じて、ルリィは両手を前に組み、祈りたくなる気持ちを抑える。


「じゃぁ一緒に寝ましょうか? それなら問題な「あるわっアホかっわきまえろ愚か者が」」


アウルスのツッコミに、ヒポグリフが カカカッ と笑うように嘶いた。


「上司に怒られてしまいました。残念ですが、私はやっぱりここで良いです。優しい言葉をどうもありがとう。ステキねガンザ」


ルリィはニッコリと微笑むと、懐から出したウサギ肉を ポイッ とメルリーナに投げわたす。メルリーナはそれをクチバシでキャッチして美味しそうに食べた。

アウルスもヨシヨシとメルリーナの喉を撫でた。

そうして、ゲッコウとニコを侍らせると、そこに寄りかかり「ほらフカフカモフモフだから大丈夫よ」とばかりにその毛並みに埋もれて見せる。


「わかりました。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい。また明日」


ルリィの答えを聞いて、ガンザはゆっくり扉を閉めた。



ゆっくりと流れる時間の中、焚き木の爆ぜる音を聞きながら、人の心の純粋さに想いを馳せる。

明日をもしれぬ苦しい生活のさなか、命を脅かすような不幸や酷い目にあっているのに、まだ他人を思いやる気持ちを忘れない者がいる。


「この村はとても良い村です。救う価値があります」


ルリィの言葉に


「そうだな」


アウルスが答えた。


薬師が普段相手にするのは、金を持っている貴族や病人だ。

長年薬師をやっていると、本当に、本当に嫌な目にばかりあう。

もちろんそれは薬師ばかりではないのだろうけど、大抵の薬師が年を経るごとに疲弊して、大きなギルドに所属するのを辞め、自領や田舎に引きこもり、ひっそりと生涯を終える。私達の師匠もそうだったように。

そんなシステムが自然と構築され、皮肉な事に都会から距離のある、人の少ない集落でもどこでも薬師は商いをする自由があった。

そして極々たまにであっても、こんな良い夜があるからこの仕事を続けられるのだ。


こんな風に、自分のしていることが価値のあることだと思わせてくれる存在を目の当たりにすると、涙が溢れそうなほどの、胸の昂りを感じる。

この感情は、このクソみたいな世界で得られるかけがえのないご褒美なのだ。

きっと師匠も、この気持ちが忘れられなくて、あんな田舎で店をひらていたのだろう。


「そろそろお暇しないといけませんね」

「そうだな」


アウルス様も、今晩はきっと師匠の事を思い出しているだろうな。と、ルリィは思ったが、それ以上は口には出さずに眠りについた。

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