鳴り止まないで、そばにいて⑪
「はい、はい……えぇ、わかりました。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
通話を切って、休憩スペースの窓からオフィス街を見つめる。
電話は、海老原さんからだった。
なんでもオレの母親を名乗る女性が、事務所前で涼と揉めたらしい。
「はぁ……」
まさかあの人が、そこまでするとは予想外だった。
何故20年近く会ってもいなかった子供に、ここまで執着するのか。
一切連絡も取っていなかった人間が今頃、たった一度偶然会ってしまっただけで。
(いや、オレも同じか)
不調は、あの人に会ってからなのだから。
思っている以上にトラウマになっていたのだと、今更ながらに自覚している。
三つ子の魂百までと言うが、よくできた諺だ。
幼い頃に植え付けられたものを、簡単に取り除くことはできない。
流石にもう、放ってはおけないだろう。
涼にこれ以上迷惑はかけられないし、あの人と接触もさせたくない。
確実に嫌な思いをさせただろうことを考えると、早く帰りたい気持ちが勝る。
半休を取ることにして、急足で会社を出た。
「ただいま、涼?」
ようやく帰り着いた玄関先で声をかけると、ガタガタとリビングから音がして涼が顔を覗かせる。
「ユキさん!? え、早くないですか!?」
「海老原さんから連絡もらって、半休取った」
「あ、あぁ、エビちゃん。そうですよね」
「大丈夫か、怪我とかしてない?」
「いやいや、本当に大丈夫です。そんな大ごとじゃないですから!」
「ごめん、涼にまでこんな……」
申し訳なさに頭を下げると、涼は慌ててオレの肩を掴んだ。
「やめてください。ユキさんは何も悪くないんですから」
「でも、」
「でもじゃない。仕方ないことでしょ。俺は何も気にしてません」
「……ん。涼が無事で良かった」
彼の肩に額をこつりと預けると、少し大きめの手が頭を撫でてくれる。
「心配してくれて、ありがとうございます」
「いや、」
「おかえりなさい」
「ただいま」




