鳴り止まないで、そばにいて②
「腹減った……」
「ごめんなさい」
「…………」
「だってえぇ」
「いいけど……お前仕事何時から?」
ベッドの下で正座する俺にため息をついて、ユキさんはのそのそ起き上がる。
「え、今日はオフです」
「え」
「言ってませんでした?」
「……なんだ……じゃあ一緒に出かける?」
「えっ、いいんですか!?」
「いいよ。ブランチ作ってくれるなら」
「喜んで!」
そう言えばフライパンの上にスクランブルエッグが放置されていましたね。
勢いよく立ち上がると、敬礼の真似事をしていそいそキッチンへと戻る。
後ろで、ユキさんがちょっとだけ笑う気配がした。
ホワイトファルコンを収納するギグケースがよくあったなと、いつも感心する。あのボディ、デカいし、ヘッドも長いし、そんじょそこらのケースは合わないもんだから、どのギグバッグ使ってるのか気になってたんだよな。
「なに?」
「いえ、昔そのケースが気になってたなって」
「あぁ」
ケースからギターを取り出しながら短く返事をすると、ユキさんはいそいそとチューニングを始めた。
スタジオの予約をしているとは思っていなくて、言われるがままついてきたけど。
「俺もギター持ってくるべきでしたね……」
家に防音室があるもんだから、予想外だった。
まぁね、スタジオで大音量で鳴らしたい時ありますよね。
「涼はドラム要員」
「そっちやらせるんですか!」
「なんでもできるだろ」
「いや、一通りはできますけども!」
バンドが解散した時にベースとドラムは一応できるようにしたけど、最近はちゃんと触ってない。
ユキさんのギターに合わせてリズムを刻めと?
なかなか無茶を仰る。
「よろしく」
「うぐっ……」
適当な感じで譜面を渡してくるので、うめきながらそれを受け取った。
軽く目を通せば、それが先日出来上がった曲だとわかる。
「ほらやっぱりギターの方がよかったじゃん!?」
「はいはい」
「全然聞いてくれない!」
「コーヒー奢るから」
「ちゃんと豆引いたものを所望します」
「はは、贅沢」
なんだか今日はいつもより楽しそうだなぁと思いながら、ドラムの配置を確認して、備え付けのスティックを手に取った。
あまり自分好みじゃないやつだ。
ユキさんが軽く鳴らすのに倣って、とりあえず調子を確かめる。
「てかこれ、ちゃんと叩けるかわかんないからね?」
「いいよ」
「もぉー」
まぁいいや。今日は俺がユキさんのお願いに折れる日だ。できるだけ頑張りますよ。
メトロノームのBPMを合わせて、スティックを4度打ち鳴らした。
溢れてくる、音の渦。
ドラムに集中しようと思うのに、ユキさんのギターを聴きたくて。
弾かれる弦の余韻までもを逃すまいとしてしまう。
俺は、心底この人の音に惚れ込んでいるのだ。
出会った時から、ずっと。
繊細なようでいて、苛烈で、なお美しくて。
彼の指先から生み出される音楽が、ザワザワと血を沸騰させていく。
(あー、勃ちそう……)
向かい合わせで目が合って、長いまつ毛を伏せながら楽しそうに微笑むから、本当に危なかった。
なんで今日はそんなにご機嫌なの。今の笑顔美し過ぎてマジで勃ちそうだったんですが。
朝っぱらからえっちしたはずなのに、自分の性欲が恐ろしい。
「やっぱ無理がありましたね」
「上出来」
「褒められたぁ」
「初見でこんだけできたら上出来だろ」
「……今日、楽しそうですね」
あんまり可愛いから落ち着かないと言外に含ませたら、ユキさんはまたちょっと笑ってギターを鳴らした。
「ええ、なに、なんなの?」
「なんか、久しぶりに一緒に外出したなと思って」
「!?」
え、俺と一緒のお出かけが嬉しかったってこと?
そんな可愛いこと今言う?
ここで言う!?
これが家だったら確実に押し倒してる自信がある。いやもう自信しかない。
「待って抱きしめたい」
「無理」
「無理!?」
「もっかいさっきのサビのとこから」
「いや聞いてください!?」
「うん、帰ったら」
「くっそ……覚悟してくださいよ……」
音楽に関してはマイペースなユキさんに唇を噛み締めながら、言われるがまま譜面をさらい直した。
本当に覚悟しておいて欲しい。もう絶対に抱く。




