見えない赤(3)
「まさか同じ神戸市にそんな店があるなんてな……」
俊は千ヶ峰堂の看板を見ながらぽつりとつぶやいた。
左隣にたたずむ北見が訝しげな顔をして彼に話しかける。
「まさか今さら信じられないと言い出すんじゃないだろうね」
「そうわけじゃないけど……」
俊は言葉に困った。
神戸市は人口百万を超す大都市の一角である。
まだ高校生の彼でもそれくらいは知っているし、大都市で超常現象が起こるとは……という思いは否定できなかった。
「ともかく行ってみよう。本物かどうか、行ってみたらはっきりするんだから」
北見の発言はもっともだと俊も思う。
小泉は幸い重症ではないが、すっかり怯えてしまっていた。
親友のためにも解決したい。
「ごめんくださーい」
おそるおそるドアを開けて声を上げると、すぐに反応がある。
「はい」
高校生の二人組の前に現れたのは、二十歳前後と思しき若くてきれいな女性だ。
このような場所で、オカルトを扱う店でこのような人が出てくると予想もしていなかった二人はポカンと間が抜けた顔になる。
「どうかしましたか?」
「きれいな女性に見とれているんでしょう」
雪彦は腐っても若い男だから、羽束を見た男子高校生たちの心情が手に取るように分かった。
もっとも理解するだけでしかないが。
「は、はあ?」
羽束のほうは自分の女性的魅力に自覚がないらしく、きょとんとしている。
「で、何の用かな?」
雪彦に話しかけられた二人は我に返り、羽束のほうをちらちら見ながら俊が説明した。
「見えない赤を見たものは必ず死ぬって都市伝説を知ってますか?」
羽束は知らなかったため、首を横に振ってちらりと雪彦を見る。
「ああ。知っていますよ。交差点だとか、壁のシミとか、とにかく突然赤く染まって見えるのに、自分以外の誰も見えていない。そんな経験をした奴は……という話だろう?」
彼の話に高校生たちは青い顔でうなずく。
「実は俺、僕たちの友達が同じ体験をして、階段から落ちて大けがをしたんです。命には別状ないらしいんですけど、すっかり怯えちゃっているし、次は死ぬんじゃないかって心配で」
俊の説明をじっと聞いていた羽束は真剣な顔で言う。
「そのお友達のところまでお見舞いに行かせてもらえませんか」
「え、はい、それはいいですけど?」
高校生たちは彼女がどうしてそのような要求を出したのか、理解できずに混乱していた。
「お話を聞いただけでは、相手の正体や真意が分かりません」
「悪霊じゃないんですか?」
北見の不思議そうな問いかけに羽束は首を横に振る。
「そうとは限りません。あやかしたちに悪意がなくても、時として我々の命が奪われることはあるのですから」
「ええっ?」
高校生たちの理解を超えた回答だったようで、二人の少年は叫び声をあげた。
「何らかの警告って訳じゃないですよね。俺の聞いた話ではいきなり死んだ人もいるみたいですし」
「……そうですね。推測で適当なことは言えません。実際に“視”たほうが確実です。何ならその場で祓うこともできますから」
彼らの会話にさっぱりついていけなかった俊はおそるおそる尋ねる。
「えっと、友達を見てもらえるんですか?」
「ええ、よければ今から参りましょう。案内をお願いしますね」
羽束の申し出に俊と北見は喜色を浮かべた。
「よろしくお願いします」
一日に二回も見舞いに行くことを彼らが嫌がる様子はない。
(友達思いのいい子たちだな)
と雪彦は思ったし、羽束も同感だった。
小泉が入院しているという病院に四人で向かう。
病院の受付スタッフは怪訝そうな顔をしたものの、彼らを通してくれた。
「ここです」
俊が羽束たちを連れてきたのは、六人用の病室である。
「……悪い気配がしますね。早めにきて正解でした」
羽束は表情をくもらせて言うと、三人に向かって忠告した。
「私が一人で入ります」
「分かりました」
雪彦は真剣な顔で返事をする。
彼を連れて入らないということは、危険が高いということなのだろう。
高校生二人を守れという意味もあるのかもしれないと判断する。
羽束が中に入ると、患者の世話をしている看護師をよそにまっすぐ小泉のところへ行く。
案内されずとも気配だけで分かった。
彼女の眼にははっきりと悪い霊がいるのか映っている。
小泉という少年はどうやら眠っているようで、寝息を立てていた。
(なら、わざわざ怖がらせる必要はないわね)
羽束はそう判断し、彼の近くにいる三十歳の女性の霊を排除する。
そのまま引き返して病室のドアを閉めて、心配そうな高校生たちに笑顔で報告した。
「終わりました。もう安全ですよ」
「ええ? 早くないですか?」
彼らはまたまた腰を抜かさんばかりに驚く。
ただ、北見のほうは立ち直って問いかけた。
「いったい何だったのですか?」
「事故死した女性の悪霊ですね。以前は仲間を増やすのを目的にしていたのが、最近は苦しめる喜びを覚えたようで」
羽束は困った顔をしながらもさらりと解説する。
「そのおかげで小泉という子は助かったわけですから、何が幸いするか分かりませんね」
雪彦が話しかけると、彼女は「全くその通りです」と答えた。
──その後、見えない赤を見る者は現れなくなり、小泉は無事に退院した。




