第10話 翡翠の女
...あれ?
なくね?
あれがないよね明らかに?
「あのー、あれがないんですけどー!」
俺はそれに気が付き、彼に告げる。
だが、帰ってきたのは当然、
「あれってなんです?」
というお決まりのセリフ。
まあ確かに、あれって言われただけじゃ分からぬだろう。
だが、状況が状況だ。
知ってて欲しかった...。
むう、ここは意を決して言うしかあるまいて。
俺は、見た目だけ薄紅色の綺麗な唇を開く。
そして──
「あれです!あの......その...」
最初は勢いよく言えたが、だんだんそんな勢いも失せてしまった。
いくら根っからの男子とは言えど、やはり女子が純粋な男子に下着がないと伝えるのは辛い。
どうする。
彼に伝えたものの、彼が女性用下着を持っているとは限らない。
ってか、持ってたらキモイ。
いや、そもそも持ってねーじゃん。
どーすんだよ......
覚悟を決めて、ノーパンで行く......無理無理!
精神的に耐えられねー......
男でさえパンツ履くんだから女で履かないのは相当のきつさだぞおい...
うむむ...
それか、男用下着で耐えるか?
うん、それなら行けるんじゃないだろうか?
男性用だとしてもそれは下着だ。
それに俺は元男だし、このくらい大したことは無いはず...
しょうがない、男用下着を取りに行くとするか...。
沈思黙考と苦渋の末に思いついた案とタオルを胸に抱えながら部屋を出ようと、扉に手をかけた時────
「あのー、売れ残りの下着がちょうどあったんですが、下着ってこれでも大丈夫─────············え?」
──ちょうど、箱に入っている女性用下着を箱ごと持ってきた彼と、鉢合わせした。
「んなっ、な、な、なんてふしだらなっ!」
──あまりのことに俺も彼も暫く硬直してしまったが、彼は辛うじてそれを叫ぶと顔をけ、突然のことに驚き仰け反りながら「こ、これ、下着ですからっ!」とその場をあっという間に去ってしまった。
なんだったのだろうか。
幸い、タオルを胸に抱えていたので大事なところは見られてないし、見ただけなら俺もそこまで怒ってない。いや怒ってないって言うより、あまりの出来事すぎて、ポカンとして怒るのも忘れてしまったという感じだ。
そして、新たな疑問が1つ。
「あいつなんで下着持ってんの?」
結構離れて言ったので聞こえてはいないはずだが、あいつ、なんで女性用下着を持ってるんだよ?
おかしくない?
普通、売れ残ったからって残しておくか...?
さっきの案でもその線は確かに消したはずだと言うのに...
もしや、本当に危ない人に拾われたのでは...
そんな感じで行商人好青年を変態に仕立てながら、俺は箱に入っていた下着を取り出して着る。
正直ブラは邪魔だし、男はそんなの付けないので必要ない。
ちなみに転移直後の格好はどうだったかと言うと、転移前とおなじ、灰色の地味なパーカーに真っ青なジーパンというまさに陰キャな服だった。
ただ、夏だから下着はパンツしかはいてなかったけど。
洋服は今、洗ってもらっている。
転んだり走ったりしたし、何せ畑の中に入ったりもしたので、結構汚れていた。
どうしようかと迷っていたら、ちょうど彼が「売れなかった品の中から着れそうな服をここに置いておくので、好きなのを着てください。あと、その服は洗っておきますよ」と丁度いいことを言ってくれたのでその通りにした。
なので、いまここにあるのは俺が選んだレースの入った緩い感じのワンピースである。
色は真っ白で、カレーでもこぼそう日には買ってくれたお母さんが激怒しそうな位の綺麗さだった。
そもそもこの世界にカレーがあるのか知らないけど。
ちょうどワンピースもなんとか着れたので(サイズ的問題ではなく着た事の無い服に苦戦した)、扉を開けて、彼の元に向かう。
そういや、ずっとあの人を彼彼言ってるけど名前聞いてなかった。
聞かなきゃな。
「あー、着替え終わったから来てくれるー?」
「も、もう大丈夫なんですよね!?」
「う、うん、心配かけてごめんね」
それを伝えると、彼が恐る恐る、たなの影から顔を出してきて、俺のワンピース姿を確認して胸をなでおろしていた。
どんだけ俺が真っ裸で来ると思ってたんだよ。
俺痴女じゃねーよ。
ってかでけえなこの棚。
高さ彼の倍くらいあるぞ。
天井もそのくらいには高いんだけどもね。
「そう言えば...、君の名前、聞いてなかったよね?」
なるべく自然に、女性っぽい口調で喋ってみる。
これからは『俺』とか『僕』とかの、男っぽい一人称は使わない方がいいだろう。
別にボクっ娘になりたいわけでもないし。
「あ、確かにそうでしたね。えーと、僕の名前は、ヴァルメリア・アークシュタインです。ヴァル、とでも呼んでください」
んー?
なんか凄そうなお名前でございますね。
偉い人の子孫化なんかなのかな。
それだったら、今のうちにサインもらっといた方がいいかな。いや、こういうのは俺にこの世界で友達が出来たら貰うべきかな。
ただ貰ってただけじゃ、誰かに見せびらかすことが出来ない。
ま、クソ陰キャコミュ障と仲良くしてくれる人なんて、そうそういなそうだけど。
って、この人と普通に会話できてるんだからコミュ障じゃないのか?
いやいや、ここが異世界だから普通に会話できるだけですよはい。あと翻訳AIの力だ。多分。
「で、あなたの名前は...?」
葉月、そう言えたらどれだけ楽なことか。
だが、俺はあいにく女の容姿をしている。
なのに、遙稀というあまりにも男らしい名前とあっては、少し、いやかなり怪しい人だ。
うーん、じゃあ偽名で......
ハヅキ、を少しいじくって...
ハヅカ...何その名前。ってか異世界に合わん。
ハズ...は流石に安直すぎるか。
ハヅミ...はおばさん感ありすぎてなんかやだ。
ハヅマ...は人妻感たっぷりですね、はい。
......だめだ。全く思い浮かばぬ。
こうなったら、この髪の毛の色と、名前の葉の色を混ぜて──
「えっと、私の名前は──」
俺の金色の目をまっすぐと見つめてくる、ヴァルの真っ青な双眸。
俺は、それに偽りの名前で答えるのだ。
偽りであることに少し心が痛むが、これはもう仕方が無いことだろう。
嘘も方便だし、これは必要事項と割り切る。
そして口の形をゆがめて、
「私の名前は、ヒスイ。この髪の毛の色と、えっと............そ、そう、私のお父さんの名前の色を混ぜた、翡翠が由来」
やっべ、俺の本当の名前とか言いかけたじゃねぇか。
危ねぇ。
それに対する反応は──
「ヒスイ!いい名前ですね!」
──普通でよかった。
主人公のヒスイという名前は仲のいい友人に決めていただきました!(石焼き芋君でもクオンでもありません、また別の友達です)
最初はめっちゃダサい名前だったのですが(ネーミングセンス皆無なので)、この名前を挙げてもらってから気に入っています。
題名にも取り入れました。(題名の方、「翡翠の神剣」となっていますが、もっといい題名があればそちらにします)




