ハカセの思惑
今、勝負だ。
透明な液を九十六個の穴に、一つずつ流し入れる。
間違うと最初からやり直しだ。
「・・・助手よ」
「話しかけないでください。話しかけたら死にます」
やりきった。
年末最後の仕事をやりきった。
「一つずつ頑張ったのは分かるが、一気に八個まとめて入れる機械があるのは忘れたか?」
「あっ」
「まぁいい。それで、完結したらしいな」
「のぉーーー」
「それはおめでとう。で、そんな助手にプレゼントだ」
渡されたのは、USBだ。
嫌な予感がする。
年末ギリギリのプレゼントは、煙突からやって来て夢とロマンを置いて行くおじいさんからのものとは訳が違う。
「そのtif画像を250x500のサイズにトリミングしてくれ」
「ちなみに何枚で?」
「百二十枚だ」
「のぉーーー」
夢とロマンの欠片もないプレゼントだった。
寂しい。
「少しずつ感想を返してるらしいな」
「はい、もらったからには返しますよ」
「まぁ頑張れ」
誰か代わりに文章を考えてくれないかと思うくらいに困ってもいる。
自分でちゃんとするけどさ。
「そうだ」
「何ですか?ハカセ」
「次はファンタジーを書いてくれ」
「えっ?」
まさかのリクエストだ。
ファンタジーとなると、ハイかローに分けないといけない。
ちょっと考えたのは、ローファンタジーだからリクエストには答えられてる。
「ちなみに、どんなのが、お望みで?」
「そうだな。ダークファンタジーがいいな」
「ダーク、ファンタジー?」
また無茶なことを言ってきた。
「しかも登場人物が人だけとは限らないのがいい」
「悪魔とか?」
「それだけではない。妖怪も天使も怪獣もなんでもありで出せ」
「・・・そんな無茶な」
「安心しろ。我が研究室の倉庫のほこりを被った本には、世界の悪魔辞典なるものがある」
逃げられない。
きっと、その本の隣には、世界の天使辞典なるものが、同じようにほこりを被って鎮座しているに違いない。
「日本の妖怪辞典もある」
「いったい、どんな論文に使ったんですか?」
「使うわけないだろう。ここが民俗学研究室なら使っただろうがな。まぁ活用してくれ」
倉庫には、伝説の魔境辞典もあった。
いったい誰の置き土産だろう?
あっ、まさか・・・。
ハカセの・・・。
うん、考えるのはよそう。
考えたらダメな気がする。
「あっ、樹木辞典もある」
ハカセの要望を満たした話を書くべく挑戦は始まった。
「助手よ」
「はい、ハカセ」
「来年もよろしく」
「あっ、よろしくお願いします」
「よし、飲みに行くぞ」
細かいことは、うん、年明けに考えよう。
まずは、プロット作りだ。
だけど、どこまで手広く書くか。
それが問題だ。
「はい、ハカセ」
「なんだ?助手」
「僕の任期は、いつまでですか?」
「そうだな。五年と半年というところか」
もうハカセのところで働いて一年だから残りが。
「ところで、助手はウチに来て何年だ?」
「一年です」
「ん?まだ一年か。そんなに最近だったのか」
「スミマセン、ハカセ、図々しくて」
「物は言いようだな。順応性が高いと、そこは長所だろう」
今まで在籍したところ全てで、もっと前からいると思ってたと言われる。
そうか。
順応性か。
ハカセに救われた気がする。
よし、頑張るか。
仕事も小説も。




