ハカセの除菌
僕は朝からご機嫌だった。
そう!
ドラッグストアでアルコールと精製水を手に入れることができたのだから。
「助手よ」
「はい、ハカセ」
「よもや、ソレを精製水で薄めるつもりではなかろうな?」
怖い。
ものすごく怖い。
ハカセのその眼力でご機嫌だったのが一気に下がった。
「だって、ハカセ、今はアルコールも売ってないんですよ。だから水で薄めて増やそうかと」
「たわけが、お前は何をここで学んでいたんだ」
「うん?」
「ソレは“消毒用アルコール”と書いてあるな。ラベルには七十から八十パーセントと書いているな」
「はい」
「アルコールはそれ以上薄めても効果が無くなるだけで意味がない」
なんてこった。
ならこの精製水はどうすればいいのか。
「もっと言うならアルコールを薄めるのは“無水アルコール”だ! だいたい九十九.六パーセントのものを、だいたい七対三の割合で、やると、だいたい丁度いい濃度になる」
「ハカセ、だいたいというのが多いですよ」
「なら、九十九.六パーセントのアルコールを七十五パーセントの消毒用アルコールにするには、アルコールと水をどう混ぜたらいいか、計算するか?」
「しません! 濃度計算とか死ぬほど嫌いなんで」
「同感だ。この世から消えてしまえばいいと思うのは賛同してやろう」
理系のハカセですら濃度計算が苦手というか嫌いなんだから僕ができなくても仕方ないよね。
うんうん。
「八対二でもいいぞ。それでだ」
「はい、ハカセ」
「薄める水は、水道水で十分だ。気になるなら浄水器を通した水を使え。精製水である必要は皆無だ」
「じゃぁハカセ、何のために精製水があるんですか?」
「用途はいろいろあるが、主に自宅で人工呼吸器を使用している人が、加湿のために使っている。メーカーによっては水道水でいいが、常時使うからな。不純物がないほうがいい」
なんてこった。
精製水にはそんな使い道があったとは思わなかった。
ハカセはやっぱり物知りだ。
これは、どうしよう。
「どこかに寄付でもしろ。だいたい・・・」
「なんです?」
「よし、良い機会だ。明日から在宅勤務をしろ」
「はいぃ」
「うんうん、ネットさえあればどこでも仕事ができるからな。ちゃんと給与は出るから安心したまえ」
パソコン、家にあって良かった。
ハカセの思いつきは本当に心臓に悪い。
だけど、問題は家にいることになったせいで妹がうるさい。
ついに首になったのかとか、ニートだとか、引きこもりだとか、好き勝手言いやがって。
今に見てろ。
あっと驚く大発見をして見返してやる。
あっ。
ハカセからテレビ電話のお知らせだ。
「はい、ハカセ」
「なかなかスムーズにできたようで何より」
「でもハカセ、僕はいつ研究室に行けるんです?」
「さぁ? それは私にもわからん。まぁゆっくりと論文でも読みたまえ。メールに送っておいた」
「ありがとうございます。ハカセ」
「全部英語だが、今は翻訳機能も充実しているからな」
「のぉーーーーーーーーーーーー」
英語は嫌いだ。
あのアルファベットの塊を見るだけでも鳥肌が立つ。
でも読むしかない。
あっ、ハカセが書いた論文もある。
これ、僕が実験したデータだ。




