表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/8

4.道の駅美山ふれあい広場(京都府南丹市)- 茅葺き屋根集落の猫

 初めての車中泊ということもあって、なかなか眠れず、寝付いたのはかなり遅い時間だった。朝方、寝袋の中でうとうとしていると、コツコツと窓を叩く音がする。窓越しに見えたのはマキさんの姿だった。

「もう八時ですよ。そろそろ起きて、散歩でもしませんか?」

 おれは慌てて起き上がり、外に出た。山の空気は澄み切ってきて、気持ちがよかった。タオルを持って洗面所へ行き、顔を洗うと、マキさんと一緒にダムの方へ向かって川沿いを歩いて行った。


 ダムの下に円形の展望橋があったので、そこに上って河原の広い芝地の公園全体を見渡していると、涼しい風が吹いてきた。

「こんなにすがすがしい気分を味わっていると、生きていてよかったと思いますよ」

「そうね。私も離婚したときは死にたいと思ったりしたけど、こんな大自然の中に抱かれていると、自分は何か大きなものによって生かされているんだなあって感じるわ」

「マキさん、離婚してたんですか。それはつらかったでしょうね」

「ええ、勤めていた旅行会社の同僚と二十八の時に結婚して、三十で離婚したわ。夫が浮気をしてて、相手に子供ができちゃったのよ。それから旅行ライターの仕事を始めて、もう五年になるわ」


 おれはマキさんがもう三十五歳で離婚歴があることを知って、驚いた。

「でも、今は強い使命感を持って、自分のやりたいことを仕事にしながら生きているんだから、立派だと思いますよ」

「立派かどうかわからないけど、今の生き方には満足してるわ。ただ、もうちょっと収入を増やせればいいんだけど」

「そうですよね。たしかに好きなことをやって十分な収入を得るのは、なかなか難しいですよね。でも、がんばってください。おれも応援します」

「ありがとう。お互いにがんばりましょう」

 マキさんはそう言うと、右手を差し出した。おれも右手を出して握手をした。マキさんの手は温かくて柔らかかった。


 再び川沿いの芝地を通って駐車場に戻ると、九時ぐらいになっていた。レストランはまだ開いていないので、朝食代わりにということで、昨日道の駅いながわで買った米粉のマドレーヌ二個のうちの一個とミニトマトを何個かマキさんに渡した。

「ありがとう。またどこかで会えるといいわね。よかったらブログの方も見てくださいね」

 マキさんはキャンピングカーの窓越しに手を振って、車を発進させていった。おれは胸の中にじんわりしたものを感じながら、走り去っていくキャンピングカーを眺めていた。


 一人取り残されたおれは、さっそくスマホでマキさんのブログをチェックした。すると昨日はすぐ近くの美山町を訪れていたようで、茅葺き民家が建ち並ぶ集落などが魅力的な文章で紹介されていた。写真もきれいに撮れている。

 おれはイイネ!のボタンを押した。美山町にも道の駅があり、感じがよさそうだったので、そこへ行くことにした。


 車に乗り込み坂道を上っていくと、ダムの横の道路から天若湖が満々と水を湛えているのが見えた。この下にはいくつかの集落が沈んでいるらしい。

 大きな鉄橋を渡ってトンネルをくぐり、くねくねした道路を進んでいくと、山あいののどかな集落がところどころに見えた。さらに進むと、いつの間にか京北町に入っていた。京北町は現在では町村合併で京都市右京区の一部になっている。いかにも田舎といった風景だ。


 そこから先はかなり道幅が狭くなっているところもあったが、そんな山と集落をいくつか過ぎていくと、ウッディー京北という道の駅があったので、立ち寄ってみることにした。

 けっこう新しい道の駅のようで、建物もきれいで、木の香りがするような気がした。中には地元の野菜などがたくさん売ってあり、おれは鯖寿司と巻き寿司のセットを買い、車に戻って食べたが、鯖は脂がのっていてうまかった。

 このあたりはそこそこ開けているが、すぐ近くを山で取り囲まれている。山の上には明智光秀が築いたという周山城という山城があり、その石垣の一部が残っているらしい。


 道の駅を出ると国道162号線に入る。周山街道とも呼ばれていて、わりときれいに道路も整備されている。両側に杉林が広がる山を越えると、赤い鉄橋が見えてきた。鉄橋を渡ると、すぐ左手に道の駅美山ふれあい広場があった。

 まず観光協会の建物に入ってトイレを借り、パンフレットをもらった。それから隣のふらっと美山という物産品販売所の中を覗いた。ここにも近隣でとれた新鮮な野菜や果物などが売ってあった。おれは美山牛乳を買って、車に戻って飲んだ。


 茅葺き屋根集落へ行く前に昼食を済ませておこうと思い、適当なレストランをネットで調べると、美山町自然文化村の中にある河鹿荘というところで食事ができるというので、そこへ行ってみることにした。

 由良川沿いののどかな道路を十分ほど行くと、河鹿荘に着いた。背後にはすぐ山が迫っていて、手前には由良川が流れている。なんとなくノスタルジックな風景だ。建物は木造の大きな山荘という感じで、入り口前にはレトロな赤い丸形郵便ポストが置かれていた。

 中に入り、おれは奮発して鮎の塩焼きや天ぷらなどの定食を食べた。ちょっと贅沢な気分を味わえた。


 車に戻り、元きた道を少し引き返すと、美山かやぶきの里があり、茅葺き屋根の家が二棟建っている。そのうちの一つが蕎麦屋で、一つが土産物屋のようだ。

 そこの広い駐車場に車を駐めて、茅葺き屋根集落までは徒歩十分ほどだった。平日で人もそれほど多くはなく、静かな山村の雰囲気が漂っている。ごく普通の田舎の小さな集落の中に、何軒もの茅葺き屋根の家が並んでいた。人々もごく普通に生活しているのだろう。まるで何十年か前の時代にタイムスリップしたかのような気がした。


 しばらく歩いていると、一軒の茅葺き屋根の家の庭先から、一匹の三毛猫がニャアと鳴いて近づいてきた。首に鈴をつけているので、飼い猫らしく、人に馴れている。猫の頭をなでてやると、猫はまたニャアと鳴いて、戻っていった。おれにはその猫の顔が、なんとなくマキさんに似ているように見えた。そしておれに向かって微笑みかけてくれたように思えた。

 こんなのんびりしたところで平和に暮らしている猫がうらやましくなり、自分があの猫だったら、どんなに幸せだろうと思った。おれはつくづく、自分の人間としての生き方が本来どうあるべきなのかを考えさせられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ