3.スプリングスひよし(京都府南丹市)-女性旅行ライターとの出会い
蕎麦ソフトを舐め終わり、時計を見ると、午後二時半過ぎだった。このあとの行き先をまだ考えていなかったが、次の道の駅あたりで車中泊をしなければならないだろう。
『全国道の駅めぐりの旅』の雑誌をめくって調べてみると、京都府南丹市のスプリングスひよしという道の駅に温泉があると書かれている。
車中泊で一番困るのは風呂で、温泉かスーパー銭湯のようなところで済ませるしかないのだが、温泉のある道の駅ならば、たしかに便利だ。
そんなわけで、今日はスプリングスひよしで車中泊をすることにした。ここから二時間もあれば行けそうだから、時間的にもちょうどいい。
おれはもう一度道の駅へ入り、おやつと夜食用に米粉のマドレーヌとブドウとミニトマトを買った。そうして車に乗り込み、猪の「いなぼう」のモニュメントに手を振って別れを告げた。
兵庫県道12号川西篠山線を篠山方面に北上していくと、ますます山の中に入っていった。しかし、ところどろこにちょっと開けた集落があり、古民家と並んで小洒落たカフェやレストラン、郵便局や歯医者まであった。しかし人の姿は少なく、長閑な田舎という雰囲気が漂っている。
三十分ほど進むと、いつの間にか篠山市に入り、やがて国道372号線に突き当たった。この道路はデカンショ街道とも呼ばれている。デカンショ節は篠山地方の民謡だったらしい。
もうこのあたりは摂津ではなく丹波の国である。山間の狭い平地に畑が広がっている。丹波黒という黒大豆を作っているのかもしれない。十月になると、黒大豆の枝豆の販売が始まるはずだ。
デカンショ街道をずっと西へ進んでいくと、京都府南丹市に入った。埴生というところで国道477号線に入ると、やがて開けた町が見えてきた。旧園部町で、かつては園部城という城があったところだ。
国道沿いにはスーパーやコンビニ、レストランや商店が建ち並んでいるが、高い建物はなく、町を取り囲む山々が近くに見え、山の中の小さな町という感じがして、雰囲気がいい。お店などもけっこうあって便利そうだし、こんなこぢんまりとした静かな町で暮らすのもいいかもしれない。
開けた町を出てさらに進み、京都縦貫道の下をくぐると、道の駅京都新光悦村というのがあった。江戸時代初期に本阿弥光悦らがこの近くに住んで芸術家村のようなものを作っていたらしい。
せっかくだから中に入ってみると、小さい道の駅だった。飲食コーナーに卵かけごはんセットというのがあり、ちょっと惹かれたが我慢して、道の駅のスタンプだけ押して出ることにした。
そこからくねくねとした山道を少し行くと、十分ほどで道の駅スプリングスひよしに到着した。日吉ダムという巨大なダムの下にできた広い敷地が公園のようになっていて、そこに隣接して道の駅が設置されている。ダムにせき止められてできた向こう側の人造湖は天若湖といい、釣り人たちに人気があるそうだ。
まだ明るかったので、ダムの下の広い芝地を散歩してみた。平日の夕方ともなると、さすがに人も少なかく静かで、ちょっと寂しいくらいだ。芝生の上に寝転がって、暮れゆく空を眺めていると、無限に大きな宇宙にちっぽけな自分が溶け込んでいくような気がした。
二十分ほど横になっているうちに、あたりも暗くなってきたので、温泉に入ることにした。いったん駐車場に戻り、車から着替えやバスタオルなどを持って、温泉の方へ行くと、髪の長い若い女性がちょうど建物から出てきた。
すれ違い際に、ほのかに甘いシャンプーの匂いがした。風呂上がりの女性の色っぽさに、おれは思わず振り返り、立ち去っていく女性の後ろ姿をしばらくぼーっとして眺めていた。
すると、その女性が小さいポーチのようなものを地面に落とすのが見えた。女性はそれに気づかずに歩いて行った。おれは走っていって、後ろから声をかけた。
「何か落としましたよ」
女性は立ち止まり、振り返った。おれは地面に落ちているポーチを拾い上げ、女性のところまで持って行った。
「あら、どうもありがとうございます。助かりました」
女性は礼を言って頭を下げ、立ち去っていった。三十歳ぐらいだろうか。きれいな人だった。おれはまたしてもその場に立ち止まったまま、歩き去って行く女性の姿をしばらく眺めていた。
やがておれは気を取り直し、温泉のある建物へ戻っていった。入浴料750円を払って中に入ると、先客が二人ほどいた。シャワーで髪と体を洗うと、露天風呂があったので、そちらへ行ってみた。
露天風呂には誰も入っていなかった。おれは一人で露天風呂を占領し、ゆったりと湯船につかって、薄暗くなった外の山々の景色を眺めた。露天風呂なんて、何年ぶりだろう。
なんだかとてもゆったりした、豊かな気持ちになった。今まさに生きているという至福を感じた。それと同時に、ここ十数年の自分の人生がいかに彩りのないものだったかが、わかったような気がした。
風呂から上がり、いったん車に戻ると、道の駅の中のレストランで夕食を食べることにした。平日のためか、あまり混んではいない。メニューを見て、おれは森の京都丼というのを注文した。地元産の肉や野菜を使ったもので、写真を見るだけでもおいしそうだった。
料理が運ばれるのを待っていると、一人の若い女性が入ってきた。さっきの人だ。女性はおれを見つけると、微笑んで会釈をし、近づいてきた。
「さきほどは、どうもありがとうございました。ご一緒させていただいて、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、もちろん。どうぞ」
おれはどぎまぎしながら答えた。するとちょうどそのとき、ウエイトレスが森の京都丼をテーブルに持ってきた。
「あら、おいしそうですね。私もそれにするわ」
女性はあっさりと注文した。ウエイトレスが立ち去ると、女性は自分のことを話し始めた。
彼女は名前はマキさんといって、フリーの旅行ライターをしているという。今は女一人でキャンピングカーで日本中を旅して回り、観光情報の記事を書いたり写真を撮ったりして、旅行雑誌の出版社などに送り、その収入で旅費や生活費を捻出しているらしい。
「原稿料は安いし、キャンピングカーのローンも残ってるから、けっこう大変なんですよ。旅行のブログも書いてて、アフィリエイトの収入もあるけど、それもまだ月に二、三万円ぐらいだし」
「でも好きなことをして生活できて、いいじゃないですか」
「そうね。日本にはまだあまり知られていない素晴らしいところもいっぱいあるし、日本の隠れた魅力を発見して、たくさんの人たちに紹介したいのよ。昔、ディスカバー・ジャパンというのが流行ったけど、それをもう一度やってみたいの。それが私が生まれてきた使命だと思っているのよ」
マキさんは自分が生きる意味や喜びやミッションを知っているんだ。おれは彼女の話を聞いて、うらやましくなった。
森の京都丼を食べ終わると、食後のコーヒーを注文し、おれはマキさんからいろいろな情報を教えてもらった。
閉店時間の八時になってレストランを出ると、外はもうすっかり暗くなっていた。駐車場まで一緒に行き、マキさんのキャンピングカーを見せてもらった。小型だが設備もしっかりしていて、おれのミニバンとはずいぶん違い、車中泊も快適だろう。
翌朝いっしょに散歩をする約束をして、おれは自分の車に戻り、寝袋に入った。おれはマキさんのことや、自分のこれからの生き方のことをいろいろと考えて、なかなか寝付くことができなかった。




