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死体の声しか聞こえないハズレスキル【遺言】で、俺は戦場の掃除係に落とされた 〜死んだ兵士は嘘をつかない。  作者: 音


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日付

渡河作戦の日付を知ったのは、偶然だった。

 第一収蔵の裏の部屋で、俺は台車の綴りの番号を確かめていた。その日の分は、地方の徴税記録が中心で、退屈なものばかりだった。

 その中に、一冊だけ、種類の違うものが混ざっていた。

 補給局の、資材請求の写しだ。年限が来ているから廃棄に回ってきている。三年保存のもので、三年前の請求書。

 俺は中身を見なかった。見る理由が無かった。

 だが、綴りの背に、別の紙が挟まっていた。

 紙が挟まっているのは珍しくない。仕分けのときに、隣の綴りの一枚が紛れ込むことがある。俺はそれを抜いて、番号を確かめて、正しい綴りに戻すのが仕事だ。

 抜いた紙を見た。

 資材の輸送日程だった。舟艇、綱、板、杭。数量が並んでいて、その横に、到着期限が書いてある。

 第四方面軍宛。

 到着期限は、二月後の、ある日付だった。

 俺はその紙を、しばらく持っていた。

 周りではラウルが台車に綴りを積んでいて、ブルク老人が番号を読み上げていた。いつもと同じ音だ。誰も俺を見ていない。

 資材の到着期限は、作戦の日付ではない。だが、渡渉資材が全部揃う日より前に、渡河はできない。

 二月後。

 ヴィッテの手紙に書いてあった数量の請求が、この日程に繋がっている。彼女が「桁違い」と書いたものが、いつ着くかが、この一枚に書いてある。

 彼女はこれを見ていない。前線の書記官は、王都で組まれた輸送日程を見ない。

 見られるのは、ここにいる人間だけだ。

 俺は紙の番号を確かめた。この紙は、どの綴りのものでもなかった。番号が入っていない。

 番号の無い紙は、棚に戻せない。

 戻せないものをどうするかは、規則に書いていない。ラウルなら、たぶん捨てる。ブルク老人なら、どうするか分からない。

 俺は、その紙を、上着の内側に入れた。

 入れてから、少し手が止まった。

 これは、持ち出しだ。

 記録局の文書の持ち出しは禁止されている。番号が無いから文書ではない、と言い張ることはできる。だが俺は、それが言い訳だと分かっている。

 二年前、俺は前線の司令部で、代印の命令書を写さなかった。写す発想が無かった。あれで俺は「道に迷った」ことにされた。

 あのとき覚えたことを、俺は今、使っている。

 覚えたことは、たいてい、覚えたときより悪い形で使うことになる。

 その晩、俺は宿でフェリクスとミアに話した。

「二月後だ」

「確かなのかい」

「確かじゃない。資材の期限が二月後というだけだ」

 俺は言った。「早まることはあっても、遅れることは少ない」

 フェリクスは床に広げた紙の上に座っていた。ヴィーラントの十四年ぶんは、まだ三分の一しか片付いていない。

「間に合わないな」

 彼は言った。

「間に合いません」

「君の様式では、作戦は止まらない」

「止まりません」

 俺は言った。

「そもそも、作戦を止める理由がありません。渡河は違法じゃない。命令は正しく出されるし、正しく綴じられます」

 俺は自分の手を見た。

「俺が集めてるのは、その手前の話です。十二年、河を渡って取引していた記録です。あれが表に出ても、渡河作戦は止まらない」

「では、何のために集めている」

「終わったあとのためです」

 俺は言った。

「作戦が終わって、何万人か死んで、そのあとで誰かが『なぜこの戦争は十一年動かなかったのか』と聞きます。そのときに、答えが棚にあるかどうかです」

 フェリクスは何も言わなかった。

 彼は紙の山を見ていた。九年前の准尉が書いた上申が、いちばん上に載っている。あれも同じだ。あれを書いた人間も、間に合わないと知って書いた。

「君は」

 彼は言った。

「間に合わないものを書く人間の側に、完全に来てしまったね」

「はい」

「私は、それを立派だとは言わないよ」

「言わないでください」

 俺は言った。

「言われると、間に合わなくていい気がしてくるので」

 ミアが顔を上げた。

「ユール」

「なんだ」

「わたし、ハンナさんに手紙、書いていい?」

 俺は少し驚いた。

「書けるのか」

「字は下手だけど」

 彼女は言った。「ニナさんも下手だったよ。読めればいいって、ユールが言った」

「言ったな」

「じゃあ書く」

 彼女は言った。

「あのね、書いておきたいの。今のうちに」

 俺は答えられなかった。

 この子は十五で、字が下手で、廃棄目録の頁を一枚ずつ触る仕事をしていて、今、二月後に何が起きるかを正確に理解している。

「書け」

 俺は言った。

「俺も書く」

 その晩、三人で書いた。

 ミアは長く書いた。乾酪のことと、白いパンのことと、証言者証に番号と名前が両方ついていることと、王都の雪はすぐ消えることを書いた。途中で何度も俺に字を聞いて、そのたびに書き直して、紙を三枚使った。

 フェリクスはゲルダに宛てて書いた。何を書いたかは見せなかった。ただ、書き終わって封をするとき、彼は「二年ぶりに、人に礼を言う手紙を書いた」と言った。

 俺は、ハンナに書いた。

 書くことは決まっていた。決まっていたのに、書き出すまでに、ずいぶんかかった。

『軍曹

 火口箱の中の紙を読みました。

 忘れていません。

 二月後に、そちらで大きいことが起きます。資材の期限からの推測なので、確かではありません。確かではありませんが、書いておきます。

 止められませんでした。

 俺がここでやっていることは、間に合いません。間に合わないものを書いています。

 乾酪は、まだ出ていますか。

 ユール』

 書いてから、最後の一行を消そうとして、やめた。

 消すと、この手紙は全部、間に合わなかった話になる。

 俺は三通を束ねて、ヴィッテ宛の定期便に混ぜてもらう手配をした。

 届くのに、十日かかる。

 

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