最終話 フィノーラ・リベルの吐露
数多くの作品から目に留めていただき、ありがとうございます。
ユトゥルナ王国歴1026年8月30日、20時00分、王家主催の夜会が開催されていた。社交シーズンも終わりに近づき、これが今シーズン最後の大きな夜会となる。
宣言通り、ラスティはレイチェルをエスコートして登場して周囲から祝福された。その横でホルキュース公爵夫妻は満足そうに微笑んでいた。
そんな二人の様子を目を細めて見ているフィノーラ・リベルを見かけた。彼女の姿を見るのは三か月ぶりだった。私はあの事件以来多忙を極めて、夜会に参加するどころではなかったからだ。
妻のフレイアが友人と話をしている間に、私は思い切ってリベル子爵夫人に話しかけた。
◇
「あのお二人、婚約されたのですね。お似合いのお二人ですわね。三カ月前にお会いした時からそんな予感はしていましたのよ、なんとなくいい雰囲気でしたもの。
えっ? 仕事に私情を挟む二人ではないとおっしゃるの? まあ上司としてはそう言うしかないでしょうね。
ええ、今夜は一人ですのよ、主人は体調を崩して寝込んでおりますの。もう年ですからね、普段から不摂生で肥満気味でしたからお医者さまにも注意されていましたのに、言うことを聞かないから自業自得です。
仕事の方は大丈夫ですわ、十年も主人の元で雑務をこなしてきたのですもの、私が代わりを務められます。義理の息子たちとの関係は良好ですから、息子といっても亡くなった前妻の子息ですから二人とも私より年上なのですけどね。長男が爵位を継いだら、私は離れに移って一人でのんびりさせてもらいますよ。
あれからもう三カ月も経ちますのね、早いものですね。
ドナルドソン女公爵のご葬儀に参列いたしましたのよ。あの方の最期に立ち会った者として、お見送りさせていただこうと思いまして……。寂しいご葬儀でしたわ、参列者も少なくて意外でした。派手好きな方でしたから盛大なご葬儀になると思っていましたから。
えっ? 彼女のご遺体の第一発見者というだけで、その時は既に亡くなっていたのだから最期に立ち会ったとは言わない? 揚げ足を取るようなことをおっしゃるのね。
やはりあの結末に納得されていないのですね。私の話をもう一度お聞きになりたいと召喚状を送られましたよね。それも捜査の終了でなくなりましたけど、なにがお聞きになりたかったのか気にはなっていたのです。
あの時、私があれほど自分の身の上話を、聞いてもいないのにペラペラ喋ったのに、肝心のことは言わなかったとおっしゃるのですか? いったいなにを?
……………。
そうですか、お調べになったのね。
私が卒業パーティーでの婚約破棄騒動をやけに詳しく知っていたから? 直接関係なくても煽りを受けて被害者となった方もいらっしゃる、なんて言ったから? そうですか、つい喋り過ぎたようですね。そうです、それは自分自身のことだったのですよ。
あの時も申しましたが、私はポントス伯爵家の長女で婿を取って跡を継ぐ予定でした。しかし十年前、私が十五歳で王立学園に入る直前に、卒業パーティーでの婚約破棄騒動が起きました。
当時私には一歳年上の婚約者がいました。領地が隣同士で家族ぐるみの付き合いをしていた幼馴染でした。
しかし彼は、一足先に入学した学園で出会った同級生の令嬢と恋に落ちてしまいました。でも根が真面目な彼は婚約者の私を裏切るつもりなどなかったと思います。
しかし在校生として参加した卒業パーティーでの婚約破棄騒動で、クロエ・ドナルドソンのあの言葉、『真実の愛に出会ってしまったから、愛のない政略結婚は出来ないわ』は彼の心に火を点けてしまいました。
私たちは愛のない政略結婚ではなかったのですけどね。私は幼馴染の彼がずっと好きでした。でも、親同士が懇意にしていたために結ばれた婚約は、彼にとっては政略と思えたのでしょう。
なにも知らない私が彼と過ごせる学園生活を楽しみにしながら入学した時、彼の横には他の女がいました。
『お前のことは妹のように思っているけど恋愛感情ではない。俺は真実の愛を知ってしまった。申し訳ないけど俺は彼女と将来を共にすることを選ぶ、お前との婚約は解消させてくれ』と告げられました。
彼は私の初恋で、幼い頃から彼と結婚することを夢見ていました。愛していたのです。でも彼にとって私は妹のような存在でしかなかった、私の知らないところで彼は〝真実の愛〟に出会ってしまったのです。
でも卒業パーティーでのあの言葉を聞かなければ、優しい彼が私を捨てる選択はしなかったはずです。学生時代の泡沫の恋で終わっていたはずです。
婿入りする予定だった元婚約者は継ぐ爵位がなくなって卒業と同時に平民になりました。私を可愛がってくださっていた元婚約者の両親もご立腹で、不義理なことをした彼との縁を切ったそうです。
彼は平民も多い王国騎士団に入団して国境の町へ赴任しました。浮気相手も実家から追い出されたので、ついて行きました。
でも二人の生活は厳しいはずですわ。だって私への慰謝料があるのですからね。元婚約者と浮気相手の家、双方の親が立て替えたものの、この先、給料から容赦なく天引きされて返済することになっているようです。かなりの額ですから完済に年月を要するでしょう、まだ返済は終わっていないはずですよ。でも同情はしません、自らが選んだことなのですから。
貧乏でも愛さえあれば幸せなのでしょうか?
しかし私の不幸はそれだけで済まなかったのです。
聴取の時も余計な話をしましたが、父が新規事業に失敗したのは、予定外の慰謝料が入って気が大きくなったからです。凡人が大金を手にすると碌なことがありませんね。それで借金を抱えて、私は売られました。おかしな話でしょ、本来なら私が受け取る慰謝料だったはずなのに、そのせいで私が売られることになるなんてね。
こじつけかも知れませんが、すべて繋がっているのです。
あの騒動が無ければ……
元婚約者がクロエ・ドナルドソンの言葉を聞かなければ……
自分も愛に生きようなんて思わなければ……
婚約破棄の慰謝料が発生しなければ……
なにもなくて元婚約者と予定通りに結婚できていれば……。
そうです、私はクロエ・ドナルドソンを恨んでいました。
だから私が殺したとお考えなのですか?
ゲフィオン侯爵は自白されたのですよね。酒に酔い足元がふらついてクロエ様にぶつかり、倒れたクロエ様は花壇の縁石に後頭部をぶつけて亡くなった不運な事故、過失により人を死なせてしまったゲフィオン侯爵は良心の呵責に耐えかねて自害したと新聞に書いてありましたよ。
えっ……? クロエ・ドナルドソンの傷は縁石に何度も打ち付けられたものだったのですか? そんなことは新聞には載っていませんでしたよ。部外者の私に明かしていいことなのですか?
私とアウローナ様が発見した時、クロエ・ドナルドソンにはまだ息があったのではないかとおっしゃるの?
アウローナ様が人を呼びに行っている間に、チャンスとばかりに私が恨みを晴らすため、何度も縁石に打ち付けて止めを刺したと思ってらっしゃるの?
いくら憶測だとしても飛躍しすぎていませんか?
アウローナ様は『女性が頭から血を流して亡くなっている』と言い、あなたたちはそれを確認しに駆けつけたのですよね。そうですよ、私たちが偶然発見した時は既に亡くなっていたのです。それを否定する証拠はありますか? ないのですよね、だから捜査は終了した。
だいたい十年も経った今更、彼女を殺してなんになるとおっしゃるの?
そう言えば数年前、夫の商談に同行して、元婚約者がいる国境の町へ行ったことがあるのですよ。そこで二人を見かけました。可愛らしい女の子の手を引いて夫婦は幸せそうに笑っていました。
怒りが込み上げました。腸が煮えくり返ると言うのはああいう感覚なのでしょうね。
私の人生を踏み躙った人たちが幸せを満喫している姿を見てしまい、奈落の底に突き落とされた学生時代が甦りました。楽しいはずの学生生活は地獄でした、目にしたくなくても元婚約者と浮気相手の仲睦まじい姿を見てしまいます。廊下で、学生食堂で、中庭で、嫌でも出くわしてしまのですよ。
彼らは私が深く傷付いているなんて思っていなかったのでしょうか? それもとわかっていても気にしていなかったのでしょうか?
そんな時は夢を見ることにしていました。いつかきっと素敵な王子様が迎えに来てくれる、元婚約者に裏切られたのも、本当に結ばれるべき、それこそ〝真実の愛〟の相手と出会うための試練だったのだと、そんなふうに夢想していました。こう見えてもロマンスに憧れる夢見る少女だったのですよ。
でも……。
彼らが卒業してホッとしていた矢先、リベル子爵との婚約が調いました。王子様じゃなくて二十も年上の脂ぎった小太りの中年男に嫁がなければならなくなったのです。拒否権はありませんでした。
もう夢など見ません。
だから、彼らにも現実を思い知らせてやろうと考えました。
リベル子爵家は砦に物資の援助をしていました。そうやって信用を得て本業の金融業を広げているのです。砦に勤務する上層部の方たちとも懇意にしており、元婚約者の上司にも貸し付けをしていたことは好都合でした。
あの騎士の夫人に学生時代酷く苛められたことがある、こんなところで会うなんて最悪です、思い出したくなかったのに……。と上司の前で涙を浮かべて見せました。あんな性悪女に騙されて結婚するような男は信用しないほうがいいですよ、と進言しました。上司は私の意図を汲んでくれたでしょう、利子も内緒で少なく設定しましたからね。
恐らく元婚約者の昇進はないでしょう。彼が真面目で努力家なのはよく知っています、幼馴染ですからね。でも、努力しても報われることはない。せいぜい貧乏暮らしを続けてもらいましょう、ささやかな復讐ですわ。
貧乏は人の心も貧しくします、あの幸せそうな笑顔が消える日が楽しみですわ。
だって、あの笑顔は私に向けられるべきものだったのですもの。私がいない場所で私ではない人に向けるべきではないのですよ。
クロエ・ドナルドソンが死んだところで、あの日のあの言葉がなかったことにはなりません。彼の笑顔が私に向けられることは二度とないのです」
私はフィノーラ・リベルの頬に一粒の涙が伝うのを見た。
おしまい
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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