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その音が止まるまで  作者: 神永瞬子
一章 弦と鶴
1/17

1.まねかれたひと

 ここまで暑さが酷いと、家の事、人の事、芸の事、神仏の事、何をするにも気が滅入りますね。まぁでも、こんな日だからこそ、物語る事にはふさわしいと考える人もいたとか、いないとか。

 さて、でしたら今日はどんな話をしましょうか。大体はありますよ?

 インドの事、中国の事、日本の事。貴かったり、面白かったり、恐ろしかったり、哀しかったり。下世話であったり、嘘であったり、あるいは、利口であったり。

 せっかくですし、夏の話でもしましょうか。なんてことのない神隠しのお話。五人の、盗賊でも何でもない、ただの人の話。


 本日正午ごろ、栃木県立響群の高校の屋上から、身元不明の転落者が――



 誰かが近づいてくる足音で、リンは目を覚ました。

 ぼやけきった視界に、麗らかな陽の光が差し込んでくる。鳥のさえずりと風が木々をなぐ音が聞こえる。リンは目をこすりながら、妙に気だるげな上体を起こした。

 右手には、宴会場のような大きな和室がただただ無造作に広がっていた。床の間や棚、テレビといった生活感のある物は全く見当たらない。

 一方で左手は大きな縁側になっていて、広く外に開かれていた。初めに感じた光と音はこちらから来ていたのだろう。青々とした木々がこちらを覗いていた。


(ここは……、どこだ? というかなんで寝て……)


 寝ぼけた頭が徐々に働き始めて、ふつふつと自身を取り巻く状況に対する疑念が浮かび上がる。リンはこの場所に見覚えがなかった。それどころか、どうやって自分がここに来たのかすら、よく覚えていなかった。ただ、擦り切れたような足の痛みが、相当長い事歩いていたことを感じさせた。


 ふと、視界の端、部屋を区切っているふすまが突然開かれた。リンは顔を上げた。


「……あれ、起こしてしまいましたか? おはようございます。良い朝ですね」


 お盆をもってやってきたそれを、リンは最初人間だとは思えなかった。浮世離れとか、不思議な雰囲気を纏っているとか、そういったものでは形容できない。むしろ、不思議そのものが人の形をしているように思えた。

 それは、艶のある黒い髪を肩まで伸ばし、目じりの垂れたその瞳は女性らしい印象を与える一方、特別身体の線が細いとか、丸みを帯びているとかいったこともなく、服装も、どちらもあり得そうな和服で身を包んでいて、外見が持ちうる情報が限りなく少なかった。それは、神秘的である、とも言えた。


「……あ、あぁ。おはよう、ございます?」


 辛うじてそうリンが返すと、ニコリとそれは笑った。それに対して、疑いの気持ちを持とうとか、そういったような毒気が抜けてしまう、不思議な笑みだった。


「お腹、空いていませんか? 朝ごはんを作ってみたんです」


 それは、すたすたとリンのそばまで近づくと、座りながらお盆を置いた。お盆の上には、おにぎりが二つと、味噌汁があった。つやつやと白く輝き、炊き立てた米特有の甘い湯気が立ち上る。味噌汁の中には緑のわかめと豆腐が見えた。

 久しぶりの暖かい食事に、リンは思わずそのまま手を伸ばしそうになったが、まだわずかに残っていた理性がそれを止めた。


「い、いや、悪いよ……。それより、ここは? それに、あんたは?」


「ここは私の家ですよ。栃木の片田舎で一人で暮らしています。時々、こうしてやってくる人を助けているんです。名前は……、龍樹(たつき)。そう呼んでください」


 栃木、と聞いてリンは内心、マジか。と衝撃を受ける。少なくとも、こんな記憶があやふやな状態でまともに行けるような距離じゃない。


「じゃあ、龍樹、さん。俺は……どうしてここに? ご、ごめん。なんだか上手く思い出すことができなくて……」


 そうリンが尋ねると、龍樹は困ったように肩をすくめて笑ったあと、信じてはくれないと思うのですが、と前置きをして言った。


「リンさんは神さまにまねかれて、神隠しにあったんです。だから、こんな場所にいるんですよ」


「…………」


 はぁ、と、何とも間の抜けたため息が、リンの口から洩れた。そんなリンの様子を見て、ますます困ったように龍樹は肩をすくめた。


「ごめんなさい。……信じられませんか?」


「ま、まぁ、はい……」


 なんだか煮え切らない返事の裏で、リンはもう既に、どのようにして理由をつけてここから逃げればよいか、という事ばかりを考えていた。なにか、とんでもない人に助けられてしまったのかもしれない。

 そんなリンの不安を知ってか知らずが、龍樹はふと思いついたように、ある提案を口にした。


「……試してみます?」


「はい?」


「はじめは皆さんそんな風な反応をするんです。仕事があるとか、家族がいるとか、色々な理由を並べては、帰ろうとしますけど……」


「──帰れない?」


「はい、ここに必ず戻ってきます」


 なぜだか嬉しそうに、龍樹は笑って答えた。それを見て、リンはすぐに決意を固めた。


「試します。試させてください」


 と、言うが早いが、リンは足の痛みを無視して、布団から出て立ち上がった。いちおう、目覚めるまでは世話になった礼を言うことなど、あまりの不気味さから忘れてしまっていた。


「わかりました。……あ、荷物は玄関先に置いてありますよ。ご飯、温めなおしながら待っていますね」


 信じられないほどあっさりと、しかしリンがここに帰ってくることを信じて疑わない口ぶりで、龍樹はそう言ってリンを見送った。

 異様に長い廊下を進んで、玄関にたどり着く。龍樹の言う通り、玄関先にはしっかりと、リンの唯一の荷物であるギターケースが置かれていた。チャックの口を少しだけ開けて、中身に異変がないか確認したあと、とっとと靴を履いてケースを背負い、リンは扉を開けた。

 ……そして、扉を開けて、言葉を失った。


 目の前に、海が、広がっていた。


 潮が満ちては引いていく音。左右にどこまでも広がる真っ白な珊瑚質の砂浜に、波にさらわれ流れ着いたであろう()()()()たちと、巨大な海獣の骨のようなものが大量に横たわっている。

 栃木に海はない。そのはずなのに、目の前の光景がその知識を全力で否定してくる。

 光景の美しさよりも、不気味さが何より勝った。悪い夢なら醒めてくれ。そう祈りながら、リンは右も左も分からず飛び出した。



「随分粘りましたね。まさかお昼を通り越して、夜になるまで帰ってこないとは」


「うる……せぇ。ありえねぇ……。こんなの……、クソ……」


 半分愉快そうな龍樹の声色に、今朝飛び出した玄関に這いつくばりながら、力ない罵倒を精一杯リンは浴びせた。

 リンは歩いた。足の痛みと戦って、しばしば休憩をはさみながら、自分でもびっくりするくらい歩いた。しかし、体力の限界が来て、気が遠くなるまで歩いても、駅はおろか、人っ子一人すら発見できなかった。

 海岸を通り抜けた先は、廃空港だった。朽ちて折れかけている管制塔と、穴の開きまくったフェンスを横目に、苔と雑草の生えた離陸路を進んだ。そうして歩くと、今度は森にたどり着いた。鳥や動物どころか、虫の気配すらない奇妙な森だった。見渡す限り木、木、木……。木漏れ日すら見えなくなって、足元を確認するのもおぼつかない暗闇を抜けて、さらにリンの眼前に現れたのは道で分かれる巨大な水田だった。何も植わっていない水田は、空が落っこちてきたのかと思うほど、きれいに、清々しい春の盛りの青空を映していた。そしてそれには、どこからかやってきた桜の花びらが浮いていた。

 それからもリンは歩いた。人のいない商店街、藪の中、千本鳥居、洞窟の中、線路の上……。そして、日が落ちて辺りが真っ暗になって、歩き疲れて、リンの心がぽっきり折れた所で、偶然、今朝飛び出していった海岸の傍にある龍樹の家へ、戻ることができたのである。


「今までたくさんの帰ろうとしてさまよう人を見てきましたが、ここまで粘られたのは久しぶりです」


「……なんなんだ、お前…………」


「言ったじゃないですか。リンさんみたいにまねかれて、神隠しにあった人を助けていると。こんな状態じゃ、ひとりでやっていくなんて無理でしょう?」


 にこっと、また龍樹が笑う。神隠しだから当然か。というか、もうなんでもいいや。と、リンは妙に諦観した気持ちで、龍樹の言う事を飲み込んだ。もう、全身が言うことを聞かなかった。


「先にお風呂に入ってください。まだまだ頭の整理が必要でしょうから」


「助かり、ます……」


 痛む足に鞭打って、なんとか立ち上がり、龍樹が案内する風呂場へリンは向かった。

 神隠しにあった人間を助けている。その題目通り、この家は随分と旅館じみている。濡れてもいいような竹編みのデザインのフローリングに、大きなかごの入る棚たち。大きな鏡の前には洗面台があり、ドライヤーが複数個設置されている。リンは初めて直で見たその光景に、ただただ圧倒されるしかなかった。

 こんな場所を一人で使ってもよいのだろうか。なれない贅沢な空間に疎外感を覚えながら、汗でぬれて重くなった上着を脱いだ。ふと、視界の端に、鏡に映った自分の姿が見えた。

 リン。夏芽リンは、今年で15歳になる少年だ。身長は150センチほど。あばらの浮かんだ胴体に、棒きれのように細い手足。髪は結べるほど伸びていて、成長と性徴の止まったその姿は、龍樹とはまた違った形で男女の区別がつきづらい。ただその、結局どちら譲りかもわからなかった鋭い目じりをはじめとした諸々の印象が、リンが男であるとほのめかすだろう。

 リンは風呂場のすりガラスの扉を開けた。脱衣所のインパクトに負けないほど、広々と豪華な、黒を基調とした風呂場である。リンはそのまますたすたと歩を進め、湯船に足を入れた。


「あっっっづ!!!! バカじゃねーの!?!?」


 リンの叫びが、空しく風呂場にこだました。



 爽やかな晴れ空が、リンの枕もとを覗いていた。

 知らない場所、知らない人がすぐそばに居たというのに、自分でも驚くほどぐっすりと眠ることができた。

 リンは空腹をこらえて龍樹の朝食をやんわりと断った後、すぐに着替えて、ギターを背負い、外に出ることにした。昨晩風呂から出た後、そのまま何も食べずに倒れて眠りそうな所を、ちょっと寝る前に、と、止められて、龍樹から教わったことをそのまま実践しようと思ったからだ。


 ――実は、ここよりも、もう少し人のいる場所まで足を延ばすことが出来るんです。日没までにここに帰ってくる、という約束を守ってくだされば、お教えしますけど……。


 リンは二つ返事で約束を取り付けた。そうして龍樹に教わった方法は、案外簡単なものだった。ただ、東と、下りに向かえ。それだけで良いのか、あれだけ遭難して不思議な光景を目の当たりにしていたリンは正直疑ったが、情報がそれしかない以上、試す他なかった。

 龍樹の家の玄関を開ける。目の前には、満開の桜の森が広がっていた。昨日の浜辺とはえらい変わりようである。


(さて……東と、下り坂、だよな)


 今のところ坂を確認できないので、方角を確認して歩を進め始めた。


 しばらく歩くと、山のふもとにたどり着いて、目の前にはそれをぶち抜くようにトンネルが掘られていた。そしてそのトンネルの入り口のわきには、ある看板が立てられていた。


 一九六四 栃木県響群


 明らかに今まで見ていた景色とは違う人の気配に、リンは安堵を覚えた。

 背中におぶっていたギターの重みをふと、思い出す。あり得ないことばかりでごちゃついていた頭の中が、なんだか急にすっきりし始めた。トンネルはまるでリンを飲み込まんばかりに、大口を開けて待っていた。


 トンネルを抜けた先は、拍子抜けするほど普通の田舎の風景だった。家同士の間隔はかなり広く、その間には田畑に麦や稲などが植わっていた。麗らか日和、蝶がひらひら舞っている。

 家自体も時代を感じさせる古い和式の一軒家が多く、今は人が出払っている時間なのだろうか、誰かとすれ違うことはなった。


(なんか、思ってたよりも、フツー……) 


 目の前に広がる景色に、新鮮味は感じながらも、無理やり帰ろうとした昨日ほどの違和感を覚えることはなかった。生活感、あるいは人の気配と言えばいいのだろうか、とにかく、昨日の景色にはなかったものをなんとなくだが感じ取れた。

 夕方になれば、帰宅する人々に出会えるかもしれない。そんな希望的観測をもって、リンは次の目的を果たすため、お目当ての場所を探すために歩き回ることにした。

 リンがわざわざ約束を取り付けてまで理由は二つある。

 一つは、ここがどんな場所なのか、はっきりとさせておきたかったから。いくら歩いても帰れない事、神隠しを当然のように標榜する人間と、不思議なことだらけだった。もっと色々な事を知って、安心したかった。

 あわよくば、ここから離れて……、とも考えはしたが、冷静になって、龍樹になんだか悪いような気がするし、何より、ここを出ても何の意味もないことに気付いた。

 そして、もう一つの理由は、至極、リンの個人的な理由だった。


 ぶらぶらと歩いていたら、なんだかよい場所が見つかった。

 入り口に名前が彫ってあった、響群第二公園と言うらしい。しかしそこは、公園と言うにはあまりに物がなく、そしてとても狭かった。

 鉄柵と花壇に囲まれたその場所にあるのは、ぼろぼろの木製のベンチと、さび付いたバスケットゴールが一本、寂しく立っているだけ。誰かが通るような気配も、跡もない。

 ここに来るより前にも、こんな場所で時間をやり過ごしていたことを思い出す。何かが喉元まで迫って、でも、首を横に振って誤魔化した。


(……いい。もういいんだ)


 リンはそう胸の中で呟くと、ギターをベンチにおろして、自分は隣に座った。

 ギターケースを開ける。語るまでもなく、そこにはギターと、そして一折の楽譜があった。

 しかし、リンは楽譜を広げたりはせず、ギターだけを取り出すとそのままケースの口を閉めた。ギターを構えるが、頭の中に、覚えているような曲は一つもない。でも、確かに弾いて、聞きたい音があった。教わった旋律、教わった進行を、忘れていないか、一つ一つ確かめていく。

 今日も自分は、これを忘れていないか。ちゃんと覚えているのかを、誰にも邪魔されずに確かめたかった。そして同時に、こうして記憶を手で触るように確認している間は、なにか喉に迫るような感覚を忘れることができた。


 しかし、リンのその深い集中は、ふと誰の納得したような言葉で霧散した。


「……ギターの音なのか」


 思わずバッとリンは顔を上げた。いつの間には日は傾いて、うすいオレンジ色の光が公園の地面を照らしていた。声の方に顔を向けると、そこには学生服を着た青年が立っていた。

 制服はよく見る長袖のシャツで、肘のあたりまでまくられてる。身長はすらりと高く、腕も足も長いが、少し瘦せていて骨ばっている。細めの瞳が、静かにこちらを見下ろしていた。

 彼は両肩に別々のものをかけている。一つは、学生らしい紺色の鞄と袋に入ったバスケットボール、そしてもう一つは、かわいらしい猫のプリントされた買い物袋だった。もう入らないといわんばかりにパンパンで、長ネギの緑の頭が飛び出ている。


「……誰?」


「すまない。ここのコートを使ってもいいか? 邪魔だったらいいんだが」


「まぁ……別に」


「そうか、ありがとう」


 と、そういうと、青年は地面に鞄を置いてコートに向かった。

 「別に」といった手前、リンも気にせずギターの演奏を続ければよいのだが、突然声をかけられた驚きで集中できなくなってしまったのと、演奏を聞かれた気まずさと、そして、偶然出会えた龍樹以外の住人が気になって、リンはギターを演奏するフリをしながらその青年の動きを見ていた。

 スポーツに明るくないリンでも、その青年がかなり運動神経の良い人物であることはすぐに分かった。身のこなしもそうだが、特にリンが凄いと思ったのは、シュートだった。

 どんな姿勢からでも、どの距離でも、ボールをきれいな弧を描いて、きれいにゴールネットへと、まるで吸い込まれていくように入っていく。ボールが網を通過する、スポ、という心地の良い音がした。

 と、青年は突然手を止めると、振り返ってリンに言った。


「……そこまで見られると気になるんだが」


「えっ、あぁ、スンマセン……」


 指摘されて思わずどもりながらも、リンはそう返す。青年は首を横に振った。


「いや、むしろこっちの方がすまない。変に声をかけなければ良かったんだが……、どうしてもここが使いたかったんだ。いい音だったから、止めるのは惜しかったな」


「いや……」


 演奏を褒められたことに悪い気はしなかったが、かえってむしろ照れ臭くなってしまって、リンはさらに口どもった。突然の出会いに、気軽な口調で話しかけられて、リンは、青年との距離感を掴むのに難儀した。会話の切り口をもやもやと探していると、そんなリンの様子を慮ってか、青年が先に、口を開いた。


「おれは八鶴(やつる)だ。高三。君は?」


「夏芽リン、です……」


「……聞いたことがない名前だな」


 青年――八鶴は、唸りながら深く首を傾げた。その反応が不思議で、リンは思わず尋ねた。


「その聞いたことがないって……当り前じゃないですか。俺とあんたは初対面ですよ」


「…………」


 その言葉に対して、八鶴は納得する様子を見せるどころか、さらに黙りこくってしまう。そのまましばらくの間、沈黙が続いた。訳の分からない沈黙にリンはたじろぎながら、けれど逃げ出すわけにもいかず、次の言葉を待っていた。そうしてリンに足して八鶴が放った言葉は、リンにとって意外なものだった。


「ここじゃ全員が知り合いだ。知らない人間が来たらすぐにわかる。……今からすごい変なことを聞くが、その、君は()()()()()()じゃないのか?」


「ま、まねかれ?」


「神隠しにあって、ここにやって来た人のこと」


「神隠し……」


 その単語は、昨日の龍樹の言葉とまるきり一致した。龍樹だけでなく、目の前の青年もまた、その言葉を口走るのかと、リンは衝撃を受けた。


「あぁ、神隠し。有名な映画のアレ。知ってるか?」


「いや、アニメ映画の方はしらない」


「そ、そうか……、世代差かな……」


 やけにしおれて悲しそうにしていたが、八鶴はすぐに取り直して言った。


「とにかく、君は、ここを目指したワケじゃないのに、いつの間にかここに居たんじゃないか? ここじゃ、そういった人が現れるのはよくある事だったらしい」


「よくある事って……」


「あぁ。貴文(たかふみ)さんが色々と研究していたが、どうやら無理やり追い出そうとしたり、逆に長いこと連れ歩いても祟られるんだと。電話線が切れたり、事故にあったり、捻挫したり、大小様々らしいが」


 祟られる。その言葉と共に、昨日の事をリンは想起した。いくら帰ろうとしても、まともな人には一切出会えず、風景が無情に移り変わるだけだった昨日の事を。あの、普通じゃない体験は、祟りによるものなのだろうか。


「……」


「……本当に心当たりがあるのか? だとしたら君は本当に……」


「だっ、だったらなんだよ」


 その、八鶴の妙な喰いつきに、リンは戸惑って、攻撃的に返してしまう。すると、八鶴はあぁ、と、申し訳なさそうに顔をしかめた。


「す、すまない。色々と畳みかけて……。自分でも驚くことで、少し混乱しているんだ……、その……」


 少し、考えをまとめるように黙りこくったあと、小さく咳払いをして八鶴は顔を上げた。


「俺の父は、()()()()()()の研究をしている学者なんだ。……もし、君が許してくれるのなら、研究に協力して欲しい。タダとは言わない。君が良ければ――」


 ぐぅ。

 間抜けな音。当然、音の出どころはリンだった。八鶴は、少しの間驚いて黙っていたが、やがて戸惑ったように言葉を続けた。


「……、ご飯を、ごちそうする、から……」


 リンは、頷くしかなかった。


〈続く〉

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