66話 少女勇者の帰還
「目標を目視で捕捉!」
マストから望遠鏡を除く観測班からの報告を受け、エリックマスターはすぐに指示を飛ばす。
「取舵、20!」
「取舵20ー!」
「とーりかーじ!」
操舵班からは取舵の復唱があちこちに響き、艦隊の進路が変わる。
「なんだか、ガルチラ船長の海賊船に乗ってた時を思い出すね」
エリンが俺にそう話しかけてきた。
「俺もそう思ってたところだ。それも何だか随分昔のことみたいだな」
体感時間的には、まだ半年も経ってないのにな。
あの時は、空と海の魔物を弓矢で掃除したあとは、投石器に投げ飛ばしてもらって、メガフロートの魔王城に突入したんだっけな。
艦隊が前進し、アリスとの距離が縮まっていく。
アリスの視線の先にいるのは、やはり俺――旗艦だ。
「なんて禍々しい邪気と憎悪……一体どれほどの異世界を喰らえば、あそこまで悍ましい姿になるのでしょう……」
アリスの姿を目視したエレオノーラがそう呟いた。
「恐らく、正規のプロセスを無視した強引な異世界転移を幾度も繰り返しています。奴の中の、元の"アリスさん"の因子はもうほとんど残されていません」
俺が奴を読み取ったことの一部をエレオノーラに伝える。
莫大な"力"を得た代償に、魂が壊れかけているのだ。まさに『悪魔に魂を売った』と言えるだろう。
「"異世界を喰らう"って……そんなこと出来るの?っていうか、どうやって世界を食べるの?」
ナナミが横合いから顔を覗かせる。
「こう……海水を飲み干してから、端から大陸をムシャムシャ?」
海水を飲み干してから大陸の端からムシャムシャか、地球よりでかい宇宙怪獣なら出来るかもな。
「物理的に口にするんじゃなくて、その異世界を概念的に破壊して、それを因子化して自身の魂の中に取り込む、と言うのが正しい見解だ。だが、それは本来の正規のプロセスを逸脱した強引な方法で、自分の魂を崩して、そこに一世界と言う膨大な情報の塊を取り込むんだ。下手するとその情報の塊に魂を埋め尽くされて、"自我喪失"になりかねない。多分あのアリスは、俺に対する憎悪によって辛うじて自我を保っているんだろうが……もう奴の魂はとっくの昔にキャパシティオーバーのはずだ。いつ自我を失って存在崩壊してもおかしくはない」
「なに言ってるか全然分かんないんだけど……?」
だろうなぁ。今のが分かるのは、エレオノーラぐらいだろう。
説明している間にも、戦況は動く。
鶴翼陣形を取り、アリスを半包囲して十字砲火を叩き込むつもりのようだな。
「全艦、武器使用自由。目標、超大型黒龍。撃ち方……始めッ!!」
エリックマスターの号令の元、艦隊から無数の砲弾がドカンドカンと景気よく砲声を上げ、殺到する。
着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂着弾炸裂……
何十発ものの炸薬の爆煙がアリスの巨躯を埋め尽くすほど立ち昇った辺りで、「撃ち方やめ!」と砲撃停止を指示するエリックマスター。
他国と戦争出来そうな規模の艦隊による集中砲火だ、普通の魔物ならこれで木っ端微塵だろうが……相手はあのアリスだしなぁ、このくらいで倒れるような化け物ではあるまい。
すると爆煙が晴れた先には、表面の外殻が少し削れた程度で、むしろ被弾していない部位の再生回復が進んでいるアリスの姿が見えた。
「も、目標、なおも健在……!」
観測班の声が震えている。
「アトランティカの艦隊の集中砲火すら寄せ付けないとは……」
レジーナが苦々しげに細めた目でアリスを睨む。
「狼狽えるな!ジルクルーネ、シュベルトライテは微速前進しつつ砲撃再開!ヘルムビーゲ、オルトリンダはその場で砲撃を再開!旗艦ブリュンヒルデはこれより、特戦砲"トールハンマー"を発射する!トールハンマー、装填用意!」
「トールハンマー、装填用意!」
「トールハンマーよーい!」
ほうほう、艦のコードネームには、ニーベルンゲンの歌に登場する戦乙女達の名前を使っているのか。
そして、トールハンマーなる特戦砲を実射するようだな。
旗艦ブリュンヒルデがトールハンマーの発射準備をしている間は、随伴艦が砲撃を再開してアリスを釘付けようとしている。
両端から微速前進しつつ砲撃する、ジルクルーネ、シュべルトライテ。
再び無数の砲弾が降り注ぐ中、アリスは左端から展開していたシュべルトライテに視線を向け、
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
黒炎の火球を放ち――船体に着弾。
その火球の炸裂は、合金鉄の塊である巡洋艦の装甲を一撃で吹き飛ばした。
船ごとお陀仏……とはいかなかったが、バカでかい風穴を穿たれたそこへ来る浸水は止めようが無い――生きている乗組員は脱出していてほしい。
「シュべルトライテ、大破!」
観測班からの報告を受け、エリックマスターは歯噛みする。
「くっ……彼らの献身を無駄にしてはならん!砲撃を集中!奴の正面には近付くな!」
右端のジルクルーネはアリスの正面から逃れるように舵を切り、旗艦ブリュンヒルデと随伴するヘルムビーゲ、オルトリンダも散開、ブリュンヒルデのトールハンマー発射までの時間を稼ぐつもりのようだ。
「ヴヴヴヴヴ!!」
しかし砲撃を喰らい続けながらもアリスは止まらない、目障りだろうジルクルーネに狙いを付けると、龍翼を羽ばたかせて飛び上がり――ジルクルーネの進路先に回り込んだ。あんな巨躯のくせに意外と身軽だな。
ジルクルーネは急速回避しようと舵を切ろうとするが、アリスは右前脚をジルクルーネの上部から叩きつけ――艦が真っ二つに粉砕された。これはさすがに……乗組員の生存は絶望的か。
「ジルクルーネ、撃沈!ギルドマスター、このままでは……!」
このまま攻め続けても、艦隊は全滅だ。
「…………トールハンマーのチャージはどうか!」
歯噛みするエリックマスターは迷いを払うように、トールハンマーの充填状況を確かめさせると。
「エネルギー充填、92%。発射可能です!」
「よし、艦尾注水!トールハンマー構え!目標、超大型黒龍!ヘルムビーゲ、オルトリンダの両艦は、トールハンマーの射線上に近付くな!」
すると……ブリュンヒルデの艦首が開き――その内より、巨大な大砲が姿を見せる。
その砲身には既に眩い光が溢れており、今にも爆発しそうだ。
アリスに砲撃を続けていたヘルムビーゲ、オルトリンダは急速にブリュンヒルデの前方から離れ、それを確認すると同時に、アリスの注意がブリュンヒルデに向けられる。
「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!」
その口蓋から火球を吐き出さんとする、寸前。
「総員耐ショック姿勢!トールハンマー……発射ッ!!」
耐ショック姿勢と言われたので、うつ伏せになって床に張り付くんだとみんなに言い聞かせると、
――ドゴォンッ!!と落雷のような轟音と共に、艦首の大砲から凄まじいばかりの極彩色の破壊光線が照射された。
同時に、その反動でブリュンヒルデが大きく傾いた。艦尾に注水していなければ、転覆していたかもしれないほどに。
放たれたトールハンマーは、まっすぐにアリスへ向かい――その土手っ腹に突き刺さる。
「ヴヴヴヴヴ……!」
火球を吐き出そうとしていたそこへ超高エネルギー体が照射されるのだ、ジリジリと押し返され――口蓋に溜め込んでいた火球が暴発し、アリスの口腔内で炸裂した。
「エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙エ゙!?」
火球の暴発と、トールハンマーの照射を受け――アリスの巨体がぐらりと傾き、海へ沈んでいった。
「直撃を確認!」
「やったぞ!」
「よっしゃぁ!」
あのアリスを撃破したと、乗組員達は手放しで喜んでいるが……しかし俺達九人は誰も喜べていない。
その証左を確かめるべく。
「……エレオノーラ」
「えぇ。あのアリスの存在反応が消えました。恐らくは別の異世界へ逃れたのでしょう」
やはりか。どんだけしぶといんだあんにゃろ。
「ですが、私の管轄下の異世界に転移したようなので……追撃は可能です」
追撃可能。それが聞きたかったんだ。
「よし、みんな聞いてくれ。これからあのアリスを追撃する」
「なに?追撃とはどう言うことだ、アヤト殿」
横合いからエリックマスターが入って来たけど、あなたに話しても仕方ないんだよな、ここからは"俺"の領分だから。
「これより俺達九人は、あの黒龍を追撃します。あなた方は生存者の確認を急いでください」
「奴は海に沈んでいる。それをどうやって……」
「細かいことを説明している暇はありません。では、エレオノーラ」
エレオノーラに目を向けると、「お任せください」と頷き、詠唱を開始する。
「――イーセカーイノ、モーンヨ、ヒーラケー、ゴーマ!」
すると、ブリュンヒルデのすぐ目の前の空間が切り開かれ、闇が蠢く。
有り得ない光景を目にして、エリックマスターや船員達が唖然としているが、リアクションを待っている暇はない。
「よし行くぞ、俺に続け!」
まずは俺が率先して、切り開かれた闇へ飛び込んでみせる。
ひぁーうぃごー!
〜〜
〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜
マダダ。
シゲネコヲコロスニハ、マダチカラガタリナイ。
モット、モットイセカイヲクラワナキャ。
シゲネコヲコロセルクライ、クラワナキャ。
シゲネコヲコロシテ、コロシテ、コロシテ……
ドウシテワタシハシゲネコヲコロソウトシテイルンダッケ?
…………………………
……………………
………………
…………
……
シゲネコ、コロス。
シゲネコ、コロス。
シゲネコ、コロス。
シゲネコ、コロス。
シゲネコ、コロス。
シ ゲ ネ コ コ ロ ス
〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜
〜〜
ジャンジャジャーン!天下無敵の異世界転生者、アヤト様の参上だじぇー!!
ドヤ顔と仁王立ちポーズをキメながら着地す……
「って、どこだこの異世界?」
なんか、夜みたいに空が暗い。
太陽が出てないとかじゃなくて、真っ黒で真っ暗な靄が空を覆い尽くしている。
まるで、世界を闇が呑み込もうとしているかのように……
「クリエイトコード:1R2a110、ここは、エリンさんが勇者として神託を受けた世界です」
すると、光に包まれながらエレオノーラが現れた。
「ってことは、俺が休暇するに当たって最初に降り立った世界と。だとしたら、この空を覆う闇は一体……」
「この世界は80年代のRPGをベースとしたものですから、光の影響を受けやすく、また同時に闇の影響も受けやすいのです」
真面目な顔してすんげぇメタ発言だ。
ようは魔王が世界を闇に陥れやすくするための裏設定というわけか。
俺に続いて、エリン、リザ、クロナ、レジーナ、クインズ、ピオン、ナナミも異空間から降りてきた。
やはりみんなもこの世界の空が闇に覆われていることに驚いている。
ここは俺とエリンが出会った最初の世界だと言うことを説明して、現在地はどの辺りだろうか?
よく見回してみれば、海岸線……地形から見るに、エコールの町の近くか?
「ッ、アヤト!人がいるわ!」
真っ先にピオンがその存在に気付いた。
彼女が指した方向には、波打ち際に倒れている、ガタイの良さそうな男……いや、あれは!
「ガルチラ!?」
「えっ、ガルチラ船長!?」
俺がその名を口にすると、エリンが驚いた。
慌てて駆け寄って、大声で呼び掛ける。
「ガルチラ!しっかりしろ!」
「ぅ……?」
良かった、まだ息はある!
「クロナ、頼む」
「お任せくださいな。――キュア!」
クロナはガルチラの身体に触れつつ、キュアをかける。
「ぉ、おぉ……なんだこれは……?」
見るうちにガルチラの顔に生気が戻り――俺と目が合う。
「む、アヤトか……?」
「そうだ。勇者エリンも一緒にいる」
「お久しぶりです、ガルチラ船長」
エリンも顔を見せる。
「はは……久しぶりだな、二人とも……仲間も随分増えて、グッ、ゴホッゴホッ……」
不意に咳き込むと、ガルチラが吐血した。おいおい大丈夫かよ。
「一体何があったんだ?」
海賊船は近くに無いし、他のクルーだっていない、ガルチラだけがここに倒れているのだ、最悪の想像は出来るが……
「ハァ……ハァ……お、沖合から突然穴が空いたのだ。その穴から巨大な黒い龍が這い出てきて……船ごと襲われ、このザマだ……」
なんてこった、運悪くアリスと遭遇してしまったのか。
「船のことはいい……だが、俺以外のクルーの生死が分からん……クッ、一矢報いることも出来ないまま……!すまん皆っ、俺が不甲斐ないばかりに……ッ!」
グウゥッ、と悔しげに涙を流し、握り拳を弱々しく砂浜に叩き付けるガルチラ。
アリス……もはや形振り構わずか。
そっと、ガルチラの握り拳に手を添えるエリン。
「ガルチラ船長。私達は、その黒い龍を止めるためにここに来ました」
「勇者エリン……しかし、奴はあまりにも巨大で恐ろしい。とても、人の身で敵うような相手では……」
「大丈夫です。だって私、勇者ですから」
エリンのその、闇を打ち払うかのような太陽色の瞳には、勇壮たる覚悟が宿っている。
「ふっ……ならばひとつ、勇者の力とやらに頼む……俺と、俺の仲間の無念を……晴らしてくれ」
「頑張ります」
任せろでも、必ずでもない、頑張る。
実にエリンらしい答えだった。
ガルチラを手当てした後、一番近くの町であるエコールの町に送り届けてから。
改めて、アリスの邪気を探る。
ガルチラ海賊団と交戦したのがどの海域か分からないし、交戦してからどれほどの時間が経ったかも分からない。
なのでここは、俺の気配探知能力を以て奴の邪気を探……
「――すぐ近く……マイセン王国に近付いている!」
あと数時間もしない内に、アリスはマイセン王国の領域に踏み込む。
そうなれば、王国に住む人達は皆殺しにされてしまうだろう。
・・・エリンの育った、孤児院もか?
「!!」
俺がそこまで思考を並べていた瞬間、エリンは踵を返し、エコールの町を飛び出して行ってしまった。
「待てエリンッ、危険だ!」
クインズの制止も聞かずに、凄まじい脚力でもう見えなくなってしまった。はっや。
「みんなは先にエリンの後を追ってくれ。俺とエレオノーラも後から行く」
「後から?アヤト様と、エレオノーラ様は何を?」
俺とエレオノーラの二人は何をするのかとレジーナが訊いてくる。
「俺はアリスに対抗するための、"切り札"を用意してくる」
「私はアリスがこの異世界から逃げられないように、時空を封鎖します」
俺の"切り札"ってナニって?それはこの後のお楽しみにな。
それは何の前触れもなく起きたことだった。
ある日突然、空は闇に覆い尽くされ、光が失われた。
まさか、勇者に討たれたはずの邪悪なる魔王が復活したのかと、人々は恐れ慄いた。
空が闇に覆い尽くされて間もなく、"ソレ"は現れた。
ソレは、想像を絶するほどの巨大な黒龍。
しかしその身体は傷だらけで所々が欠損し、その欠損したところからは、闇色の炎が揺らめく。
まるで、何かに対する怨嗟のように。
世界を滅ぼしてもなお余りある、激しい憎悪のように。
そしてその黒龍が、マイセン王国へ現れた時。
町を、城を、人々を蹂躙し始めたのだ。
民も兵も、老人も子どもも、皆等しく踏み潰され、闇の炎に焼かれていく。
「勇者様!お助けください!」
「勇者様!どうかあの邪悪な龍を!」
「勇者様!」「勇者様!」「勇者様!」「勇者様!」「勇者様!」
逃げ惑う人々は、口々に勇者を求めた。
かつて邪悪なる魔王と戦い、討ち倒したと言う、王国の第一王子を。
その第一王子はどうしたのかと言うと、
物陰に隠れて、ただ怯えるように蹲っていた。
城はとうに踏み潰され、焼かれてしまい、国王たる父も瓦礫に押し潰されてしまった。
「冗談じゃない……」
目と耳を塞ぎ、助けを求める人々の姿と声、響く地鳴りと破壊音の元凶と言う現実から背いて。
「この国はもう終わりだ……」
そも自分は、魔王を討滅した"勇者エリン"の功績を横から掻っ攫っただけの、ただの第一王子。
「あっ、おい君!そっちに行っちゃダメだ!」
剣だって儀礼用のものしか持ったことがなく、魔物の相手など以ての外だった。
「えっ、あの子って確か、孤児院にいた……」
それなのに"勇者"だなんて、無様を通り越していっそ滑稽だ。
「あんな化け物をどうしろって言うんだ、あんなのに正面切って戦おうとするバカなんて、いるわけ……」
紅色の髪を揺らし、桃色のマントを翻しながら、『あんなのに正面切って戦おうとするバカ』が、そこにいた。
城下町の外れにある孤児院にいた院長と子ども達も、急いで避難しようとしていたが、幼い子どもも多く、とても避難出来ているとは言えなかった。
「みんな急いで!走って!」
院長は、子ども達を急がせようと声を呼び掛け、子ども達も懸命に走っているが、特に年少の女の子が転んでしまい、膝を擦りむいたのか、その場で泣いてしまう。
――運悪く、その泣き声を聞き付けたのか、城下町を蹂躙する黒龍の魔眼がそこへ向けられる。
院長は泣いて動かない女の子の元まで走り、抱きかかえようとするが、そこまでに至った時、既に黒龍がすぐそこにおり、黒龍は二人を叩き潰さんと前脚を振り上げる。
もはやこれまで、しかしこの子だけでも守らなければ。
院長は女の子に覆い被さって、幼い命を守ろうとし――
その時。
「スーパーエリン……ナックルゥゥゥゥゥーーーーーッ!!!!!」
小さくも、眩い輝きを放つ一撃が、黒龍を殴り飛ばした。
その声と名前に、院長は覚えがあった。
紅色の髪に、桃色のマントを翻し、小さな右手を黄金色に輝かせる、その女の子は。
「エ……エリン、ちゃん……?」
「院長先生、みんなを連れて早く逃げて」
振り向いたその顔は確かに、赤子の頃に孤児院で引き取り、十五歳の誕生日を迎えたその日に勇者として神託を受けて選ばれた、純朴で優しい普通の女の子――エリンだった。




