39話 お買い物タイム!
アトラスの町に到着すると、既にオルコットマスターによって手配された山道用の馬車もまた到着しており、向こうの御者さんには明日の朝に出発することを確認し合う。
さて、防寒具を揃えたいところだが……先に宿を取っておこう。
それに、先程救助した少女のことも聞かねばならないし。
町の中でも大きな宿屋で大部屋 (六人同じ部屋で寝れる)借りたところで、大食堂で夕食を兼ねた、先程の少女の事情聴取だ。
「さっきは助かったわ、本当にありがとう」
開幕一番に、少女は深く頭を下げて感謝の意を示す。雪の中で倒れてたんだから、俺の探知が発見してくれなかったら、間違いなく凍死していただろう。
「あたしは『ピオン』。スプリングスの里の所属の冒険者よ」
ほほぅ、スプリングスの里の冒険者か。
「スプリングスの里の冒険者ならちょうど良かった、俺達は観光でそこに行くつもりだったからな」
それはそれとして。
「雪の中で倒れていたところを救助させてもらったが……何故あんなことになっていたんだ?」
「あたしは元々、この町に用があったから里から降りてきたんだけど、今はそんな季節でも無いはずなのに、急に吹雪いてきたのよ。防寒装備なんて用意してなかったし……冗談抜きで死ぬところだったわ」
ふむ、やはりこの寒さと雪は自然によるものでは無いようだな。
「はい、質問してもいいでしょうか?」
リザが挙手したので、「どうぞ」と発言許可を出す。
「ピオンさん、ここ数日でスプリングスの里周辺に、何か不自然なことは起きていませんでしたか?」
単なる異常気象では無いとしたら、何かしらの要因があるはずです、とリザは言う。
「不自然なこと?そうね……」
ピオンは思い出すように視線を泳がせる。
「二日ほど前に、依頼で『ヴァレリオ霊峰』へ狩りに出ていたんだけど、普段は聞こえるはずの鳥や虫の鳴き声がまるで聞こえなかったわ」
ヴァレリオ霊峰と言うのは、スプリングスの里から北上した、冒険者の狩り場のことらしい。
険しくも緑豊かな環境は自然の恵みの宝庫だが、同時に危険な動物や魔物にとっても"狩り場"である。
けれど、最後にピオンがヴァレリオ霊峰に赴いた時には、鳥や虫の鳴き声がほとんど聞こえなかったと。
「それで、霊峰の様子が何かおかしいってことで、あたしが私用ついでにアトラスの町に連絡役として降りていたところで雪が降ってきて……で、今に至るって感じね」
むむむ、なんだか怪しい予感がするな。
ピオンの意見を聞いて、リザは考え込む。
「気候変動……うぅん、ここまで急なものは有り得ない……そうなると……」
するとリザが今度は俺に向き直る。
「アヤトさん、ここ一週間で何か変な人を見たりしませんでしたか?」
「変な人か?……アリスとかムルタレベルの"変な人"は見掛けなかったが……っておい、俺がそう言う変な存在を引き寄せてるとか言うなよ?」
「違うんですか?」
きょとんとかわいらしく小首を傾げるリザ。
「違う、と言いたいが……一概に否定しきれんのが何とも言えないな」
元はと言えば、俺が過去の異世界転生で"アリスさん"の恨みを買ったのが原因っちゃ原因なんだが……いや、俺のせいちゃうわ!自業自得なのに被害妄想を肥大化させて勝手に暴走したあのマジキチのせいです!俺は悪くねぇ!!
……あるいは、アリスがまだ生きている可能性も無きにしもあらずか。
次元を超えて復讐しに来るようなマジキチだ、浄化したくらいでは殺し切れていないかもしれない。
「話が見えないんだけど……ようは、なんか変な奴が霊峰にいて、それで天候をおかしくしてる……ってこと?」
傍から聞いていたピオンが、的を得たと言うべき意見を挙げる。
「ヨルムガンド湿地帯や、アトランティカ周辺にも異常が起きていたことは知っているか?恐らくその類かもしれない、という憶測の域を出ないが」
「えぇと……神殿から毒が流れ出ていたとか、海域一帯の霧が濃くなったとか、って噂なら」
ピオンも知っているようだ。
というより、ギルド間でそう言った話を聞くこともあるのだろう。周辺の町への連絡役を務めるくらいだし、ギルドからの信用もそれなりにあると見た。
「アヤト様、スプリングスの里のこの異常気象、他人事とは思えません。ここは、私達も力を尽くすべきかと」
アトランティカでの異常事態による市民の不安や不満を知るレジーナは、決意に満ちた瞳で見つめてくる。クロナも同様にだ。
「やれやれ、観光でのんびりするつもりだったんだが……まぁ仕方ない、乗りかかった船と思って、サクッと解決してやるとしますか」
この程度のシチュエーション、過去の異世界転生で何万回も経験してきたからな。
「え、ちょっと……相手が何なのかも、そもそも悪天候の原因が何かも分かってないのに!?」
ちょっとその辺に買い物へ行くような気軽さで「異変解決するかー」とぼやいた俺に、ピオンが驚く。まぁそれが普通の反応だよな。
「心配しなくても大丈夫だよ。アヤトがこう言うくらいだから」
エリンがなんだか良くない諭し方をしている。
俺が「大丈夫」って言ったらとりあえず大丈夫ってみたいな認識をしてもらうのはちょっと危ないなぁ……実際、そこまでの問題になるとは思っていないが。
「とは言え、相手の正体が不明なも確かなことだ。油断しない程度には慎重になるべきだろう」
クインズは慎重論を挙げてくれる。けど彼女も俺に慣れてきたらエリンみたいになりそうで怖いんだが。
「俺達が今回の異変解決をしてみせる。ピオン、君にはスプリングスの里や、そのヴァレリオ霊峰の案内をしてほしい」
「アヤト……アヤト……もしかして、『フローリアンの英雄』の、アヤト……?」
ピオンは俺の名前を反芻すると、異名の方を挙げた。
「あー、うん、なんかギルドから勝手にそう呼ばれているな、迷惑千万だ」
別の異世界だと、陣羽織と和風の仮面をしているだけで勝手に"Mr.武士道"とか呼んだりするんだもの。
「ご、ごめんなさい!英雄様に助けてもらったのに、あたしったらなんて偉そうなことを!」
慌ててピオンはぶんと頭を下げて背中をビシッと45度に固定する。
「いや、謝らなくていいし、英雄様もやめてくれ、アヤトでいい」
様を付けろこのデコ助野郎!!って勢いで様付けで呼んでくれるのはクロナとレジーナでもう十分だよ。
ほんと、英雄の証とか要らないから、どこにでもいる普通の冒険者生活とか、華やかな田舎とかもふもふいっぱいの森でスローライフとかしたかった。
「……ほんとに、『フローリアンの英雄』よね?なんか、噂と全然違うんだけど……」
「噂?」
アトランティカでは英雄と言うか、ほぼ神格化されていたような感じはあったけども。
「えぇと……『全身毛むくじゃらの熊のような大男で、豪放磊落、大勢の人妻を寝取りながら酒池肉林を目指す、ハーレム大魔王』?」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい (十回)、めっちゃ尾ヒレ付きまくってんじゃねーか、俺をどう評すれば"全身毛むくじゃらの熊のような大男"になるんだ。後漢時代末期の山賊か?
「最後の"ハーレム大魔王"以外は、違うね?」
エリンは真顔で俺に同意を求めてきた。やめろ、同意を求めるな!
「ハーレムはともかく、大魔王とは失礼だな。せめて大悪魔と呼べばいいものを」
「なお質が悪いですよ!?」
大魔王より大悪魔の方がカッコいいのに、リザにツッコまれた。解せぬ。
「ハーレム、は否定しないのね……それに、可愛い女の子や綺麗な人ばっかりだし……」
なんかピオンからものすんごく湿ったジト目で見られる。
「まぁ、普通の感覚で言えばハーレムなんて普通じゃないだろうなぁ」
一応弁明はしておこう、意味は無さそうだが。
「……ま、まぁ、とやかくは言わないけど」
それよりも、とピオンは真面目な顔つきになる。
「『フローリアンの英雄』がいるなら、心強い限りだわ」
「あまり期待されても実力以上の実力は出せないぞ?いずれにせよ微力を尽くすまでだが」
瞬間、ピオン以外から「だからあなたは微力という言葉の(中略」と言外に言われた気がした。何故だ。
夕食後は、ピオンは行きつけの宿があるので、そちらで寝泊まりするらしい。
俺達は明日の早朝に山道用の馬車に乗り換えるので、彼女もそれに便乗してもらうのだ。
ピオンを見送った後は、冒険者御用達の雑貨屋――ギルドストアで防寒具の買い込みだ。
何ぶん、急にこんな天候になったものだから、ギルドストアの方も慌てて在庫から冬物の備品や道具を引っ張り出しての大わらわだ。
毛皮のコートや厚手のマフラー、保温性の高いインナー、クロナとレジーナ用に雪靴を揃えた後は、食材屋に赴いた。
「何を買うのだ?」
何故食材屋に用があるのかと、クインズが訊ねてきた。
「粉末状にされた唐辛子だ。独占しない程度には買い込んでおきたい」
「唐辛子ですか?確かに、冷え性や血行促進に有効ではありますが……」
レジーナは、唐辛子を大量に買い込む理由を食事的に読み取ってくれたが、残念ながらそれだけではない。
「民間療法のひとつだ。寒冷地では、粉末状の唐辛子を靴の中に入れて、足のしもやけや凍傷を予防するんだ」
ヴァレリオ霊峰は、"霊峰"と言うだけあって山地の中でもかなり高所だろう。
この低気温と雪では氷点下を余裕で下回るに違いないので、足を寒さから保護するためだ。
いざ魔物と戦うと言う時に、足が冷え切って動けません、では話にならないからな。
独占しない程度には、と付け足したのは、この町の住民も唐辛子を買いたいだろうから、そのための配慮だ。無遠慮な買い占めはマナー違反だし、あまつさえ唐辛子不足に困窮してきた頃を見計らってそれを高値で売り飛ばそうものなら、転売ヤーと同類だ。
過去の異世界転生でも、人気シリーズプラモデルの新作や限定品、再販品も何もかも買い占めて、定価の数倍の値段で売り飛ばそうとする転売ヤーが跳梁跋扈していたから困ったものだった。
「靴の中に唐辛子を入れるの?なんか足がジャリジャリしそうだね」
靴の中の感触を想像してか、エリンはおかしそうに小さく笑う。
足がジャリジャリするくらいだと、それは入れ過ぎだ。
必要な買い込みを終えた後は宿に戻り、入浴を済ませたあとは、明日に備えて寝るだけ。
……なのだが、
「これだけ広い部屋なのに、なんで俺達はこうも固まっているんだろうな?」
六台あるベッドはそれぞれゆとりある間隔を置いて配置されているのだが、何故かそれは部屋の中心に固められて一つの広大なベッドと化していた。
「そんなの、『みんなアヤトと一緒に寝たいから』に決まってるでしょ」
さも当然のように言ってのけるエリンは、俺の右脇に密着している。最近ちょっと胸が育ってきたからって押し付けようとするんじゃありません。
彼女がそう言ったように、みんなが俺を中心にして五方から囲むようにして、いずれも俺の身体のどこかにくっついている。
「そうです、今日は急に冷えて寒くなりましたから、暖かくしないといけません」
リザはエリンとは反対側、俺の左脇に蝉のごとくその華奢な身体を固定させているが、その理由付けの意味について小一時間ほど問いたいところだ。
「まぁまぁ、いいではありませんか。こんな機会でも無いと、皆さんで一緒に寝ると言うことも出来ませんし♪」
「多人数と同じ空間で寝ると言うのは、慣れないものですが……」
クロナとレジーナは完全に修学旅行の気分だ。男女が同じ部屋で寝泊まりすると言う、修学旅行としてはあるまじき状況だが。
ちなみにクロナは、エリンを間に挟むように俺の右腕にその素晴らしい一対のメロン様の谷間に納めてらっしゃる。やっっっわらけー。
反対にレジーナは俺の左腕を胸に置く。くっ、腕越しにレジーナの形の良いそれが揺れ動く感触ががががが。
「そ、その……私は、こう……だろうか?」
するとクインズは俺の頭側へ回り込むと、レジーナ以上クロナ未満はあるだろう胸部装甲を俺の天辺に乗せる。おぅふっ、筋肉は鍛えられて引き締まっているのに胸だけは豊かとかヤバいです。
「よし、んじゃみんな、お休み」
これ以上意識すると今夜は眠れない夜を過ごしそうになるので、今日はもう寝ます。スヤー!
………………
…………
……
「マリナ・アズライトブルー!私はお前との婚約を破棄す……」
「阿呆が!!」
「ひぃっ!?」
「貴様がどこで誰とナニをしていようと知ったことではないが、私に対して婚約を破棄するということは即ち、私を敵に回すと言うことだ!」
「だ、だ、だか、だから、なんだと……」
「全く、真実の愛とやらのために国を傾けるような愚物に、被害者を装えば他者の尊厳を踏み躙ることも許されると思っている痴女……このような大根臭い芝居など、滑稽を通り越していっそ不愉快だ!!」
「し、しかしっ、お前がガーネッタ嬢の魔法を模倣し、それを我が物顔で振るっていたことは事実……」
「ほう?事実か、事実と言ったか。あぁ、少なくとも貴様の中ではそう言う設定になっているのだな。貴様の中ではな。それらしい論も証拠も無く、ただ個人が被害妄想で喚いているのを見て、真偽を問おうともせず強権を振りかざすことが、貴様にとっての事実か?」
「ち、違う!ともかくっ、お前との婚約は破棄し、然るべき処罰を……」
「待たれよサバーニャ殿下、拙者には貴殿の主張が正しいとは思えぬ。先程、マリナ嬢はガーネッタ嬢の魔法を模倣し、それを私物化していると申されたが……それは偶然の一致ではござらぬか?」
「何を言うサムライン!マリナの行いがガーネッタ嬢を怯えさせていることに変わりはない!これは、許し難い裏切り行為だ!」
「……つまり殿下は、偶然の一致、不一致の如何に関わらず、ガーネッタ嬢と同じことを為した者は全てマリナ嬢と同じに見做すと、そう仰られるのでござるな?」
「なに、どう言うことだ!?」
「ガーネッタ嬢が使った魔法と同じ魔法を使えば、それだけで罪に値すると、然るべき処罰を与えると。そうでござるな?マリナ嬢」
「別に同じ魔法を使う必要などない。そこの痴女が被害者を装って泣き喚くだけで、何の謂われもない者に濡れ衣を着せる。この阿呆はそう言いたいのだろう?」
「貴様!黙って聞いていれば、阿呆だの痴女だのと……!」
「ようするに、ガーネッタ様以外は魔法を使うなってこと?」
「えー、それじゃウチら、魔法の練習しただけで罰を受けるってことじゃないスか」
「そんなの一方的じゃない!かわいそうなのはむしろマリナ様よ!」
「私、何のためにこの学園にいるのか分からなくなりました……」
「手前のお気に入りだからって、他人を陥れるようなことをするのが、サバーニャ殿下のやり方なのかよ!」
「な、ち、違うぞ皆!そいつの言葉に惑わされるな!そう、そうだ!マリナはガーネッタに度重なる嫌がらせ行為を……」
「それを誰が証明するのでござるか?ガーネッタ嬢が、この人ですと言うだけで、それだけで決め付けるのであろうか?例えそれがガーネッタ嬢の勘違いや人違いでも?」
「えぇぃ黙れ黙れ黙れ!マリナが悪くて!ガーネッタが被害者なのだ!何故それが分からんのだ!?」
「もう良いサムライン。これが、この愚物のやり方だ。他の者ももう良かろう。私が加害者で、そこの痴女が被害者。そうだな?」
「馬鹿な!マリナ嬢が何をしたって言うんだ!」
「逆よ逆!サバーニャ殿下がマリナ様に嫌がらせ行為をしてるんじゃない!」
「サバーニャ殿下はマリナ様に謝罪すべきです!」
「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」「そうだ!」
「謝れ!」「謝れ!」「謝れ!」「謝れ!」「謝れ!」
「ぐっ、ぐぬぬっ……こ、こんな茶番に付き合ってられるか!行くぞガーネッタ!」
「全く、支離滅裂で頓珍漢な言動と行動を繰り返して、勝手に自滅して、都合が悪くなれば逃げ、何事も無かったかのように振る舞う。あれが王族と、真の聖女を自称する聖女とは……阿呆ばかりで笑えんわ」
……
…………
………………
――やれやれ、何十万回も転生したような異世界の夢だったぜ。
真面目に考えても、平然と婚約破棄と言う選択を取る、婚約破棄者の皆さんは控えめに言ってバカではなかろうか。
それこそ、夢の中のマリナと言う名の"俺"が「滑稽を通り越していっそ不愉快だ」と言いたくもなる。
カーテンの隙間から見える光は見えない辺り、夜明けはまだのようだな。
さてもう一眠り……と言いたいが、左脇が何故か空いている。
リザが俺から離れているのだ。
部屋を見回しても、リザらしい姿は見当たらない。
お手洗いに行っているのだろうかと思ったが……何分経っても部屋にに帰ってこない。
ちょっと心配だな、ちょっと早い朝の散歩ついでに、廊下を歩いてみるか。
そろりとみんなの拘束を抜け出して、部屋を出る。




