38話 雪の中の少女
クインズはまっさらなギルドカードに名前を書き、(以前に俺が壊しちゃったから新調しただろう)水晶玉に手をかざし、情報がカードに書き込まれていく。
彼女の初期ランクはCだった。
エリンの初期ランクがBだったことを考えると少し意外と思うところだが、クインズの場合は勇者の才覚などを抜きした、純粋な力量でCランクと認定されているのだ。
最初から上位の依頼を受けられるのはありがたい。
クインズのギルドカードが発行され、登録完了というところで。
「オルコットマスター、ひとつご相談がありまして」
「ほほ……何かの?」
「このフローリアンの町から北方にあるスプリングスの里に、上級の冒険者が揃って世話になったことがあると言う、古鍜冶師のことはご存知無いでしょうか?」
先程リザから聞かされたことの再確認と、情報の引き出しだ。
「ほほ……スプリングスの里の古鍜冶師と言えば、『アルゴ』のことじゃな」
するとオルコットマスターは杖を捻ると、杖の中からシュリンと音を鳴らして仕込み刀を抜いた。ほほー、けっこう良い素材使ってんな。
「ほほ……何を隠そう、この刀もアルゴに仕立ててもらったものじゃ」
俺の後ろにいるエリン達は、あの杖が仕込み刀であったことに驚いているが、俺は初対面の時に見抜いているので驚かない。
「なるほど。実は、アトランティカでの滞在期間 (ではないけど)の内に、今まで使っていた剣が折れてしまいまして。この際、特注のワンオフモデルでも用意しようと思っていたところで、スプリングスの里の古鍜冶師のことを聞いたのです」
そこで、と続ける。
「新たな剣を手に入れるついでに、スプリングスの里に観光にでも行こうと思っていましてね。何か、急ぎかつ重要な依頼はありますでしょうか?」
「ほほ……今のところは、アヤト殿の手を借りなければならぬような重大案件は無いの。いつ頃に観光に向かうつもりか?」
「そうですね……一週間後くらいにスプリングスの里へ赴こうかと」
自宅でのんびりしたり、クロナ、レジーナ、クインズの三人にこの町周辺の狩り場にも慣れてもらいたいし。
「ほほ……良かろう。じゃが、緊急を要する事態があればこちらを優先していただくと言うことで、よろしいかの?」
「構いません、さすがに緊急事態を前にのんびり温泉旅行には行けませんので」
よし、温泉旅行決定!
スプリングスの里へ温泉旅行がほぼほぼ決定したところで、いざ帰宅だ。
魔力認証式のドアロックを解除し、ただいまーっと。
ガヤガヤと部屋に上がり、手荷物を置いてから、リビングのダイニングテーブルに着席。ついでにリザの淹れる紅茶を添えて。
「さて、これからこの家には、六人で住むことになるわけだが……ハッキリ言おう、部屋が足りない」
そう。
アトランティカを出航して津波に呑まれる前に、クロナとレジーナもここに住むことを考えて話し合っていたのだが、突然クインズも加わったので、改めて話し直さなければならないのだが。
「そっか、えーと……寝室が四部屋あって、私、アヤト、リザちゃんが三人で住んでいたところに、クロナさんとレジーナさんが入って来るから、二人は一部屋を共同で使うって話だったよね?」
エリンが状況を確認する。
「そこにクインズさんも来ましたから、一部屋足りませんね。いえ、本来なら、クロナさんとレジーナさんもそれぞれ個別に寝室があるべきなんでしょうけど……」
リザの意見も含めると、(本来なら)部屋は二人分足りないのである。
「では、ここは序列的に末席である私が、リビング辺りに……」
と、クインズが自ら譲ろうとして来たので、それは遮らせてもらう。
「いいや、それは家長たる俺の役目だな。クインズはとりあえず俺の部屋を使ってくれ」
「し、しかし……」
食い下がろうとするクインズ。
だがしかしこのアヤト、率先して床で寝るなんてことは許しまへんで!
「安心しろ、俺はその辺の地面で、エリンに起こされるまで平然と寝ていたぐらいだからな。はっはっはっ」
「何がどう安心出来るのか全く分からないんだが……?」
「じゃぁ分からなくていいや、クインズはとりあえず俺の部屋な。ハイ決定、異論は認めるけど了承はしない」
ウダウダ言ってる暇は無い、半ば強引に決定する。
「う、わ、分かった……」
よし、飲ませた。
「後は寝具か。クロナとレジーナ用の大きめのベッドと、クインズ用のベッドもこの後で家具屋に発注して……リザ、確かこの家に残っていた、客人用のマットレスとシーツ、毛布がいくつかあったな?」
「あ、はい。収納場所の確認はしていますけど、棚から出したことは無いので……少しだけでも干しておきましょうか」
席を立って物置に向かうリザ。
「あ、私も手伝うね」
エリンもリザに続き、
「では、皆さんで手分けしましょうか」
「はい、姉上」
クロナとレジーナもその後に続き、クインズも「む、ならば私もだな」と続く。
みんな協力的で助かるなぁ。
お布団を棚から引っ張り出しーの、ベランダに干しーの、一気に三人も増えたので生活雑貨とか食材も買い足しに行きーの、家具屋さんでベッドとか棚の発注しーの、あーだこーだしていたらもう日が暮れる頃だ。
今日のところはリザと、レジーナが一緒に夕食を作ってくれるそうだ。
リザが料理上手なのは実証済みだが、レジーナの手料理は初めてだ。
クロナと二人でアトランティカに住んでいた頃は、料理は基本的にレジーナの担当だったそうで、「レジーナの料理の腕は私が保証します」とクロナが言うくらいなので、期待出来る。
リザとレジーナが夕食を作ってくれている内に、残りは部屋の掃除や、買い置き雑貨の整理をしたりと。
なんだかんだとしてる内に辺りもすっかり暗くなり、食卓にはテーブル目一杯の料理が並ぶ。
……なんか一皿だけクソデカい骨付き肉がズドーンと鎮座しているが、(多分リザが焼いてくれたのだろう)俺の分だろうなぁ。もちろんいただくけど。
「おぉー、これは美味そうだ」
リザが作るものは基本的に(俺が言うところの)洋風であり、冒険者ギルドの酒場でもよく見られる形態だ。
一方のレジーナの作る料理は、(これも俺が言うところの)和風だった。味噌汁が大変美味しそうです。
アトランティカは大きな都市だが、海巫女の一族が黒髪だし、元々は東洋に近い文化がルーツなのかもしれないな。
「レジーナさんの料理、初めて見るものばっかり……でも美味しそう」
東洋風料理を知らないエリンは、レジーナの作った料理に目を見張っている。
「海巫女の一族の祖先から伝わる食文化です。お口に合うとよろしいのですが」
そう言いつつもレジーナは、自分とクロナの分にはお箸を用意し、それ以外の俺達にはスプーンとフォークを並べてくれる。
「あぁ、レジーナ。俺にもお箸を用意してくれるか?」
「あら、アヤト様はお箸をご存知でしたか?」
俺にもお箸ちょーだいって言ったらクロナが意外そうな顔をする。
「もちろん。転生先の世界によってはお箸をメインに使うからな」
俺の分のお箸も用意してもらって。
「あのすまん、アヤトの分だけ随分と量が多いように見えるのだが?」
この中で多分一番気にしていただろう、クインズが俺の分の料理だけ桁違いな量であることに目を細める。
「アヤトさんは普通に三人分くらいは食べるんです」
だから実際は八人分くらい作りました、とリザがむふんと胸を張る。ドヤってるのかわいい。
それでは席に着いて、いただきます!
まずはレジーナ製の味噌汁を一杯……一杯は少し違うか、一口啜ってと。
「うん、出汁の効いたいい味だ、美味い」
「お褒めに預かり光栄です、アヤト様」
会釈するレジーナ。
醤油――ソイソースベースの焼き魚も美味しいし、煮物や漬物も。
これぞジャパニーズフードって感じだ、白ごはんが欲しくなる。
「はふぅ……レジーナさんのごはん、なんだか味が優しい気がする……」
エリンは目を"しいたけ"にして煮物を味わっている。
「あら、リザさんのお料理も美味しいですよ?ご家庭のお味と言う感じで、好きになれます」
クロナはリザ製ドレッシングのサラダを前に、お上品に舌鼓を打っている。
そうだろうそうだろう、この味はリザにしか出せないワンオフモデルだからな。
「あ、ありがとうございます」
クロナからの称賛に、リザが照れている。かわいい。
「……アヤトの食べるペースは私とそう変わらないように見えるが、量の減りだけが異常に早いと思うのは私だけか?」
クインズは、俺の丁寧な食べっぷりを見て顔を引き攣らせている。
「アヤトはすごく丁寧に食べるけど、すごく早く食べるから」
「んく……もちろんちゃんと噛んでるぞ」
よく噛まずに食べても栄養になりにくいから、不健康に太るだけなんだよな。
「それよりクインズ、野菜ばかり残っているのはどうしてだ?」
「っ」
あ、動揺した。
はっはっはっ、その程度に俺が気付かないと思ったら大間違いだぞぅ?
「クインズさん……もしかして、野菜嫌い?」
エリンが核心を思い切り突く。
「……」
その沈黙が何よりの答えだ。
「……では、明日の朝からはクインズさんの分は無しに致します」
「なっ!?」
レジーナの無慈悲な宣告に、クインズは思わず腰を浮かせる。
「せっかく作った料理を、多すぎるならまだしも、嫌いだなんて理由で残す人には作りたくないです」
「なぁっ!?」
続くリザからも慈悲無き宣告。
「院長先生も、「好き嫌いする子にごはんはあげません」って厳しかったなぁ」
エリンも同調。
「レジーナの料理が美味しくないなんてっ、私は悲しいです……!」
クロナに至っては嘆かわしげに手で顔を覆って俯いてしまう……が、多分これは演技だな。しかし周りの意見が厳しいからこそ、この演技の破壊力は抜群だ。
「と言うわけだが、どうするクインズ?あぁ、ちなみに俺が担当する時もクインズの分は作らないから、その辺よろしく」
厳しく言わせてもらうようだが、これを見過ごしてはいけない。今の内に好き嫌いはしっかり矯正しておかなければ。
と言うか、些細な理由で食べ物を粗末にするようなことが何よりも許せん。このアヤト、食事の量からみて分かる通り、食品の取り扱いに関しては、例え婚約者が相手でも大変厳しいのである!
過去の異世界転生だと、ダンジョンに落ちているパンや草、種を拾い食いしながら空腹を凌ぎ、時にはくさったパンを無理やり食べて毒に侵されながら進んだこともあるから尚の事だ。
……あぁ、バーロックスの砦の兵糧潰しはちゃんと意味のある戦略的攻撃だからノーカウントな。今頃バーロックスは大量の餓死者が出て、残っている人員もギルドの討伐隊によってお縄になっているだろうなぁ。
「うっ、うぐ……わ、分かった、ちゃんと……たべ、ます……」
渋々ながらも、クインズは残していた野菜にフォークを伸ばす。うん、いい子だ。
にしても意外だったな。
王国に仕える騎士なんだから、好き嫌いなんてしてたら即座に上官から鉄拳制裁のひとつでも飛んで来そうなものだが。
フローリアンの町に帰還してから、スプリングスの里へ温泉旅行へ赴くまでの間。
クインズには一冒険者として軽めの依頼(薬草採集とか小型の魔物の間引きとか)を一人で受けてもらったり、複数人で動く際は大型の魔物の討伐依頼に参加してもらったりして、この世界の特色や生態系について学んでもらう(ついでに朝昼晩の三食にはしっかり野菜を食べさせて)。
その間、エリンやリザには『俺が同行しない、出来ない依頼』にも慣れてもらわなければならないので、自然と俺はみんなを見送る側になることが多かった。
そうしている間は、スプリングスの里で俺専用の武器(専用武器って憧れるよね!)を仕立てていただくまでは、フローリアンの町で販売されている (比較的安価な)冒険者向けの鉄製のロングソードを購入して、SSランク相当の依頼を受けに行ったりもしたのだが。
クロナとレジーナは、名目上はアトランティカのギルドからの出張であるので、冒険者としての依頼だけでなく、時にはギルド職員としてデスクワークに勤しむこともあったが、それでもAランク相当の依頼をこなせるのはさすがと言うべきか。
そうしてちょっと忙しない一週間を過ごせば、もうスプリングスの里への出立だ。
フローリアンの町からスプリングスの里へは、まず馬車で一日かけて山の麓の町まで移動して、そこからは山道に慣れた馬車に乗り換える必要があるのだ。
滞り無ければ片道およそ二日ほどで到着するので、気軽にとはいかないが、海路を渡る必要のあるアトランティカに比べればまだ行き来しやすい。
オルコットマスターに向こうのギルドと連絡を取ってもらい、山の麓の町――『アトラスの町』に、山道用の馬車の手配もしてくれている。ありがてぇありがてぇ。
予約していた馬車に乗り込んで、念のため探知型の魔法結界を展開して、いざ出発!
しかし……
馬車が出発してしばらく経ったところで、急に冷え込み始めた。
「なんだ、急に気温が下がってきたな」
ちょっと寒いぜ、ブルブル。
「……おかしいですね」
踊り娘衣装のままではさすがに寒いか、旅用の上着を羽織るクロナは、この気温の下がりようを感じて疑念を呟く。レジーナも同様にだ。
「スプリングスの里は北方と言っても、今の季節はまだそれほど冷え込むわけではありません。……なのに、こうも冷えるのでは、まるで真冬のようです」
すると、馬車の後方で見張りをしていたエリンからも。
「あれ……もしかして、雪?なんか、雪が降ってきたよ?」
雪まで降ってくるとな?
馬車の御者さんも、雪が降ってきたことに驚いている辺り、これはただの異常気象だとは言い難いか。
吹雪いてくるとまではいかないが、見る内にどんどん雪が降りしきるようになり、視界が悪くなるレベルにまで至る。
「へくちゅっ」
すると、リザから可愛らしいくしゃみが聞こえた。かわいい女の子はくしゃみも可愛らしいってハッキリわかんだね。
「リザ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。急に冷えたので、つい」
身体を悪くしたわけでは無いようだが、この寒さで、しかも防寒具の類は今回用意していないのだ。
アトラスの町に着いたらそれも購入しておかなければ。
……ん?展開していた探知型の魔法結界に感あり。
これは……人?
それに、何だか生体反応が少し弱い……この急な寒さと雪で弱ってしまっているのだろうか?
ロングソードをベルトに装着し、馬車の外へ出る俺を見て、クインズが訝しむ。
「どうしたのだ、アヤト」
「ちょっと救助者がいるみたいだから拾ってくる。馬車は止めなくていい、すぐに追い掛ける」
生体反応のある方向へ軽くランニングして、
すぐに見つかった。
水色の髪をサイドテールにした少女だ。
この寒さで身体が動かなくなってしまったのか、雪に身体を埋められそうになっている。
「おい!そこの君!大丈夫か!?」
身体には触れず、真っ先に大袈裟なくらいの大声で呼びかける。要救護者への対応の基本だ。
「ぅ……っ?」
辛うじて意識はあるようだが、立てないほど寒さに身体をやられてしまっているらしい。
「近くに馬車がいる!そこまで頑張ってくれよ!」
雪から少女を掘り起こして、お姫様抱っこで担ぎ上げる。
弓矢や矢筒、加えて肌の露出の多い軽装であるところを見ると、恐らく冒険者だろう。
こんな気温と気候でこの軽装では辛いだろう、すぐに身体を暖めてやらねば。
先を進んでいた馬車との距離はそれほど開いてなかったおかげで、すぐに追い付いた。
髪や装備に付着した雪を払い、幌の中でシートの上に寝かせる。
「クロナ、彼女に治癒術を頼む。緩やかに少しずつ回復するように」
「分かりました」
「リザはごく微弱な火属性エネルギーを彼女の腹部に当ててほしい。本当に微弱でないと火傷させてしまうから、気をつけてくれ」
「はい」
術の扱いに長ける二人に、身体の回復と体温の上昇を頼む。
クロナが彼女の首筋辺りに手を当てながら、出力を控えめにした治癒術を断続的に注ぐ。急に回復させるとかえって身体に悪いからだ。……身体に悪い『からだ』って、ダジャレじゃないぞ?
リザはほんの短い詠唱の後に、右手を彼女の腹部に乗せる。
ようするに湯たんぽとかカイロの役割だ。
俺がやってもいいんだけど、セクハラになりかねないので。
クロナの治癒と、リザの温熱により、次第に少女の顔色が良くなっていく。
「た、助かったわ、ありがとう……」
ようやく喋れるくらいには回復した少女は、クロナと目を合わせて、弱々しく会釈する。
「もう少し横になっていてくださいな。寒さで弱った身体は、すぐには回復出来ませんから」
起き上がろうとする少女を、クロナは優しく制止する。
彼女のことは今しばらく二人に任せるとして。
「ねぇレジーナさん、本当なら今は雪が降るような季節じゃ無いんですよね?」
自分のマントで身体を覆っているエリンは、クロナと同じく上着を羽織るレジーナに話しかける。
「はい。今はまだ繁殖期と温暖期の端境期辺りですから、季節はずれの雪と言うにはあまりも不自然です」
西暦日本で言うところの六月上旬頃だな。
「この異常気象……水の霊殿に呪いを掛けられたように、スプリングスの里に何か不穏な事が起きているのかもしれません」
ふむ……何者かの悪意によるものか。
しかし、マオークもムルタもアリスも残らず浄化してやったはずだが……まぁ、第二第三のアリスが現れないとも限らないし、アリスと全く無関係な存在が引き起こしている可能性もあるわけだ。
ったく、往く先々で面倒事や厄介事に巻き込まれるなぁ……ムルタの言うことじゃ無いが、"俺"を創作した作者がいるとしたら、そいつはよほど性格が悪いと見える。
寒さと雪の影響で馬車馬の足も鈍っていたが、どうにか日が暮れる前にアトラスの町が見えてきた。




