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8.大人になりたい

 泣いているリンにどう声をかけていいか、コミュニケーション能力上級者ではないことがここで足を引っ張る。そもそも声をかけたほうがいいのか、放っておいた方がいいのかさえもわからない。


 どうしようか迷っていると、リンから話し始めた。


「私って本当に何もできないんです」


 猫が泣くようなか細い声で呟く。


「そんなことないと思うよ。料理なんてみんなできるわけじゃないし」


「そんなことあるよ」


 強い口調で返すリンに、言葉が続かない。


「何もできないよ。ハヅキちゃんみたいにちゃんとできるようになりたい」


「そのうちできるようになるって」


「そのうちっていつ?」


 言葉に詰まる。


「えっと、大人になったら……とか?」


「大人になれば、ね」


 リンの声から表情が消え、機械のように淡々と言葉を繰り返す。


「早く大人になりたいんだよ」


「もったいないよ。子供の頃のが楽しいんだから」


 首を横に振る。

 子供には理解できない、子供の頃の方がいいという理論。昔から大人は子供に戻りたい、子供は大人になりたい、とそういう議論は尽きないものではある。

 

 しかしリンの言い草的に、そういうわけではなさそうだ。


「この村では年を取らないんだよ」


「え?」


「この村の子たちは十歳で成長が止まる。外の世界に出ないと大人にはなれないの」


 理解ができない。


 この村に来てそんなことばかりだ。

 まるで童話のネバーランドみたいな話を、鵜呑みにできるかといえばそうではない。


「五日後に次の集会があるの。そこでショウ兄さんがリンたちの中から一人選んで、選ばれた人と外に出れる」


 それがこの村のルールだと語るリンの目は真剣だった。

 どうやら目の前の幼女が考えた絵空事でないことはわかった。


 そしてたぶんハヅキもこのことを知っている。

 だからこそあの時――湯船に浸かっている時に、夢を語っているときに言わなかったのだろう。


「どうせショウ兄さんはハヅキちゃんを選ぶんでしょ」


「いや待て、わからないけどわかった。一人選んで外に出るってことはつまり選ばれなかった子も出るわけで、選ばれなかった子っていうのはどうなるの?」


「今のリンみたいにずっと村の中に囚われたままだよ」


「ハヅキはその話、してくれなかった」


「抜けがけだと思って、隠してたんだと思う。でもハヅキちゃんはショウ兄さんのことをリンたちに隠してました」


「隠してたことでハヅキがお咎めを受けることはないか? 俺のせいで罰を受けたら、後味が悪い」


「大丈夫です。何もありません」


「よかった」


 胸に突っかかったものは、その言葉によって取り除かれた。


「このままバレすに隠したままだったらマズかった?」


「そういうわけではないけど……」


 一呼吸おいて。


「お別れは、喜ばしいものじゃなくなるでしょうね」


「なるほど」


 抜け駆けしたまま選ばれて村から一人出る。それはフェアじゃない。

 ハヅキは自分以外の子に俺の存在を知らせたくはなかった。けれど俺にルールを教えて、まるでインサイダー取引のように抜けがけするやり方はしたくなかった。

 その二つの気持ちを天秤に乗せた結果が、ハヅキの今までの行動だったのだろう。


 気がついたらリンの涙は止まっていた。


「ハヅキちゃんを責めることはできないよ。リンも同じようにしてたかもしれないし」


 リンは両手を胸に当て、深呼吸をする。


「ごめんなさい、迷惑だったよね?」


「いや、大丈夫」


「リンを選んでとは言わないよ。ハヅキちゃんもライバルだから……」


「えらいね」


 普通はそんなこと思えない。


 俺がハヅキならずっと家に匿って、自分を選んでもらうという行動をしただろう。

 俺がリンならハヅキのことは許せないし、責めたりもするだろう。


 でもこの二人は、そうはしなかった。


「俺も失敗しちゃったこととかあるから、わからなくもないよリンの気持ち。自分は何もできない人間なんだってね」


「ほえ?」


「何もできないって思ってても、ちゃんとしてる。大人だよリンは」


「そんなことないよ」


「俺がリンの立場だったらハヅキのことは許せないもん。自分の家に匿ったりしてさ。でも、リンはハヅキのことまで考えてる」


 リンの頭を撫でる。

 手にサラサラとした髪の感触が伝わる。


「身体が大きくなれば大人になれるわけじゃない。いろんな事を知って、いろんな事を考えて大人になっていくんだ。俺はリンをオトナだと思ってるよ」


「そんな……」


 頭を撫でられながら俯き、ただ声は明るくなった気がする。


「俺はそういうとこ、好きだよ」


 言ってて恥ずかしくなる。

 この場に長く居たくない。穴があったら入りたい。隙間があったら挟まりたい。


「恥ずかしくなってきちゃった。俺、帰るね。また誘ってよ、今度は料理以外で」


 逃げるように家を出る。


 リンの顔がチラっと見えた。

 目の周りは赤かったが、どこか顔は笑っていたような気がした。


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