第22話 怪事件
捜索願いが出ていない理由は、両親が共働きで、自宅に帰っておらず、事態に気付いていなかったから。埼玉県との県境に位置する、山梨県北甲斐町。埼玉県北武蔵埼玉町の中学に通っている中学1年生の少女。名は、近藤 廣美ちゃん。2月22日は学校に来たが、土日を挟み、25日は学校に来なかった。担任の先生は、両親に連絡しようとしたが、自宅の電話は留守電で、母親の携帯電話にもかけた。しかし、仕事が忙しいのか繋がらなかった。折り返しを待つも、濱千代 葉陽君の事件に進展があり、警察からの再聴取や、マスコミなどの対応で折り返しの電話に出ることが出来なかった。
そして、26日も、葉陽君の事件の犯人が逮捕され、25日と同様に対応で大忙しだった。結果、27日に警視庁刑事部捜査一課の人が来て、事態の緊急性を知った。
山梨県北甲斐警察署に、北甲斐少女失踪事件として、捜査本部を設置。指揮は、山梨県警の韮崎 笹子警部。メンバーは、東桂警部補と国母巡査。警視庁刑事部捜査一課からは、榊原警部、藍川巡査、川喜多巡査である。山梨県警は、3人とも女性であり、川喜多巡査は先日人事異動で交通課から赴任した。
韮崎警部はA4サイズの紙を見ながら、
「廣美ちゃんの両親には、山梨県警からすでに、勤務先へ事実確認に行っており、捜索願いの提出をお願いしています。初動捜査の結果、自宅近辺の生活防犯カメラや聞き込みにより、22日に帰宅しておらず、学校からの帰宅中に失踪または誘拐など、何らかの事件に巻き込まれた恐れがあります。廣美ちゃんが通学で使用している交通系ICカードの履歴から、埼玉県と山梨県を結ぶ路線バスに乗車していた記録があり、路線バス内のカメラ映像を確認済みです。よって、北甲斐町内で行方不明になったと考えられます。捜索願いを受理次第、増員する予定ですが、もしかすると増員できない可能性があります」
それを聞いて、藍川巡査が「はーい」と手を上げ
「増員できないって、どういうことですか?」
すると、その回答は東桂警部補から
「怪事件の可能性があるからだ」
「怪事件……?」
事情を知らない川喜多が首を傾げると、後ろに座る榊原警部が
「ここ最近だと、2月5日に発生した高井墳墓発掘事件や、同じく2月上旬に発生した龍淵島窃盗事件。1月に発生したオホーツク海砕氷船業務妨害事件。いずれも、怪事件との報告がある。簡単に言えば、犯人が人間じゃないということだ」
犯人が人間ではない。高井墳墓発掘事件は、夜な夜なお墓を壊される事件だったが、被疑者は、人に化けて生活していた狐や狸のような獣であった。動機は、30年前に死んだ同胞の復讐。しかし、すでに復讐相手が死んでいたため、墓を破壊したとのこと。龍淵島窃盗事件は、島で窃盗した物を売ろうとした被疑者が、人ではなかった。オホーツク海砕氷船業務妨害事件は、砕氷したはずの流氷に囲まれて身動きが出来なくなった事件。被疑者は、雪男のような類いの怪人であり、動機は同胞が砕氷船に巻き込まれ死亡した腹いせとのこと。
ただ、いずれも日本人名義で逮捕されており、報道でも人として扱われている。
榊原警部が一通り説明すると、韮崎警部がA4の紙を捲り、報告を続ける。
「本件は、怪事件の可能性あり。初動捜査によって、廣美ちゃんがいなくなった場所がさらに絞り込めており、北甲斐町晏郷2丁目近辺。晏郷神社という訳ありの神社が存在する」
「訳ありですか?」
藍川巡査が聞くと、東桂警部補は北甲斐町を広げて、晏郷神社の位置を指差し
「晏郷神社は、リニア中央新幹線の高架下になってから、不思議な噂が後を絶たず、実害は無かったのですが……」
*
日が傾き、夕日が一層不気味な存在を醸し出す。リニア中央新幹線の高架下に存在する鳥居と本殿(拝殿)は、かなり暗く感じる。
藍川巡査はつばを飲み込み、
「前も聞いた気がするんですが、怪事件を特異とする秘密組織的なのって無いんですか……?」
「そんなのあったら、警察いらないだろ」
と、榊原警部は一掃。
「ほら、警察に協力した組織で、超能力とかを持った特質な人物達が、バトルする的な」
「少年漫画の読み過ぎだ」
鳥居を抜けた参道の先には拝殿と本殿があり、参道の左側に手水舎(ちょうずしゃ、てみずや、てみずしゃとか読み方様々)と右側に社務所がある。あと、狛犬が参道の両脇にある。
「不気味ですね」
藍川巡査が呟くと、川喜多巡査も頷く。榊原警部は、そんな2人に対して、
「これから神主さんに会うのに、変なこと言うなよ」
なお、榊原警部が言った神主さんとは、おそらく宮司のことを指している。神社の長は宮司で、宮司の元で働く人が神主さんだ。
少しすると、遅れていた韮崎警部たちが到着した。何故遅れたかというと
「親御さんから捜索願いを受理し、廣美ちゃんが持っているスマホのGPSによる確認を行った結果、GPSはここから発信されていました」
さらに、電話を終えた国母巡査が全員に報告として
「廣美ちゃんのご両親は、パトカーでこちらに向かっていて、40分ほどで到着予定です」
さらに、東桂警部補も電話を終え、同様に報告として
「日没に備えて、投光車を1台配備予定です。捜索令状ですが、まだ時間がかかっているようで、令状がおりるまでは、任意捜査になるかと思われます」
いずれにせよ、まずは宮司さんに事情を説明せねば。ただ、宮司さんや神主さんが誘拐犯の可能性もある。慎重に行わなければ。
榊原警部たちは、鳥居をくぐり、社務所に向かう。しかし、人の気配がない。扉は施錠されている。藍川巡査は
「営業時間外ですかね?」
「営業時間? 店舗か? 参拝時間だろ」
榊原警部が指摘し、藍川巡査は
「そうとも言う」
滑稽なやりとりだが、笑いは起きなかった。
東桂警部補の電話が鳴り、電話に出てしばらくすると、
「捜索令状で出ました。とりあえず、PDFで送って貰います」
電子ファイルだと、紙媒体でパッと開いて見せるような、よくドラマで見る仕草は出来ないな。
「本殿から物音が!」
韮崎警部が、全員を本殿の方へ呼ぶ。拝殿の裏手にある本殿。確かに、床が軋むような音が聞こえてくる。
韮崎警部は、小声で指示を
「二手に分かれて突入。警視庁の皆さんは裏手からお願いします。東桂警部補は、令状をすぐに出せるように準備」
そして、本殿へ突入。施錠されておらず、中は畳が敷かれた部屋に、少女が仰向けで本を読んでいる。
裏手から突入した榊原警部たちと、韮崎警部たちは本殿の中を見渡すが、少女以外の姿は見えない。
韮崎警部は少女に笑顔で近づき
「廣美ちゃんだね。お母さんとお父さんが心配しているよ」
すると、廣美ちゃんは本を閉じて正座し、
「本当に心配してたの? 何日もいなかったのに、全然電話やチャットしてくれないし」
電話がない? 韮崎警部が不思議に思うと、川喜多巡査がスマホを確認して
「ここ、圏外です……。電波届かないです……」
榊原警部たちも携帯を確認すると、どのキャリアの携帯電話も圏外だ。
韮崎警部は再度、廣美ちゃんにやさしく
「ひとりで寂しかったでしょ。おうちに帰ろうか」
廣美ちゃんは周囲を見渡し
「1人じゃないよ。みんないるもん」
その言葉に、藍川巡査と川喜多巡査が震え、
「榊原さん、僕ら外で待機していいですか……?」
「お前ら、こういうの苦手なんだな」
と、榊原警部は言って、2人を外へ。そうこの本殿には、榊原警部たちと廣美ちゃん以外、誰もいない。
神社の外では、投光車が暗闇を明るく照らしており、それ以外は真っ暗だ。
30分ほどで、両親が到着。廣美ちゃんは、無事に両親と共に帰路についた。
事件は誘拐ではなく、両親を困らせようとした家出であった。
山梨県からの帰り、藍川巡査は
「結局、中学1年生でも、両親が全く帰ってこないことが嫌で、両親に迷惑をかけようと家出するような、子どもっぽいことってあるんですね」
川喜多巡査は、資料を眺めて
「両親の仕事は、新聞記者と漫画雑誌の編集者らしく、かなり忙しいらしいですね。これを気に、もっと家に帰って家族団欒の時間を大切にして欲しいですね」
本殿のことは、一切触れない2人であった……
To be continued…
多分、どのキャリアも圏外だったのは、高架を走るリニアモーターカーによる影響かもしれないですね。それ以外のことは知らないですが……
次回から、作中は3月になります。現実は7月だけど。令和まで遠いな。




