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第二話

リリアナの秘書としての仕事は、ウォーターダリア領事館でだけ行うのではない。週に数回は王城へ出向き、外務省へ報告を行ったり、財務からの連絡を受け取ったりするのだ。領事館は王都にあるものの、城からは少し離れており、馬車を使って20分かかる。さらに書類を届けたり打ち合わせしたりすると、2時間くらいは簡単に過ぎてしまう。

領事館と違って王城には勤めている人も多い。そして、リリアナの数少ない友人のうちの1人、カリンも財務省勤務のため常に王城にいる。リリアナが王城へ来るときには、時間を合わせて休憩を取ったり、今日のように昼食を共にしたりするのだ。カリンもどちらかというと思ったことを言うタイプで、さっぱりしているのでリリアナは彼女が好きだった。


昼食を食べながら、自分が考えていたことをカリンに話してみた。つまりどういうことなのだろうか、と悩むリリアナを見て、カリンは笑った。

「キストさんなら、楽だから一緒にいられるってこと?」

「うん、そう」

「あんな感じの人なら、結婚しても良いってことね?」

「そうね、そう思ってるみたい」

 他人ごとのように答えるリリアナ。レオは少し生真面目すぎるところがあるのだが、そのままのリリアナを受け入れてくれているのが分かるのだ。

「レオの傍だと、居心地がいいみたいなの。だから、結婚するならああいう人がいいな、と」

リリアナは、うんうん、と自分で納得しながら言った。それに対して、カリンが苦笑した。

「ねぇリリアナ。それって違うんじゃないの?」

「え?」

首を傾げると、カリンは苦笑した。

「リリアナは、”ああいう人がいい”んじゃなくて、”あの人がいい”のよ」

「…そりゃ、別にレオが嫌いってわけじゃないんだけど」

レオのような人、ではなくレオが良いと思っているのだろうか。自分ではよく分からなくて、余計に悩みが深くなったように感じた。眉をひそめて沈黙すると、じゃあ、とカリンが思いついたように言った。

「キストさんが、誰か…例えば私と結婚することになったとしたら、どう思う?」

「え、カリンとレオが?」

カリンに言われて、考えてみた。

レオはいい人だし、カリンも素敵な女性だ。2人とも大人で、つり合いも取れている。結婚する、ということは、レオの隣にカリンが常に寄り添うということで。それは、今の自分とレオの関係よりも距離が近いはずだ。彼は、きっと伴侶を大切にする良い夫になるだろうから。

そうすると、むしろ自分とレオとの距離が開くことになるだろう。部下とはいえ女なのだから、2人でしょっちゅう出歩くのはあまりよろしくないことだ。

しかし今の居場所を手放す、というのはかなり努力がいると予想できる。そして、自分の代わりにレオの隣にいる女性を羨ましく思うだろう。いや、それだけで済むだろうか。

「……」

黙ったまま、複雑な表情をするリリアナを、カリンは見守っていた。

しばらくして、リリアナが口を開いた。

「なんだか、自分が嫌な女になりそうな気がする」

リリアナの答えを聞いて、カリンが眼鏡の向こうで優しく微笑んだ。

「それが、リリアナの気持ちでしょ」



カリンに相談してから、少しは自分の気持ちを把握できたように思える。しかし、例えばはっきりと好きだと分かったとして、リリアナに何ができるだろうか。自分の性格から、分かったところで何もしない可能性の方が高い。

「結婚しようと思ってる?リリアナ」

レオが話しかけてきた。休憩か、とリリアナは止まっていた手元から、レオに視線を向けた。

「今すぐどうこう、とは思っていません」

「でも、またリリアナがお見合いするらしいって聞いたよ?」

だからどうやって情報を仕入れてきているんだ。喉まで出た言葉を押し込み、リリアナは答えた。

「私は初耳です」

父親はまだ諦めていないらしく、方々手を伸ばして探しているようだ。しかし、昨今は結婚後も仕事を続ける良家の子女はほとんどいない。条件が条件だけに、なかなか見つからず苦労しているようだった。

「噂で聞いたんだけど」

デマだったのか、とひとりごちるレオに、リリアナはため息で答えた。お見合いのようなプライベートなことを噂されるのは、良い気分ではない。レオには自分で話したが、リリアナの結婚の条件なども出回っていたりするのだろうか。

「…じゃあ、もし条件を飲む人が見つかったとして、その人と結婚するつもりでいるの?」

するとレオが話を変えてきた。もし、そういう人がいたとしたら、と考えて、リリアナは首を横に振った。

「一緒にいて楽な人とは限らないですから」

もし条件をクリアする人がいても、きっと、レオといる方が気楽で、楽しいだろう。

言葉にしなかった思考。それに気づいて、リリアナは湯を沸かそうとしていた手を止め、視線を泳がせた。レオをまともに見ることができない。

つまり、そういうことだ。

レオと一緒に過ごしたい。仕事だけではなく、もっとたくさんの時間を。

一度認めてしまえば案外簡単なものだった。リリアナは、レオが好きなのだ。しかし、どうしたものだか分からない。自分は、レオの気持ちだけではなくて、もっと欲しいものがあるようだ。

レオは珍しく表情を変えるリリアナをじっと見ていた。そして、リリアナがどうしたものかと困ってレオと視線を合わせたとき、レオの口から自然と言葉が転がり出た。

『リリアナ、僕と結婚しよう』

『はい、いいですよ。ただ、すぐには無理です』

あぁ、それだ、とリリアナはレオの言葉を聞いて、求めていた答えを知った。ここしばらくもやもやとしていた感情がすべてすっきりしたので、リリアナはヤカンに視線を戻した。従って、言ってしまったことにもリリアナの答えにも驚いたレオの表情までは確認していなかった。

ふと時計を見ると、4時になろうとしていた。予定を確認したリリアナは、驚いたまま固まっているレオに仕事モードで声をかけた。

「キスト様、そろそろ報告会議のはずです」

レオは切羽詰まったような表情で、がたんと椅子から立ち上がり、リリアナを凝視して呟くように言った。

『本当に…?』

リリアナはさすがにレオの思考まで読めるわけではない。

『そうですよ、4時から会議だと昨日から』

『いや、そっちじゃない』

レオは椅子も机の上もそのままに、つかつかとリリアナの横まで歩いてきた。気づいているのかいないのか、さっきから彼は母国語をしゃべっている。

『本当に、僕と結婚してくれる?』

その話か、とリリアナは横に立つレオを見上げた。いつもは穏やかな深い緑色の瞳が、不安で揺れていた。

『ええ。レオとなら、私は普通に生活できると思うんです』

そう言ってから、リリアナはレオに小さく微笑んだ。常にマイペースなレオでも、焦ることがあるらしい。母国語を思わず使っているのも、きっと焦りが原因なのだろう。レオは更に一歩近づき、リリアナを捕まえるように腕を取った。

『じゃあ、すぐは無理って、どうして?』

顔が近い。かなり必死な表情で聞かれたので、リリアナは不思議そうに答えた。

『だって、レオは今から会議じゃないですか。明日からも予定がびっしり詰まっていますし、早々休みなんて取れないでしょう』

『あー、そういえば…いや、それは何か違わないか?』

『違わなくないですよ。あ、これ会議の資料です』

リリアナはちら、と時計を見てレオに資料を渡した。受け取ったレオは、書類を見ながら思案した。リリアナが、早く行かないと遅刻しますよ、と言おうとすると、レオが先に口を開いていた。

「今すぐじゃなくて、明日なら良いだろう?婚姻の書類なんてすぐ書ける。披露宴を別の日にするなら、式は飛び込みでも大丈夫だろう。リリアナのお父上は早く結婚して欲しいそうだから、今日にでも伝えればいいだろうし、僕の両親も好きにすればいいと言っているから事後報告でいい。それに、明日は定時に終われる予定だったと思う。」

レオの言葉がグレイスローズの言葉に戻った。どうやら少しは落ち着いたらしい。

リリアナの記憶によれば、ウォーターダリアの成人は18歳。グレイスローズの成人は16歳。リリアナは今23歳で、レオはリリアナよりも4つ年上だったと思う。両国とも、成人していれば婚姻に親の許可はいらないはずだ。ということは、レオの言う通り書類はすぐに書いて提出してしまえる。結婚式を内輪で行い披露宴を別の日にするのは、グレイスローズでは一般的ではないが、ウォーターダリアでは普通なので、理解はある。王城の西門にある教会で、式だけ挙げてしまうことはできるだろう。あの教会は、いつ覗いても人がいない。

明日の予定を軽く思い出して、リリアナは頷いた。

「そうですね、明日の仕事の後なら時間を取れますね」

「じゃあ、明日結婚しよう」

「分かりました。…もう4時過ぎてますよ」

リリアナが同意したことに安心したレオは、時間を聞いて慌てて部屋を飛び出していった。

開きっぱなしの扉を閉じに行って、ついでにレオの机を片づけ、椅子も元の位置へ戻しておいた。

その間、先ほどの会話を思い出していた。

「なんだか流されたような気がするんだけど」

部屋の真中で立ち止まり、リリアナは首をひねった。しかし、自分としてはレオと結婚するならむしろ嬉しいし、引っかかることが何なのかよく分からなかった。

「まぁいいか」

とりあえず、レオが帰ってくるまで時間がある。今日中の仕事といえば、あとは財務省から書類を貰ってくるくらいだろうか。ついでだから、相談に乗ってくれたカリンに予定を聞こう。

明日の夕方レオと結婚するから、式に出るか、と。

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