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ドラゴニック・マナ  作者: ボケ封じ
第一章
27/65

暗躍

会話がいつもより多いので少しだけ長くなってしまった。


27話目です。宜しくお願い致します。

 

 直人はむくれていた。

 宿屋の玄関口で雨で少し冷えた風に当たり、頭を落ち着かせている間に、話があっさりと纏まってしまっていたからだ。


 「何拗ねてんのよ? 良いじゃない、これからも一緒に居られるんだから」


 ベッドで布団にくるまりながら椅子に項垂れた直人に、何度目かの励ましの言葉を掛ける。

 これも何度目かの溜め息を盛大に吐き出しながら直人はようやく顔を上げて、ニースをチラリと見た。そしてまた、盛大に溜め息をつく。

 

 「ちょ、ちょっと、今の溜め息は何よ? 何で残念なモノを見るみたいな溜め息なのよ? 違うでしょ? そこは、『よくやったニース、流石ニース、あぁ、賢者とはこういう方を言うのか』 でしょ? 大体、あんた、何もしてないじゃない」

 「う……」 


 少し興奮してきたのか、上体を起こして前のめりに話し出したニースの最後の言葉が直人を抉る。


 「しかも、何故か怒って部屋出ていくし。私が目を覚まして無かったら、ティナも居たたまれなかったと思うわぁ、あぁ流石私、グッジョブ……誰かと違って」

 「グフゥ……」


 こうして直人は再び項垂れる。確かに何もしていない。確かに頭に血が登って部屋を出た。ニースのしてくれた事は認めざるを得ない。だがどうだ? お礼も褒める暇も与えてくれないニースにこうして小一時間励まされては堕とされ続けている。


(く……我慢だ……ニースも嬉しいんだ……だからこうして弄ってくるんだ……ニースは偉い……ニースは偉い……)


 この苦行もティナが戻るまでの我慢だと、直人は歯を食い縛って耐えることに決めた。だからと言って、ニースの言葉攻めが止まることは無いのだが。



 「お久しぶりですね、ストックマイヤー」

 「ふふふ、本当に、貴方も変わりなく? グレーデル?」

 テーブルを挟んで座る二人は、再会にグラスを鳴らして挨拶を交わす。ティナは宿屋の中にある居住スペースの一部屋で、中年太りした男と相対していた。

 金色のほとんどが白に変わった髪は短く刈り上げられ、座った姿勢でもティナと大して変わらない身長が伺えるが、その腹に合わせて全体的にふっくらとしている。開けているのか分からない糸目をティナを向け、その頭の中ではまた損得勘定をしているのだろう、かつてのように。


 ティナにとっては大した事ではない。冒険者時代の弱者と強者の関係は、生き残る上では重要な事ではあるが、強者だったティナにはどうでもいい事なのだ。


 ティナは微笑を崩さずそんなグレーデルの先手を取る。


 「今回は助かったわ、私も少し弱っていたから。でも、二、三日中にはここを出るし、正当な代金も支払うつもりよ」

 「はははは、人が悪いなストックマイヤー、貴女からは代金なんて貰えませんよ。それに、事前に言って頂ければちゃんとした客室をご用意しましたのに。これでもうちは貴族なんかも泊まる良い宿屋だと自負してますよ」


 細い糸目を更に細めて笑う顔には冒険者の頃の、生気に満ちた活力が無くなったなとティナはグラスを傾けながら思った。

 それが悪いとは言わないが、空いている部屋が数個有るのに、あたかも用意出来ないと嘘まで言われた後に見ると、信用の置けない顔付きに見えてくる。

 だが、こうして急な来訪に対応してくれている事にも感謝はある。


 「で、どうなされたのですかな? 龍の神殿の神官長様が子供を二人も連れて、こんな港町に」

 「あぁ、大した事ではない、あの二人は私の従者だ。巫女様のご依頼でファティマに用が出来ただけだ。もう1日野営してゆっくり来るはずだったが、雨の気配があったのでな、こうして急いで街に入っただけよ」


 真実を教えるつもりはない、とティナも嘘をグレーデルに告げる。グレーデルも解っているのか、何かを考える仕草をしながらもグラスを傾けていた。


 元々はグレーデルの父親が始めた宿屋をグレーデルが引き継いだ。命を危険を、当時のパーティーだったティナに何度も救われ、いい加減向いていないとグレーデルは冒険者を引退した。

 昔はパーティーだった縁もあり何度か宿を利用したりもしたが、黒い噂が立つようになり止めた。

 当時のティナは自分に火の粉がかからなければどんな悪事も我関せずだったが、寝てる間に巻き込まれるのは御免だった。


 「まあまあ、かきいれ時の従業員用の部屋ですが、それでも一般の宿屋よりは設備は揃ってますからね、ごゆるりとしてもらいたいのですが……」

 「どうしたのかしら? 問題があるなら別の宿を借りるわよ、遠慮なく言って頂戴」


 わざとらしく言葉を詰まらせたグレーデルに、少し嫌気を差しながらも、無理を言うつもりはないティナは、いつでも出る準備はしている。ここを利用しているのも予定前に着いたからだけなのだから。


 「えぇ、実は、今お泊まりのお客様が少し訳有りの方でして、その方の為に今この宿も貸し切り状態でして……」

 「成る程。そういう事ならしょうがないわね。別の宿を探すわ」


 ティナがグラスを置いて立ち上がろうとすると、グレーデルが慌てるように身体を浮かして両手でそれを止めた。


 「あ、いえいえ、今日はもう夜も暮れですのでこのままお泊まり下さい。宿については明日出られる迄には私が手配しましょう」

 

 そう、とティナは好意に甘えることにした。気を許せる相手ではないが、そこまで警戒する相手でもないからだ。


 「それにしても、神官長自らがお出になる用とは穏やかでは無さそうですね?」


 グレーデルは話題を変えティナの境遇に興味を示した。良くも悪くも商売人は情報が命だ。物の売り買いだけではなく、時に情報は扱いによっては国家を覆す価値があり、グレーデルも宿屋ながらにその重要性は把握している。


 「ふふふ、本当にただのお使いで来ているだけよ」

 「そうですか……そういえばご存知ですか? ソルで賊が暴れてなんでも三騎士がやられたそうですが?」


 不意に投げ込まれたグレーデルの言葉にもティナは平静にグラスを傾けて答える。

 

 「そうなの? 私達が通った時には何も聞かなかったけれど」

 「でしょうな。どうやら情報統制がされているようで。但し民の声は押さえようがありませんからな」


 確かに、騎士達は簡単に口を閉ざすことは出来るが、あの時は避難した民衆が多数いたはずで、戦時でも無ければ街の情報を隠匿するのは不可能に近い。


 「それにしても、三騎士が倒されるとは相手の賊は龍より強いのかしら?」

 「まさか! 竜殺し(ドラゴンキラー)は負けないでしょう。やられるとしたらアニマ様ではないですか? 彼は剣ではなく権でのしあがった方ですからな」


 グレーデルは大きな腹を強調するように突きだして笑いながら答える。どうやらティナとフォルディスの関係や、真実を知るまでには至っていないようで、ティナは内心ほっとしていた。


 「その話が本当であればもっと騒ぎになっていたと思うけれど、ソルでは至って普通だったわよ。さて、長話も終わりにしましょう。私は旅の準備に戻るわ」

 「あぁ、そうですな。ストックマイヤー、私に出来ることならばなんでもさせて頂きますよ。何時でもご用命下さい」


 そうさせてもらうわ、と振り返りもせずに部屋を出ようとするティナの背中に、細めた糸目を向けながら閉まる扉を見ていたグレーデルは、張り付くような笑みを浮かべていた。


 「ふん、売女が……」


 グレーデルは吐き捨てるように言うと、テーブルの上をキッチリと片付けて奥の部屋へと引っ込んでいった。  


 

 とある酒場。

 漁や品入れの終わった海の男達で埋まった酒場の二階で、下の喧騒とは裏腹に夜の帳の中蝋燭の暗い明かりの中で会話が進んでいた。


 「では、明日の夜に」

 「ああ、手筈通りにいくよう、今から固めておけ」


 わかりやした、と丸坊主の大柄な男が能面のように表情を固めた男に答えて部屋を出た。これからの準備を考えると普段とは違う部屋の主の反応もあまり気に掛からなかった。


 「よく出来ました。私の愛しい子。さあ、パーティーは近いわ……」


 しとしとと降り続く雨を窓越しに見ながら、黒い喪服を着飾ったような衣裳の女がにんまりと笑みを溢しながら、能面の男の首筋を軽く手で撫でた。

 男は其れだけで突如恍惚の表情を顔に浮かべて、女の手を取ろうとするが、意に反してその手はスッと引き戻され、男の手は空を掴むはめになり、恍惚な表情のまま何事かを伝えるように口を半開きにして、女の方を仰ぎ見る。


 「うふふふ、ご褒美はお預けよ。貴方が私の言いつけを守れば、また愛されてあげるわよ……」


 女は男の懇願する目を、顔だけをぐっと寄せて覗き込みながらわざとらしく舌舐めずりをして見せる。

 それを見て男は身震いしながら、ああ、ああ、と何度も頷いて答えるのがやっとだった。

 女はそれを満足そうに見ながら、蝋燭の作る影の中へと身を沈めてあっという間に男の前から姿を消した。

 女が消えると男は惜しむように、影に這いつくばり高まりすぎた欲情を吐き出すように自らのモノをしごきだしたが、いつまで経っても絶頂を迎えることができずにその場で叫びながら頭を掻きむしった。


 

 直人はティナが戻って来てから、宿から提供された夕飯をあっという間に平らげて、堰を崩して話出すニースを部屋の隅で見ていた。

 ニースの話は終始直人を堕とすモノで、ティナがいなかった時に散々言われた事を、もう一度始めから語っているのだ。

 

 「で、今は部屋の隅で丸くなってるって訳。でね、でね、やっぱり私があの時に……」

 「はぁ、何時まで続くんだよ……」


 恨めしそうに視線を向ける直人などどこ吹く風か、ニースの話はまた最初に戻るようだ。


 「ふふふ、もうそれぐらいで充分よニース。あまりからかっては直人が可哀想だわ」

 「いいのよ、直人にはこれぐらいで。私という偉大な存在を解らせてあげる良い機会だわ」

 

 尚も話続けるニースをあやしながら、ティナは直人を見る。そこにあるのは最初に会ったときから見せてくれていた、お姉さんな優しい微笑みだ。

 まあ、いいか。直人はそのティナの笑顔を見れるようになった事は本当に心から嬉しく思っているので、もう少しだけ、そうもう少しだけあと3分くらいは我慢しようとティナに苦笑を返した。


 「そういえば、この宿に泊まってる貴族様って、やっぱり高級貴族なのかな? 貸し切っちゃうくらいだもんね。あぁ、賢者様にも憧れるけど貴族のご令嬢とかお姫様も捨てがたいわ。ニース姫、私と踊って頂けませんか? とか言われちゃったりして」

 「無ぇよ、こんな喧しい姫様も、それを誘う貴族紳士もいねぇよ……」


 冷静にだが聞こえないように突っ込む直人をギロッとニースが睨み、同じ宿に泊まるアンナがくしゃみをした。


 「今は(・・)、よ。見てなさい! 賢者にして眉目秀麗なハーフエルフの姫に私はなるわ」 

 「どこの海賊だよ……ってか、国でも乗っ取るのかよ。何で只のハーフエルフの普通の子が、賢者と姫様のツインタワーになれるんだよ」

 「ふふふ、わからないわよ? 私の成長は十代で止まってしまったけれど、ニースには長い寿命と向上心があるから。そうね……百年後とか?」


 うんうんと聞いていたニースは、ティナの最後の言葉でずっこけ、直人は堪らず笑い出した。


 「可能性があるだけ凄いことよ? 賢者とは常人ではとても辿り着けない領域なのよ。渇望の賢者ニナだってエルフという噂があるし、そのエルフの血を継ぐニースにも無い話では無くてよ」


 指を差して笑っていた直人の指が折れ曲がり、今度は復活したニースがふんぞり返って直人を見下ろした。


 「ふふん、直人なら、賢者にして姫ニース様の従者の一人にしてあげなくもないわよ?」


 何故か少し頬を染めながら直人を見てそう告げるニースを無視して、直人はティナを見て聞いた。


 「そういえば俺を狙っているのも賢者なんだよな? そんな凄いやつがどうして俺や家族を狙うんだ? しかも世界を股にかけて。龍の巫女ってのも賢者に負けず劣らず凄い力があるのか?」


 これまで聞きたかった事を思い出しティナに投げ掛けるが、ティナの表情には困惑が広がる。その横でニースはムキィしている。


 「龍の巫女が関係してるとは思うのだけれど、私にも目的はわからないわ。貴方の家族が狙われても、同じ血筋であるマリウス様が狙われたことはないし……それこそ、同じ賢者ニナならわかるかも知れないけれど……」

 「そのニナってのは何処にいるんだ? 近いなら会いに行って話だけでも出来ないものなのか?」


 ティナは首を振って直人の意見を否定する。

 近いと言えば近いし、遠いと言えばそれも正しいのだと。


 渇望の賢者ニナは名前が知れ渡り始めてから、その住居する場所も目星がついている。

 そこに行けば会えるという確証のある住居ではないが。


 「ここトラキア大陸と向こうのアデル大陸を結ぶオーラン海峡から丁度南に位置するザフ島、風に乗っても船で一月掛かる場所に世界最大の迷宮が有るの」


 ティナが教えてくれた賢者ニナの住処は、遥か昔からある世界最大の迷宮、通称『ミリウスの大迷宮』に有ると言う。


 ザフ島は所謂海底火山の火口を思わせる。島の大半は長い年月で溜まった雨水か湧水で出来たカルデラ湖でミリウス湖と呼ばれていて、此処までは確認が取れているらしい。そのミリウス湖を囲むように断崖絶壁が広がっている。

 その断崖に迷宮への入り口が有り、その最深部に賢者ニナが住んでいる。と言われているらしいが、そもそも迷宮に挑んで生きて帰った者がいないと言う。

 島には辿り着いても、断崖を越えた先のミリウス湖は水竜の繁殖地となっているので、それだけでも危険が伴う。水竜を避けて迷宮に辿り着いても、賢者の罠が有るとか、実は迷宮などなくマグマで埋め尽くされているとか、魔神の住む獄処に繋がっているとか言われているようだ。


 「でも、生きて帰ったやつがいないなら、そんな噂も立たないだろうに」

 

 直人が疑問を口にすると、いつの間にか立ち直ったニースも真剣な眼差しをティナに向けてうんうんと頷いている。やはり賢者の話には興味が引かれるようだ。


 「ふふふ、なら挑んでみる? 世界最大にして世界唯一の未踏破迷宮に」

 「「そこに賢者がいるのなら」」


 直人とニースは声を揃えて答えた。

 直人は二人にもまだ話していない自分の身体の異変も知りたかった。

 ニースは夢にも声にも出して想う賢者に会いたかった。

 ティナはそんな二人の眼差しを受けて考える。今後の事も考えると陸を離れるのは良い案にも思える。それに確証はないが、賢者ニナは恐らく『ミリウス大迷宮』にいる確率は高い。しかし、迷宮を踏破するだけでなく、水竜の繁殖地を通るだけでも危険度はSクラスになる。

 それに、フォルディスの仇は恐らく遠ざかる……。


 「なかなかに難しい選択肢ね……」

 「そうか? 俺の世界の偉人は言ってたぜ? 『迷うなら、行けばわかるさ、行ってみろっ』ってさ」


 顎を突きだして両手を立てて構えを取りながら偉人の真似をする直人。ポカンと眺める二人は不意に吹き出し、笑い出してしまった。


 「な? 難しく考えるのは良くないぜ。そこに答えがあるなら行ってみようぜ」

 「あんたはもうちょっと考えたほうが良いわよ……」


 何だよ? 何よ? とお互いに顎を突きだして牽制し合う二人を微笑みを浮かべて眺めるティナは、また心の腫れ物が落ちたようにスッキリとした感覚を感じていた。


 「ふふふふ、本当にあなた達は……わかったわ、では私達の目的地をザフ島、『ミリウス大迷宮』を踏破し、渇望の賢者ニナを探すこととします。良いわね? お姉さんは一度決めたら曲げないわよ、覚悟なさい。さあ、今日はもう休んで。明日から準備に忙しくなるわよ」


 はい、と二人揃って敬礼で返す二人を、ティナは眩しいモノを見るように眺めた。

 

 この二人は何としても守り抜く。だから貴方、私を守っていて。


 ティナは心の中で彼に話掛け、顎を突きだしてじゃれる二人を早く寝なさいと叱りつけた。 



 外で降る雨は、夜も濃くなるにつれ次第に強くなり、ソルとは違って舗装されていない通りを泥濘へと変える。

 流石に出歩く人も消えた通りの端を、それぞれがマントを羽織ながらその下に思い思いの武装を携えた者達が、黒壁の宿屋の周囲に溶けていった。

 あるものは滑る壁を難なく登り屋根に上がり、あるものは近くの空き家に、あるものは宿の裏手にある下水の入り口に、そのうちの何名かは、宿屋の壁を登り空き部屋へと鍵の開いた窓から入っていった。


 街に入ったとき同様に気の緩んでしまっていた直人達がそれに気付くのは、次の日の夜になってからだったが、一人の騎士は、緊張した気配を感じ一度窓を開けて外を眺め辺りを見回したが、直ぐに同宿の少女に雨が入ると怒鳴られた。 

 心無し雨音に混じって女の嗤い声が聞こえた気もしたが、外に人の気配は感じず何処かの酒盛りかと考え窓を閉じた。

 

 心配をよそに何事もなくその夜は耽っていった。


 

  

やっぱり強引な気がするけど、気にしたら負けな気がする。


怪しげな女性ってなんか良いよね? ね?


直人の言う偉人はあくまでもフィクションです。あの人とは一切関係ありません。


明日の0時にも次話掲載します。


こんな話ですが、楽しんで頂ければ最上です。

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