曇天
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25話目です。宜しくお願い致します。
丘を越えて吹く風には湿り気を帯び、潮の香りが鼻をつく。海が近づいているのだ。
港町、この言葉が指す通り、コーネリアの街は沿岸に造られ、漁業、貿易の盛んな場所になっている。一番近い寄港地である武闘国家ファティマはここからは船で2日で辿り着く事もあり、大陸間の物資、文化、人材の交流地点となっている。
街を眺めれば街の四分の一は海上に競り出しており、海からそのまま道のかわりに造られた水路を行き来出来る。流石に帆船や商船では入っては来れないが、洋上からボートでの荷下ろしが容易に出来るこの造りは、特に商人達には大助かりとなっている。
商業面で発展してきた部分が大きいだけに、街中にも様々な商店、問屋、倉庫と乱立しており、居住区は専ら陸地側に偏って造られている。
海側にも居住区はあるが、その殆どが大商人か、それらを抱える貴族達のもので、一般民では入り込む余地も金も無かった。
ともすれば首都ソルのように行政が区画整理をしているわけではなく、自然と金を持つ者から順に海沿いから陸地へと階層が出来上がり、コーネリアで家を買えば貧富が解ると言われている。
そんな悪評じみた話も出るが、様々なモノの出入りが激しく、貧富がある程度あるからこそなのか、人口は首都ソルの十分の一でも生産力は上回るとも言われている商業的大都市の一つとなっている。
透き通るような薄い金色の髪を後ろで一括りにした少女は、気の強さを表したような少しつり目気味の蒼い目を細めて、眼前の商人を射竦める。まだ全体的に少女然とした身体の丸みは太っているわけではなく、むしろ健康的に見える。短パンからすっと伸びた脚は筋肉の張りが伺えるし、出しっぱなしのお腹も筋肉で割れている。
顔立ちも幼さは残るが、目鼻立ちもよく、寧ろ極め細かな肌は育ちの良さを伺わせた。
「何でたかがリンゴ一つがこんなに高いのよっ、私の国なら同じ値段で三個は買えるわよっ、私を子供と思って馬鹿にしているのっ!」
少女の声は聞こえはよく、耳にすっと入ってくる嫌悪感の無い良い声質だったが、やはり怒鳴り声ではその価値も半減してしまう。
絡まれた店主も生鮮物は高くなるとか、この国ではこれか普通だと説明するが、少女は納得いかないと一向に折れる様子を見せない。
困った店主は周りの商店主達に助けを求めて目を配るが、周りも我関せずと店主が目を向けると視線を逸らし、自分の店の商品を眺めたり、客引きに精を出したりと助けは出さない。自分の身一つで客を捌いてこそ商人という自負もあるが、この場合は少し違うようだ……。
「ひ……アンナ、それぐらいにしてください。店主も困っております。国が変われば、様々な事柄が変わるは必定、それを学んで頂きたくこうしてアデルにまで渡ってきたのでありましょう。」
「む……言われなくても解っている。ただ、金額に驚いていただけだ。ほら店主金は払う、リンゴをくれ」
少女の連れだろう男が仲裁に入ると、少女はばつが悪そうに先程までの剣幕は何処へか、さっさと金を店主に放った。気は晴れていないのだろう、店主が差し出したリンゴを奪うように掴むと、そのまま大きく口を開けてかぶり付いた。
やれやれと男は浅い溜め息をつき、店主にも小さく済まなかったなと告げて、ずかずかと歩き進む少女の後を追って行った。
少女が去ると、店主は何事もなかったかのように店の商品を売るために大きな声で客引きを始めていた。店主には先程の少女のような客は珍しく無いのだ。寧ろ買ってくれた分良い客の部類に入る。喧騒もまたこの商店の並ぶ界隈では只の日常に過ぎない。
少女の後をつけて傭兵風の男達が通りすぎても誰も何も思わない。
……ハァ……ハァ……ハァ……。
潮風に対して殆どの建物が土壁かレンガ造りになっている。中には石造りの立派な建物も混じってはいるが海からも多少離れた街の中心部は、中堅どころの商人やそれに関わる人夫が暮らしているため、石造りの建物は殆ど無い。
ここに人魚亭と看板を提げた宿屋がある。街の東西南北を繋ぐ大通りからそれた路地の突き当たりに位置するこの宿屋は、石造りの二階建て、外壁を特殊な塗料で黒く塗ってあり、昼間には周囲の土壁、レンガとは違って目立ち、夜間には暗さに埋没し隠れ家のような佇まいを見せる。入ってみれば、一階はエントランスと受付カウンターのみで、6部屋ある客室は全て二階にある。
部屋への入口の階段はそれぞれ独立しており、各部屋の間はそこに狭いへやが一部屋作れるぐらいのスペースに石を積み立て各部屋の防音に努めている。
部屋にはベッドが4つとクローゼット、6人掛けのテーブル、浴室とトイレが備えられている。
食事は他の宿泊客に会わずに済ませれる様、部屋に運び込まれる。
……ハァハァ……ハァハァ……。
上流階級の来ることのない一般的な階層の住人が住む中心区では類を見ない、いや、海沿いの上流区でもここまで徹底している宿屋は少ない。
だからこそ値も張るが客は絶えない。
密会、お忍びと上流階級は暇がないのだ。
「え~、ここに泊まるの? なんか黒くて趣味悪~い」
「いやいや、なかなかお洒落ではありませんか? それにここのセキュリティが一番だとカレンが申しておりました。」
「景観を損ねず自己主張するのがお洒落ってもんよ、まあ、カレン推薦なら我慢しますか」
口とは裏腹にスキップしながら宿屋に向かう少女の揺れるポニーテールを見ながら、少女の機嫌を損ねずに済んだと安堵の溜め息をつく大柄な男が後に続いた。
「やはりな、前情報通りだ。おい、親方に連絡に走れ。牝鹿は罠に入った、だ」
大通りの露店の片隅で鶏肉の串焼きをかじりながら、付き添っていたいかにも荒くれ者といったほほに傷のある男に告げた。
頬に傷の男は頷くと、大柄な身体を揺らしながらがに股でドスドスと大通りの人波に消えていった。
「へへ、たった一人の護衛で呑気なもんだな、ま、お陰様で一生遊んで暮らせるぜ……」
先程の男よりは一回り小さいが、それでも街行く人達よりは頭一つ高く、身体も筋肉に覆われた男は、少女と男が入っていった人魚亭を見ながら、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、鶏肉の串焼きを頬張った。
……アハァ……チダ……ハァハァ……。
首筋に微かにチリチリとした感覚を感じた男は、ふと空を見上げた。
「チッ、怪気がすると思やぁこりゃ、一雨来そうだな」
男が愚痴た通り、船を降りた数時間前の青々とした空は、いつの間にか曇天が広がり、今にも西に傾き始めた太陽を覆い尽くそうとしていた。
見れば、民家の窓先には洗濯物は一切出ておらず、街の人間には前々から天気が解っていたのが伺える。
「そろそろ店も畳むぜ。怪しまれるからな」
「そうだな、今日はもう大丈夫だろぉ、念のため下っ端にでも見張らせておくぜ」
「そうしてくれ、親方の所へは?」
「あぁ、この辺りをぶらっとしてから、な」
屋台の店主がコンロから炭を落としだしたのを合図に、男は荷袋からマントを出すと、羽織って街の雑踏に踏みいった。
夕方前に宿屋に着いた者の行動は決まっている。しかもあの宿屋の特性とこの天気では出掛けることは無いと判断したのだ。
(へへ、前祝いに一杯やってから、な)
男は下卑た笑みを隠そうともせずに雑踏に消えていった。
……アハアハ……血だ……飲みたい……喰いたい……。
「雨に降られる前にはコーネリアに入りたいわ、急ぎなさい」
冷めた声音が馬の蹄の音に混じって直人の耳に届いた。
あれから4日、街道をひた走りようやく港町コーネリアに今日中にはたどり着くという処で雨の気配を察知したティナが、馬を早足から駆け足にして体感で二時間、街並みと海が今、越えた丘から見え始めた。
正直さっきまで晴れ晴れとしていたのに本当に降るのかと思っていたが、今や太陽はすっかりと雲に覆われ、ようやく感じるようになった潮風の中に、雨前の独特の匂いが鼻をつく。
地球の都会では感じることが少なかったが、爺ちゃんの家で住むようになってからよく嗅いだ、田舎の匂いの一つだ。
「チッ……」
ティナは舌打ちをして、緩やかに馬を駆け足から早足に移行させる。と同時にハンドサインで後ろの直人とニースに馬足を落とすよう指示を出す。
雨だ。ぽつぼつと降り始めた雨は、直ぐにサーっとレースのカーテンを引いたように降りだした。
この旅ですっかり上達した直人は良いとしても、必死に食らいついてくるニースはまだまだ馬に乗り慣れてはいない。
とてもではないがぬかるむ道を駆け足では馬は操れない。
幸いだったのは街がもう眼前に迫り、多少濡れても今日の宿はこれまでの木の影ではなく、ちゃんとした宿屋に泊まれる事だろう。
「マントを羽織っていなさい」
ティナの物言いは首都ソルを出てから常に簡潔で冷たさを感じさせる。
それでも直人は、その簡潔な言葉の端々にティナの優しさを感じては、何とも言えないモヤモヤしたものを感じていた。
「ハァハァ、やっと、街、休める……」
「おいおい、まだ着いてないぞ」
慣れない乗馬行軍に疲弊したニースが馬の背で突っ伏してしまったのを見て、直人は慌てて馬を横に着けニースが離しそうになっている手綱を取った。
直ぐ様反対側にティナが馬を寄せて、ニースの後ろの荷袋から慣れた手付きで、片腕でマントを取り出しそのままニースに頭から被せた。
「マントを羽織りなさい」
直人が握ったニースの馬の手綱を握ると、これも手慣れた様子で自分の馬と並走させながら、ニースの馬を操る。
「ありがとう」
自分の荷袋からマントを引っ張り出して羽織りながら、ティナに告げるが、ティナは反応を返さない。
(素直じゃないよなぁ)
態度に出さなくても、態度に出ている事に直人はそう思いながら後に続いた。
いつの間にか街道沿いには畑が広がっている。民家もぽつぽつと見えていた。ソルのように立派な城壁は無いが、直人には徐々に人口密度の増していく街並みに親近感が沸いた。
日本には無い隔絶するような城壁はどうも反りに合わないのだ。
雨足も強くなってきたからか、夜には早かったが大通りにはもう人が疎らになっている。それでもローブや傘を差した人がいるし、馬車も行き来はしていた。
その中をカッポカッポと馬を進ませ、大通りを一つ折れた路地の突き当たりでティナが馬から降りた。
「着いたわ、今日の宿よ」
建物の入口には石燈籠のようなものが灯りを広げているが、建物自体は曇天の空さながらに黒い壁に覆われ、周りとのコントラストから異彩な雰囲気を放っていた。
(隠れ家的な宿のつもりなんだろうか……)
あまりセンスの良さを感じない直人だったが、ティナの赴くままに従うしかない。
入口横の厩舎に馬を繋ぎ、荷物を持って先にティナが建物に入っていった。
(そういえば、予約とかしてあるのかな? まさか宿も顔パス? そんな馬鹿な、でも部屋あるのか?)
抱く疑問に荷物を降ろし、まだ馬上で突っ伏しているニースを身体を揺すって起こす。
「ニース、着いたぞ。ニースっ」
「ふふふふ、もう無理、食べられ…ない……」
「おい……」
むにゃむにゃと寝言を宣うニースに頭をガックリと項垂れる直人。
思えば、体力の余り無いニースは無理をしていたのだろう。それが解るだけに、項垂れたまま、ニースの荷物を降ろし、ニースを馬上から自身の背中に担ぎ直して、両手に二人分の荷物をぶら下げる。
(身体強化も使ってないのに、重さを感じないんだよなぁ…)
両手に提げた荷物をバーベルを上げるように軽々と持ち上げながら自分の身体をまじまじと見つめながら宿の入口に向かう。
扉を身体で押し開いて中に入ると、ホテルのエントランスを思わせる豪華な造りに感心する。
四方石造りで壁面はもちろん天井にも細かな細工が施され、その天井の中心からはテレビで見るようなシャンデリアが吊り下げられて一面を照らし出している。蝋燭ではないようでそれぞれの先端に嵌め込まれた石が電灯のように明るく輝きを放っている。魔宝石だ。
入口の左手に受付カウンターがあり、そこを起点に放射状に上に続く六つの階段が延びている。
調度品は花瓶に薔薇のような花が一輪飾られているだけだが、それが高級感を演出している。
床面は全体を赤い絨毯で敷き詰めていた。なんで高級なところって赤い絨毯なんだろ?
「すげえ……」
「こっちよ」
感嘆の声を挙げる直人を一瞥して、ティナが受付カウンターと階段の間にある通路に入っていった。
訳もわからず付いていく直人。
通路の先には突き当たりに三つの扉がある。その内の一つの扉を無造作に開けて中に入るティナに、そのまま付いていく直人。
中は程々に広く俺の部屋の二部屋分くらいだから十二畳くらいかと目算した直人は、ひとまず四つあるベッドの一つにニースを降ろした。また何かゴニョゴニョ言い出したが聞かないことにした。凄く疲れる気がしたからだ。
「先に着替えるわ」
「あ、あぁ、ごめん」
荷物を降ろして既に脱ぎ始めたティナを見ないように一旦部屋を出る直人。
「ふう、一先ずちょっとは落ち着けそうだ」
通路の先の明るいエントランスをぼんやりと見やりながら独りごちる。
この四日間は正直息苦しかった。余りティナとは会話という会話はしていない。話しかけるなオーラが半端無いからだ。
ニースとは話したが、このままティナを一人行かせるわけには行かないと意見は一致している。あとはどうやってティナを説き伏せるかだ。正直今のティナが意見を聞くとは思えない。
「まあ、その時はその時だな」
天井を仰いで考えるのを一旦止めて目を閉じた。
これからどうなるのかを漠然とした不安が込み上げるが、フォルディスのニヒルな笑顔が浮かび、なるようになるさ、と言われた気がした。
……クフフフ……血だ……アレは私のだ……アハアハハハ……。
自分の力を持て余す直人は、疲れか、能力への不慣れか、この時にはまだ迫る気配を感じ取れてはいなかった。
アンナとお付き登場。
ようやくはなしが回り始めるかな~。また停滞しそうやけど。
こんな話ですが、楽しんで頂ければ最上です。