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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第八話:僕はラッキーだ


 またくだらない事をやってる……


 アリスは脳裏に朧気に映る主人の視界と、流れこんでくる感情を感じて、ため息をついた。

 コンディションの確認をする。数分の間目を瞑り、魂核を中心に全身に力が巡っている事を確かめると、ようやくベッドから半身を起こす。


 日はまだ高く、アリスの本領が発揮できる時間はまだ数時間以上先だ。

 本来、夜に実力を発揮する者が多い悪性霊体種の魔物は昼間に活動しない傾向にある。それはどれだけ種族ランクが高くても同様で、アリスも本来なら夜にしか活動しない『魔物』だ。


 だが、今のアリスには生きる意味、目的があった。例え憎たらしい太陽が輝く下を歩くことになったとしても。


 裸身が窓から入る太陽光に焼かれ、滑らかな陶器のような艶を発している。

 もともとアリスは睡眠をそれ程必要としていない。万全の体制を取るために睡眠を取っていたが、もう既に眠気はなかった。


 鼻歌を歌いながら上機嫌にアナザー・スペースを使い、下着と装飾一式を取り出す。

 アナザー・スペースは非常に便利な空間魔法だ。

 空間魔術師(スペース・ユーザ)のクラスは戦闘向けのスキルが多くないが、収納魔法のためだけにとってもいいと思えるほど。

 このスキルのおかげで、アリスはどんな時でも『無様』を示さずに済む。戦闘能力以外の価値になりうる。

 取り出した下着に手早く身体を通し、上からオーダーメイドのエプロンドレスを身に付ける。実際に誂えたそれは、アリスの体型にぴったりと嵌っていた。些か本物の『メイド』にしてはその在り方は余りにも冷たすぎたが。


 ご主人様。いつ如何なる時でも(アリス)を呼ぶといい。


 主人に向けて放った思考の返事はなかったが、アリスの機嫌は微塵も落ちなかった。

 自身の意志でいつでも側に馳せ参じられるという事実が嫉妬深いレイスに心の余裕を持たせている。


 窓を開けて眼下を見下ろす。

 いつもは死ねばいいと考えている太陽の光さえ、今のアリスの気分に水を差すことはできない。

 大通りを静かに奔る四脚動体達は、有機生命種が住人のほとんどだった王国ではほとんど見ることのなかった姿だ。

 鋭敏な嗅覚が金属の強い匂いを感じ取り、アリスは一瞬眉を顰め、だがすぐに静かな冷たい笑みを浮かべた。


「つまらない街……でも王国(あそこ)よりは全然マシ」


 無機生命種は悪性霊体種との種族相性が良くない。

 特に生命搾取(エナジードレイン)を最も手軽な攻撃手段として使用するアリスにとっては相性が悪いなんてものではない。そういう意味では、七割が有機生命種と言われているグラエルグラベール王国の方が餌は遥かに多かっただろう。


 だがしかし、ここにはあの女がいない。

 それだけで、アリスはここに主人を転移させた事実を成功だと確信できていた。


「ご主人様……私はいい(スレイブ)です……もっと褒めて、もっと抱きしめて」


 アシュリー・ブラウニー


 『最弱の魔物使い(フィル・ガーデン)』を『最強の魔物使い(コラプス・ブルーム)』たらしめた稀代の剣。


 アリスをまるで道具の一つであるかのように見下した眼は、はっきりと頭の中に焼き付いていた。死ぬ寸前までその眼を忘れる事はないだろう。


 憎んでも憎み足りない、殺しても殺し足りない幻想精霊種。

 何度頭の中で殺戮したか知れないその存在は、アリスにとっては、スレイブとして見初められてからずっと殺意の対象だった。


 だが、もう何もかもいい。

 頭の中が塗りつぶされる程の殺意も、命の備蓄がなくなるくらいに自死してしまいたくなるほどの絶望もなにもかも。


「くすくすくす……でも、もういい。何もかも許してあげる」


 境界線を超えた超長距離転移。

 アリスはアムとの賭けには負けたが、アシュリーとの賭けには勝ったのだ。

 だからこそ、アシュリーはこの地にいないしアリスはこの地にいる。フィル・ガーデンの一番の剣として。


 それだけで――全て許せる。


 有機生命種(えさ)のほとんどいないこの地も、新たにスレイブになりたいなどと戯言を述べたナイトメアも、今まで愛しい主の想いを独占していたアシュリーも。


 何もかもがもうどうでもいい。

 主さえいれば、それこそがアリスの存在意義。


 愛、故に。


 未熟な探求者達に宣言したあの言葉は、間違いなくアリスの根幹に刻まれた真実だった。

 例え太陽の輝きにこそ恵まれなくても、夜を彷徨うただの悪霊(レイス)だからこそ見つけられる(つき)もあるはずだ。


「くすくすくす……ご主人様、浮気も……許してあげる」


 水精霊(ウィンディーネ)でも機械小人(メカニカル・ピグミー)でも悪夢に棲む者(ナイトメア)でも、天敵たる囁く光霊(ライト・ウィスパー)ですら。


 ご主人様、ご自由にその御心、赴くままに観察してください。見るも触れるもご自由に。


 彼らは所詮、弱者。食われる側。


 自負があった。自尊があった。

 自身こそが世界の最強種であると。ご主人様を更なる高みに導く剣たりうると。

 フィル・ガーデンがこの地で誑かしたどの少女も、恐らく生涯自分を超える事はない。

 ギルドから認定されているナイトウォーカーの種族ランクはSS級。

 つまりそれは、何も鍛えていないその存在だけで『竜』と同格だという事だ。

 いや、種族相性的にアリスは竜を容易く殺しうるだろう。


 それがアリスにとっては愉快でしかたなかった。


「くすくすくすくす、ご主人様……私でも、無尽の金鱗(ドラグ・ブライト)くらい、倒せます」


 あの女アシュリー・ブラウニーがかつて示したそれ以上の(あい)を。


 レイブンシティは本当にくだらない街だ。

 機械種が創造主たる有機生命種を退けて蔓延る憐れな劇場。


 くだらない。何てくだらない土地。


 だけど、ご主人様がそれをお望みならアリスは――


「くすくすくす、壊して分解して並べて示しましょう。ご主人様(マスター)魔剣(わたし)には容易い事」


 そして、より深い愛を、信頼を、慕情を、情けを、憐れなアリス(わたし)にお与えください。


 窓の策子に脚をかけ、アリスは大きく空中に身を躍らせた。

 世界を嘲るかのように笑いながら。





*****





 ない。どこを探してもない。

 散乱する部品を一つ一つ拾い検める。

 セイルのスキルで、視界は良好だ。僕が見落とすわけがない。


「フィル、もういいじゃないか。そんな部品の一つくらい」


「あははははは、お兄さん、本当に分解うまいねー。そんなちっぽけなペンでこんなに綺麗に採取するなんて!」


 トネールが僕のバラした部品を見てけらけら笑う。

 クリーナーの分解は簡単だった。既に構造も、どの部位が討伐証明でどの部位に大きな価値があるのかも知っている。後は手順の通りにばらすだけだ。スキルを使わなくても、そんなのは目を瞑ってでもできる。

 既に二つの討伐証明は分解済みで、スイの腰に下げている道具袋にしっかりとしまってある。だから、それは特に問題ない。


 問題は討伐証明ではなく、希少部品の方だった。

 クリーナー一体につき、一個内蔵されているはずのその部品が見当たらないのだ。

 セイルがうんざりしたように言う。


「これから十八体も倒すんだから、一体くらい取れなくても構わないだろ? 大体それってそんなに高いものなのかい?」


「いや、ランクがランクだからそんなに高くないけど……クリーナーの中では一番高価な部位だ」


 スキルチップ『消化』


 希少金属で構築された、機械種に機能を与えるチップである。クリーナー専用の内蔵型チップなので既存の機械種に追加でスキルを付与することなどはできないが、クリーナーの保持する消化のスキルを制御している、四方三センチ程の小さな板のような形をした部品だ。

 それが、どう探しても見つからない。ブリュムが穴だらけにして叩き落としたため、一体目のクリーナーの部品は派手に散乱していた。

 といっても、金属の床は平坦で特に遮蔽物などもなく、見つからないわけがない。


 だが、どうしても見つからない。一つ一つ部品を手にとって改めたというのに。

 地面に転がるクリーナーの視覚装置を思い切り靴で踏みにじる。


「そんなにチップが欲しいの?」


「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


 チップはただの換金アイテムだ。追加で付与できない以上、金属としての価値はあっても意味はない。


「じゃあ、先に行こう」


 スイに促され、僕は後ろ髪引かれる思いでそれに従った。

 確かに、こんな所で足踏みしているのは得策ではない。クリーナーはいくらでも出てくるし、これから十八体も倒す必要があるのだ。


「お兄さんが遅いから、魔力が回復しちゃったよー!」


「ごめん、ごめん」


 ブリュムがさして怒っていない表情で文句を言う。

 あの無数の矢を放った魔力がこの短時間で回復するとは……空恐ろしい魔力回復量だった。

 魔力量は訓練で増やせても魔力の自然回復量は増やせない。魔術師としては相当な潜在能力があるのだろう。


 四方をエレメンタルに守られながら迷宮をまっすぐに進んでいく。

 黒鉄の墓標と呼ばれている事から分かる通り、この迷宮の壁面、床一面は黒鉄(くろがね)製らしい。繋ぎ目もなく平坦で冷たい色を放っている。

 他の迷宮とは異なり、満足に灯りもないので、セイルのスキルがなければ入る気にもならなかっただろう。


 だが面白い。非常に面白い迷宮だ。

 一番初めに入った機神の祭壇も面白かったが、黒鉄の墓標はそれに輪をかけて面白い。

 僕は三メートル程前をもくもくと歩くセイルに聞いた。


「セイル、どう思う?」


 足を止めずにセイルが答える。


「ん? この探求か?」


「ああ」


 暗闇の中、響き渡るのはこのパーティの声のみ。

 ある程度の広さはあるとはいえ、四方を閉塞した空間に囲まれ、音が反響して響き渡る。


「……そうだな。事前情報の通り、クリーナーの能力は大したことないな。これなら三体、四体同時に出てきても何とでもなるだろう」


「「全然力使ってないしねー」」


 トネールとブリュムがそれに追従した。

 確かに、トネールもブリュムも全く疲労した様子もないし、スイに至っては終始退屈そうだ。

 先ほどの討伐も全く危うげがなかったし、些かこの迷宮だとレベルが下のようにも思える。安全マージンといってしまえばそれまでだが。

 クリーナーがいくら出てきた所で、彼らの能力はそれ程上がらないだろう。

 『苦難』が全く足りていない。


「……フィル、さっきから難しい顔をしてる。どうかした?」


「いや、そんな事ないよ」


 スイの問いに首を横に振る。

 セイルのパーティは非常に安定しているが、探求に対する意識に若干淀みがある。視野が狭い。

 少し立ち止まるのも有効な手段だと言っておくべきか。


 そもそも、もともと分かっていた事だが、雲行きが怪しい。アリスを呼ぼうか真剣に迷っているなんて僕は口が裂けても言えなかった。

 今回の僕の目的は単純な迷宮探索じゃないのだ。アリスが本当に僕の言う事を聞くか疑問だし、ギリギリまで呼ぶのはやめておいた方がいい。


 セイルが再び立ち止まる。こちらに向けられた指は四本。

 スイ、トネール、ブリュムの表情が僅かに険しくなる。魔物の気配にぴりっとする緊張がパーティ内を奔った。


 先ほどよりも倍程の数のクリーナー相手に、セイルは微塵の躊躇いもなくかけ出した。

 スイが大きく腕を伸ばし手の平を前に向けた。

 トネールが、ブリュムがセイルの後ろ、二メートル程の位置を追随する。

 スイの平坦な声が呪文を奏でた。


「妙なる海よ。深淵なる水の茨を。『水薔薇の腕アクアローズ・フリーズ』」


 束縛系の元素魔法エレメンタル・マジックだ。


 スイの腕の延長線上に発生した透明な茨が、疾走するセイルを越えてその前方に絡みついた。

 放射状に駈けていた四体のクリーナーを一体残らず掴み、ぎりぎりと締め付ける。見かけからは想像できない力がかかったそれに、金属でできているクリーナーの甲殻が軋む。茨は床に突き刺さり、クリーナーはそれを越えてくることができない。


 スイの魔法によって行動が封じられたクリーナー達に、セイルが大ぶりに剣を振り上げる。

 追従していたトネールがそれに合わせて唱える。


「『風神の祝福(ソニック・アド)』」


 風神の加護を得たセイルの剣が容易くクリーナーを振りぬいた。

 一拍置いて、クリーナーが唐竹割りに分断され崩れ落ちる。恐ろしい切れ味だった。


 元素魔法には攻撃系、補助系の魔法が多い。反面、回復の術が多くないが、それでも前衛、遊撃、後衛、三つの距離を支える全てのメンバーが補助スキルを保有するというのは素晴らしい。得意不得意はあったとしても、何かあった時に臨機応変に対応できるからだ。


 崩れ落ちたクリーナーを見届けるまでもなく、セイルが右のクリーナーにかかる。

 ブリュムが残りの二体を、無数の水の矢で穴だらけにした。


 中位の緊縛魔法で動きが完全に封じられている以上、もはやいくら数が多くてもクリーナーに戦う術はなかった。

 作業のようにセイルがクリーナーを刈り取るのを見ながら、実感する。


 本当にレベルの高いパーティだ。

 各個人がやるべきことをよく知っているし、連携もスムーズだ。

 優秀なパーティには千金の価値があるという。故に惜しい。


 僕は優秀なエレメンタル達が片付けた魔物を一体一体分解し、丁寧に討伐証明とスキルチップを四つずつ回収した。

 それをスイに渡しながら、気になっていたことを聞く。


「セイルって、なんでこんな迷宮を攻略してるの?」


「ん? どういう意味?」


 セイルが訝しげな表情で僕に聞き返してくる。

 その表情には特にやましい感情は浮かんでいなかった。つまり、そういうことなのだろう。

 念のために言葉にして尋ねる。


「いや、僕が見たところ、この黒鉄の墓標――モデル・クリーナーはセイル達にはちょっとレベルが低いかなってさ」


 これじゃ経験値は微々たるものだ。モデル・クリーナーならまだいいが、それ以下になるとほとんど経験が得られまい。

 そして、恐らくこの迷宮がセイル達のパーティにとっての最前線だ。


 セイルが合点がいったように笑顔になった。


「ああ。確かに、ちょっと手応えがないかな……これが終わったら、安全を確認しながらもう少し上を目指してみることにしよう」


「だねー。もうちょっと強いと思ったんだけど……」


「……ああ、そうだね。僕も是非上を目指すことをおすすめするよ。それだけの実力がセイル達にはあると思う」


「……光栄」


 満更でもないようにスイが言葉短かに呟いた。


 確かに安全を第一に考える事は悪いことではないが、それではいつまでたってもレベルが上がらない。栄光は手に入らない。

 上から目線で申し訳ないが、僕から言わせてもらうと、セイル達は才能も実力もあるが、一点だけ欠けているものがあった。


 そして、それがいつか致命的な失敗を生み出すことになるだろう。


「しかし、思ったよりさくさくいけるねー。これなら夜が明ける前に帰れるかな?」


「ああ、そうだな。四体でも問題ないようだし……後三時間もあればいけそうかな? まあ、遭遇するかどうかわからないが……」


 討伐依頼とは、運が多分に関係している。

 対象に会えなければ何日もかかることもザラだ。尤も、討伐対象の数が少ないパターンは相当な上位になってからであり、少なくともB級以下の依頼は数を狩る依頼になっている。

 この迷宮は一本道だ。三時間はどうかわからないが、この調子ならば夜が明ける前には戻れるだろう。


 再び迷宮を奥に奥にと進んでいく。

 敵が格下だと理解した後も、リーダーであるセイルの眼に油断はない。

 その気構えは職業探求者のそれだ。


 だんだん、僕の中でこのパーティの情報が蓄積されてきた。

 近距離のセイル、中距離のトネール、ブリュムに遠距離のスイ。

 まとめ役のセイル、ムードメーカーのトネール、ブリュムに冷静なスイ。


「そういえば、お兄さんも探求者だったんだよね?」


「ん……ああ、そうだよ。……だったっていうか、今も探求者だけどね」


 クリーナーが出てこない。

 退屈になったのか、トネールが聞く。


「お兄さんはどうして探求者になろうと思ったの?」


「……面白い事いうね」


 探求者はそのルーツを余り言いたがらない者が多い。

 だからそれは一種のタブーのようになっている。僕は別に構わないけどね。

 なんでもない事のように即答する。


「栄光のためだよ」


「栄光?」


 そう、栄光だ。

 元素精霊種(エレメンタル)には判らないだろうが、プライマリーヒューマンは欲深い。


 金、名誉、力、知識、友に女。


 欲望は海のように深く、星のように果てしない。


「僕には欲しいものが多すぎたんだ。何もかもを探求したかった。自分の価値を示したかった。それが僕が探求者になった理由だよ」


「それは手に入ったの?」


 また、答えづらいことを聞くね。

 僕は心の奥から沸き上がってくるような疲労感に思わず笑みを作って答えた。

 セイルもブリュムもスイも、聞いていない振りをしているがこの距離で聞こえないわけがない。

 一瞬だけ溜めて口元に笑みを作ってみせる。



「秘密」


「……お兄さんは面白いね」


 そう言ってもらえると話したかいがあったというものだ。


 僕の脳内のマップによると、もうそろそろ一階層の半分程度まで来ているはずだ。

 黒鉄の墓標は三階層しかないらしいので、もう十五パーセント程攻略している事になる。地下百階層以上あると言われた王国の迷宮と比べたらあまりにも短い。比べるのが悪いのかもしれないが。


 思ったよりも魔物が出てこないせいか、黙々とただ行軍を勧めるのもやる気に影響すると思ったのか、セイルさんがふと奇妙な事を聞いてきた。


「そういえば、フィルの復讐の対象はクリーナーであってるのかい?」


 また『復習』か。


 どんだけ復習が好きなんだ。いや、僕も好きだけどさ。

 どっちかというと僕は復習よりも予習に力を入れる派だ。復習は手を抜いてもそうそう死なないが予習は手を抜くと簡単に死ぬ。

 大体、クリーナーが復習の対象なのかってどういう意味だ。復習っていうのはそういうもんじゃないだろ。

 僕はちょっと考えて、答えになっているかわからないが答えた。


「いや、強いていうなら……この迷宮そのものかな」


「……なるほど、(ロード)が対象なのか……。だがここの主は既に討伐されているだろ?」


「いや、主じゃないよ。そういう訳じゃなくて……そうだね。この探求そのものが復習の対象かな。やっぱり万遍なくやらないと……」


「話が……噛み合ってない」


 スイが僕の言葉を代弁した。ずっと僕が思っていた事だ。

 一体どうしてそういう話になっているのか、僕にはずっと判らない。


「フィルはここで何をしたいの?」


「下調べだよ」


「下調べ? 復讐じゃないのか?」


 セイルが首を傾げる。

 下調べと復習は決して無関係なものではない。それが自らの力となるのだ。

 だから、言ってやった。


「いや、勿論復習もするよ。次に繋げるためにね」


「「……なるほど、奥が深いねー」」


 感心したように呟く双子には悪いが、別に深くもなんともない。

 この話を続けていくのはあまりよろしくない。話を変える。


「まぁ、とりあえずセイル達にはセイル達の目的があるだろ? 僕は同行しているだけなんだし、まずはそれを第一に考えたほうがいい」


「でも、それじゃフィルの復讐が――」


 そんなに僕の復習が気になるか? 何が気になってるんだ。


 僕は逆にそれが気になっていた。復習、復習呟く美形のハーフエルフなんて好んで見たいものじゃない。

 それに、そんな心配……無用だ。


「大丈夫、セイル達がクリーナー達を倒して、討伐依頼を達成して初めて復習する段階になるんだ。優先順位を見誤っちゃダメだ。そうじゃなきゃ復習なんてしないほうがマシさ」


 本来の依頼をこなすのが第一。復習にばかり眼が言って実作業の事を考えないなんて三流以下だ。


 僕は当たり前の事を言っただけなのに、セイルが虚を突かれたように目を見開いた。

 復習が大好きなのにそんな大前提も知らなかったのか。

 僕の肩から力が抜ける。


「確かに、フィルの言うとおりだな。まずは討伐対象を全て片付ける事にしよう」 


 心機一転。重要な事を思い出した所で、再びクリーナーと遭遇した。


 数は三。


 セイルが後ろに数を伝え、型にはまった動作で剣を抜いた。

 床を強く蹴って滑るように駆ける。


 トネールが翼を顕現する。数が多い場合は足止め、数が少ない場合は順番に仕留める。


 それがC級パーティ『水霊の灯』の基本戦術。


 メンバーの実力はほぼ拮抗しているが、僕の見積もりで順位をつけるのならば、スイ、セイル、トネール、ブリュムの順に強い力を持っている。

 別にブリュムが弱いのではない。他のメンバーにいい人材が揃っているのだ。


 スイを100とするのならば、それぞれ100、90、87、85といった所か。ちなみに僕は3くらいだ。いや、ちょっと贔屓目が入ってるかもしれないけど。

 もちろん、これは純粋な力の量だけで測ったものであって、時と場合によってその有用性は変化する。


 今回は出番がないであろうスイに、ずっと考えていたことを聞いてみた。


「ねぇ、スイ。なんでこの迷宮にはクリーナーがいるんだろうね」


「迷宮には魔物が集まるものだし、別に不思議な事じゃない」


「いや、不思議だよ。だって、ここに棲息する『理由』がないじゃん」


 飛びかかってくるクリーナーの前足をセイルが剣で切り飛ばす。

 その身体の中心をブリュムの放った水の矢が貫いた。億劫そうに大きく顎を開き、クリーナーの稼働が停止する。


 一匹。


「機械種は……基本的に理由のない行動を嫌うものだ。いや、じゃあどうして此処には――クリーナー以外の魔物が棲息していないんだ?」


「此処の主はモデル・クリーナーの上位機種だったらしい。だから多分それが原因だと思う」


 なるほど、実にもっともらしい理由だ。

 主が上位吸血鬼エルダー・ヴァンパイアだった迷宮に出現する魔物は吸血鬼系が多かったし、主の下位種族が迷宮に出現するというのは至極一般的な話だ。


「魔物に集中したほうがいい」


 窘めるようにスイが指摘する。言うとおりだ。戦闘中に魔物から意識を外すなんて論外の事。

 二匹目のクリーナーが風の刃で真っ二つにされ、崩れ落ちる。

 三匹目のクリーナーの足元は、ブリュムの魔法によって凍りつき、床に縫い付けられていた。

 僕はそちらに視線を向けながら、自分の中で思考をまとめていった。


「だが、機械種にはその一般論が当てはまらない……機械種は手で作られなければ増えないからね」


 そういう意味では、この黒鉄の墓標は実に珍しい迷宮だ。

 例え内部が単調な道順で、既に主が討伐された迷宮だったとしても。


 既に積んでいるクリーナーが煙を上げる。

 その顔の半分以上を占める巨大な顎、その上に取り付けられた小さな視覚装置がセイルの身体を越えてこちらを見た。


「スイ……派手な魔法、見たいな」


「そんなの持ってない。水重圧ウォーター・プレッシャーが一番威力が高い魔法」


 もしそれが本当なら、元素魔法のスキルツリーは半分よりちょっと先までしか解放されていないことになる。

 だが、機械種は物理よりも魔法に弱いから、それでも十分なのだろう。


「スイ、やっちゃっていいのー?」


「スイ、今回何もやってないでしょー?」


 スイが双子の言葉に押されて一度大きく頷いた。

 腕を水平に振り上げる。


複数矢(マルチ・アロー)(ウォーター)


 呪文と同時に、ブリュムの構成した矢の凡そ倍の数の水矢が顕現した。

 その数、二十一本。クリーナーの周囲をまるで囲い込むように浮かび、切っ先を全身に向ける。

 呪文の速度、数ともに申し分がない。


氷衣結晶(フリージング・アド)


 次の一言で、その全ての矢が凍りついた。

 ブリュムが感心したようにため息をつく。

 氷系は水の元素魔法の延長にあり、繊細な操作が要求されるため、難易度がより高い。


「スイ、やる気だねー」


氷矢(アイス・アロー)


 まるで死刑の宣告をするように厳かに呟いた瞬間、全ての矢が同時にクリーナーに突き刺さった。

 金属が金属を穿つ凄まじい削音が響き渡り、一瞬でクリーナーをばらばらにした。矢はクリーナーの装甲を削りきって尚傷ひとつなく、綺麗な矢の形を保ったまま鋼鉄で構成された床に突き刺さる。

 セイルが地面に突き刺さった矢を無造作に引き抜いた。滑らかな氷柱をしげしげと観察する。

 床には氷に貫かれた跡がはっきりと黒い穴として残っている。


「また威力あがった?」


「……少しだけ」


 謙遜するスイを褒める。

 僕の要望通り、派手な魔法だ。


「いや、見事な氷矢だよ……さすが水精霊(ウィンディーネ)だ」


「……大したことじゃない」


 スイが照れるようにそっぽを向いた。


 一挙一足、魔法の一つ一つが僕の中の彼らのレベルを子細に選定していく。

 脳内のイメージはかなり明確な彼らの像を作っている。だが、まだ切り札を見ていない。

 ピンチになっていないから当たり前だ。


 僕は唇をなめた。まぁいい。僕は僕のできる最善を尽くす。


 丁寧に部品を剥ぎとっていく。

 討伐証明とスキルチップ。討伐証明は三体分手に入ったが、スキルチップが足りない。スイが派手にぶち撒けたせいだ。

 だが、悪くない。悪くない結果だ。


「あれ? お兄さん、今度は部品を探さないの?」


「ああ、見つからないだろうからね」


 あっさり諦める僕を意外そうにトネールが見る。

 時間の無駄だ。そろそろ外は夜だろうか。


「九体。後十一体か。やはり一泊したほうが良さそうだな」


 セイルが想定通りとでも言うかのように言った。

 迷宮探索は体力の消費が激しいので、通常は複数日に跨ってやるのが普通だ。

 ばらばらになった部品をつま先の先で踏みにじる。


 踏みにじりながら考える。考えを頭の中でまとめる。

 この違和感――そう、悪意……いや、意志だ。意志を感じる。

 そして、それに思い当たった瞬間、僕は気づいた。いや、ずっと気付いていたのかもしれない。


 まぁどちらでも良い事だ。


 後は行動を起こすだけなのだから。

 ピシリと足の下の部品が音を立てた。

 セイル達に視線を向ける。



「……あはははは、読めてきた。わかってきたよ。この違和感、クリーナーしかいないんじゃない……」


「ん? 何か言った?」


「ああ、言ったよ」


 僕はラッキーだ。また一つ、学ぶことができる。

 レイブンシティに来てから……ついてる。探求することができてる。


 にやりと笑って宣言した。


「これからが、ただの作業ではない探求(クエスト)ってやつだ」

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