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Tamer's Mythology  作者: 槻影
第二部:栄光の積み方

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第六十八話:甘っちょろい流儀

 窓のない寝室。簡素なベッドの中で、薄いタオルケットにくるまり、一人の少女――エトランジュは小さな寝息を立てて眠っていた。


 一般的な寝室と異なる点はそこかしこに本の山や工具の箱が置かれているところだろう。

 往々にしてエンジニアはそういう側面を持つが、エトランジュもまた、興味を持てない事に金を使うようなタイプではない。

 ドライという優秀なスレイブがいるにも拘らず部屋が散らかっているのも、片付けを拒否しているためだ。


 そこかしこに設置されたお手製の魔導機械の駆動音を除いて、他に音はなかった。側に直立した睡眠不要のドライが寝入る主をじっと眺めている。

 それは、ドライが作られて以来、変わらない光景だった。


 機械魔術師は強力なクラスだが、強力なクラスを持つからといって探求者として大成できるわけではない。機械魔術師の多くは技術者として一生を終える。


 探求者は万遍ない力が必要とされる。知識、身体能力、魔力、運にそして――勇気。

 十代でSS等級探求者に至ったその少女は、そういう意味で間違いなく天稟を持つと言えた。


 主の寝顔はここ最近うなされていたのが嘘のように安らかだった。

 身動きせずまるで家具の一つのような様子を見せるドライ。その内部には、屋敷兼工房の様子がリアルタイムで伝わってきていた。


 ドライは実は戦闘向けの魔導機械ではない。機械魔術師の持つスキルツリーの中でも、特に攻撃のスキルを操る才能を有していたエトランジュは、己のスレイブに戦闘能力を求めなかった。


 フィルはエトランジュを寂しい人だと言った。

 天才とは度々孤高となる。エトランジュの力に惹かれ利用しようと近寄ってきた者の数は両手足の指を使っても数え切れまい。

 ドライが生み出されたのも、もしかしたら寂しさを埋める一環だったのかもしれない。


 だが、そんな事はどうでもいいのだ。

 ドライは魔導機械だ、ならば、やるべきことはたった一つ、願いはたった一つ、創造主(マスター)の幸福だ。迷いなどあるわけもない。


 ドライは弱い。だが、エトランジュはドライに屋敷内の全ての魔導機械の操作権限を与えた。

 この屋敷は、要塞だ。強く、優しく、そして臆病な探求者であるエトランジュは己を害する者などまずいない事を知りつつも、屋敷に万全の警備を敷いた。

 フィルへの訪問に応じた時も、出る前からわかっていた。あの男は気づいていただろうか、主が、寝間着姿にも拘らず薄く化粧をしていた事を。


 屋敷の外に取り付けられたカメラには何も写っていなかった。

 時折聞こえる風の音。気温や湿度なども正常。熱源探知にも一切の異常はない。

 唯一、今夜がいつもとは異なる点は、フィルが訪ねて来たことだけだ。


 異常があればすぐに連絡できるよう気を引き締める。

 あの男は曲者だった。だが、マスターの味方であるという点だけは、信じてもいいだろう。それ以外は何も信用できないが――。


 と、そこでふと、ドライに送られてきた映像データにノイズが奔った。

 画面がちらつき、すぐに元に戻る。注意を向けて確認するが、特にセンサーに変わった様子はない。



「…………」



 がたりと、後ろで音がした。タオルケットを握りしめ、怠そうにエトランジュが起き上がる。緩慢な動作で眼を擦ると、ドライを見た。

 どこか神秘的に輝く銀の瞳。少女は小さく欠伸をすると、もぞもぞと姿勢を変え、ベッドの上に座る。



 フィルはドライに、マスターを守れと言った。確かにそれは、言われるまでもない言葉だ。

 だが、そもそも――ドライのマスターに、護衛など必要ない。



「んん…………ドライ――――招かれざる客、のようなのです。兵装を――」


「センサーには何も写っておりません」


「能力による干渉を受けたのです。撹乱(ジャマー)差し替え(リプレイス)か――そう。相手は恐らく、私と同じ――機械魔術師」



 その声には緊張感がなく、それ故に絶対の自信が感じられる。


 要請に従い、お召し物を用意する。脱ぎ捨てた薄い寝間着を受け取り、魔導技術の粋を尽くした黒色の兵装――『機神』をマスターに装着する。

 L305特殊対魔装甲服『機神』。それは、一見ただの服のように見えて、ただの服ではない。歩く要塞と称される対物理防御はもちろんのこと、身体能力をサポートする多様な機能を持っている。


 ただの人間を卓越した戦士に変える技術の結晶。


 身体の動きをサポートする関節部のアタッチメントを、人工筋肉の役割を持つインナーを、微動だにしないマスターに、速やかに、順番に着せかけていく。日を浴びてない故に透き通るように白い肌が、女性特有のしなやかな腕が、肢体が、叡智の結晶に包まれていく。


 最後に、最近急遽用意した、霊体種の使うライフドレイン対策のお守りを首から掛け――一人の完全無欠の探求者が出来上がった。

 手を伸ばすと、その腕に長剣のような大きさの巨大なスパナが――幻想兵装が出現する。マスターはそれを軽く回転させると、柄でとんとんと肩を叩いて言った。


「やれやれ、こんな夜にやってくるとは、不躾な。誰だか知らないですが――軽く、腹いせに遊んであげるのです」


「エトランジュ様、それを言うなら、さっきのフィル様もアポイントメントのない招かれざる客では?」


「……フィルは、別にいいのです」


 エトランジュは視線を逸し答えると、一度大きく深呼吸をいれて、立ち上がった。





§ § §



 …………なるほど、厳重な、セキュリティだ。


 レイブンシティ中心部から少し外れた所に位置する大きな屋敷。

 申し訳程度に塀を擁した屋敷を確認し、男が頷いた。近くに集まった数人の男女が真剣な表情で頷き、同意を示す。


 屋敷は一見、ただの屋敷に見える。磨かれた鉄の門には鍵はかかっておらず、見張りの兵士もいない。

 だが、男達には、その屋敷が不可視の力で守られているのがわかった。


 |《《同じ機械魔術師。手口はよく知っている》》。


 スキルと魔導機械によるセキュリティは極めて強力だ。並の盗賊ならば解除の余地もないに違いない。


 だが、同じ機械魔術師相手ならば話は別である。


 二言程呟くと、男達の姿がぶれた。そのまま背景に溶け込むように色を失う。

 精度の高い光学迷彩。熱源探知を誤魔化し、特殊な音波による生体感知を誤魔化し、重力による感知を誤魔化す。


 機械魔術師のスキルは強力無比だが、同職ならば抜け道はいくらでもある。

 最後に外から騒動に気づかれぬよう、空間を遮断し風景を偽装する。


 如何にSS等級の探求者でも同じ職の人間複数人には敵わない。ましてや、ここは町中――相手は襲撃を警戒していないのだ。

 速やかに制圧せよ。それが、男達に下された命令だ。詳しい事情は知らない。知る必要もない。


 彼は聡明でその命令は絶対に正しい。


 少し警戒していたのだがもう家主は寝入っているのか、屋敷は静かで明かりもついていなかった。

 警備用のスレイブくらいはいるはずだが、機械種ならば問題はない。気配を消し寝入った相手に近づき気づかれる前に無力化する。既に何度も行った行動だ。



 神経を尖らせ慎重に門を抜ける。そして、数歩足を踏み入れ――そこで、|《《地面に生えた砲塔と眼と眼が合った》》。 

 

「ッ!?」

 

 黒光りする砲塔から弾丸が発射されるのと、男がスキルによる障壁を張るのはほぼ同時だった。

 夜闇に瞬くマズルフラッシュ。刹那でばらまかれた無数の弾丸が、男達の障壁を削る。


 混乱が広がる。男達が掛けている迷彩は完璧だ。あらゆるセンサーを誤魔化し、目視による看破もほぼ不可能。少なくとも、確認できたセキュリティで看破出来るものではない。

 そして、それ以上に男達を混乱させたのは――。


「ゴム弾だ、舐められてるッ!」


 ばらまかれた弾丸は、殺傷能力の高いものではなかった。特殊ゴムで作られたゴム弾は主に大型の魔物や盗賊を殺さずに制圧する時に使うものだ。

 もちろん発射速度が速く数も多いので当たりどころが悪ければ死ぬだろうが、間違いなく全力ではない。


 ゴム弾では機械魔術師の『遮断障壁(シェルター)』は削れない。逡巡が脳裏を過る。


 これは……検知漏れのトラップによる自動攻撃なのか? あるいはエトランジュが襲撃に気づいて放っているのか?

 同じことを考えたのか、他のメンバーの『遮断障壁(シェルター)』に守られた者が探査スキルを使用する。



 ――そこで、足元で熱と衝撃が奔った。



「ッ!?」


 仲間達が小さく息を呑む。大きなダメージはなかった。だが、それは男達が万全の装備でここにやってきたからだ。

 対機械魔術師の戦闘は慣れている。だから、装備もしっかり揃えてきた。


 『遮断障壁(シェルター)』のスキルは前方に障壁を張るスキル。防ぐものは物理魔法問わず、数あるスキルの中でも上位の防御性能を誇るが――足元は守れない。


 攻撃の正体は――電気だ。地面に、電気を流された。機械魔術師の持つスキルの一つだ。


 ふと、上から声がした。


「呆れた。電撃対策も、完璧、なのですか……」


「ッ…………」


 呆れたような声。薄緑の髪に銀の瞳。小柄な身体を強力な装甲服で包み、ターゲットが屋根の上から男達を見下ろしていた。

 その眼は真っ直ぐに男達を見ている。迷彩も効いている様子はない。


 機械魔術師の力は主に問題と対策で成り立っている。原初の機械魔術師の性格が出ているのだ。

 強力な攻撃スキルがあれば、それを防ぐための防御スキルもある。感知能力を誤魔化すスキルがあれば、それを更に看破するスキルもある。


 看破された以上、迷彩は不要だ。スキルによる迷彩と感知では前者の方が圧倒的にコストがかかる。迷彩を使いながらでは全力が出せない。


 見つかった以上は正面から叩きのめすしかない。


「そのスキル……その装備、もしや貴方達、全員、機械魔術師(メカニック)ですか」


 圧倒的な不利がわかったはずなのに、エトランジュの声には怯えがなかった。

 その余りにも泰然とした様子に、背後の仲間達が警戒が奔るのがわかる。


 この女は――これまで相手をしてきたどの機械魔術師とも違う。

 右手に握られた独特の輝きを放つスパナは、並大抵の機械魔術師では生み出せない分解の概念を持つ幻想兵装だ。


 備えをさせるわけだ。だが、まだ正面からの作戦が失敗したわけではない。

 呼吸を整え、予想外の戦闘への緊張を解しつつ、尋ねる。


「なぜ、中に誘い込まなかった? なぜ、このような手ぬるい奇襲をした?」



 半分時間稼ぎ、半分本心から出した疑問に、エトランジュが眼を瞬かせた。 



「決まっているのです。私の屋敷を汚されるのは、勘弁して欲しいのです。それに、殺さずに済むのに殺すのは私の流儀に反するのです」


 高等級の探求者のものとは思えない、予想外に甘い言葉だった。

 相手が手を抜いても、こちらは手を抜かない。彼からは殺さずに済むならばそのようにと言われているが、いざという時は殺害の許可も出ている。


 甘っちょろい流儀のせいで、お前は死ぬのだ。


 仲間達が攻撃スキルを発動し、地面から幾本もの砲塔が生える。

 機械魔術師のスキルは消費が激しく、故に持久戦には向かない。向けられた殺意を見て、エトランジュは唇に指を当てしばらく考えると、言った。


「言っておきますが、私、『綱引き』は、ほんの少しだけ得意なのです」


 屋根の縁から無数の砲塔が生える。その数に、仲間達が息を呑む。

 男は思わず後退りし、後退した事実に驚愕した。


 強い。生えた砲塔の数は数え切れない程――男達全員が出したものを全て足しても、まだ敵わないだろう。

 持久戦ならば人数の多いこちらが有利。だが、果たしてこの相手に持久戦など挑めるのか?


 これが――探求者の頂点に限りなく近い者。


 奔った怖気を身を震わせ振り払う。指でサインを送り、仲間に転送の準備をさせる。



 そして、圧倒的に有利だったはずの戦いが始まった。





§ § §




 機械魔術師同士の戦いは力比べだ。スキルの威力というのは本来術者の能力に比例するもので、機械魔術師の場合もそれは変わらない。

 レアな職業である機械魔術師と交戦する日が来るとは思っていなかった。だが、戦いとはいつだって突然発生するものだ。


 耳を塞ぎたくなるような激しい金属音が屋敷中に響き渡る。正体不明の侵入者の放つ弾丸の嵐を、更に濃密な弾幕で押しつぶす。


 電撃を障壁で弾き、レーザーを電磁波に干渉し屈折させる。複数人の機械魔術師から猛攻を受け、エトランジュは眉を顰めた。


 この相手、大した相手じゃないのです。


「ッ……休ませるな、放てッ! 絶対に隙は出来るッ!」


 男が叫ぶ。だが、無駄だ。侵入者達とエトランジュの間にある差はそう簡単に覆せるものではない。


 機械魔術師のスキルは多方面に及ぶが、大抵の術者は大きく分けて攻撃か製造のいずれかに特化する事になる。

 エトランジュは前者。そして目の前の襲撃者達は――後者だ。


 スキルの習熟度が違い過ぎる。殺傷能力の高い弾丸をゴム弾で潰されているのだ。

 一般的な攻撃スキルは修めているようだが、ただの探求者を相手にするのならばともかく、エトランジュを相手にするのには余りにも足りない。


 処理しきれなくなった砲塔がゴム弾でへし折られる。


 これは――手加減しなくては、殺してしまうのです。


 殺傷能力の高いスキルは使えない。以前アリスに使ったような電子圧縮(マイクロ・ポケット)などもっての他だ。

 正体がなんだか知らないが、話を出来る程度には軽傷で済まさねばならない。


 だが、魔力量もエトランジュの方が大きく勝っているようだ。ゴム弾では障壁は抜けないが、力を消耗させる事はできる。

 その時、先頭に立っていた一番マシな男が叫んだ。


「ッ…………舐めるなッ!」


 独特の光を放ち、一抱えもある魔導機械が空中に出現する。

 転送機械で転送したのだろう。飛行型魔導機械だ。


 飛べる魔導機械は製造難度とコストが高く、エトランジュでも余り持っていない。どうやら製造スキルでは相手の方が少しだけ上をいっているらしい。

 数多の武装――回転する刃や砲塔を付随した魔導機械が羽音のような音を立て浮き上がる。しかも数が多い。


「一体、二体、三体――なるほどなるほど…………」


 ゴム弾の嵐の中を、円盤を想起させる形の魔導機械が飛ぶ。

 躊躇いなくこちらに向かってくる円盤を見て、エトランジュはスパナを振り上げた。


 舐めるな、はこちらのセリフだ。エトランジュを相手にこの程度の兵器で挑むなど、愚の骨頂である。


 幻想兵装のスパナに紫電が奔る。屋敷内で戦況をモニタリングしているドライからやる気のない制止のメッセージが届く。

 だが、もう遅い。せっかくいい夢を見ていたのに、エトランジュはこう見えて今、機嫌が悪いのだ。



「全員、丸焦げにしてやるのですッ!」



 侵入者達の眼が見開かれる。スパナに蓄積した莫大な電気エネルギーが闇を剥ぐ。


 これこそが攻性機械魔術師の持つ最も強力なスキルの一つ。

 電気は一部の魔導機械の動力にして、天敵である。



「『電磁災害(ダウン・オーバー)』!」




 そして、エトランジュはスパナを振り下ろすと同時に、全てを終わらせるエネルギーを解き放った。




§




 音が消え、光が消え、刹那に莫大なエネルギーを放出したスキルが終了する。

 魔力の消耗による倦怠感を感じつつ、エトランジュは屋根の上から地面を見た。


 襲撃者達は地面に転がっていた。先程までエトランジュに向かっていた飛行兵器は軒並み破壊され、修理しなければ再起動は不可能だろう。

 電気対策と言っても、程度がある。魔力を莫大な電気エネルギーに変換し解き放つそのスキルの破壊力は自然の落雷をも遥かに上回る。戦闘経験豊富な者ならばともかく、製造スキルに特化した者が広範囲攻撃に対応できるとは思えない。


 もちろん、被害を受けたのは敵だけではない。


 ここはエトランジュの屋敷なのだ。膨大なエネルギーは襲撃者だけでなく、エトランジュが屋敷に設置していた数多の魔導機械に深刻なダメージを与えているだろう。予備はあるが、修理を考えると頭が痛い。


 だが、大きな被害を被っただけの事はあった。


 意識こそ失っているものの、襲撃者に死者は出ていなかった。もしかしたら一人くらい死ぬかもと思っていたが、ほっと一息つく。

 格下相手に殺してしまうというのは、余り気持ちの良いことではない。


「さっさと吐かせて、寝直すのです」


 探求者をやっていれば襲われる事くらいある。だが、ここまで大規模な襲撃を受けたのは初めてだ。

 タイミングも良くない。フィルから、この地の環境について想像もしていなかった話をされたばかりだ。無関係の可能性もあるにはあるが、何か因果のようなものを感じてならない。


 明日になったらまた――フィルに会いに行かなくてはならないだろう。


 しばらくその場でじっとしていたが、屋根から飛び降り被害を確認する。


 びくびく身体を痙攣させながら倒れている男に近づくと、その顔を改めて確認し、目を見開いた。


 手配書で見覚えのある顔だ。レイブンシティにやってくる前の街で、行方不明として捜査対象になっていた術師である。

 犯罪者というわけでもなく、探求者というわけでもない。顔を覚えていたのは同職だという事で記憶に残っていたからだ。

 

 一体どうしてこんな所にいるのだろうか?


 不意に感じた得体の知れない悪寒に、眉を顰める。


 そこで、男が眼を開けた。唇が何か言いたげに震える。

 電磁災害(ダウン・オーバー)を正面から受けた以上、戦闘の続行は不可能だろう。まだ生きているのは、機械魔術師の持つスキルに電気への耐性を与えるパッシブスキルが存在するためだ。

 

 警戒しつつも顔を近づける。

 男の唇が震え、小さな息と共に言葉を出した。




「死、ね」




「!?」



 反射的に頭を上げ後ろに下がる。

 センサーは全て死んでいる。回避出来たのはただの幸運だった。

 天から真っ直ぐ落ちてきた蹴りが、すぐ目の前を通り過ぎ、金属の床に突き刺さる。


 とっさに戦闘態勢に入る。大きく後退するエトランジュを、それは追わなかった。



 馬鹿な……全員、確かに倒したはず――電磁災害(ダウン・オーバー)に、耐えられるわけが――。



 視界に襲撃者の姿が入ってくる。細身の人影が、ゆっくりと突き刺さった足を抜く。

 魔術発動の気配はなかった。銃撃戦でも雷でも傷一つ付かなかった特殊合金製の床をただの蹴りで陥没させるとは、恐ろしい威力だ。


 だが、それ以上にエトランジュに衝撃を与えたのは――。



「!? ??? 小…………夜……? なの、です?」



 その名の由来になったという夜を思わせる美しい黒髪。

 ドライと異なり、技術の粋を尽くし人間に近づけられた整った容貌に、白磁を思わせる白い肌。


 頭に取り付けられたテスラ社製の魔導人形の証であるアンテナが小さく明滅している。


 魔導機械を取り扱う最大手から生み出された、戦闘用機械人形。


 深い交流があったわけではなかった。だが、こと魔導機械において、エトランジュが見間違えるわけがない。


 他人の空似などでは絶対にない。たとえ同じシリーズだったとしても、機械人形には個体差が存在するのだ。


 小夜は倒れ伏す男達を無視し、まっすぐエトランジュを見た。

 達人を思わせる緩やかな動きで構えを取ると、冷たい声で言う。





「否。私はテスラGN60346074型戦闘用機械人形です。名前はありません。マスターの命に従い――貴女を無力化します」

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嘆きの亡霊は引退したい。

― 新着の感想 ―
[良い点] 更新頻度が早いこと [一言] エティ強いなー。さすがはメカニックの上位クラス持ち、これなら小夜もなんとかしてくれそう。てかそもそもメカニックにマキーナぶつけるとか悪手すぎる気が……マクネス…
[一言] 待ってました〜!!!
[良い点] 有難う
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