第六十七話:余りにも露骨すぎた
僕の言葉を、マクネスさんは黙って聞いていた。その瞳からは動揺の欠片も見えない。
周囲には他に生命の気配はしなかった。どうやら増援などはないらしい。
マクネスさんにはスレイブがいる。その一体がいれば僕なんて瞬きする間に殺せるだろうし、仮にスレイブ抜きでも僕とマクネスさんの間には隔絶した差が存在している。
だが、それはさておき、話を続けた。
「そもそも、いくらなんでも『何もわからなかった』はないよ。ギルドは馬鹿じゃないし、面子もある。諦めがよすぎる」
広範囲に構築された機械種による生態系。相当大規模な事業だ、
このクラスの規模の改変を幻想霊体種など特異な種族の力を借りずにやろうとするのならば、間違いなくギルドの、探求者の目に引っかかる。そして、幻想を、伝説を、物語を存在の礎とする幻想精霊種は根本的に人の生み出した無機生命種と相性が良くない。
マクネスさんは――余りにも露骨すぎたのだ。
完璧を求めすぎて、本来最も警戒すべき敵である機械魔術師を囲い込んでしまった。
その結果出来上がったのが、この不自然な状況だ。機械種の生息域が広がる街なのに、その専門家である機械魔術師がここまで少ないなんて本来ありえないし、そして――エティと共に『機神の祭壇』で採取してきた装置から何もわからないなんて結果が出るわけがない。
絶対的な証拠さえ残さなければいいと思っていたのかもしれないが――それは誤りである。隙がないという事自体が隙になる事もある。
僕たち、高等級探求者にとって証拠なんでどうでもいい。なるべくやりたくないが、時にでっち上げる事だってある。
深く椅子に座り直し、手を組み合わせ、目と目をしっかりと合わせる。
「ザブラクも気づいていたよ。気づいていて、何も言わなかった」
もうひとり、つい先日までこの地で情報屋をやっていたエントの名を出す。
エントの固有スキルは強力だ。植物と交感しあらゆる情報を集めるテレパスは特異で、どれほど注意していても排除しきれるようなものではない。ギルドの中には草花などは飾られていなかったが、そんな事は関係ないのだ。彼らは全力で取り組めば、種や花粉からでも情報を取れるのだから。
だが、同時にエントは――事なかれ主義だ。知恵者である彼らはあらゆる情報が手に入るが故に、あらゆる事象に興味を持たない。
常に刺激に飢えている。だから、自分に危険が及ばない限り、口を噤む。まさか逃げ出すとは思わなかったが―。
「逃げていったのは、これ以上巻き込まれないためだ。でも、僕が頼めば彼は証言するよ」
マクネスさんは工作がばれないように最善を尽くしていたはずだ。だが、この環境を維持するのに必要な作業というのは間違いなく存在している。
縄張りの設定に個体数の調整。時に探求者のレベルに合わせての魔物のチューンナップを行う事もあっただろう。機械種の自己改造能力は有用だが、機械魔術師に出来る事はその比ではない。一見完璧だが、たたけば埃が出るはずだ。
そしてついでに――マクネスさんの種族、『絡繰を操る悪魔』は強い好奇心で知られる種でもある。
「どれほど警戒したって、彼の目は誤魔化せない。そして僅かでも証拠があるなら――SSS等級探求者の権力を使えば、正規の手段でギルド内を捜索するのも難しくない。時間はかかるけどね」
無機生命種を使った環境の構築。規模が小さければ研究として認められていたかも知れないが、この規模だとどの都市の法に当てはめても間違いなく違法だ。
先にこの地に来ていたのは自分達だったなんて言い訳は通用しない。人は外敵を、脅威を言い訳の余地なく排除する。
本来それを主導する機関であるギルドに潜り込んだというのはそういう意味で英断ではあった。
生態系のコントロールは数年数十年でできるようなものではない。マクネスさんは恐らく数代目だろう。
脅しじみた僕の言葉を聞いても、マクネスさんの反応は変わらなかった。
何も考えていないわけではない。
これは、覚悟だ。彼は悪党ではない。ただ、選んだ道が世間に認められなかったモノだというだけで――。
マクネスさんの後ろに配置された戦闘特化の機械人形はぴくりともせずに待機していた。
感情機構を組み込んでいないのか、殺意のようなものは感じない。
やがて、マクネスさんがゆっくりと口を開いた。
「面白い話だ。本当に、全く、SSS等級探求者というのは、興味深い。だが、フィル。わからないな――」
その人差し指が僕に向けられる。
クラス『機械魔術師』。
その有するスキルはほぼ全ての無機生命種に致命的な影響を与える事で知られているが、決して人間相手に効かないわけではない。
エティがアリス相手に食い下がれたように、彼は指先を少し動かすだけで人を殺傷できるだけの力を持っている。
だが、僕は死ななかった。マクネスさんが訝しげな表情で続けた。
「どうして……君の言うことが真実ならば、どうして君がこうして私の目の前に出てきたのか、わからない」
呼吸は僅かに乱れていた。細められた双眸の奥には僅かに警戒の色がある。
「受付をすり抜け、カウンターの中に侵入してみせたのは確かに凄い。凄い、度胸で、とても――馬鹿げている」
ああ、その通りだ。僕はただの純人だ。ただの、魔物使いだ。
知識と経験だけではカバーできない隔絶した力の差が、僕達の間には存在する。
ああ、緊張感が、冷たい戦意が、この上なく心地よい。最高の気分だ。
「受付は警備じゃない。このギルドは私のスキルによって完全なセキュリティが敷かれている。まさか君は、私が君を見つけた事を偶然だと考えているわけじゃ、ないだろうな?」
当然だ。機械魔術師はあらゆる能力に秀でるが、特に諜報能力については数あるクラスの中でも最上位に位置づけられている。
たとえ隠密専門のクラス持ちでもこの監視をくぐり抜けるのは難しい。
つい先日、エティと一緒に監視機械のデータを手に入れるためにダンジョンに潜ったが、非常に有用な監視機械のデータがこの街で市場に流れていなかったのは、自分も使っているその力をマクネスさんが恐れたためだろう。
そして、友達や知り合いの少ない、格好の獲物であるエティがこれまで見逃されていたのも、彼女が監視機械を作れなかった事と無関係ではないはずだ。
マクネスさんが大仰に頭を振る。
「いや――ギルドだけではない。自慢じゃないが、レイブンシティは私の庭だ。道路の整備も建築も電灯も水道も通信インフラも、この街の発展の全てに私は関わっている。この街の出来事で私の耳に入らない事はない。ふん……だから、出ていったはずの君がこの夜中にギルドに戻ってきた事にも、すぐに気づいた」
「マクネスさんは、この街の王なんだな」
「だから、わからない。正当な方法で大々的に捜査できる君が、無防備でこのギルドの奥にまでやってきた理由が! 私は、知っている。君がここにやってきたのは、突発的だ、君がここにいる事は――誰も、知らない。増援も断ち切った」
双眸が輝いていた。囁くようなその声は、こちらを脅しているかのようだった。
まるで内緒話でもするように、マクネスさんが身を乗り出す。僕もまた、それに倣った。
「わかっている、やせ我慢じゃない。君は、その最弱の身体で、クラスで、ここまでやってきた」
顔を突き合わせ、マクネスさんが言う。
「君の、目的は、なんだ? 君の、自信の源は、どこにある? 君の自信の源は、エトランジュ・セントラルドールか?」
僕とエティのやり取りをずっと見ていたのだろう。
町中での監視は当然として、機神の祭壇を管理していたのも恐らくマクネスさんだろうから、ダンジョン内部での出来事の方を知っていてもおかしくはない。
「確かに、エトランジュは強い。単純な戦闘能力だけだったら、機械魔術師の中でもトップだ。探求者としての資質は偏っているが、それを補ってあまりあるだけの力がある。一対一ならば、恐らく私でも勝つのは難しいだろう」
エティは強かった。この地で何人もの優秀な探求者に会ったが、彼女は僕の知る探求者の中でもトップクラスの才覚だ。
ミスもしたし負傷もしたが、死ぬような目に遭っても心は折れなかった。エティはただの才能にかまけたエリートではない。そして、それをマクネスさんは正確に理解しているようだった。
もしも仮に、最低の力しか持たない探求者が敵陣の最奥に取り残されたとして、それを救おうとするのならば、エティの助けが不可欠だろう。
だが、ハズレだ。
マクネスさんが深々と息を吐く。
「無駄だ。無駄だよ、フィル。私の知る限り、君はエトランジュに助けを求めてはいないが――仮に何らかの手段で助けを求めたとしても、無駄だ。彼女は動けない。私が君の侵入を知って、今の状況を予想していないとでも、思ったのか? 確かに私は、手を出すのをやめた。だがそれは、不可能だったからではない。負けを認めたわけではない」
その声には、自身を納得させるような響きがあった。威嚇とは恐怖の裏返しだ。絶対の自信を持った時、人の感情は動かない。
後ろに立っていた、黒き鎧に身を包んだスレイブが、初めて動き出す。
「舐めるな、探求者。いくら強力でも、力は割れている。エトランジュ一人を始末するのは、難しくない。手は既に、打った。私を、誰だと思っている?」
マクネスさんの体勢は変わっていなかった。だが、心の方は切り替わっている。
きっと、戦闘に入る可能性も考えていたのだろう。
性格。資質。奇しくもマクネスさんは、エティと同職でありながら、正反対だった。
思わず笑みを浮かべる。
どんな手を打ったのだろうか?
殺し屋? 魔導機械? 探求者を派遣したという事はないだろう。
いや、十中八九、派遣したのは――手駒の機械魔術師だろう。地下で飼っていた、薬でコントロールした手駒達。エティは強いが、同職複数人で囲めば劣勢を強いられるだろう。
そして、マクネスさんは輝く瞳で宣戦布告の言葉を放った。
「機械魔術師に、戦闘用機械人形。才能は惜しいが、仲間にするのは諦めた。まったく、まったく、予想外だッ! この地に、君みたいな男が、飛ばされてくるなんてなッ! さぁ、君の知る、エトランジュは――小夜を殺せるか!?」




