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Ep35: 【この子は誰!】

 その場には、ゼルとルーラとリナがいた。血の匂いがまだ濃い。風が吹くたび死体から不快な匂いが届いてくる。


ルーラは王都付近へ飛ばされたはずだった。だがリナの叫び声を聞きつけ、震えながら戻ってきていた。


そして一番荒れていたのは、リナだった。


「ねえまずゼル! この子誰で何!」

張りつめた声が、夜気を裂いた。ゼルは視線だけをルーラへ向け、淡々と答える。


「こいつはルーラ。俺達の仲間だ」

ルーラはびくりと肩を揺らし、もじもじと指を絡めながら小さく頷いた。

月光がルーラの緑の髪に落ちる。

「ルーラ? あんた弱そうだけど仲間って何よ」

リナは一歩踏み込み、顔を近づける。

咄嗟に、ゼルの手がリナの肩を押し戻した。


「言い方を改めろ。元はスライムだ。仕方がない」

その言葉に、リナの目が揺れた。


「なんでスライム?」

喉の奥で、怒りとも悲しみともつかない感情が震える。


「ねえゼル。あんたはエタに負けたんでしょ? これはお遊びじゃないんだよ?」

リナは転がる大量の死体を指さす。指先がわずかに震えていた。


負けていないとそう言おうとしたが、ゼルは一瞬だけ俯いた。吐いた息が白く揺れる。

「遊びとして仲間にしたわけじゃない。こいつには勇気という可能性がある。俺を見てあそこまで怯えなかった儡は初めてだ」

一拍、間が落ちる。


「何よそれ」

「怯えなかった勇気? 強さと何が関係するのよ。こいつに何ができんのよ!」

服を強く握る。布がきしむ音が、やけに大きく聞こえる。


ゼルは静かに言う。

「お前よりは勇気があると思うぞ」

言った瞬間、ゼルは自分の過ちに気づいた。


 それは――言ってはいけないかった……。


だが撤廃ができなかった。言い訳のようにグダグダ並べるのを俺は躊躇った。

「ルーラはエタに遭遇した時も逃げなかった」


 すまない。こんなことを言うつもりじゃなかった戦闘以外の会話を知らない。どうすれば自分が相手を傷つけないか、知らない。


リナの唇が震える。

「私も逃げない!」


その叫びは、誇りの山だった。

「エタになんか――」


「だがヴォルグの時は逃げようとした。俺がいなければ、お前は諦めていた」

ゼルは分かっている。


 今の俺が自分を正当化するために紡いでいる言葉。俺は臆病者だ……お前らよりももっと……。


リナの視界が滲む。

「ねえゼル……私はね、あんたにもうあんな事になってほしくないの」


あんな経験。

血の匂い。


 俺は守る側だ。


 守られる側ではない。


リナは続ける。

「死なないでほしいの」


ただの願い。

だが――1500年、誰にも言われなかった言葉でもあった。


ゼルは目を大きく開け、心臓がわずかに強く打つのを感じた。それを悟られないよう、手を伸ばした。記憶の靄がかかった仲間と重なった。かつて、死が当たり前になっていたほどの仲間の悲惨な死。


向こう側に行ってしまう仲間を撫でようとした。


「やめてよ!」

ゼルの手を払った。拒絶は仲間とゼルの間を引き剥がした。


「私はあんたの隣に立ちたくて、必死で!」


 だめだ。立たせれば、死ぬ。もう死が日常だと思いたくない。父上のように、俺は強く仲間を守れない! 俺はお前を守れない。だから守れないから逃げる。


 だがそれを言えば、


 王ではなくなる。


 だから言わない。


それが最も残酷だと知りながら。


「ゼルはさ、そうやってさ、私のことを何も出来ないお荷物だって思ってるんでしょ」


「そんなこと思ってない、俺は――」


「思ってる!」

怒声が夜に響いた。鳥が一斉に飛び立った。


「あんたは何を見てるの! 私を見てない! あんたはいきなり手のひらを返して、あの子を隣に立たせた。何があんたの心を揺さぶったの! ほんとに勇気だけなの」


ルーラが身を縮めた。


「私はあんたのこと何もわからない! だから教えてよ。ねえゼル……どうして」

息が乱れる。


「なんで私を認めてくれないの……」


ゼルは沈黙を通す。夜風がゼルとリナの間を吹いた。


リナは唇を噛む。

「私は弱いよ。逃げたこともある。怖いよ。でも……」

涙が一筋落ちた。


「それでも、あんたの隣にいたいって思ってる。でもあんたはどう思ってるの」


ルーラが小さく、か細い声で言う。

「……ルーラは、ゼル様の隣は怖いです。でも逃げたら、もっと怖い気がしたから……」

無垢な言葉だ。リナの肩は震える。視線はゼルに合わせなかった。


ゼルは目を閉じる。

 “可能性”


その言葉の意味を、自分でも整理できていなかった。


 あの時、もう自分の感情が整理できていたと思い込んでいた……。父上に依存しないということ。それがまだ出来ていない。脳裏に父上ならという言葉が浮かんでは消える。


「俺は――」

だが、その続きを言う前にリナは背を向けた。


「……もういい」

声は小さい。


「強くなるから。あんたが振り向くくらい、強くなる」

涙を拭う。「強くなったって認めてくれたら、全部あんたのこと教えてよ」


振り向かないまま、歩き出す。ゼルはその背中を見つめた。


 今、呼び止めれば変わると分かってる。だが――呼べない。戻って来ると信じ込む自分がいたから。


そしてその時――ほんのわずかに。


未来で壊れる自分の予感を、知らずに抱えていた。

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