3:肆虐……ほしいままに残虐なことをすること
森の中を歩く。ゼルの紫色の髪が風に揺れる。
「久しぶりの外だな。……あいつの言う通り少し怠けていたのかもな。少し走ろう」
森を抜けるゼルはまるで子供のように駆け回った。だが魂は魔王のそれだ。
「まずは、この鈍った感覚を研ぎ澄ませる」
ゼルは地を蹴った。瞬時に発動するテレポート。呼吸のように自然にそして精密に空間を繋ぐ。木々の間を縫うように、一瞬で数十メートルを跳ぶ。
数分後。鼻を刺すような獣の腐敗臭と、濃密な血の匂いが気になったゼルは足を止めた。
「一匹目……見つけたか。かつての我が領地の、招かれざる客を」
通常、俺のような魔王の血を引くものを見ると、最下級の魔物:儡は怯えて身を潜め、全力で逃げる。異質なものとして、恐怖するからだろう。だが! ここにいるではないか。俺に恐怖しない魔物が!
さあ、どんな生物。どんな魔物か。
「……ワーグ――黒の毛並みと血走った眼を持つ、狼型の魔物」
ゼルは石を拾い、ワーグがいる洞窟へ投げた。
「……心外だな。雑魚の集まりか」
数体の群れがゼルを認知する。だがゼルは無造作に歩み寄る。
「ワーグ如き、なんだその偉そうな態度は?
……そうか。気づかんか。それくらいの--」
一匹のワーグが飛びかかってきた。巨大な口がゼルの喉元を食いちぎろうとした瞬間、ゼルの姿が消える。――否。消えたのではない。ワーグの後ろにゼルが立っていた。そして--。
「ギャンッ……!」
悲鳴すら短く途切れる斬撃。残りの群れが、仲間の死に逆上して一斉に襲いかかる。だが、ゼルは一歩も動かない。
「無様に群れるな。不愉快だ
――『アドヴァント・カスケート』」
ゼルから放たれる斬撃はワーグたちの首を、ズバッと滑らかに切り落としていく。切断面は空間ごと削り取られる。ドサッ、ドサッ、と重い音が続く。洞窟の中は一瞬にして、千切りにされた首と胴体で埋め尽くされた。ワーグからは真っ赤な血が溢れ出す。
最後に、洞窟の奥で残っていた一匹のワーグを蹴り飛ばし、ゼルは血の海の中で静かに息を整える。
「……ふん、こんなものか」
滴る血が、指先を伝う。
赤黒い液体。
魔王の血を引く者の体内にも流れているそれ。
ゼルは何気なく、自分の手の甲を見下ろした。
「……血、か」
ふと。妙な既視感がよぎる。
血を媒介に、何かを“与えた”記憶。
だがそれが何だったのか、輪郭が曖昧だ。
魔王の血は濃密な魔力を含む。
それ以上でもそれ以下でもない。
――本当に?
記憶が霧に沈むような違和感。
いや。
「……いい」
ゼルは小さく吐き捨てた。
過去は過去。
俺は今、生きている。自分が自分を認識している。
永遠を紡ぐと決めた。
そんな細かいことを気にしている労力は必要ない。
胸の奥に、小さな棘が刺さったままだった。
返り血を拭おうとした。
その瞬間だった。
「ッ!?」
背中に、妙に柔らかい感触の衝撃が走った。何かが自分を、背後からぐいと押したのだ。ゼルは咄嗟に身構えた。
「……スライム、か?」
そこにいたのは、透明感のない緑色の液体のような塊。それはゼルの足元に必死にすり寄り、何かを訴えるようにプルプル震えていた。
ゼルが視線のその先にやると、ワーグたちが食い荒らしていた残骸の奥に、もう一匹のスライムが横たわっていた。魔物の核がひび割れ、今にも溶けて消えてしまいそうな小さな個体。
「……お前、あいつを守ろうと?」
俺に助けを求めたのか。ほう……。中々、度胸のあるやつだ。
瓦礫の山を前に、ゼルは冷徹にその指を構えた。
「……まどろっこしいが」
ゼルは大きく一歩を踏み込み、目を瞑る。
「『アドヴァント・カスケート――ポイントセット』」
次の瞬間、スライムを押し潰していた巨大な岩石が、細かく切断され崩れ落ちた。斬撃を特定の範囲のみに限定し繊細に飛ばす『ポイントセット』。
「……出力が安定しないな」
そして瓦礫の砂の中から、ひび割れた核の小さなスライムが救い出された。魔物は等級関係なく核が存在し、大切なそれを守るため内部に隠しているはずだが、そのスライムは外部の守りが破れて核が露出している。
核が傷ついている……。そろそろ死んでしまうかもしれないな。
背後にいた緑のスライムは、すぐさま仲間に駆け寄った。
「……!」
緑のスライムは自らの体液を分け与えるようにして包み込む。しばらくすると、瀕死で白色だったスライムの核が綺麗な光を取り戻した。その緑のスライムは一度だけ、ゼルの顔をじっと見つめる。
「案外関心した。スライムでも魔法は持っているのだな」
「……」
その濁った緑色の体の中には、恐怖ではなく敬意のようなものが宿っているように見えた。
「さあ行け。今の俺には、お前たちを構っている余裕はない」
ゼルが冷たく言い放つと、緑のスライムはもう一匹を背負うようにして、驚くほど軽やかな動きで深い森の奥へと消えていった。
「……」
俺は一瞬だけ振り返ったそいつの姿を、弱々しいスライムではなく、"個"として完成していると感じた。
一人残された洞窟。血の臭いと、砂になった岩の埃が舞う。
***
にしても、魔物が少ない。やはり俺の脅威におびえているのか--。
ゼルはテレポートで森の中を彷徨っていた。目指すは大きな街。その道中、明らかに魔物が少ないことに異変を感じる。
「いや違う! これは……」
全身に悪寒が走る。
「こいつは……この感じは!」
重力を操る魔法を持つ魔獣。燼の魔物!
「久しいな! 『絶重の過獣、バラルガ』」
***
あれは近代で、ゼルが死んでから約1500年前のこと。父を失ってから数十年。ゼルは自らのテレポートを移動から、空間を断裂させる刃へと昇華させ、その力に絶対の自信を持っていた。
奴に遭遇した瞬間、ゼルはいつものように『アドヴァント・エッジ』を放った。しかし、バラルガがその巨大な顎を開き咆哮を上げた瞬間、空間が重く沈んだ。
「何だ……? 斬撃が、届かない!?」
放たれた空間の断裂はぐにゃりと下方に曲がり、ただの地面を削った。
『絶対重力圏』
周囲の重力や空間を増量、圧縮し攻撃を届かせなくする技。
「ガハッ……!? 座標が……ズレて……死ぬ……俺が、こんな……ところで!」
意識がなくなり、気づいた時にはゼルは森に捨てられていた。
「……っ!」
バラルガに、トドメを刺す価値すらないゴミとして見逃されたのか。真偽は不明だがゼルは敗れた。
***
「……ハ、ハハハ! まさかこんなところで再会するとはな」
ゼルの笑いは震えていた。だがそれは恐怖ではない。心の奥底で凍りついていた1500年前の屈辱が、今目の前にいるという歓喜の震え。
巨大な岩で出来ているドラゴン型の獣、バラルガ。
「バラルガ……。俺は、お前より遥かに不愉快な状況を何度も見てきたんだ」
未来の勇者どもが使っていたシステム。人類による魔物殲滅計画。仲間の死。
「だが新技は使わん! あの日、お前に敗北した斬撃だけでお前を殺す」
ゼルはあえてバラルガの『絶対重力圏』へと一歩を踏み出した。
「ふっ!」
ミシミシと骨が鳴る。バラルガが咆哮を上げる。バラルガの岩の翼がゼルを吹き飛ばそうとする。だが、ゼルは動かない。
「『アドヴァント・カスケート』」
ずっとだ。斬撃だけでお前を殺す方法を。お前のその『絶対重力圏』を破る方法を!
「褒めようではないか!」
ゼルから放たれた斬撃は対象とは違う方向に向かった。
俺が思うに、『絶対重力圏』は常時発動。巨体を守るのに、切り替えなどしていられないだろう。なら元から斬撃を曲げる方向の逆に放てば良い。
「――だが、浅いか!」
紫の斬撃がバラルガの硬い岩肌を断ち切る。切ったはずの岩肌は、一瞬で岩により接着された。そして肝心の核が見えない。岩の層が厚すぎる。
「なら、剥き出しにしてやるまで!」
ゼルは距離を取る。接近戦は重力の餌食。テレポートで位置を変えながら、斬撃を放ち続ける。対するバラルガは咆哮とともにその巨体を震わせた。見上げるような巨大な木が次々と引き抜かれ、ゼルの元へと飛来する。
「ほう、投擲か。芸がないな」
空中を舞う木をテレポートで回避しつつ、ゼルは走り続ける。走る、跳ぶ、放つ。
「……ッ、くるか!」
バラルガの動きが変わった。バラルガの背中を覆っていた巨大な岩の翼が、重い音を立てて剥がれ落ちる。自ら重量を捨て、軽量化を図ったのだ。
それだけではない。
「絶対重力圏を解いた――?」
次の瞬間、ゼルの視界からバラルガの巨体が消えた。
「速い――!」
バラルガの姿は、すでにゼルの目の前にあった。それはドラゴン型ではなく、人型の魔獣へと変貌していた。
湾曲をやめて、お前と俺の間の空間を圧縮したのか!
「ぐっ……!」
近接戦闘が始まる。 だが違和感がゼルの体を巡る。
「……なぜ、体が勝手に--」
バラルガが拳を振り抜く。本来なら躱せるタイミング。だがゼルの顔が拳に吸い寄せられるように、自らバラルガの拳へと接近した。
「ガハッ……!」
強烈な一撃。ゼルは咄嗟にテレポートで距離を取ったが、口内からは血の味が広がり、右頬には青黒い痣が出来た。
「……本っ当に……不愉快だ」
ゼルは親指で口元の血を拭う。目の前の魔獣。そして、自分を嘲笑った未来の勇者たち。過去のトラウマと未来の屈辱。二つがゼルの脳内で混ざり合い、静かな怒りが爆発した。
「褒めてやる。お前は強かった。過去の産物に囚われてはお前を倒せそうにない」
……仕方ない。ここまで落ちてやる。
--『肆虐態・ラドウィドル。
ゼルの肉体から出た真紫色の何かが、ピタッと彼の全身を覆う。
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