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29:嚆矢……物事の始まりのこと

 ゼルたちは宿屋に着き、その扉を開けた。


咄嗟にルーラは口と鼻を手で覆った。机に突っ伏して寝ている男が大勢いた。だがそいつらはイビキも呼吸も一つもしなかった。


腐敗臭がする。王都の大通りでは無かった匂い。ゼルは死体の横を通り過ぎ、階段を上がる。血の跡が、階段から一直線に伸びていた。乾ききった赤黒い線。誰かが引きずられた跡。


だがゼルは目にも止めず、足も止めなかった。二階の廊下は、妙に静かで暗かった。右端の寝室の扉を前に、コン、コン。と扉を叩く。中から返事はない。


ルーラは唇を噛み、考えるより先に体が一歩下がっていた。


 震えている。


ゼルは一瞬だけ視線を落とし、そして無言で扉を押し開けた。


――軋む音。中から風が入ってくる冷たさ。部屋の中は、暗かった。窓は割れていて、夜風がカーテンを揺らす。


床には倒れた椅子と割れた水差し。そして血。

壁に、叩きつけられたような人影。


ゼルの視線がゆっくり止まる。

宿屋の主人だった。目を見開いたまま、口を半開きにしている。恐怖の形のまま固まった顔。


ルーラが小さく息を呑んだ。

「ね、ねえ」


ゼルは死体に近づき、しゃがみ込む。傷口を触った。


 毒……。


透明の液体が傷口からたれている。手に触れさせるとヒリヒリ痛んだ。


「お前がやったのか」

暗く狭い部屋に低い声が満ちる。


床板が、ミシリと鳴った。ゼルの目が細まり深く息を吐く。


 気配。


部屋の奥、寝台の影。ルーラの呼吸が乱れる。

ゼルはゆっくりと立ち上がった。


「出てこい」


返事はない。

だが。


影が、わずかに揺れた。

ゼルの空間が歪む。


「『アドヴァント・エッジ』」

斬撃が部屋の隅の影を裂く。


だが。手応えが一切なかった。斬ったのは、空気。絶対に当たったと思っていた。


ゼルの背筋を、冷たいものが走る。

窓の外。猫の仮面を被った男が一人。街灯の上からこちらを見ていた。


「君は」

静かな声。


ゼルは品定めするような視線を送った。


「リナの相方、で間違いありませんか?」

ゼルの目が細くなる。


「誰だ」


「失礼しました」

男は丁寧に一礼した。街灯の上で、落ちる気配もなく。


「エタ・リヒトと申します」

仮面の奥で、笑った気配がする。


「以後、お見知りおきを。もっとも――長い付き合いにはならないでしょうが」

エタは消えた。


風もない。

音もない。

ただ、視界から消失。


ゼルは目を瞑る。


 こいつ、只者じゃなさそうだ。


脳内に立体構造を生成していく。


「――今」

閃光が走った。


 は?


透明な短剣が、さきほどまで首があった位置を通過する。

床板が静かに溶ける。


より強力な毒。


「判断が速いですね」


 背後。ならば――。いやルーラ!


男の狙いはルーラ、それめがけて短剣を振るう。振り向く前に、ゼルは指で短剣を受け流した。そしてルーラの下へ『門』を作る。行き先は王城。


浅い切り傷が指の間に出来る。じわり、と焼けるような痛みが手を襲う。ゼルは手を抑え、後退りする。


 ルーラはもう、この場にいない。


それでもゼルの視界の端に、彼女の震えた指が残っている。


 遅れたら。

 一瞬でも判断を誤れば。

 あの細い首に、透明な毒が触れていたはずだ。


想像しただけで、胃の奥が冷える。


 儡だから? 俺が責任を持つべきだ。守ると決めたのだ。

 今度こそ、と。



「毒……趣味が悪いな」


「実用性です。それが優先ですから」

エタは淡々と言う。


「毒は静かに殺せます」


ゼルは大きく前へ左足を踏み出した。

「『アドヴァント・カスケート』」

斬撃が辺り一面に走り、部屋は粉々に粉砕した。


だが。エタは、すでに一歩横へ。

粉砕した壁を足場にし、強烈な速さで短剣を突き出した。

「斬撃、来ると思いました。便利ですからね」


「……」

ゼルは構えた。右手は少しずつ再生し始めているが、力が入らない。


「次は三連撃。上、下、正面。そうですね?」

ゼルの動きが、わずかに止まる。


 読まれている?


「もしかして、当たっていましたか」

エタが指先で自分の仮面を軽く叩く。


「昔から観察眼と推理力はすごいんですよ」


ゼルが踏み込む。


 どういうカラクリだ。観察眼? 推理力? どれもこれも、それ以上だろ。


エタは軽くステップを踏み、消えた。


 カラクリなど知らなくても、こいつで決める――


ゼルの背中へエタは回り込んだ。


 踏み込み、甘い。


目をしっかり開け、短剣に触れないように転移。

天井近くに出現。


斬撃を放とうとしたその時だった。

「『アドヴァ――』」


短剣が俺の頬を掠った。それも、かなり深く。


「ガ、ぁ」

頬の筋肉が硬直したかのように、ピタっと止まった。鼓動が早くなっていく。ゼルは地面にひれ伏した。


「この毒、一般人なら即死なんですよ。あなたは何回当たれば死にますかね」


まだ、まだだ――。


空間の各所に『門』を設置。

そしてここから斬撃を飛ばす。


「アドヴァント・カスケート――ポイントセット」


 発動は同時。

 逃げ場はないはず。


エタは目を閉じ、手を大きく広げた。

「七点の設置。起爆順は一斉に」


発動。


紫の刃が一斉に奔る。だがそのすべてを、紙一重で抜けていく。


 最初から軌道が見えているかのように。


 いや――。


 見えている。


 俺の思考は――。


「素晴らしい技ですね」


 筒抜けだ。


 短剣がゼルへと投げつけられる。地面を転がるように、体をねじって避けたが、行く先に短剣が投げつけられる。


腹部に深く短剣が刺さった。呼吸が荒くなり、視界が狭くなっていく。


「あなたは迷いがあった。夜遅くまで睡眠を取らずにいると、判断ミスに繋がりますよ」


刺さった場所から、温かいものが這い上がる。


 心臓まで何秒だ。


指先の感覚が、遅れる。握ったはずの拳が握れていない。


 毒が回る前に、決めろ。


 考えるな――


 衝動。


 本能。


 肆虐態で


 考えるな!


ゼルはゆっくりと立ち上がる。足は震え、立つことすらままならなかった。


エタの首が、わずかに傾く。

「考えない、ですか。無駄ですよ。奥深くにも思考は眠っています」

短剣が月光で煌めいた。


 連撃か速い!


ゼルの肩、太腿、腕。浅い傷が増えていく。毒が、じわじわと熱を持っていく。


ゼルは決死のワープをする。息は続かず浅い。


 魔法が打ちにくい……。毒の、効果。


意識が魔法にいかない。魔力の流れが乱れている。

 もし、今ミスをすれば――


あぁ、そうだ。失敗は即死だ。


細切れになった宿屋の地。見開きの良いところ。王にふさわしい絶好の場。


「……なるほどな」

血を吐き捨てた。


思跡(しせき)魔法」


エタが静かに頷いた。


心臓の鼓動が暴れる。


恐怖。

怒り。

焦り。


全部が混ざり、形を失う。


「だったら」

無理やり口角を上げた。


 凶暴に。


「より速い速度で行く」


転移、転移、転移。とにかく連続で。


 座標を決めない。視界も捨てる。


 完全なランダム!


 考えるな。


 考えれば、読まれる。


 死ぬ。


 読まれていれば――またあの時のように!



エタは唇を噛み、頭を掻いた。


 初めて。予測が、揺らぐ。


「はぁ、面白くない」


 どこから来るか。右か、左か。だが奴もタイミングを掴めないはず。どこに――


「今ッ」

ゼルの左拳が、エタの頬に直撃した。


 知ってたか? テレポートは思考よりも圧倒的に速い。


エタは吹き飛ばされ、街灯へぶつかった。ゆっくり立ち上がり、ズレた仮面を元に戻す。


「初対面でここまで迫られたのは、初めてです。やはり魔王」

土埃をズボンから叩く。


「評価を改めましょう」

短剣が右左どちらも二本。逆手に構えられる。


「全力で、殺します」


「ああ、上等だ」

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