Ep30: 【ゼルの過去を知る者】
毒はまだ抜けていない。魔力の流れがどんどんと遅延する感覚。
――致命的だ。
相手が思跡魔法の使い手でなければ。
「あなたは、考えないことで思考を超えた。理に反する選択ですよ」
「王はな」
ゼルは口元の血を拭った。
「理の外に立つものだ」
父は言っていた。『読まれるな。王は、策略を読まれた瞬間に負けるのだ』
エタは一歩踏み出す。“来る”と分かった瞬間には、すでに短剣はゼルの喉元にある。
キィン。
金属音が鳴り響いた。ゼルは聖剣で受けた。だが反応が僅かに遅い。
最後のテレポート。聖剣は大きくて転移させづらいな――
エタは後退せず、逆手の二本目を腹部へ滑らせる。
浅い。だが確実。刃に塗られた毒が、さらに体内へと流れ込む。
「あなたは強い。ですが、持久戦は不利ですよ」
エタは靴についた土を払いながら、淡々と言う。
「思考の乱れ、毒の進行、意識の消耗」
ゼルの姿が消える。
「あなたはもうじき、死ぬでしょう」
右後方。
違う。
上。
違う。
地面。
違う。
また、完全ランダム。
空間に“門”が開閉し、残像が幾重にも重なった。
狙いがない。
いや、違う。
規則があるはずだ。
奴の脳内は必ず最善を選ぶ。
ならば、最善を読めばいい。
ゼルは現れた。意識が遠のき瞳が焦点を失う。
真横。
拳。
エタは半歩ずらす。だが拳ではなく、聖剣が門を通り別角度から胸を掠めた。
「……」
エタは静かに距離を取った。
「なぜ、そこまでして勝ちたいのですか」
目を細めて首をかしげた。唇に手を当てて問う。
ゼルは答えない。意識は途切れかけている。足が震え、起きているだけでも不安定な状態。
もはや言葉を紡ぐ余力すらない。
だが、脳裏に浮かぶ。近代兵器と声。
心臓を貫かれた瞬間の、あの“退屈そうな目”が魔王の心にフラッシュバックした。
屈辱だった。
1500年が、無機質な再生数へと換算された。
ゼルは意識をしっかり取り戻し、大きく瞳孔を開き半歩ズシリと踏み出した。
「……俺はな」
ゼルの魔力が左手に集中していき、血を吐きながら笑う。
「理解されるために生きてきたわけじゃない。理解されなくていい。永遠に立てば、それでいい」
空間が歪みはじめる。エタの視線が鋭く走る。
門が増殖していき、一帯がゼルの魔法圏内へと変わっていく。
エタは思跡魔法へ魔力を込めた。込めるほど繊細に相手の深い思考を読み取れ、景色さえも浮かんでくる。
未来予測。
可能性分岐。
選択枝の収束。
さあ、何を考えている――
『お父さん! ねえ見て! 今日は40cmくらいテレポートできた』
『お父さんお父さん! どうやったらお父さんみたいに強くなれる?』
『父上。なぜ私たちは20歳で成長が止まるのですか』
『父上……あなたは俺の――』
は?
情景が強制的に流れ込む。
幼い声、笑い、泣き、叫ぶ。
小さな手がエタの指を握る。
――違う。
これは戦闘思考ではない。
エタの呼吸が初めて乱れた。
「……やめろ!」
本能的な拒絶だった。
思跡魔法が崩れていく。
こいつは、戦いのことなど微塵も考えていない。
最善を選ばない。
こいつは瞬間の衝動だけで動いている!
それでも、ゼルは踏み出した。
脳内に再びゼルの思考が響いた。
『――他人の思考に、勝手に踏み込むな』
真正面。
聖剣を構えたまま地面を踏みこんだ。
合理的ではない。
まずい!
エタに一瞬の隙が生まれる。
短剣と聖剣が激突する。
火花と衝撃。
エタの膝が僅かに沈む。ゼルもまた、毒が回り、体が横へと崩れ落ちる。
「愚かです」
「王はな」
ゼルは皮肉の笑顔を見せつける。
「愚かでいい」
倒れたゼルはエタの足を手で掴む。エタは短剣を手に取りゼルへと投げる。
短剣が、背中へ深く突き刺さる。
「あ……ぐ……」
ゼルの手が離れ、エタは後退。追撃はしない。ゼルは背中に刺さった短剣を抜き、その場でもがいた。
「あなたは」
エタが呟く。
「あなたは――本当によくわからない人ですね」
理の外。
思考の外。
「……なるほど。あなたは、選ばないのですね。その時の自分を」
その唇は、わずかに上がっていた。路地裏へと歩き出す。
「次は彼を使ってリナを説得し――」
エタが去ろうとした直後。
背後の空間が、わずかに波打った。
――開門。
エタの左胸に後ろから聖剣が突き刺される。
胸に、冷たい感触。
遅れて、痛み。
「どう、して……」
吐血をし、剣が引き抜かれた胸を抑える。エタは膝から崩れ落ちた。
なぜ――死んだはずだ……。
仰向けに倒れたまま、ゼルは空を見た。
月が滲む。
「……読まれなかっただろう」
それだけを呟き、意識を手放した。
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