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ゼルの掌握  ~魔王はまだ死ねない~  作者: Hulanes
第二章:鬼哭・啾々
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27:憔悴……心配や悩みにより、やつれること

 夜の一時頃、ゼルは王都から離れた森の奥に立っていた。


父の最期が、また浮かぶ。ここまで鮮明である必要もないはずだった。呼吸が乱れ、吸っているはずなのに肺が満ちない。視界の端がわずかに暗くなる。


 父上。俺は、どうすればいい。


 …… 幼い頃から、父上の背中だけを見て生きてきた。迷えば「父上ならこうする」と考えた。魔王を継ぎ、永遠を掴むと誓ったはずだ。1500年という時間を経て、自分は変わったのだと思っていた。己の意志で選び、己の責任で歩いていると。


 だが今、森の中で名前を呼ぶ。

 変わってなどいない。


 仲間を集めるには対話がいる。力ではなく、言葉で相手の考えを知る必要がある。分かっている。戦いなら迷わない。刃を振るえば世界は単純だ。勝つか、死ぬか。それだけだ。


 だが言葉は違う。


 逃げ場がない。


 口を開く。


 声が出ない。戦闘しか知らない。その言葉すら自分への甘えだ。父は未来を俺に託したのではない。俺がそう解釈しただけだ。替えのきく息子に、せめてもの情けを残した、それだけかもしれない。


ゼルは視線を落とした。少し離れた場所に、三匹のスライムがいた。


 逃げない。ただこちらを見ている。何かを確かめるような目だ。


 儡か。


 弱いものを階級で呼ぶ思考は、いつまで経っても消えない。指先が震えているのに、自覚するのは少し遅れた。


父は違った。あの人は俺を強さで見なかった。


ゼルはスライムに歩み寄る。なぜ逃げないのか、考えもしなかった。考える余裕がない。


「俺は、お前たちより臆病だ」


言葉は低く、森に吸われる。今まで見下してきた者への、懺悔だと気づいている。それでも言わずにはいられなかった。


踵を返す。その瞬間、後ろから小さな声が聞こえた。


「(どうするの。行っちゃうよ)」

「(でも、怖いし)」

「(お礼、言うんでしょ)」


ゼルの足が止まる。振り返ると、三匹のスライムが固まって震えている。


「(ここで行かなかったら後悔するって)」


ゼルはゆっくりしゃがみ込み、目線を合わせる。


 威圧するな。落ち着け。


口角を上げる。頬が引きつる。不慣れな笑みだと自覚している。


 これで、いいはずだ……。


三匹はさらに震えた。

「(こ、この人で本当に大丈夫なの?)」

「(うん、大丈夫だと思う……)」


「何が大丈夫だ」


三匹が跳ねた。あ、やべとゼルは強く言い過ぎたと反省した。


「(聞こえてた?)」

「(全部?)」


「どうした。何か言いたいのか?」

緑色の一匹が、ゆっくりわずかに前へ出る。


「そうか。……あの時の洞窟のスライム」

数日前の記憶が蘇る。後ろからつついてきた緑色のスライム。


「は、はい。ルーラです」


 名乗った。


 ……魔物が、俺に。


 今まで戦ってもいない者に、名乗られたことなんてなかった。誰しも俺のような無愛想で、弱者には興味がない者からは、逃げるように去っていった。


「礼か? 礼ならいらん。あれは偶然だ」


ルーラが、震えながらも話す。

「ち、違う。あなたは、さっきから誰かの名前を呼んでる」


時間が止まったかのようだった。


二匹のスライムが、ルーラをそれはだめと止めた。だがゼルだけ肩がわずかに震える。否定しようとするが、声が出ない。確かに呼んでいた。無意識に。何度も。


「なにか、してほしいことがあったら、助け……ます」

とても震えていた。だが逃げない。


 違う。こいつは。


「面白い。気になる」


ゼルは咄嗟に口を押さえた。


 何を言ってる俺は。


その言葉が自分の口から出たことに、自身が最も驚いた。戦い以外で、誰かに興味を抱いたことなどない。


三匹がざわめいていた。

「もうやめて」

「危ないよ。逃げよ?」


ゼルは緑を見つめる。逃げない。体を逸らさない。


仲間。


その言葉が浮かぶ。ゼルは指先を歯で噛む。血が滲み、指先に溜まる。

「仲間になれ」


命令か、願いか、自分でも分からない。


ルーラに血が落ちた。赤が緑に触れていき、ゆっくりと核に近づいていった。


心臓の音だけがやけに大きい。

たった一滴。それだけのはずだった。

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