25:殄戮……人々を殺し尽くすこと
王城の大扉が閉じた時、ようやく静寂が戻った。
「……つ、疲れたぁぁ……」
深夜前。国王との対談は予想以上に長引いた。王は妙に上機嫌だった。ゼルの事を話すたびに目を輝かせ、魔法理論の話にも身を乗り出してきた。
街はかなり賑わっていた。
国宝様から聞いた通り、ほんとに魔王は死んだんだ……。なんか信じられない不思議な感じ。
そしてどっと疲れが体を襲う。目は半開き。
「はぁ、ほんっと話が長すぎよ」
悪い人ではない。むしろ楽しい話も多かった。けれど。
「……あ」
胸の奥に、小さな違和感。
ゼルに言われた言葉が蘇る。
――迷子になるなよ。
むっとしたあの時の自分。
けれど今は。
「……あいつ、どこいるの」
王城の外へ出た。夜風が冷たい。こんなに時間がかかったんだ。ゼルも暇つぶしで、どこかにいるかもしれない。
でも。迎えに来ると思っていた自分がいた。
***
宿の屋根の上。
王都の夜を見下ろしながら、ゼルは腕を組んでいた。
「……」
迎えに行くつもりはなかった。
だが――
妙だった。
バラルガの気配がないということに。
あいつははうるさいほど気配を出す。隠密など性に合わない。
だが今は、完全に“途絶えている”。
消えたのではない。
遮断されている。
ゼルの瞳が細くなる。
「……面倒な匂いがする」
***
数時間前のこと。
暗い。
湿った石の匂い。
「……主」
声が出ない。ここに来るまでに、何かを飲まされた。
両腕は縄で拘束。
魔力が……流れない。
門が開かない。
「ほう。意識はあるのですね」
足音。コツ、コツ、と石床を打つ。
バラルガは見上げた。そこには不気味な猫の仮面。
「あなたの彼は優秀だ。だからこそ、あなたは邪魔なのです」
***
王都で唯一、彼らのお金で借りれそうな宿に行った。
「ここに……ゼルっていう成人の男性が来ませんでした?」
女店員にリナは聞いた。
「ゼル……はい、いますよ。上の階の一番右の部屋です」
「ありがとうございます」
宿の女店員は首をかしげた。
「……あれ、さっきの子どこかで?」
リナは階段を駆け上がり、勢いよく扉をトントンと叩いた。扉を開けてみると鍵がかかっていない。
「……いない」
ゼルの部屋は蛻の殻。窓は開いていた。
屋根?
外へ出た。
「バラルガー!」
返事はない。胸がざわつく。
いない。
「……どこにいるの」
言葉が弱くなる。
なんでこんなに、不安なの。
「……もしかして、私があいつらも見捨てたから?」
で、でも別に。
あいつは強いし。
放っておいても平気だし。
なのに。
胸の奥が、ぎゅっとする。
……私って。
私、あいつを。
必要としてる?
「は? なにそれ……」
顔が熱い。
ち、違う。
恋とか、そういうのじゃない。
でも。
いないと、落ち着かない。
ゴーン……
深夜の鐘が鳴った。
空気が震えた。
***
ゴーン……
深夜の鐘の余韻が、王都の石畳を震わせていた。
路地裏。酒場帰りの男が壁にもたれかかっている。顔は赤く、足元はおぼつかない。
「……へへ、明日も飲むぞぉ……」
ふらり、と前に倒れかけたその瞬間。
影が背後に滑り込む。
猫の仮面。
二本のダガーが、静かに動いた。刃は音もなく衣服の隙間に入り、ほんの一瞬触れただけで引き抜かれる。
男はあ……と小さく息を漏らした。
次の瞬間、力が抜ける。声は出ない。目だけが見開かれ――そのまま動かなくなった。血はほとんど流れない。
即効性の毒だよ。呼吸を奪い、声帯を封じる。
素晴らしい。エタ・リヒトは呟く。
「騒がれない。悲鳴もない。実に愉快」
彼は物陰へと溶ける。
また一人。
また一人。
酔い潰れた民衆が、眠るように死んでいく。
エタの先には小さな子どもが立っていた。
地面に倒れている母親を揺すっている。
「……ママ?」
返事はない。
「起きて……」
泣き声が、こぼれそうになる。
エタはゆっくり近づいた。
月明かりが仮面を照らす。
「シー……」
人差し指を口元に。
「お母さんが起きちゃいますよ」
子供はびくりとする。
ダガーが、静かに動いた。
小さな体が揺れ、母親の胸元へと倒れ込む。
エタはしゃがみ込み、二人の体を整える。
眠っているように。母が子を抱きしめる形に直してあげる。
「……綺麗だよ」
彼は満足げに呟いた。
「とってもね」
「――何してんの?」
背後から聞こえる声。エタの動きが止まる。振り返ると路地裏の入口、月明かりの逆光の中に立つ女がいた。
リナ!
瞳は、いつもの揺れがなかった。
「……何してんの?」
もう一度。冷え切った声。
エタは勢いよく立ち上がった。
「久しぶりだ。氷の子」
猫の仮面が傾く。おっと、と仮面を外した。
「覚えている、よね? 私だよ私。リヒトだよ!」
ダガーの先端から、透明な液体が一滴、地面に落ちた。
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