堤防にて(1)
さて、祝いの品が届くまで十日ある。それまでに堤防に術を刻み始めるか。
「俺は堤防を見てくる。カリ、お前も来るか?」
「何の御用です?」
「玄武様のお力で堤防の強化ができないかと思ってね。」
俺は平気で嘘を吐いた。カリのことを信用できないわけではないが、巻き込む必要もないと思ってのことだ。
「お供致します、殿下。」
俺とカリは馬に乗って堤防に向かった。海抜より低い我が国を八百年もの長きにわたり守ってきた堤防は、山のように雄大で、崩壊するなど想像もつかない。
「玄武様、どうすればよいのでしょうか。」
『儂の言う通り紋様を描くのじゃ。堤防の上の方がよいのう。』
「承知しました。」
堤防を守っている神官に断りを入れないといけないかと、俺は神殿に赴いた。真っ白な着物に身を包み、顔を薄布で覆っている神官たちが出迎えてくれた。神官は恭しく俺に礼をした。頭に黄色い布を巻いている人物が責任者のようだ。
「どのようなご用件でしょうか、玄の方?」
玄の方、とは玄武の加護を受けた者への尊称である。そもそも五神の加護を受けた者の出現が数十年ぶりなのだ。俺はこの尊称の存在は知っていたが、今思い出した。流石は神官といったところか。
「玄武様のお力を借りて、堤防を強化できないかと思ったのだ。堤防を見て、必要に応じて術を掛けることを許可してもらえないだろうか?」
「おお、何とありがたいお申し出でしょうか。どうぞ、よろしくお願い致します。後学のため、我らも同行して構いませんか?堤防の現状についてもご説明することができるかと存じます。」
「ああ、頼んだ。」
俺は神官たちを引き連れて、堤防に向かった。なかなか大変な登山だった。俺の隣にはカリが控えている。いつも以上に気を張っているのは、俺への罪悪感のためだろうか。
「大堤防は見た目に反していつ崩れてもおかしくないほど風化しております。我らは少しでも崩壊を遅らせるべく、毎日麒麟様へ祈りを捧げておりますし、土師を配備して術を掛けております。」
ここまでは聞いたことのある話だ。実際に堤防の上に立つのは初めてだが。
「効果的な方法は見つかっていないのだな。」
「残念ながら。」
俺は微かに呟いた。
「玄武様?」
『神官に紋様を解読されると困るのう。念のため、彼らが堤防を守る方法を見せてもらうがよい。』
「仰せのままに。」
俺は神官たちに頼み、祈りを捧げる様子を見学した。古語かつ独特な節回しによって紡がれる祈りは、何度聞いてもなじみがない。とは言え、王宮にいる神官の祈りと何ら変わりないような気がした。
『意味を尋ねてみよ。』
「この祈りはどのような意味があるのだ?」
「これは建国神話にある麒麟様の慈悲を称える祈りです。全て訳しましょうか?」
「ああ。」




